エボルバー
「エボルバー!?・・・本当に、その女はそう言ったのか?」
数十分後。虹崎家に引き返した一同を代表し、レイがジョージに事の次第を報告した。
「ええ。あの女の力は、並の人間を遥かに超えるものでした。・・・エボルバーで間違いないと思います」
「そうか・・・となると、奴らは地球に逃げ込んだということか・・・」
苦々しそうに言ったジョージの言葉に、レイは小さくうなずいた。次の瞬間その左腕に鋭い痛みが走り、彼女は包帯が巻かれた傷口を押さえた。
「でも、一体何なんですか、そのエボルバーって?」
エボルバーという言葉を初めて聞いたミュウが、ジョージに問いかける。その疑問は、誠人やミナミ、キリアも胸に抱くものであった。
「ああ、知らない者の方が多い言葉だったな。エボルバーというのは・・・」
「遺伝子の突然変異で驚異的な能力を得た、いわば進化人間のことよ」
その時、ジョージの言葉を遮るように、リビングにソフィアが入ってきて声を上げた。誠人が身を乗り出すようにして問いかける。
「ソフィアさん!知ってるんですか、エボルバーのこと?」
「ええ。今から10年くらい前のことだったかしら、エボルバーの反乱と呼ばれる、銀河を騒がせた大事件が起きた。『エボルバーこそが新時代を担う種族』という思想を持った過激な一派が、同胞を煽って銀河警察に宣戦布告したのよ」
「その戦いは数年にわたって続き、結果的に勝利したのは銀河警察だった。反乱を煽った首謀者達は自決して、残るエボルバー達も銀河警察に逮捕された。・・・そう、記録には残されてる」
「だが、我々が認知していないエボルバー達がいた可能性が出てきた。一週間前、アダガープという惑星に置かれた銀河警察の秘密研究所が、エボルバーを名乗る者達の襲撃を受けた」
レイの後を引き継ぐと、ジョージは刑事たちのGPブレスにアダガープ襲撃事件の詳細を送った。そこには、研究所を襲った三人のエボルバーの顔写真も添付されていた。
「その研究所では、シルフィ刑事が使用しているGPドライバーV2の量産が進められていた。だが三人のエボルバーの襲撃を受け、研究所は壊滅。ドライバーは奪われたが、それを使うためのブランクカードのうち二枚が、研究員によってどこかの星に転送された。それがまさか、地球だったとは・・・」
「二枚?・・・ということは、もう一枚のカードが、まだ地球のどこかにあると・・・?」
先ほど公園の砂山で見つけたカードを思い出し、ミナミが声を上げた。
「ああ。それも、一枚が君達のいるエリアで見つかったということは、もう一枚も同じエリアに飛ばされたと見て間違いない。・・・刑事諸君、至急、ブランクカードを見つけ出してほしい。奴らの手にカードが渡れば、悪用されることは間違いない・・・!」
「それに、そのカガリって女、お兄ちゃんのユナイトの力を確かめる、とか言ってたんでしょ?・・・ってことは、奴らお兄ちゃんも狙ってる、ってことになるよね!?」
「そういうことになるだろう。虹崎君、君はなるべく、家から出るな。奴らが何を企んでいるか分からない以上、今はそう言うしかない」
「はい・・・分かりました」
ジョージの言葉に、誠人は表情を引き締めながらうなずいた。ジョージからの通信が打ち切られると、レイは刑事たちに視線を向ける。
「皆、聞いての通り。とにかく、エボルバー達にカードを渡すわけにはいかない。これからあのエリア一帯をくまなく探して、カードを見つけるわよ」
「おう、任せな!」
レイの言葉に、カグラが意気込んで声を上げた。
「ただ、そこに全員を向かわせるわけにはいかない。・・・ミュウ、シルフィ、あなた達はここで、βを守って」
「はい、分かりました!」
「承知しました。誠人お坊ちゃまには、何人たりとて触れさせません」
シルフィが強い決意と共に言ったその時。彼女の体から、もう一つの人格であるディアナの声が聞こえてきた。
『へっ、つまんねえなあ。どうせならオレも、カード探ししたかったぜ』
「ディアナ!」
シルフィがたしなめると、ディアナはそれきり出てこなくなった。それ以上の異論が出ないと見ると、レイは一同を見回して告げた。
「じゃあ、それぞれ抜かりなく。・・・行くわよ、皆」
一方。都内某所のとある採石場に、イヴとカガリが姿を見せていた。
「ここ、ですか?」
「ああ。計算によれば、ここが一番『拡散』に向いている。・・・行くよ、カガリ」
カガリにそう声をかけると、イヴは片手を彼女に差し出した。カガリは小さくうなずくと、自身の手をイヴの手に重ね、二人でもう片方の手を広げて念じるように目を閉じた。
すると周囲の砂や岩が一か所に集まり、巨大な塔を備えた城のような物を作り上げた。二人は目を開けると、その出来栄えに満足そうな笑みを浮かべる。
「ごらん、カガリ・・・・・・あたし達の夢が、いよいよ実現するときが来たんだ」
「ええ・・・長かった苦労も、これで報われます。イヴ姐様、いよいよ、私達エボルバーの時代が来る・・・!」
☆☆☆
それから、数時間が経った。レイ、ミナミ、カグラ、キリア、そしてソフィアの五人は、ミナミがカードを見つけた公園の付近を徹底して捜索した。その捜索は日没を迎え、周囲が夜の闇に包まれてもなお続けられた。
