第五話 再び動き出す季節5
あれから一週間が経った。もうすぐゴールデンウィークがやってくる。学生がいつも以上に訪れ、売り上げも上がる期間だ。だけど、メーカーも問屋も軒並み休みになってしまうから、発注は今のうちにやっておかないといけない。レジは桂っちに任せ、事務所で発注作業をしていると、
「いらっしゃいませ~……って、ギャー!」
桂っちの悲鳴。慌てて立ち上がる。どうしよ……。強盗? 虫? そういえば、こないだ下半身露出した不審者情報あったなぁ。女ばっかの職場だから狙われた? 次々と嫌な予感が頭の中をよぎる。とにかく、桂っちを助けないと。近くに立てかけてあった床掃除用のモップを手に、店内に駆け込む。
「桂っち、どした⁉」
レジ内で固まっている桂っち。彼女の視線の先を辿るとダダが立っていた。バケットハットを被り、あの日と同じように首元のよれたTシャツに、デニムとスニーカー。登山用じゃね? っていうくらいデカいリュックを背負っている。ズレたメガネを押し上げて、こちらを無表情で見ている。
「は? ダダじゃん」
「えっ? 店長、知り合いなんですか」
「高校の同級生」
「ど、ど、ど、同級生⁉」
「ちょっと驚きすぎしょ」
「だって! タイスケさんですよね? イエフリの!」
「そーだよ~」
「ヒーッ……本物だぁー!」
桂っちが絶叫する。他にお客さんがいなくてよかった。
「てか、桂っち知ってんだ?」
「はい! 知ってます! あの、総一郎がっ、あ、彼氏なんですけど、イエフリが大好きで! ワタシもこないだの喜志芸祭ライブや、一週間前の心斎橋のライブも参加してて! 曲も聴いてて!」
「ありがとー」
駿河っちが好きなバンドってダダんとこのバンドだったのか。意外と知名度のあるバンドなんだ。
「で、ダダ、何しに来たの? 店の住所とか言ってなかったと……」
戸惑うアタシを放置して、ぐるりと店内を一周したかと思えば、アタシの前にやってきてこう言った。
「キムキム、オレ、ここで働きたい」
「はぁー⁉」
「えー!」
アタシと桂っちは同時に叫んだ。
「店長! タイスケさん、働いてくれるんですか!」
「いやいや、アタシも寝耳に石だし」
「寝耳に水っすか?」
「そうそう。ビックリなんだけど」
「でも、三月に一人辞めたから、人手足りない状況じゃないですか!」
確かにバイト募集の紙を店内に貼ったり、公式サイトやSNSでも告知していて、面接ももう何人か済ませた。けど、出勤希望日数が店の提示してる日数より多かったり、逆に少なかったり、面接時の態度があんまり良くなかったとか、採用するかどうか正直悩んでいるところではある。
「ダダ、働きたいって言うけど、履歴書持ってきてんの?」
「履歴書持ってきたら働ける?」
「とりあえず話は履歴書持ってきてからだわ」
「わかった」
「タイスケさん、履歴書ならウチの文具コーナーでも扱ってますよ!」
「じゃあ、買って書く」
ダダは履歴書を買うと、桂っちと一緒にレジ内で書き始める。
「桂っちもこれ書いた?」
「もちろん書きましたよ。何回も書き間違えちゃいましたけど」
「カタクルシイよね」
「ですよねー。あ、あの! 採用されたら総一郎にも会ってやってください。イエフリでタイスケさん推しなんですよ。こんな近くでバイトしてるって知ったら絶対喜ぶ」
「ソーイチローね。わかった。会えるの楽しみにしてる」
「ありがとうございます! ビックリさせたいからしばらく内緒にしとこーっと」
なんか採用しないといけない流れになってるんですけど。でも本当に条件が合うのなら採用してもそれはかまわないけどさ。




