リン
一方。まるで誰かに導かれているかのように、誠人はどこへともなく歩みを進めていた。
「・・・やっぱり来てくれた。また会えたね、誠人君」
やがて人気のない空き地に辿り着いた時、そこには鈴の姿があった。彼女のどこか憂いを帯びたような不思議な笑顔を見た時、誠人の心は言いようのない高揚感に包まれた。
「鈴さん・・・・・・何故かは分からないけど、僕はあなたにすごく会いたかった」
「そう・・・だとしたら、嬉しいな」
誠人の言葉に、鈴は複雑な表情で微笑んだ。と、その時――
「あ、いました!誠人さん!誠人さん!」
ディアナから急報を受け、虹崎家に急行していたミナミ達が、偶然誠人を見つけて駆け寄ってきた。自分に叫びかけるミナミの言葉に、誠人ははっと我に返った。
「ミナミ・・・?・・・ここ・・・なんで僕、こんな所に?」
「ボウズ!その女から・・・離れろ!」
誠人の背後から、ミュウと共にディアナも駆け寄ってきた。二人は誠人の近くに辿り着くと、戦闘モードに切り替えたGPブレスを鈴に突き付けた。
「誠人さん、こっちに・・・!」
誠人のもとに辿り着いたミナミが、彼の手を引いて鈴から遠ざける。彼女を含め七人の刑事に取り囲まれる形となった鈴だったが、その表情は微動だにしなかった。
「あなた・・・一体何なの?誠人君がおかしくなったのは、あなたの姿を見てからだった!」
「それに、あの念力もてめえの仕業だろ?・・・まさか、てめえも・・・!」
ミュウとディアナが相次いで問い詰めた、その時だった。突然、ソフィアが何かに気づいたように一同に叫びかけた。
「みんな避けて!」
次の瞬間、七人の足元にどこからか青い光球がとんできた。なんとか飛びずさった七人の足元に球体は直撃し、爆発を起こして地面を大きくえぐった。
「ミナミ!皆!」
「おやおや。銀河警察ってのは場が読めない奴ばかりなのかい?せっかく、男と女がいい雰囲気だったのに」
誠人が声を上げたその時、彼らの上空から一人の女が地面に降り立った。その女の顔を見た時、キリアがはっと声を上げる。
「あいつ・・・さっき、長官が送ってきたデータに載ってた・・・」
「ええ・・・あいつはイヴ・ヴァインヘルト。アダガープ襲撃事件の・・・犯人の一人・・・!」
レイの言葉に、イヴが不敵な笑みを浮かべた。
「へえ、あたしも有名人になったねえ。・・・ま、あんたらに知られても嬉しくはないけど」
「あんた・・・なんで少年を狙うんだい?あんたらの目的は・・・一体何なんだ!?」
剣を杖に立ち上がりながら、カグラがイヴに問いかけた。
「必要なのさ。あたしらの大いなる目的・・・エボリューションタイムのために、その坊やが」
「エボリューションタイム・・・?まさか、あなた達・・・!」
何かを悟ったように声を上げたソフィアを見て、イヴは冷酷な笑みを浮かべた。
「でも、まだ足りないものが二つある。一つはその坊や、もう一つは・・・あんたらが手に入れたブランクカードだ」
イヴのその言葉に、カードを持っているレイの表情がわずかだが歪んだ。その歪みを、鈴は見逃さなかった。
「イヴさん・・・あの女です」
「そうか・・・さすがはリンだ、心を読むのが上手いね」
「リン・・・?待て、その人は鈴さんだろ!?」
誠人が困惑の表情を浮かべながら、鈴を指さして声を上げる。それを見てふっと笑うと、イヴは鈴に視線を向けた。
「ああ、そういう風に見えてるんだっけ。・・・リン、そろそろ種明かししてあげな。もう、隠す必要もないわけだし」
その言葉に、鈴は重々しくうなずいた。そして手に赤いオーラを纏わせて頭から足にかけてかざすと、その姿が全くの別人へと変化した。
「あ、あの女・・・確か、アダガープを襲った・・・!」
「そう、この子はリン・クレイディア。あたしやカガリ・サーバルと同じ、エボルバーの一人だよ」
