第十五話 君の手は握れない6
「狭いけど我慢してよー」
メガネの引き取りしたあと、我が家へと移動した。四人も入ると一気にギュウギュウ、限界だ。
「店長の部屋、めちゃくちゃキレイじゃないですか!」
「その言い方だと汚いとでも思ってたワケ?」
「い、いえ! そんなことは微塵も……! あ! これ、店長が力入れて展開してた商品だ~!」
桂っちが指さしたのは、B6サイズの一見ただの鏡。だけど、中を開くことが出来る。ネックレスやブレスレット、ピアスをひっかけられるフックが並び、指輪を刺しておけるリングホルダーも付いているアクセサリーケースなのだ。サイズも大きすぎず、薄型なのに収納力抜群の商品だ。
「そりゃ、もちろん使ってよかったからあんだけ大きくコーナー作ったに決まってんじゃん」
「さすが~!」
「褒めても何もでないっての」
「あの、店長さん」
「ん? 駿河っちどしたー?」
「今日は咲さんから晩ご飯ご馳走していただけると聞いてます。ありがとうございます」
「いーのいーの。家にずっと置きっぱだったたこ焼き器、一度使ってみたかったからさー」
「たこ焼き、マジっすか!」
「たこ焼き作るのは初めてなので楽しみです!」
「というわけだから、早速みんなで分担して用意するかんね」
「えっ、ワタシたちもやるんですか」
「客人だからってゆっくりできると思うなよ~」
「えぇー!」
「食材やたこ焼き器までわざわざ用意していただいたんですから、それくらいは」
「さすが駿河っち。話が分かるわー」
「オレもやる」
「よーし、ワタシも頑張るしかないっすねぇ」
鍋を取り出し、アタシは鰹節から出汁をとる。桂っちはたこやチーズなど具材切っていく。狭いキッチンだから二人立つだけでもういっぱいだ。駿河っちはローテーブルの上で長いもをすりおろして、とろろを作る。
最後の過程である、ボウルに入れた生地や出汁を混ぜるのはダダ。「大役になってしまった」とぼやくダダは、混ぜるだけとはいえ、少し緊張していた。実際、粉やとろろが重く、かなり混ぜづらそうにしている。アタシが横から出汁を少しずつ注いでいきながら、
「そうそう。最初は切る感じで混ぜて。出汁の量が増えたらたぶん混ぜやすくなるから頑張れー」
と声をかけていく。徐々に慣れて、良い感じに混ざってくる。
「そうそう、その調子」
「キムキムは人に教えるの上手」
「そう? ただ説明してるだけだけど」
「バイトの先輩っていつも上から目線で怖い人ばっかだったから、優しく教えてもらえると安心する」
「『bloom』はみんな優しいっすよね。やまむぅパイセンも、タハラーパイセンもバイトの子みんな。心折れなくて続けられるのはこのメンバーだからだとひしひし感じます」
「桂っちの言う通り。オレも楽しい」
「僕は部外者ですけど、みなさん仲良くて良い職場だと思いますよ」
「ソーイチローも一緒に働かない?」
「みなさんからお誘いいただいて嬉しいんですけど、僕は僕で書店楽しいので」
「そっか。またソーイチローのお店も遊びに行く。オレ、本読まないけど」
「ぜひ来てください! 一緒に本探しましょう」
高校時代のダダからは想像できないくらい、人と話すようになったと思う。バンドもやってるし、バイトも一応何回かチャレンジしてたみたいだし。アタシが知らない時間の中にいろんなことがあったんだろうな。その変わっていく姿をアタシも少し見てみたかった。
アツアツになったたこ焼き器の鉄板に生地を流し込み、たこを一つずつ入れていく。千枚通しを手にしている桂っちが「まだかなー」と生地をつつく。
「あー、あんまりつついたりしない。放置放置!」
「店長、声がマジじゃないっすか」
「おいしいたこ焼き食べたいっしょ? マジになるに決まってんじゃん」
「そりゃそうっすけど、目が怖いっす」
「キムキム、情熱すごい」
「鍋奉行はよく聞きますが、たこ焼き奉行もいらっしゃるんですね……」
ある程度経ってから、鉄板のフチをなぞって浮いた生地を中に入れこんだら、端から千枚通しの先でなぞり、勢いよくひっくり返す。こんがりきつね色の表面が現れた。「おぉー」と三人は声をあげて、たこ焼きを眺めている。
「みんなもやってみ?」
と、三人に順繰りに千枚通しを持たせる。最初は苦戦しつつ回すけれど、達成感があるのか、みんなやりたがるからおもしろい。アタシは缶ビールを飲みつつ、その様子を見守った。
完成したたこ焼きを皿に分けて、食べはじめる。
「めっちゃうまいっすー!」
「外カリカリ、中とろとろ」
「お店で出されてるのと大差ないですよ」
「そんだけ喜んでもらえたなら、アタシも嬉しいってモンよ」
みんなが美味しそうに食べてる姿を横目に、アタシは生地を鉄板に流し込み、準備を始めた。
外はもう夏。暑くてクーラーかけてるけど、煙やにおいを出すため少し窓は開けているからプラマイゼロ。だけどそんな中で食べるたこ焼きはおいしいし、みんなで作るのは楽しいから、どんどんとビールが進む。
どんどんと記憶が薄れて、三人の声が遠くなる。




