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平行世界  作者: 返歌分式
二日目
19/34

会話






 何を言ったらいいのか分からなくて黙っていると、男の子が不愉快だ、とばかりに眉をひそめる。



「誰って聞いてるの。答えてよ」


「え、え、えーっと……」


「んー。義呂絵(よしろえ)ちゃん。そんな風に言ったらこの子が怖がるでしょー? もうちょっとオブラートに、柔らかく聞いてあげなくちゃ」


「そんなことはどうでもいいよ。何猫の分際で勝手に僕の家に上がりこんでンの。どっか行って。僕は君のことがあまり好きじゃないんだ」


「うふふー。嘘おっしゃい。嫌いなら嫌いであなたは私を排除することだってできるでしょ? だってあなた人間ですもの。か弱い子猫ちゃんな私なんか簡単に捻り潰されちゃうわ。でもそうしないってことは…………うふふ。天邪鬼なのねぇー」


「はぁ。それ君が言うの? 僕が人間だから? それが何。簡単に捻り潰せるって、それ本気? あぁ馬鹿馬鹿しい。君と話なんてしたくないんだ。どっか行って」


「あれ、あれー? せっかく客人を連れてきてあげたのに、その言い草は無いわよ」


「客人って誰。そこの?」



 白い猫と男の子の会話を呆然と聞いているなか、いきなり私の方に目を向けてくる。

 せめて、そこの人、と言って欲しいものだ。そこの、だけだったらまるで私が物みたいじゃないか。

 いや、そんなことよりも。

 やっぱり白い猫はこの家の人達に許可を取っていなかったみたいで、男の子は不機嫌丸出しで私を見ている。

 私は先ほどと同じく、何を言ったらいいのか分からなくて、しきり直しにと頭を下げた。



「えっと、浅倉由宇、です。すみません、勝手にお邪魔して」


「ホントだよ。何君。邪魔なんだけど。早くどっか行って」


「う……すみませんでした……。どこかに行きます……」


「あぁ! ちょっと待ちなさい由宇ちゃん。別にいいのよここにいても」


「何言ってんのこの猫。図々しい。僕がどっか行けって言ってるのになんで引き止めるの? 発言権はこの家の主の僕にしかないはずだよ? 僕の場所を勝手に侵しておいてよく言うね。あんたもどこかに行きなよ。目障りなんだよ。どっか行って」


 子供特有の少し高い声でそこまで言われて、私はどうしようかと悩む。

 本当ならこのまま走ってでも玄関に向かいたい。けど、今私は動けなかった。

 どうやら白い猫がまた私に何かをしたようだ。男の子から目を逸らすこともできなくて、軽く泣きそうになる。

 あぁ……よく考えてみたら瞼も動かない……。やばい、目が乾いてきた。



「もう、もう、もう! なんて分からず屋なのかしらこの子ったら! さっきからどっか行けどっか行けって、馬鹿の一つ覚えね。もうちょっと語録を搾り出してごらんなさい。それにあなた本当に分からないの? この子はあなたが探してた子よ」


「…………本当に?」


「本当よ」


「…………猫なんかに馬鹿呼ばわりされたことはむかつくけど……まぁ、いいや。ねぇ君」


「…………」


「ちょっと、僕は君に声を掛けてるんだけど」


「…………」


「ねぇ!」


「あら、そういえば幻術を掛けたままだったわ。ごめんあそばせー」


「うっ、ぷはぁっ!! 目がぁ! 目が痛いよぉぉぉ」


「うわ、気持ち悪」



 涙も出ない状況でずっとそのままだった私は、自由の身になった瞬間に涙を流す。

 尋常じゃない速さでありえない量の水分を垂れ流している私に向かって男の子がとても嫌そうな声をあげた。

 いつもの私なら、傷ついたなりなんなり(心の中で)言ってたかもしれないが、今はそれどころじゃない!

 痛い! 本当に痛い! 何この痛さ! とても痛いよ!!



