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平行世界  作者: 返歌分式
二日目
16/34

今日

 痛みが体を蝕むのなら、苦しみは心を侵す。

 痛いから痛い、と素直に言ったとしても、

 叫べばいいってものじゃない。




***




 すぅっ、と呼吸をするように意識が覚醒する。

 私は自分の寝起きの良さに驚いて、数秒固まる。

 あれ? 起きてる? と理解して首を巡らせると、カーテンに遮られているが、窓から光が漏れていることに気がつく。



「朝…………」



 理解すると、横にいるはずのぬくもりを求めてもぞもぞとベッドの上を探る。

 だが、もう起きてどっかに行ってしまったのか、そのぬくもりを見つけることはできなかった。

 どこに行ったんだろう、とぼんやりと考える。

 それから壁にかかっている時計を見た。


 10時。

 時計の針が刺す時間に一瞬にして肝が冷える。



「が、学校っ!!」



 勢い良くベッドから飛び起きて、そういえば昨日学校に人がいなかったことを思い出し、次にここが私が住んでいた所と違うということも思い出す。

 人がいないんだったら学校に行く意味も無い。

 私は安堵で一気に脱力した。

 朝から盛大のため息を吐いていると、部屋のドアが開いた。



「あっ、ゆ、由宇、さん? あ、違っ、由宇! お、おはよ…………」



 私が起きていることに気づいたさらが、昨日と同じく半開きの扉から伺うように挨拶をしてきた。

 ……まぁ、さん付けで呼ばれないぐらいには進歩したと思うけどさぁ……。

 とりあえず私は若干引きつったであろう笑顔で挨拶をし返した。



「おはよう」


「あ、……おはよ、です…………」



 何がそんなに恥ずかしいのか、照れて扉の裏に隠れるさら。

 しばらくもじもじと扉の裏から出たり隠れたりを繰り返した後、意を決したように扉から離れて私の傍に寄ってくる。



「……? なん、で床、床に座ってる、の?」


「……ちょっと朝っぱらから肝が冷えたからね……」


「それは、大変っ!」



 私の言葉に泣きそうな顔をして「服! 毛布! ストーブ!」と呟きながらおろおろし出したさらは、近くのクローゼットから服を引っ張り出そうと、把手に手を掛ける。

 それを私が引き止めて、「大丈夫だから」となだめた。

 いや、服を貸そうとしてくれるのは嬉しいけども、さらと私の体格じゃ絶対入らない。

 引っ張り出すだけ無駄だ。


 床とかに散らばらされでもしたら、後で片付けるのがめんどくさそうだし。

 そう考えて、服は邪魔だからいらない、と言ったらぽろぽろと泣かれた。何故だ。

 いきなり泣き出すさらに、焦ってどうしたらいいか分からなくなる。なんだかこっちが泣きたくなってきた。

 この子涙腺脆すぎ! どうせならドラマとか見て泣いてよ! 私の言葉で泣かないで!



「じゃ、ま、……? うぇぅぅ……」


「あー、いやいやいや全然邪魔じゃないありがとうもう本当に嬉しいよもう本当! でも私肝が冷えただけでいやいやいや何も冷えてないごめん私の勘違いだったから泣かないで!?」



 必死になだめた甲斐があってか、数十分後、なんとか泣き止んでくれた。

 涙腺脆くてすぐ泣き出すわりに、泣き止む時間が恐ろしく長い。

 朝から疲れた思いをした私は、あー、と声を上げながらベッドに顔を突っ込んだ。

 そんな私の様子に、さらは眉を下げて困った顔をしている。



「あ、あの……」


「…………何?」


「あ、お腹すいて、ません? ……ない?」



 そう聞かれて初めて私はお腹が空いていることに気づく。



「うん。お腹空いてる」


「あ、朝ご飯、作ってる、から!」


「え。作ってるの」



 だからいなかったのか。

 朝ご飯を作ってもらっていただなんて、寝坊をしてしまった私が恥ずかしい。



「食べ、る?」


「食べる食べる。すっごくお腹空いてるから」



 お腹が空いているからって、これはがっつき過ぎじゃないのかと思えるぐらいに迫る私に、だけどさらは嬉しそうに笑った。



「下、行こ!」



 嬉しそうに私の手をとる。

 思いのほか強い力で引っ張られていく私。

 なんというか……、この子は躁鬱が激しい。

 泣いていたかと思えば笑うし、笑ったと思ったら泣く。

 情緒不安定、と言えばいいのか。

 とりあえず昨日と今日で分かったことは、この子のテンションにはついていけない、ということだった。




***




「ごちそうさま」



 明らかに私より年下であろう少女の料理の腕に舌を巻く。

 案内されたリビングの席に座る私は、向かいで黙々と料理を食べるさらを見る。

 あぁ、私中学生のくせして小学生に負けるのか……悲しい。女として。

 いや、考えろ、私。だいたい女の人が料理が出来なくちゃいけないという考えはどこから来ているんだ。

 女だって人間だ。ちょっと生物学上に女と分類されているだけで男と大差ないじゃないか。


 なのになんで女だけが料理を作れなきゃいけないのだろうか!

 そうだ。私は人間だ。別に料理が出来なくたっていいじゃない!

 別に悲しくないもん。年下に負けたからって悲しいだなんて思ってないもん!



