子供
「さーぁ着いたわ」
「………………うわぁ」
白い猫に案内された場所は、さらの家とは比較にならないほどに強引に切り貼りされた場所だった。
目の前に立ちふさがっているのは、緑色の葉をかたどったレリーフの門。
その高さは私の背丈の倍倍以上。
レリーフの隙間から見える光景は、これまた緑。芝生の生い茂った長く続く庭だ。
門から伸びる石畳は真っ直ぐに噴水に続いていて、優雅に水を撒くその噴水を中心に左右へと分かれている。どこかに繋がっているようだ。
噴水を超えたところに、緑色を主にしているのであろう古びた屋敷。
……こんな場所、無かったのに……。
私の記憶はこんな立派で、そしてこんなに褪せた屋敷を見たことは無いと告げている。
私が住んでいた町に、こんな屋敷なんか……。
「さぁ、由宇ちゃん。入りましょう」
「えっ……、入るって?」
「この門から入るの。……あら、それとも由宇ちゃんは塀を登るの? アクティブなのねー」
「む、ムリ……」
門に負けず劣らずの塀の高さ。
それを登るだなんてムリに決まってる!!
そんなことはこの猫にだって分かっているんだろう、猫のくせして人間のようににやりと笑った口がなんとも憎らしい。
「そう。ガッカリだわぁ。やっぱり由宇ちゃんも一般人……。んー。んー? じゃあ私は先に入っているわね」
「ちょ、ちょっと!」
レリーフの少ししかない隙間にするりと身体を入れ、簡単に門の向こう側に立つ。
私は慌てて目の前の門に両手を添えて、押してみる。
この門には開けるための取っ手がなく両開きには思えないが、こんな門を初めて見た私は、無難にそんな行動をとるしかなかった。
「んー? あっ、そっか」
私の行動を見てとった白い猫は、やっと私が入れないことに気づく。
「由宇ちゃん入れないのね。可哀想に」
「ちょっと待ってよ! 可哀想とか言ってないでここから入る方法教えて!」
「ん~……。そのままでいいんじゃない?」
「開かないって!!」
よく見てみれば、この門には接合面が無い。
ということは、これは両開きじゃないってこと。
てかその前にここから入るための門じゃないのかもしれない。
いわゆる、お飾り、というやつで…………。
どうやって入れと!?
「ん……? 変ねぇ。久しぶりのお客さまなのに……。もしかして気づいていないのかしら……?」
「どうにかしてよ!!」
「んーふふ。初めは来るの嫌がってたくせに。可愛いわねー」
私は力の限り目の前の門を押す。
手の平がレリーフに食い込んで痛い。
左手には包帯が巻いてあるからまだ大丈夫だけど、でも、痛い!
「由宇ちゃん。由宇ちゃん」
「何っ!?」
「手、離したほうがいいわ」
語気荒く答える私を気にした風もなく、そう言う。
私はとりあえず白い猫の言うことを聞いて、門から手を離した。
私が手を離したのを見、猫は鳴いた。
本当に猫らしい声で。
「あ、れ……?」
数秒の間があって、それから目の前の門は開き始めた。
さっきまであれだけ押しても動かなかったのに!
こんなに大きい門が開くもんだから、ギギギ、と古めかしい音でも鳴ればいいのに、そんな気配はまったく無い。
ゆっくりと両開きに誰の力も借りずに開いていく門を、私は呆然と見ていた。
「さ、行きましょう」
「…………」
門が開ききる前に、猫は踵を返して歩き出す。
その後ろを恐る恐るついていく。
私は物珍しげにあたりを見渡した。
申し訳程度に生えた大きな木以外は、何も無いと言ったらいいのか。
芝生が広がるだけだった。
こんな大きな庭なんだからもっと何かを置いててもいいんだけど……。
と思っているうちに気付けば目の前に褪せた緑色の屋敷の扉。
ちょっと待て。私いつの間に噴水を避けた。
真っ直ぐ進んだらぶつかってたはずなのに。真っ直ぐ進んでいたはずなのに。
「さ、さ。開けてちょーだい」
開けて開けてー、と私の足元でくるくると回りだす白い猫。
私はそんな猫を無言で見ていると、にやりと笑って「気をつけなくっちゃね」と言った。
……もういいけども。
いろいろとどうでも良くなってきた私は目の前の扉の把手に手をかけ、引いた。
ギリギリギリギリ、
錆び付いた鉄の扉を開けた時のような音がする。
私はそれに驚いて、今引いている扉が見たまんまの木製であるか確かめる。
「あらあらお先」
「ちょ、」
爪で引っかいたりと、扉を調べている私を気にすることなく薄く開いた隙間に入り込む白い猫。
置いて行かれる!
