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平行世界  作者: 返歌分式
一日目
13/34

目覚

 走って走ってこけてしまった。

 立ち上がって痛みをこらえて走って。

 もう走らなくてもいいんだと笑顔を見せたのが運の尽き。
















 意識が突き上げられるように浮上した。

 私はいきなりのその感覚に驚いて目を開く。

 最初に視界に入ったのは、私の部屋とは違う木目の天井。

 見慣れない天井に、多少動揺する。


 少しの間天井の木目をなぞる様に目を動かしながらぼんやりしていると、身体が温かくて柔らかい感触に包まれていることに気付いた。

 頭を浮かして自分の身体を見下ろすと、毛布が掛けられていた。

 どうやら私はベッドに寝ているようだ。

 それから辺りを見渡すと、知らない部屋に私はいることに一抹の不安を覚える。


 私が今いる部屋を一言で言うなら、かわいらしい部屋。

 数多くの種類のぬいぐるみが床やら棚に置かれていて、勉強机はきちんと整理されている上に小物を入れている透明な箱が一つだけ置いてある。

 ベッドの近くにある窓の外は、もう暗い。


 私は道端で意識を失ったことを思い出して、今まで寝ていたことに少し苛立った。

 もしかしたらあの女の子が私を連れてきてくれたのかもしれない、と意識を失う前に出会った女の子のことを考える。


 かわいい子だったなぁ。将来は美人さんになるかも……。

 そんなことを考えながら目線を天井に戻してぼんやりと時間を過ごす。

 しばらくそうしていると、ふいにこの部屋のドアのノブがゆっくりと回った。

 カタンッ、とノブの回る音に驚いてそっちに視線を向けると、ドアの向こうから何か手に持っている少女が見えた。



「…………あっ」



 少女は私を見ると私が意識を失う前と同じ表情をして、手に持っていた何かを落とした。

 手に持っていたのは桶で、落ちると同時にその中に入っていた水が床を濡らす。

 それに少女はあわてふためいて、水に足を滑らせてこけた。



「大丈夫っ!?」



 私は驚いてベッドから身を起こそうとした。

 それに少女はか細い悲鳴を上げて部屋の外に出てドアを閉めた。

 ドアの向こうからドタドタと走る音が聞こえる。

 私は中途半端に起こしかけている身体をそのままに、呆然とする。


 やっぱり私をここまで運んでくれたのはあの子だったんだ、という考えと、あの少女の不可解な行動を疑問に思う考えとが、巡る。

 ドア付近を濡らす水をどうしようか、と床を見ていると、ドアノブが回って、扉が薄く開かれた。


 薄く開いた扉から、少女の顔半分が現れる。

 今にも泣きそうな顔で私を見ていた。

 少女は、部屋に入るべきか入らないべきか考えあぐねているようで、その状態が数分続く。

 私はその子への対応に困った。

 とりあえず何か言わなきゃならない、と思って口を開いた。



「あの……、私をここまで運んでくれたのは、あなた?」



 私の問いに、こわごわといった様子で頷く。

 その様子に私はその少女に向かって、不安がらせないようにできるだけ笑顔で言った。



「そうなの? ありがとう」



 少女の大きな目がさらに大きく見開かれる。

 私の言葉に驚いているようだ。



「あ、あり、がとう……?」



 口からたどたどしい言葉が呟かれる。

 それは小さすぎて聞こえにくかったけど、確かに私の耳に届いた。

 私は相槌と共にもう一度同じ言葉を重ねる。


 それに安心したのかはわからないが、少女はかすかに怯えながらもするりと部屋の中に入ってくる。

 さっきこけた時についた水が、その白い服に染みを作っていた。

 それを気にした風もなく、手に持っている雑巾で床を拭く。

 水分を吸った雑巾を横に置かれた桶の上で絞り、床がキレイになると桶を持ってどっかに行ってしまった。


 私は、今思い出したようにだるさを訴える身体をベッドに戻す。

 他人の家のベッドで寝るのは気が引けるが、やはりというか、身体が訴える重さに抗えずに久しぶりに感じる柔らかさに頭を預ける。

 浅い眠気にうとうととし始めたころに、少女が部屋に入ってきた。

 それに気付いて目を向けると、手にはトレイを持っている。



「水、……飲みます、か?」



 私から距離をとるように部屋の真ん中で立ち止まって言う。

 ちょうど喉が渇いていたので、それに頷く。

 ベッドの近くの勉強机にトレイを置くと、その上に乗っていたコップを両手で支えながら私に差し出す。


 緩慢な動きで上半身を起こすと、少女は怯えるような目で見てきた。

 私はお礼を言って水の入った透明なコップを受け取る。

 一口飲むと、自分の予想していた以上に喉が渇いていたようで、決して少なくはない水の量を一気に飲み干す。



「お粥、も、あります。……食べ……ますか?」



 空になったコップを受け取って、私の顔色をうかがう少女。

 いっそ憐れといえるまでのその怯えっぷりに、私は苦笑いを浮かべた。

 それをどう解釈したか、少女は悲しい顔をして俯いた。



「あ、いや、食べたい。うん。お腹空いてるんだ」



 慌てて言った言葉に、泣きそうな弱弱しい顔で少女は微笑んだ。

 トレイの上に置かれていた小さい土鍋とスプーンを、トレイごと目の前に突き出した。

 私はそれを素直に受け取る。


 受け取ったときに、自分の左手に包帯が巻かれていることに気が付く。

 手のひら全体に巻かれている包帯に、内心首を傾げつつも、痛みがなかったので放っておくことにした。


 膝にトレイを置いて、土鍋の蓋を外すと白い湯気が仄かに立ち込めた。

 なんてことのない、水蒸気の匂い。私は無理しつつもスプーンで粥をすくう。

 息を吹きかけて冷ましている間、少女は私のことを食い入るように見つめていた。

 それに居心地の悪さを感じつつも口に含む。

 かすかに塩味がした。



「おいしいよ」



 笑顔で少女に向かってそう言うと、てっきり満面の笑顔とまではいかなくても、少しぐらい笑ってくれるかなと思っていたのに、私の考えとは違って逆に泣きそうに顔を歪める。

 その顔をして数秒、本当に少女は泣いてしまった。


 線を引くように頬を伝う涙は、大粒になって床に落ちる。

 静かに涙を流すその姿に私は慌てた。

 私はまた何かいらないことを言ったの?


 トレイをベッドの横に置いて、私はその子が早く泣き止んでくれるようにと、頭を優しく撫でる。

 いきなりのことに驚いたのか、大げさなほどに身体がはねた。

 でもそれも一回だけで、少女は顔を俯けたまま静かに泣く。


 振り払われなかったことに安堵して、極力優しく髪の毛をすく動作をする。

 少女が泣いている理由が分からない。

 けど、私を嫌がっているわけではなさそうだ。

 そのことを嬉しく感じる。


 少女のすすり泣く声だけが、部屋の中に響く唯一の音だった。












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