少女
「ご、ごめん、なさい……。その……いきなり、泣いてしまって……」
「あ、いや、別に」
「うぅ……、ほ、本当に、ごめん、なさい……」
「そんなに謝らなくていいよ。ほら、泣き止んで」
「あ、あり、が、とう、ご、ござい、ます……」
喋りにくいのか、鼻をすすりながらたどたどしくお礼を言う少女。
何度も謝る少女に苦笑いをしながら、慰めるようにその頭を撫でる。
さっきよりは泣き止んだものの、目いっぱいに涙を溜める少女に困り果てる。
「あ、あの、ごめんなさい。そ、そんな、優しい言葉、かけ、かけてくださるな、んて、思って、なくて、あ、う、ご、ごめん、なさい……」
俯いてまた謝りだす少女に、謝らなくていいよ、と出来る限り優しく声をかけると、少女はひきつった笑顔をした。
無理して笑っているのが一目瞭然だ。
そんな顔をするぐらいなら笑わなければいいのに、と思ったけど、流石に今の状況でそれを言ってしまえばまた泣き出すかもしれないので、その思いは心の中にしまっておくことにした。
もともと無かった食欲がさらに失せしまったので、せっかく用意してもらっていたのに悪いけれどさげさせてもらう。
少女は残念がる風もなく、ただ黙ってトレイを受け取った。
何を言うこともなくトレイを持って少女は小走りで部屋を出て行く。
「…………」
これ以上他人の家にいることはできない、と考えた私はベッドから両足を下ろして立ち上がる。
私をここまで運んできてくれた少女は、学校の鞄も持ってきてくれたようで、ベッドにもたれかかるようにして床に置かれていた。
私は鞄の中を確かめるために開く。
教科書にノート、奥底にはナイフ。
良かった、と呟きをもらした時、少女が部屋に戻ってきた。
「あっ…………、か、かえ、帰るんです、か?」
拭ってきたのか、目には先ほどのように涙は溜まっていない。
少女は不安そうに眉をひそめておろおろとしていた。
私は少女の問いに、うん、と返す。
するとぴたり、と少女は動きを止めてそうですか、と少し悲しそうに笑う。
その少女の顔を見たとき、罪悪感に胸が痛む。
「ありがとうね。ここまで運んで休ませてくれたりして」
「えっ、あっ、……うん……」
今度は恥ずかしそうに顔を俯けてしまった。
その反応にかわいいなぁ、と思い自然と笑みがこぼれる。
礼を言われることに慣れてないんだろうか。
そうじゃなかったらこんなに照れないと思うし……。
「あっ!」
いきなり顔をあげた少女に驚く。
今まで控えめな声しか聞いていなかったので、少女が結構大きめに声を上げたのにもびっくりした。
「あ、あの、夜、夜は外に出ない方が、いいですよ! あ、あなた、まだ慣れてない、ようです、し! だから、お、お泊り、しま、せんか?」
慣れてない?
なんのことだろう。
少女の言葉に疑問を持ちながらも、必死に言うその姿に面食らって私は頷いてしまった。
私が頷いたことに、少女は満面の笑みを浮かべる。
初めて見たその笑顔に衝撃を受けた私は、その場で固まってしまう。
少女はそんなことはおかまいなしに、私を後ろのベッドに押し戻す。
抵抗することなくベッドの上で横になった私は、今更ながら、何でベッドに押し戻されてるんだろうと思った。
「怪我、いっぱいして、ますから。寝たほう、がいいですよ」
「う、うん」
頷いたものの、制服で寝るのはどうかと思う。
でも、寝巻きなんて私の家じゃないんだしもちろんのこと、無い。
だからといって目の前の少女に服を貸して、と言うこともできずに、結局私は何も言わなかった。
「あ、あ、あの!」
「は、はい!」
少女はベッドに押し戻したままの体勢で意気込んだ声を出す。
何を言われるんだろうとかそんな考えは浮かばずに、ただ何かよくわからないけど身体に力が入る。
「わ、私、名前、桝谷さら、って言う、の! あ、い、言い、ます!」
「わ、たしは、浅倉由宇!」
「お腹は、空いてません、か! あっ、お粥……、あっ、じゃ、じゃあ! 喉は渇いて……、あっ、あうぅぅ、怪我、は痛く、ありませんか!」
「え、あっ、うん。もう全然!」
「良かった、ですね!」
「う、うん!」
桝谷さら、という少女のテンションに押されて、私もよく分からないテンションになる。
途中で、いやこれ早く修正したほうが良くない? と気付いた私は、わざとらしくこほん、と咳払いをする。
それに気付いた少女は、恥ずかしそうにベッドから離れた。
少女が離れたことに少し安堵した私は、とりあえずさっき疑問に思ったことを聞いてみることにする。
「あの……。さら、ちゃん? でいいのかな」
「は、はい!」
「さっきの慣れてない、ってどういう意味?」
「…………え?」
私の質問に、不思議そうに首を傾げるさら。
そのしぐさを見ていると、なんだか私が場違いな質問をしているみたいだ。
「あう。えっと、ですね。え、あ、浅倉、さんは、ここに来たの、つい最近、です、か?」
「由宇でいいよ。つい最近っていうか……この町に住んでるんだけどね」
「あ、じゃ、じゃあ、由宇、さんって、言います……。多分、ですね、あなたが知って、る、町じゃない、と思い、ますよ」
「……?」
たどたどしく言われた言葉に、今度は私が首を傾げる。
私が知っている町じゃない?