「あー……もう……。猫、君やりすぎだよ」


「ん? ん? なんのことかしら。うふふ」


「楽しそうだね」


「楽しいわよー。とっても!」


「あっ、そう。やっぱり君と話すのは疲れるよ」


「む。こんな短い会話で疲れるなんて、義呂絵ちゃんもまだまだねー?」


「君と話さないでいいなら、僕は未熟者で十分だ」


「つれない! とってもつれないわ!」



 できるだけ目が潤うようにと両手で顔を覆っている間にそんな会話が繰り広げられる。

 この二人は仲が悪いようだ。まぁ私もこの猫と話すのは疲れると思う。

 そういうところは一緒だ! でも小さいわりに言葉がきついようなので怖い。


 かちゃかちゃという音が聞こえる。

 多分男の子が持っていたトレイの上のカップが擦れ合う音だろう。

 テーブルに置いた音と共に、なにやらぎぃという音も聞こえた。

 なんだろう、と薄目を開けて老人の方を見る。



「……何指の間から見てンの」


「あら、覗き見ね」


「ち、違っ」


「別にどうだっていいけどさァ。君も早くこっちに来なよ」


「……え…………?」



 薄く開いた視界にいる男の子が私に向かって手招きをする。

 私は一瞬何を言われたのかが分からなくて見つめていると、長時間見られていることにイラついたのか、男の子が舌打ちと共に「早く来て」と語尾荒く手招く。


 私は訳も分からず男の子の傍に寄る。

 並ぶと、今私の傍にいる男の子が私より小さいことが分かった。

 いや、見た目も小柄だし、私より小さいとは思ってたけども……。

 口の悪い人はいつだって私より大きい存在に思えてしまう。


 私がようやく近寄ってきたことに満足したのか「そこに座って」と、さっきまで無かった椅子を指差す。

 もうなんか色々と慣れてきてしまった私はそれにツッコむこともせず、素直に従った。

 それにさらに気分を良くしたようだ。男の子が二つしか無いカップに紅茶らしきものを注いで私に差し出してくれる。

 うやうやしくそれを受け取ると、見ていた猫が不満そうに鳴いた。



「私には無いのかしら」


「なんでこの僕が猫なんかにお茶を用意しなくちゃならないの?」


「私も客人よ? それとも何。この家は客に対して礼儀も知らないのかしら」


「礼儀なら知ってるよ。知ってるけどもそれは人間に対しての話でしょ? 動物相手なんかに茶を出すような家なんて無いよ。あるんだったら是非とも見てみたいね。どんだけ頭がおかしいやつらなんだか。人間と動物は違うのにねぇ?」