ミナミにそう応えながら、イヴはリンの肩に手を置いた。誠人は信じられないという表情を浮かべながら、うわごとのように言葉を発した。
「そんな・・・じゃあ、僕は・・・」
「何があったかは知りませんけど、要するに誠人さん、あの女に騙されてたんですよ」
誠人をかばうように彼の前に立ちながら、ミナミが憎々しげにリンを睨んだ。
「私の誠人さんを騙すとは、いい度胸してますね、あんた。その綺麗な顔、今すぐ吹っ飛ばしてあげましょうか!?」
ミナミがGPブレスをリンに向けて構え、同時にリンも手に赤いオーラを纏わせて身構える。だがその時、リンの前にイヴが進み出た。
「吹っ飛ばされるのはあんただよ、可愛い刑事さん」
そう言うと、イヴは腰にGPドライバーV2を装着した。そしてカードスロットをスライドして待機モードにすると、ウラノスのカードを挿し込んでスキャンさせる。
「アーマー・オン」
『Read Complete.震天!衝天!皇天!アーマーインウラノス!ウラノス!』
イヴの体を蒼い鎧が包み込み、その姿をウラノスへと変化させる。彼女はミナミたちを見据えたまま、リンに声をかけた。
「リン、あんたはカードを奪いな。そうすれば、計画は成ったも同然だからね」
リンはその言葉にうなずくと、カードを持つレイに視線を向けた。身構えるレイを庇うように、カグラとキリア、そしてディアナが立ちはだかる。
「レイ、ここはあたし達に任せな」
「そのカードを奪われたら、大変なことになっちゃうからね!」
「・・・分かった。ありがとう、皆」
「じゃあ、私がレイを守るわ。頼んだわよ、お嬢さん達!」
レイはカグラ達に感謝すると、護衛を買って出たソフィアと共にその場を離れ始めた。二人を追おうとするリンの前に、カグラとキリア、そしてミュウとディアナが立ちはだかる。
「おう、さっきのお礼をさせてもらおうじゃねえか。もちろん・・・オレなりのやり方でな!」
ディアナもGPドライバーV2を腰に装着すると、カードホルダーからライトニングのカードを引き抜いた。そして待機モードにしたドライバーに、カードを勢いよく装填する。
「アーマー・オン!」
『Read Complete.迅雷!激雷!強雷!アーマーインライトニング!ライトニング!』
紫の鎧のデュアルと化したディアナが、ハンマーモードのデュアルラッシャーを手にリンに迫る。その一方で、誠人は目の前で起きた出来事を受け止めきれず、ただただ呆然とするのみであった。
「誠人さん、ここは合体していきましょう。・・・誠人さん!」
「あ・・・ああ!」
ミナミの呼び声に、誠人ははっと我に返ってイリスバックルを装着した。そしてグランドのカードを手に取ると、待機モードのバックルにスキャンさせる。
「ユナイト・オン!」
『Read Complete.グランドアーマー!』
ミナミと合体してイリスとなると、誠人はソードモードのプラモデラッシャーを握り締めた。それと対峙するウラノスも、ソードモードにした黒いプラモデラッシャーを握り締める。
「さあ・・・来な!」
挑発するように叫んだウラノスに、イリスは武器を手に挑みかかった。両者の剣がぶつかって激しく火花を散らせ、夜の暗闇を明るく彩る。
一方のデュアルは武器のハンマーを振るい、リンに攻撃を仕掛けていた。その攻撃をしなやかな体術でかわし続けるリンに、剣を手にしたカグラと両手に武器を握り締めるキリアが、それぞれ死角から襲い掛かる。
「はっ!」
「やあっ!」
二人が同時に武器を振り下ろそうとした瞬間、リンが赤いオーラを纏わせた右手を二人に向けた。すると二人の体がオーラに包まれて身動きを止め、リンが手を横に払った瞬間、二人の体は勢いよく吹っ飛んだ。
「カグラ先輩、キリアちゃん!この・・・!」