そう言われて少し納得しそうになる。
確かに私の住んでいた町にはゾンビもいないし迷路のような道でもない。
ましてや人がいない町でもない。
でも、それじゃあ私がいるこの町はどこなんだろう。
いやそれよりもなんで私はこんなところにいるんだろう。
次々と浮かぶ疑問。
とりあえず、目の前の少女は私よりこの町のことを知っているみたいだから、色々と聞いてみることにした。
「じゃあここはどこなの? 私が住んでいた町にすごく似てるけど」
「あ、の、ですね。わた、私も、この町のことは、知らない、んですよ」
「知らない?」
「はい。この町に、なる前は、ビルが立ち並ぶ街が、朽ちた風景、でして、わ、私が起き、た時には、この町の風景、になって、まして……」
「え、ちょっと待って。それどういう意味?」
少女の言葉を遮る。
なんだか言っていることがよく分からない。
ビルの立ち並ぶ街が朽ちた風景?
何それ。
だって今は私の知っている、いや似ている町しか見えない。
ベッドの近くにある窓から外を見ても、外は暗いけどそれを照らすように街灯はついている。
照らされた場所は、間違うことのない、私の知っている町に似ている町。
少女の言葉がよくわからない。
「えっと、ですね。よく、あること、なんですよ。ここ、はですね。私、がここに来た、時も、そんな感じ、でして、ころころと、変わるんで、す」
ころころと変わる? 風景が?
何を言っているんだ。
やっぱり少女の言っていることがよく分からない。
「あ、あと、です、ね。化け物、見ました、か?」
「うん。ゾンビみたいなのと気持ち悪い犬と喋る猫」
「喋る、猫? ……あ、ですね。ここは、あなたが、知っている、世界、じゃなくて、なんだか、魔物? が、いる、みたいで、す。私、も、理由は、分かりません、けど、いるん、です。でも、人は、いま、せん。一部の、人、しか」
「なんで一部の人間しかいないの? 一部の人間って何? なんであなたはここにいるの? いつからいるの? この世界は何!?」
「あえぅぅ…………」
混乱している。
自分でも分かるほどに。
一部の人間しかいない?
どういう意味だろう。
よく分からない。
質問攻めしてしまった少女は、私の剣幕に怯えて縮こまっている。
それに気付いた私はごめん、と謝ってその少女の頭を撫でた。
すると怯えた顔から、気持ちよさそうに目を細める。
そのしぐさにかわいい、と和むことができずに私は悩む。考える。
自分を落ち着かせるために浅く呼吸をする。
落ち着いたらもう一回、今度はこの子を困らせることのないように質問しようと、私は思った。
***
少女――さら――の話をまとめると、ここは私の知っている町じゃないということを理解した。
それとさらの言い分だと、『世界』がまるまる違うのかもしれない、ということも聞く。
私が知っている『世界』は、ころころと場所が変わるところじゃない。
寝て、目が覚めたら昨日と同じ風景がある。
それが私が知っている『世界』の当たり前。
けど、ここは違うみたいで、寝て目が覚めたら風景が変わっていたりするそうだ。
時々思い出したように自分が見ている『世界』が変わる。
そんな『世界』。
さらも、私と同じように目が覚めたらこの『世界』にいたようだ。
ダメもとでここから、自分の知っている『世界』に戻れる方法はないか、と聞いてみたけど、予想していた答えが返ってきた。
そりゃそうだよね。
知ってたらここにさらはいないもんね。
化け物のことも聞いてみたけど、だいたいの化け物はこっちから危害を加えない限り襲ってこないようだ。
人も一部の人間しかいない。
で、ここで私の最大の疑問。
「食料って、どこから取ってくるの?」
「コンビニ、とか」
「……人はいないんじゃなかったの?」
「うん。いない。けど、置いてある、の」
そこに若干の違和感を感じながらもなんとか納得することにした。
さらには、私に対しては敬語を使わなくていいよ言っておいた。
そう言った時のさらは、すっごく喜んでいて、思わずこういう妹が欲しいな~、と和んでしまった。
もう今日はこのぐらいでいいかな、と思った私は寝ることにした。
身体が休息を欲しがっている。
さらにそのことを言うと、私も寝る、ということで決まった。
さらは、私と一緒に寝たい、と控えめに言う。
私はそれにいいよ、と返すと嬉々としてベッドに潜りこんできた。
人当たりが良いといえない私にとって、さらの行動は嬉しいことだった。
なんだか本当に妹ができたみたいで。
私とさらは、そのまま眠りについた。