「むー……。酷いわ酷いわ。私がせっかくこの子を連れてきたっていうのに」


「…………それもそうか…………分かった。持ってくる」


「あらあら物分りが良いのね! 好きよ、そういうの」


「それはどうも。あぁでも嬉しくない褒め言葉なんて初めて聞いたよ。素敵な体験をしたね」


「うふふー。そうかしら? それは良かったわねぇ義呂絵ちゃん」


「……本当に好きじゃないよ、君」



 そう捨てセリフを吐いてどこかへと向かう男の子。

 よしろえ、とさっきから言っているが……。

 なんだか時代を感じるような名前だな、と思いながら紅茶に口をつける。

 砂糖が入っていないことに気がついて砂糖を入れた入れ物を探したが、無かった。

 まだ潤いきっていない目をしぱしぱとさせながら注意深く探す。おかしい、無い。



「あら、砂糖をお探し?」


「……うん」


「砂糖なんていれるのね? 由宇ちゃんは」


「……入れないの?」


「入れないに決まってるわ。甘くなった紅茶なんて嫌。紅茶はそのままの方が絶対良いわよ。香りとかを楽しんでね、ケーキとかも一緒に食べて……うふふ……」


「……味がしない」


「そうかしらは? ほら、もう一口味わってみなさい? 慣れたらこっちの方が良いって言うわよ、あなたも」



 言われたことに従って口をつける。……やっぱり私は砂糖入りの方がいい。

 そんな感想が顔に出ていたのか、白い猫が椅子の上でくすくすと笑っている。

 どこから出してきたのかは知らないが、今の椅子の数はちゃんと人数分揃っていて、私の真向かいには安楽椅子に座った老人がいた。


 そして気づく。寝ている人の前でお茶を飲むのもどうなんだろうか、と。

 あれ、もしかして飲んじゃダメだった? そういえば人前だったんだ……。

 この人もいつ起きるのかも分からないし、飲まないでおこう。

 そう思いカップをソーサーの上に置く。



「あら、もう飲まないの?」


「……この人がいつ起きるかも分からないし」


「あぁ~。そうね。でもそのことは心配いらないのよ?」


「心配いらないって?」


「ん。心配いらないのよ」


「だから心配いらないって、なんで」


「心配いらないものはいらないの。飲んでたら如何?」


「……義呂絵、……君……? が、帰ってくるまで飲まない」


「む。そうかしら。……私は早く紅茶が飲みたくて飲みたくてうずうずしてるっていうのに! 贅沢ね!」


「…………」



 白い猫と話をしているのがめんどくさくなってそこで会話を打ち切りにする。

 私が黙ったことによって、この場所に静寂が訪れる。

 猫は退屈そうにテーブルに顔を乗っけたりあくびをしたりしていた。

 手持ち無沙汰な私はそれとなく周りの風景を楽しむ。


 自動車が通るような道で生えているような木なら見たことがある。

 こんな庭みたい場所も、私の友達の家で見たことがある。

 でもここまでキレイだと思えるような庭なんて、早々に無いと思った。


 いいなぁ、私もこういうところに住んでみたいなぁと思っていると男の子が黄色い通路から歩いてくるのが見えた。

 テーブルに置かれているのと同じトレイを持っている。けどなんとなく足取りが危なっかしい。

 私は手伝いにいった方がいいんだろうか、と腰を浮かせた瞬間「別にいいよ」と静かな声が私を制した。

 ……なんで私が手伝おうとしたことが分かったんだろう。



「ほら、猫。持ってきたよ」


「あら、あら、あらー! 待ってまし……ん……? なんでカップじゃないの?」


「はっ。何言ってんの? 君自分が猫だっていうこと知らないの?」


「むぅ……。そういえばそうだったわねぇ。普通に意思疎通ができるから時々自分も人間だー、なんて思っちゃうのよね」


「それ年だよ、きっと。年寄りは物忘れが激しいって言うしねェ」


「む! む! 聞き捨てならないわね義呂絵ちゃん! 聞き捨てならないわぁ!」


「二回も言わないでいいよ。黙ってて。うるさいから」


「……ホント酷い。ねぇねぇ由宇ちゃん、このか弱い子猫をどうか助けてぇー」


「か弱くは無いし、大丈夫なんじゃないの」


「むぅ……。由宇ちゃんまで?」


「あはは! バッカみたい!」



 トレイに乗っていたケーキを各々の前に置き、慣れた手付きでカップに紅茶を注ぐ男の子。

 その顔は人を心底見下しているような笑みだった。

 ……こんな小さな男の子がこんな怖い顔をするだなんて……。

 ちょっとした恐怖を感じた私は身を縮こませながら二人の様子を伺うことにした。



「ん。やっぱり紅茶は砂糖無しに限るわね。ケーキとの相性も抜群!」


「そこは僕も同感だよ」


「あら、気が合っちゃった」


「不本意だけどもね」


「んふふー。あ、そうだ義呂絵ちゃん。由宇ちゃんは砂糖が欲しいそうよ」


「……一応持ってきておいて良かった。ほら、砂糖」


「あ、ありがとう……ございます……」


「なんで敬語なの。気持ちが悪いからよしてくれない?」


「わ、分かった……」



 面と向かって気持ちが悪いと言われるのは堪える。

 敬語に対してなんだけども……。それでも堪えるものは堪える。


 取っ手がついていない白い湯呑みみたいなもので紅茶を飲む猫。

 ちゃんと両手でコップを挟み込むようにしている。

 肉球が熱くなるとか、そんなことは無いんだろうか。


 ぼんやりと考えていると、自分の分のカップに紅茶を注ぎ終えた男の子が椅子の上でたたずまいを正す。



「で、本題に入るんだけど。……この子が僕の探して人って本当なの」



 自分のことを言っているのであろう男の子の声が、その場所に冷たく響いた。












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