二人の後方に控えていたミュウが、怒りの声を上げてGPブレスから光弾を連射する。だがその光弾は全てリンの前に展開する赤いオーラのバリアに阻まれ、リンが両手を突き出すとオーラが衝撃波となってミュウに直撃し、その体を大きく吹き飛ばした。
「へっ・・・後ろが・・・ガラ空きだぜ!」
そのリンの隙をつき、デュアルが背後からハンマーで攻撃を仕掛けた。その一撃はリンの体を大きく吹き飛ばし、彼女の体が地面を転がる。
「・・・!リン!」
ウラノスと戦っていたイリスが、それを視界にとらえて思わず声を上げる。デュアルは武器を手に倒れこむリンの方へ歩み寄ったが、次の瞬間その体が赤い霧となって崩れていき、ものの数秒で消滅した。
「な・・・幻!?」
「そんな・・・じゃあ、本物のリンは!?」
カグラとキリアが同様の声を上げた、まさにその時だった。イリスピーダーに乗って現場を離れ始めていたレイとソフィアの前に、宙を浮遊しながらリンが姿を現した。
「・・・!リン!」
「はあっ!」
レイが驚きの声を上げた瞬間、リンは手に纏った赤いオーラを波動として、二人が乗るバイクに投げつけた。波動は急停止したバイクの鼻先に直撃し、二人はバイクから投げ出されて地面を転がった。
「うっ・・・ぐっ・・・!」
「やって・・・くれるじゃ・・・ない・・・!」
辛うじて立ち上がった二人に、地面に降り立ったリンが迫る。ソフィアはレイをかばうように立ちはだかり、その手から黄色い衝撃波を放ったが、リンはそれを片手で展開した障壁で受け止め、もう片方の手から放った波動でソフィアを吹き飛ばした。
「ソフィア!・・・あっ・・・がっ・・・!」
ソフィアに気を取られたレイの体をリンが赤いオーラで拘束し、その体を念力で宙に持ち上げた。リンは目を赤く光らせると、レイの目をまっすぐ見つめて命じた。
「あなたが持ってるブランクカード、ちょうだい」
その目を直視した瞬間、レイの思考は完全にリンに支配された。彼女の目が赤く光ると同時にオーラの拘束が解け、身動きが可能になった手が懐をまさぐり、隠していたブランクカードをリンに差し出した。
「レイ!」
吹き飛ばされていたソフィアが叫び声を上げると、レイに向けて黄色い波動を放った。その波動に包まれたことでレイは我を取り戻したが、リンはレイの手からブランクカードを奪いとり、彼女の体を念力で吹き飛ばした。
「これで・・・全部そろった。後は・・・」
『Authentication start、please wait a moment.』
リンはカードを左腕のGPブレスにスキャンさせながら、体にオーラを纏わせて宙を舞った。そしてイリスと激しい戦いを繰り広げる、ウラノスのすぐ近くに降り立つ。
「イヴさん、カードは手に入れました」
イリスを剣で吹き飛ばしたウラノスに、リンは手にしたカードを示した。カードはGPブレスによる認証が完了し、『APATE』と刻まれた白いカードに変化していた。
「よし・・・あの坊や達に見せてあげな。天地人の『人』の位を司る、あんたの新たな姿をね」
その言葉にうなずくと、リンはGPドライバーV2を腰に装着した。そしてドライバーを待機モードにすると、手の中のカードを挿し込んでスキャンさせる。
「アーマー・オン・・・!」
『Read Complete.背徳・・・欺瞞・・・逆心・・・アーマーインアパテー・・・アパテー・・・!』
覚悟を決めたような表情で、リンは両手を大きく広げた。同時にまがまがしい機械音と共に白い鎧が彼女の全身を覆ってゆき、最後に頭部の複眼が水色に輝いた。
『くっ・・・何がアパテーですか。誠人さんを騙した罪、償ってもらいますよ!』
ミナミはリンが変身したアパテーを見て怒りの声を上げると、プラモデラッシャーを手に駆け出した。アパテーはドライバーから黒いプラモデラッシャーを短剣と手斧の状態で召還すると、念力を使って武器を浮遊させ、イリスを襲わせた。
