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平行世界  作者: 返歌分式
一日目
10/34

学校

 道中、また化け物に襲われるんじゃないかとびくびくしながら目的地を目指していたが、別段教われることなく、――ついでに誰にも会うことなく――目的地である学校に着いた。

 私が通う学校は、不自然な静けさに包まれていた。

 しばらく開け放たれた校門の前で立ち尽くす。

 私はこんなに静かで誰も通っていない学校を見たことがない。

 密かにスカートのポケットの中に入れておいた腕時計を見てみると、8時10分を指している。


 あと20分で予鈴が鳴る。

 私にしては少し早い到着だ。

 いつもならギリギリなはずなのに、とため息をつく。

 この複雑な気持ちがなんなのかは分からないけど、私はそれを無視して学校の敷地内に足を踏み入れた。

 学校の中を歩いていると、今日は休日なのかな、と不安になってくるぐらいに静かだった。

 上履きに履き替えた私は真っ直ぐに自分の教室に向かうため、階段を上る。


 向かっている間、誰にも会わなかった。

 誰の話し声も人の気配もしない。


 誰もいないのかな。

 にしては廊下の電気がついている。

 教室に向かう途中に通る教室を片っ端から覗いていく。

 扉のガラス窓から見えるのは妙に小綺麗に並べられた机と椅子だけ。


 幾度と無く立ち止まりながらも、自分の教室に着いた。

 そこには他の教室同様に誰もいなかった。

 スライド式の扉の把手(とって)に手をかける。

 ガララッ、と加わる力に従って開く教室の扉。

 限界まで開いた扉は、その動きを止める。

 目の前に広がるのは、ガラス窓から見えたものと同じ。


 静か。


 とても静か。


 心地良い静けさ。


 自分の席に向かわずに、そのまま教室を離れた。

 誰もいないのに自分だけ席につくなんて、そんな馬鹿らしいことはしない。

 先生もいないのか、と職員室に行ってみるけど、誰もいない。

 なんで誰もいないんだろう。


 首を傾げる。

 校門は生徒を迎えるために開いていて、廊下にも教室にも電気が点いている。

 もちろん職員室にも電気は点いていて、誰かが行動をしなければ校門が開いていたり電気が点くことはない。

 それなのに誰もいない。

 ふと、司さんの言葉が思い出される。



『友達、いるのか?』



 ああなるほど。

 司さんはこのことを言っていたのかもしれない。

 学校に来るまではそれを言われたことに憤慨していたが、今思えばどうってことない、ただの確認だったんだと思える。


 それに薄く笑う。

 学校に人がいない。


 なんて嬉しいことなんだろう。

 注意しなければ口から漏れる笑い声を必死になって堪える。


 別に探さなくてもいいじゃないか。

 学校に人がいないんだったら、それはそれでいい。

 探さなくていいんだよ?

 だって誰もいないんだから。

 探しても誰もいないんだから。


 ついに堪えられなくなってくすくす笑う。

 職員室から離れて、行くあてなく廊下を歩く。

 なんて気持ちのいいことなんだろう。

 誰もいない廊下を歩けるだなんて。


 煩わしい声も聞こえない。

 変な気遣いをしなくていい。

 これだったら学校に行く理由もないんじゃない?

 別に学校に来なくても、家に帰らなくてもいい。


 どうせ周りには化け物しかいないんだから、自由にしてもいい。

 だから――――


 視界に入る奇妙な物体。

 それに目を奪われる。

 いつのまにか立ち止まっていた。

 じっ、とその物体を凝視する。


 あれはなんだった。

 頭が理解できない。

 なんだっけ。

 あれは、なんだったっけ。




 その存在に、私は気付いた。




 私はくらりと揺れる視界に驚いて頭を押さえる。

 危なげに廊下に踏みとどまって、その踏みとどまった廊下を見開いた目で見つめる。



「あ、……れ…………?」



 私は辺りを見回す。

 ここがどこだか一瞬分からなかった。

 見知った廊下。

 誰もいない教室。

 それを見てここは学校だと思い出す。



「いつのまに…………」



 廊下を真っ直ぐ行ったところに自分の教室があることを確認する。

 さっきまで一階の廊下を歩いていたのに、なんで三階にあるはずの教室が?

 そんな考えがぐるぐると巡る。


 とりあえず自分の教室に向かうと、教室の扉は開いていた。

 中を覗いてみると、騒いでいる生徒達がいないだけで、少し乱雑に並べられた机と椅子と、いつもの風景がそこにはあった。

 私は自分の席に鞄を置く。

 ちょうど教室の真ん中にある私の席から、ぐるりと教室を見回す。


 誰もいない。

 黒板には今日の日付と、日直の名前が書いてある。

 6月の中旬の日付。その下には平日であるという証明に水曜日、と書かれていた。

 時間帯が気になって黒板の上に掛けられた時計を見る。

 あと1分経過すると予鈴が鳴ることを示していた。


 キーン、コーン、カーン、コーン…………


 空しく響く予鈴。

 それから10分後本鈴が鳴るはず。


 キーン、コーン、カーン、コーン…………


 さっきと同じリズムのチャイムが鳴る。

 私はそれに我に返った。

 慌てて時計を見てみると、8時40分を指している。 



――なんでもう10分も経っているの……?



 そんな疑問が浮かぶ。

 私はなんだかこの場にいることが怖くなってきた。

 よく分からない不安。

 胸にざわざわとした気持ちの悪い感情が這い回る。

 それはゆるやかな波から、途端に激しいものになる。


 私はそれに咽そうになりながら、机に置いてある鞄を漁る。

 筆箱や教科書、ノートを床にばら撒いて、鞄の底にある『それ』を強く握る。

 そこで力尽きたように足から力が抜け、床に座り込む。


 『それ』を祈るように両手で握りこみ、そのまま両手に口づけできるぐらいに近くに寄せる。

 ただそれだけのことなのに、私の心が落ち着きを取り戻していく。

 ざわざわと吐きそうなぐらいに気持ちの悪い不安の波が、ゆるやかになっていく。



「…………え?」



 落ち着きを取り戻した私は、握っている物体に戸惑う。

 私の手に握られているのは、道で拾った錆びたナイフ。

 ……なんでこれが私の鞄に?

 不思議になって、口元から離して手にあるナイフを眺める。


 拾ってきたときと同じで、汚いほどに錆びている。

 爪でその錆びを取ろうと引っかくが、錆びは一向に取れる気配は無い。

 もしかしたら振ったら取れるかもしれない、と大きく縦に振ってみる。




「そんなものを振り回してたら危ないわ。止めなさい」




 私はいきなり聞こえた女の人の艶やかな声に手を止め、勢いよく後ろを振り向いた。

 三個後ろの机に居座る『それ』を視界に納めると、私は声も出ないほどに驚く。



「あら、物分りがいいのね。偉いわ」



 口の動きに合わせるように漏れ出る色気を含んだ声。

 私が理解している中で、喋るはずのない獣が喋っている。

 私の理解の範疇を超えるその存在に、思考が停止する。



「ダメよ。年端もいかない女の子が口を開いてちゃ。今のあなた、最高に不細工よ?」


「ね、こ…………?」



 机の上で丸まる、雪のように白い毛並みに覆われた猫。

 その顔は、ありえないことに笑みを浮かべている。

 ビー玉のような、いや違うそんな安っぽい物じゃない、宝石のような透き通った水色の瞳を細めて私を見ている。

 くすくすくす、と身体が泡立つほどに魅力的な声で笑う猫に、私はさらに口を大きく開いた。







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