「ごち、そー、さま、……です」



 悲しい、悲しすぎる。必死に言い訳をしている自分が哀れだ。

 心の中でぶつぶつぼやいていると、食べ終わったのか、さらは自分の顔の前で手を合わせていた。

 料理の腕は確かなんだけど、さらは『食べる』のが下手なようだ。

 テーブルの上に食べこぼしが散らばっている。

 けどお決まり中のお決まりである口の周りには食べこぼしはついていない。

 口の周りを拭いている素振りはなかったのに。何故なんだ。


 自分の分と私の分の食器を台所に何食わぬ顔で持って行くさら。

 気にならないのかな。食べこぼし。

 こういうものは特に気になる質である私は、テーブルの端に置いてあったフキンで拭く。



「あ、拭いてくれた、の? あり、がと」


「うん」



 台所から戻ってきたさらは、椅子に座る。

 私の真横の席だ。



「あの……」


「ん?」


「だいじょう、ぶ?」


「? 何のこと?」


「手……」



 包帯でぐるぐる巻きにされた左手の平を労わるように撫でる。

 憂うように伏せた顔は、悲しみの色に染まっていた。

 ……その表情に、多少の違和感を感じる。

 何故違和感を覚えたかは分からないが、なんか変だ、と。

 それから、気づく。



 何故、さらは悲しそうな顔をしている?



 ………………。


 いやいやいや、ちょっと待て私。

 なんでそんなことに私は疑問を感じているんだ。

 この子どう見ても感受性が強い子だろう。

 感受性が強い子って、それってつまり他人の痛みをまるで自分のことのように扱う子だということで、包帯が巻かれているということは怪我をしていたんだろう、その怪我がもし深かったら、それはさらにとってとても痛いことで……。

 とりあえず、私の違和感は見当違いだ。

 そんなことよりも、何で私の左手の平に包帯が巻かれているか、聞かなくては。



「包帯を巻いてくれたのはさらちゃん?」


「うん」


「私、左手怪我してた?」


「……うん」


「そうなんだ……いつの間に怪我したんだろう……」


「……」


「あっ。お礼言うの忘れてた。……ありがとうね、さらちゃん」


「……」



 もう確かめたことだが、頭の包帯も新しい物に代わっていた。取り替えてくれたのだろう。

 私はさらに感謝をしなくてはならない。

 だって、さらには私をあのまま放っておくという選択もあったわけで、もしそっちを選択していたら、きっと私はそこらを徘徊している化け物に殺されていただろう。

 殺されなかったとしても、外は寒い。

 風邪を引いていたかもしれない。


 今私が何の危険も無くここにいるのは、ひとえにさらのおかげ。

 感謝の気持ちと共に、横にある頭を撫でる。

 さらは俯いたまま何も言わない。

 大人しく私に撫でられている。


 撫でている間、私は考える。

 このままこの家にお邪魔するのは失礼だ。

 それと、昨日さらが言っていた、別世界だというこの町を知っておきたい。

 ……何を知るのか、とかは……まぁ、置いといて……。



「…………」


「あっ、そうだ。私この町のことを知っておきたいから外に行ってくるね」



 私の言葉に勢い良く顔を上げ、驚いたように私と目線を合わせる。



「そ、と……行く、の?」


「うん」


「なん、で?」


「ちょっと周りを知っておきたいっていうかなんていうか……ねぇ?」


「…………そう」



 悲しげに薄く微笑むさら。

 私はなんでさらがそんな顔をするのかが分からなかった。



「わ、たし、この家、離れた、くない、から、ついていけ、ない、の。ごめ、んなさい……」


「えっ!? あっ、あ、いや。そ、そっか」



 てっきり着いてきてくれると思っていた私は動揺した。

 あぁ、だから悲しそうな顔をしていたのか。

 そりゃそうだよね。

 人がいない場所に唯一いる、話せる相手。

 私がどっかに行くのは寂しいよねぇ……。


 周りに人がいない寂しさは私も分かる。とても心細い。

 もし私がさらの立場なら、あれやこれやと試行錯誤をして説得するだろう。

 でも、さらは説得することを考えることはできたとしても、説得までには至らない。

 説得できるほどの言葉を、もっていないだろうし。

 こんなに気が弱いさらに、他人を留めさせる意志があるとも思えない。

 私は、ここから離れることを謝るように、さらの頭を撫でる。



「世話になったね。ありがとう」


「…………」


「……じゃあ私、行ってくるね」



 そう言って席を立つ。

 さらはいまだに俯いたままだ。

 見てみると、膝の上に置かれた手が汚れの無い白いスカートを軽く握り締めている。

 何か別れの言葉は無いんだろうか、としばらく目の前で立ち尽くしてみるも、無言。

 待っても言葉は出てこないと知ると、私は玄関へと足を向ける。

 私が背を向けた瞬間、さらが呟く。

 今までの消え入りそうな声とは違う、妙にはっきりした声で



「いってらっしゃい」



 と、



 変なところで区切れず、流れるように。




 私は思わず後ろに首を巡らす。

 イスの上に行儀良く座り、身長が足りないのか足は床についていない。

 両手はスカートを握り締め、顔は下を向いている。


 ぴたり、と、ずっとその体勢。


 ……一瞬、気持ちが悪いと思った。



「うん。……バイバイ」



 私はそのまま玄関に向かう。

 早くここから出たかった。

 きっとさらは今歯を食いしばっているだろう。

 悲しくて寂しくて期待して。


 ここから離れると聞いて感じる悲しさ。

 周りに誰もいなくなると聞いて感じる寂しさ。

 ……もしかしたら言葉とは裏腹にここにいてくれるかもしれないという、期待。


 なんでそんなことが私に分かる。



――今のさらは俯いている。分かるはずが無い。



 不可解な感情が私の中で渦巻く。

 顔を掻き毟りたくなる衝動を抑え、私は外に出た。








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