『わっ!くっ・・・邪魔です!』
イリスは襲い来る武器を剣で弾き飛ばすと、大きくジャンプしてアパテーに迫ろうとした。だがアパテーは一瞬で武器をアローモードに組み立て直し、同じくマグナムモードのプラモデラッシャーを手にしたウラノスと同時にイリスを攻撃し、その体を地面に落下させた。
「さあ、これで終わりだ。坊やの体もいただいていくよ・・・!」
『Read Complete.Be prepared for maximum impact.』
ウラノスはプラモデラッシャーを投げ捨てると、フィニッシュカードをドライバーに読み込ませた。待機音声が周囲に鳴り響くと同時に、ウラノスの右手に蒼いオーラが纏われていく。
「マズい!おい、あいつを止めるぞ!」
大技が来ると悟り、デュアルが刑事達に叫びかけてウラノスのもとに駆け寄ろうとする。だがアパテーが広範囲にオーラの壁を発生させ、それ以上の進入を阻んだ。
『ウラノスフィニッシュ!』
「はあっ!」
ウラノスの手から放たれた衝撃波が、イリスの体に直撃した。衝撃波はイリスの体を包み込み、その内部で激しい爆発を何度も引き起こした。
「うっ・・・うわああああああああああああああっ!!」
『あああああああああああああああああっ!!』
一際激しい爆発と共に、イリスの変身、そしてミナミとの合体は強制的に解除された。地面に倒れ伏した誠人は、その身に受けたダメージの大きさに意識を失っていた。
「誠人さん・・・誠人さん!」
同じく大ダメージを負って倒れ伏しながらも、ミナミは必死に手を伸ばして誠人のもとに向かおうとした。だがその手を、ウラノスは容赦なく片足で踏みつけた。
「うあああああああああっ!くっ・・・!」
「ふん、なんとも涙ぐましい献身ぶりじゃないか。・・・ま、無駄だけどね」
吐き捨てるように言うと、ウラノスはミナミの体を蹴飛ばした。そして誠人の体を担ぐと、アパテーの念力で未だに動きが取れない刑事達に視線を向ける。
「この坊やはもらっていくよ。あんたらも、じきに立ち会うことになるだろうさ。運命の瞬間・・・エボリューションタイムにね!ふ、ふふ・・・あはははは・・・!」
ウラノスは高笑いを上げると、右手をかざして自身とアパテーの周囲を突風で覆った。その風が収まった時、二人と誠人の姿は跡形もなく消えていた。
「・・・!ミナミ!」
「ミナミ先輩!」
ウラノス達の姿が消えると同時に、刑事達の前に張られたオーラの壁は消えた。近くにいたカグラとミュウがすぐに倒れこむミナミのもとに駆け寄ったが、ミナミはウラノス達が立っていた場所を呆然と見つめていた。
「そんな・・・誠人さんが・・・誠人さんが!」
怒りや悔しさ、焦燥など、様々な感情が入り混じった声を上げながら、ミナミは立ち上がってよろよろと歩き出した。彼女に追いついたカグラ達が、その体を掴んで必死に引き留める。
「よせ、ミナミ!その体じゃ無理だ!」
「そうですよ!今は、傷を治さないと・・・!」
「は・・・放してくださいよ!誠人さんが・・・私の、大好きな誠人さんが・・・!」
「ミナミ!」
その時、ミナミの前に立ちはだかったソフィアが、彼女の頬を音高く平手打ちした。
「昔教えたはずよ。人の命を守りたいなら、まず自分の身を大事にしなさい、って!・・・今のあなたが助けに行ったところで、一体何ができるというの?」
その言葉を受けたミナミの体が、力なく頽れた。やがて彼女の両の瞳から、涙が流れて頬を伝い落ちる。
「誠人さん・・・誠人さん・・・!・・・うわあああああああああああああああっ!!ああああああああああああああっ!!」
人目もはばからず涙を流しながら、ミナミは天を仰いで絶叫を上げた。狂ったように泣き続けるミナミを、他の刑事達はただ見守ることしかできなかった。