私は焦って思いっきり引いた。
扉は悲鳴を上げながら勢いよく開いた。
「…………へ?」
私は目の前の光景に驚く。
古びた外装に似合わず、中はキレイに整っている。
キレイに整っている、というか、人が毎日掃除をしてもここまでは無理なんじゃないの……。
テレビで見たことがあるような玄関ホール。
コンクリート、というより石で造られたようなホール内は私に冷たさを与える。
少し進んで両サイドに緩くカーブした階段が二階に続いている。
屋敷内の扉という扉へと向かう道に赤い絨毯が丁寧に敷かれていて、階段にもそれは例外では無かった。
しばらく外装と内装のギャップとこの小奇麗さと豪華さに呆然としていると、階段の方から猫の声がかかった。
「何をしてるの、さっきから。早く来て頂戴な」
「え、あ、うん……」
こんなところを私なんかが歩いていいんだろうか。
若干の居心地の悪さを感じながらも、私は猫についていくために歩き始めた。
踏みしめる赤い絨毯は高級のものなのか、とても柔らかい。これは絶対高級品だな。足が微かに沈む。
二階に上がり、目の前の大きな木製の扉を開けると、これまた驚いた。
今度は目に痛い黄色、いやもしかしたら金色かもしれない、通路が続いていた。
何回私を驚かせればいいんだろう、と内心疲れの溜め息を漏らす。
「ここをまぁっすぐ行ったら、やっと会えるわ」
「……会えるって、誰に?」
「気になる? 気になるかしら? でもそれは会ってからのお楽しみよ」
「……人?」
「人よー。ちゃんとした人。何、私が紹介する相手だからって人間じゃないとでも思ってた?」
「正直」
「んー……。素直なのはいいことなんだけどもね……。いいわ。それと、あともうちょっと口数を増やして頂戴な。寂しいわ」
「できればそうする」
「ん。お願いね」
ゆらゆらと揺れるしっぽを眺めながら歩き続ける。
黄色い通路は左側だけ壁が無く、代わりに中庭らしき庭が広がっていた。
こちらも芝生が広がっていたり木が立っているだけの面白みのない風景だった。
猫は私の方を振り返ることもせずに悠々と進み続ける。私は何もすることが無く考える。
どういう構造の屋敷なんだか。あと色彩感覚がすごい。目に痛いし統一感が無いような気がする。
猫がさっき言った言葉。
どうやらこの猫は私に誰かを会わせたいらしい。
正直、ここに来てから人に会うのは嬉しいことだと思う。
まだ一日しか立ってないけども、二人にしか会ってない。
もしかしたらもっと他に人がいるかもしれないが……、なんとなく、なんとなくだが、これから先まともな人に会わないような気がする。
本当になんとなくなんだけども。
「よし、着いたわ」
「え」
猫が向いている方向に目を向ける。芝生が広がるだけの中庭に変化があった。
今までとは違う、木が、花が、ガーデニングの本なんかで見たような配置で並んでいる。
人工的な光ではなく、太陽の淡い光が庭を照らしてることに違和感を持ち、天井に目を向けてみると、白い雲がまばらに散った青い空がそこにはあった。
屋根が無いんだ、と認識した後に庭で動く物体があることに今更ながら気がつく。
中庭には不釣合いな、古びた木製の安楽椅子がギィギィと音を立てている。
暖かな日差しに当たり輝く白髪が眩しい。私は目を細めた。
近くの小さなテーブルに枯れ木のような手を乗せ、ただ安楽椅子に揺られている、人。
もう70歳はとうにいっているような老人だった。
全体的にほっそりとした老人は、どこにでもいるようなおじいちゃん、と言ったらいいのか、こんな豪華な館にいることに違和感を感じるような、いやでも微かに気品が感じられるかもしれない、やっぱりこの館の主なのか。
目元に深く刻まれた皺が、目を閉じられていることによって強調されている。
睡眠をとっているのか、微弱な風に揺られるその様はなんとも気持ちが良さそうだ。
「……もしかして、あの人が……?」
あの人が私に合わせたい人物なのか、と暗に問うと猫が小さく首を横に振った。
「違うわよ。あぁでもある意味そうなのかもしれないわね」
「え、ちょっと待って。どういうこと。他にも人がいるの?」
「ん。そういうことよ。他にも人がいるの」
「そうなんだ……」
「でも変ねぇー。いつもならあの人から離れず傍にいるのに……。どこに行ったのかしら」
きょろきょろと辺りを見回している猫にならって私も辺りを見回す。
目に入るもの全てが珍しく、このまま探索したいという意欲が沸いて出てくるが、それをなんとか抑える。
流石に人様の家を無断で歩き回ることは……。
あ、そういえば……。
私白い猫に案内されただけだから、もう無断で歩き回ってることになるのかな……。
どうしよう、それだったらあの老人に謝らなきゃと思っていたところ、猫が一鳴きした。
私は白い猫が鳴いた方向へと目を向ける。
痛い黄色の通路にいつの間にそこにいたのか、ティーカップを載せたトレイを抱えてこちらをじっと見ている男の子。
真っ黒な瞳が私を責めるように見つめてくる。
小首を傾げながら、だけど不機嫌そうに眉を寄せてその子が口を開いた。
「ねぇ、誰。ソイツ」
どこがで聞いたことがある声色だと、私は瞬間的に思った。