赤花
後ろ手に玄関のドアを閉め、空を仰ぐ。
雲が一つもなく、澄みきった快晴。
朝独特の冷たい空気を肺におさめ、これからのことを考える。
勢いで出てきたのはいいけど、どこに行こうか。
ここのことを知りたいと言っても、何を知ることが出来るのかがよく分からない。
……探しものとか、そういう目的があればやる気がでるんだけども……。
私はさらの家をふり返る。
家の内装から、なんとなく立派な家なんだろうなと想像していたが、その想像をこえた家だった。
全体が淡いクリーム色の一戸建て。
縦に長く、三階ぐらいはあるだろう。
一階ごとにある出張った花壇には、赤い花が咲いていて、新築のように小奇麗な家を華やかに飾っている。
周りを見渡すと、小さいながら庭がある。
家を囲む塀の背に届く程の木が数本。
生い茂る芝生。
その中で、くぎるようにしてポツンとある花壇には色とりどりの花。
手入れが行き届いていることがうかがえる。
さらの家をはさむように建っている家には、ここまでの華やかさがない。
この家が違う。
まるでここだけが、強引に切り貼りされたようだった。
「…………」
キレイすぎて、人工的すぎる家。
……長居はしたくないかも……。
恩人に対してとても失礼な考えだろうけども、直感的にそう思ってしまった。
――『この場所』は私の嫌な記憶までも呼び起こしそうだから。
「嫌な、記憶……」
酷く気分が悪くなった。
ここにいても仕方が無いと判断した私は、この場所を後にした。
***
例の如く、見慣れた道をぐるぐると歩き回る。
この道を進んだら商店街に出るはずなのに……。
普通の道を通っていても目的の場所に行けないのなら、と細い路地裏を通る。
一番最初に出会ったゾンビのことが一瞬脳裏をかすめたが、なんとか現れずに先に進めた。
それから長い時間歩いていると、やっと商店街へと出れた。
来た道でもそうだが、やはり人の気配は無い。
どれだけ人が少なくても、数人は見えるはずなのに……。
「…………いない、か…………」
試しに、私がよく行っていた本屋に入ってみる。
中には当然、誰もいない。
誰もいない本屋というのもなんだか新鮮で、私は近くの本棚から小説を抜き出す。
ぱらぱらと捲ってみると、ちゃんと文字があって、意味を成した文が並んでいる。
それを元の場所に戻し、他の本を抜き出す。
どの本にもちゃんとした絵や文が並んでいた。
私があまり読まないファッション雑誌を捲ってみると、この世界に来る前の私の世界で見た服や着飾り方が載っている。
……人がいないことと、道が迷路化していること以外は、私のいた場所とまったく同じだ。
他のお店にも行ってみる。
店の中にテレビがあったので、つけてみると、普通に見ることができた。
ニュースで殺人事件が報道されていたり、今流行の芸人が出た番組。
テレビの中では、人間がちゃんと番組の中にいた。
「…………」
……よく分からない。
ここには人がいないのに、なんでテレビには人がいるの……?
どこで収録してんだろう……。
私は適当にテレビのチャンネルを変え、飽きてきたところで電源を消した。
用もなくなったので、店から出る。
その後、私は色々な店の中に入った。
当然のように店の中には人はいない。
生活観もなく、妙に寂しい店の中。
居酒屋では、客用のテーブルの上に酒が乗っていたり皿が乗っていたりして、食べかすなども散らばっていたが、……まったく人がいた気配がしない。
しきりに首を傾げて、店の外に出る。
…………静寂が、耳に痛い。
音を発する物が無い商店街は、外見はキレイにされているが、寂れていた。
客を誘う声も無ければ、商店街の中を堂々と移動する車も無い。
店を物色しながら歩く通行人もいなければ、看板のネオンが発する音も無い。
ここまで来た道ではまだそんなことは気にならなかったが、商店街が元は騒がしい場所だけに、酷く耳につく。
……ここにもいられないか。
そう思った私は、違う場所に行くことにした。
「違う、場所…………」
といっても、他に行くところ?
私は本当に地元しか歩いたことが無いので、大方歩きつくした今、どこに行ったらいいのか分からなくなった。
あと他に行ってないところ……ある?
人がいそうなところ、私商店街しか知らないような……。 私が住んでいる街には人が集まる場所が少ない。
もう少し遠出したらあるけど……。
迷路から抜け出せない今、それはできない。
…………。
どこに行こう……。
***
ふらふらと行き場も無く歩き続ける。
昨日とは違って、今日は本当に静かな日だ。
さらの家を出てから誰にも会わないし、化け物にも会わない。
化け物に会わないというのはいいことかもしれないが、人には会いたい。
あぁー。人に会いたい人に会いたいー。
できれば普通の人。
私と同じようにこの異常な状況に困惑している人がいい。
一緒になって困惑されるのも困るけど、今まで会ってきたのよりもマシなはずだ。
司さんやさらはまだいいとして、白い猫は……ちょっと、いやかなり話しにくいし…………。
誰かに会えないものだろうか?
「由宇ちゃん」
「っ!?」
いきなり聞こえた声に驚いて、辺りを見回す。
塀に囲まれた一本道を歩いていた私は前後を確認するも、声の主がいない。
「こっちよ、こっち」
「あっ…………」
くすくすと笑う声が、上から聞こえた。
塀を見上げると、しっぽをぷらぷらと揺らしてくつろいでいる、あの白い猫がいた。
……一番会いたくないのが来てしまった……。
「うふふ。そんな嫌な顔をしないで頂戴」
「……なんの用?」
「うふ。そんな少女ちゃんの素っ気無い態度が好きよ」
どうしよう。会話になってない。
いっそのこと見なかったことにしてどっかに行ってしまおうかな……。
「あの……私、ちょっと行くところがあるんで、これで失礼しま」
「あー、そうそう。由宇ちゃん。あなたには行くところがあるのよ。私についてきなさい」
「…………」
白い猫は塀の上で一回伸びをすると、するりと地面に降り立つ。
そのまま歩いていくかとも思ったが、白い猫は律儀に私を待つようにお座りしていた。
できれば関わりたくないので、どうにか諦めてもらおうと私は口を開いた。
「いや、でも私本当に行くところ」
「あら! 少女ちゃん! どうしたのその左手! 怪我でもしたの? そういえば頭にも包帯を巻いているわね。痛々しいわー。というわけで行きましょう」
「私行くとこ」
「怪我は大丈夫? ちょっと、もしかしてその頭の包帯換えてないんじゃない? 私が巻いてあげるからさっさと行きましょう」
「…………」
どうやってあの手で巻くんだろう。
いやそんなことはどうでもいいんだけども。
私を逃がす気がまったくないらしい白い猫は、ニコニコと笑っている。
あぁもうこれが普通の猫だったらかわいさのあまり抱きついている。
どうしよう。どうやって逃げよう。
「は・い・行・き・ま・す」
「は……うぃ、行きま……ふ……」
「う~んさすが由宇ちゃん! じゃあ早速行きましょう!」
「…………」
…………最悪。
白い猫の言葉に、私の口は私の意志に関係無く言葉を紡いだ。
油断した。まさかここまで抵抗なく言わされるとは……。
満足そうに背中を見せ、歩き始める猫。
「……はぁ……」
どうせ行くところも無いし……。
私は仕方なく白い猫についていくことにした。