「全然見つからない・・・ほんとにこの辺りにカードなんてあるの・・・?」
公園の近くの空き地を探し回っていたキリアが、夏の暑さと動き回ったことですっかり汗だくになりながら呟いた。
「弱音を吐く暇があったら探して。この辺りってことは、間違いないんだから・・・」
そう言葉を返したレイの顔も、汗でびっしょりと濡れていた。思わずよろめいた彼女の体を、カグラがしっかりと支える。
「無茶しなさんな。ただでさえ怪我してるんだから」
そう言うと、カグラは清涼飲料水のペットボトルを一本、レイに手渡した。
「うん・・・ありがと」
レイは感謝の言葉を述べると、受け取った清涼飲料水を喉に流し込む。と、その時だった。
「あった・・・ありましたよ、皆!」
ミナミの声が、レイ達の耳に届いた。すぐにそちらに向かってみると、砂まみれになったランドタイガーとルナスネーク、そして掘り起こされた地面に突き刺さる、ブランクカードが目に入った。
「一か所だけ変にくぼんでる場所があったから、ルナスネークとランドタイガーに掘らせてみたの。そしたら・・・出たわ!」
ミナミの近くで作業していたソフィアも、汗まみれの顔に歓喜の笑みを浮かべた。レイはカグラ、キリアと喜びの視線を交わすと、刺さっていたカードを手に取った。
「よし・・・早速、長官に連絡する。早めに引き取ってもらって、奴らの手に渡らないようにしないと・・・!」
「じゃあ、私は誠人さんに!・・・誠人さん、こちらミナミです!」
「そっか・・・カード、見つかったか!」
虹崎家のキッチン。シルフィと共に夕食を作っていた誠人は、ミナミからの報告に喜びの声を上げた。
「はい!とにかく、これからそっちに戻ります」
「分かった。夕飯作って待ってるからな」
通信を打ち切ると、誠人は思わず安堵のため息を漏らした。
「良かった・・・これで、敵の思惑を崩せる・・・」
「ええ、まことにめでたいことでございます。・・・そうですわ!今日の夕食はミナミ様達の慰労も兼ねて、豪華なものにいたしましょう!」
「僕もそう思ってました。まだ戦いは続くけど、カードを見つけられたことは大きい。今後の戦意を養うためにも、今日は豪華な夕食に!」
「なら、ボクも手伝うよ、誠人君!美味しいものいーっぱい作って、キリアちゃん達を驚かせちゃおう!」
「よし、決まりだ。頼むぞ、ミュウ・・・ん?」
その時、誠人の耳がコツンという小さな音を捉えた。その音はキッチンの窓から、断続的に聞こえ続けている。
「ん?・・・あれ・・・誰だろう?」
同じく音を聞きつけたミュウが、窓の外に視線を向けて声を上げた。誠人とシルフィは一瞬視線を向け合うと、ミュウに続いて窓の外に目を向けた。
「・・・っ!あれは・・・!」
窓から外を見た瞬間、誠人は思わず驚きの声を上げた。窓の外では見覚えのある一人の少女が、小石を持って立っていた。
「鈴さん・・・?なんで、ここに・・・?」
「・・・?誠人お坊ちゃま、あの方をご存じなのですか?」
問いかけるシルフィに応えることなく、誠人は窓の外の鈴を見つめ続けた。一方の鈴は誠人の顔を一瞬見つめると、意味深な笑みを浮かべて誠人に背を向け、どこかへと歩き出した。鈴の笑顔を見た瞬間、誠人の中から自制という言葉が消え去った。
「シルフィさん・・・ミュウ・・・僕、少し出てきます・・・」
どこかただならない雰囲気を漂わせながら、誠人は玄関に向かい始めた。
「え・・・?駄目だよ誠人君!ここにいなくちゃ!」
「ミュウ様の仰る通りです。今はまだ、外は危険すぎます」
ミュウとシルフィは誠人の前に立ちはだかり、彼を止めようとした。二人の言葉が正しいと分かってはいても、なぜか誠人は自分を抑えきれなかった。
「行かなきゃ・・・もう一度会わなきゃなんです、鈴さんに・・・!」
「なんか変だよ・・・どうしちゃったの、誠人君!?」
ミュウが叫ぶように誠人に問いかけた、その時であった。突如としてミュウとシルフィの周囲を、赤い霧のようなものが包み込んだ。
(な・・・何、これ・・・?)
(体が重くて・・・・・・動かせません・・・わ・・・!)
霧に包まれた二人はわずかに体を動かすことも、口を開くことすらもできなかった。そんな二人に見向きもせず、誠人は玄関のドアに手をかけた。
『チッ・・・おいシルフィ、オレと代われ!』
様子を見かねたディアナが声を上げると、一瞬でシルフィから体の主導権を奪った。同時に彼女の体は自由に動くようになり、ディアナは誠人を止めようとドアに駆け寄った。
「ボウズ、待て!行くんじゃねえ!」
そう叫びかけながら、ディアナは誠人に手を伸ばした。だが次の瞬間、誠人の体から赤い波動が放たれ、直撃したディアナの体を大きく吹き飛ばした。
「うあっ!くっそ・・・」
壁に勢いよく叩きつけられ、ディアナは力なくその場に崩れ落ちた。そんな彼女の目の前で、誠人は玄関のドアを開けて外に出てしまった。
「クソが・・・・・・ミナミ!おいミナミ、聞こえるか!?」
痛む体に鞭打って立ち上がりながら、ディアナはミナミに連絡を取った。
「その声・・・ディアナですか!?どうしたんです!?」
「すぐに・・・戻って来てくれ!ボウズの・・・ボウズの様子がおかしい!」