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邂逅

「なっつやっすみー!ついにこの時がやってきましたよ、誠人さん!」

 地球、またの名を惑星テラ。その島国の一つ・日本のとある一軒家で、朝から一人の少女が高いテンションで声を上げた。

「ミナミ、朝っぱらから声がでかい・・・」

「もう、テンション低いですねぇ、誠人さんは。夏休みなんですよ、夏休み!もっと楽しくいきましょうよ!」

「夏休み・・・今少し調べてみた。この日本で夏休みといったら、生活習慣の乱れと終わらない宿題が、一種のトレンドなんだとか・・・」

 誠人同様テンションが低いレイが、多くの学生にとって耳の痛い言葉を口にした。

「うっ・・・なんでそういうこと言うんですか、レイ!?」

「まあいいじゃないか、少年はそのどちらにも当てはまらないわけだし。それよりさ、せっかくの夏休みなんだから、皆でどっか旅行にでも行こうよ!」

「賛成!キリア、海水浴に行ってみたいなあ!」

「山とか森でキャンプするのも面白いよ!ボク、おすすめの場所いーっぱい知ってるよ、誠人君!」

 キリアのみならず、この家に定期訪問の名目でやってきたカグラとミュウまでもが、浮かれ切った声を上げる。だが誠人から返ってきたのは、彼女達の期待をことごとく打ち砕くものであった。

「悪いけど、今年はどこにも行かないよ。・・・いや、正確には『行けない』かな」

「んな!?ど・・・どうしてですか、誠人さん!?この夏は、高校生活最後の夏なんですよ!?」

「だからでございますよ、ミナミ様」

 そうミナミに言葉をかけたのは、最近誠人の母・茜に雇われて、この家で家政婦をしながら誠人を守ると決めた刑事・シルフィであった。

「この夏は、誠人お坊ちゃまにとって勝負の夏。あと数か月後に控えた大学受験のため、お坊ちゃまはこの夏を勝負の夏と位置付けてらっしゃるのです」

「そういうこと。これから、少し図書館行って勉強してくる。ここじゃうるさくて、集中できそうにないから」

「う、うるさいって・・・私達がいつこの家をうるさくしましたか、誠人さん!?」

「まさに今してるだろ。じゃ、僕行ってきます」

 ミナミにさめた声でツッコむと、誠人は家を後にした。お辞儀をしながら見送るシルフィとは対照的に、ミナミが悔しそうに声を上げる。

「くっ・・・この夏休みはどこにも行かないですって!?そんなことさせてたまりますか!そうでしょう皆!」

「おお!」

 ミナミの呼びかけに、レイとシルフィ以外の三人が声を上げた。

「私達の任期も、早ければあと半年余り・・・つまりこれが、誠人さんとの最後の夏になるかもしれないんですよ!思い出作りのおの字もない夏なんて、我慢できるもんですか!」

「おお!!」

「まったく・・・困ったものですわね、ミナミ様達にも」

「好きにやらせておけばいい。βにその気がないんだもの、いずれ諦めて静かになっていくはず」

 困惑の声を上げるシルフィとは対照的に、レイが冷静な声で言った。この夏は、多少の波こそあれ穏やかに終わる――この時の彼女は、そう考えていた。


 一方。図書館に向かいながら、誠人はあまりの暑さに思わず声を上げていた。

「ああ、暑い・・・さすが夏、といったところだな。・・・ん?」

 その時、誠人の目の前を歩いていた女性が、千鳥足のようなふらふらとした足取りになった。誠人が危ないと思った次の瞬間、彼女はふっと後ろに倒れこんだ。

「危ない!」

 そう叫ぶと同時に、誠人は女性のもとへ駆け寄ってその体を受け止め、転倒を阻止した。白いワンピースを着た長い黒髪のその女性は、美しい顔を苦しそうに歪めていた。

「まずい、日射病だ・・・水、水はどこかに・・・!」

 周囲を見回すと、幸いすぐ近くに自動販売機があった。誠人はすぐにミネラルウォーターを購入すると、女性を日陰に避難させ、水をその口に流し込んだ。

「んっ・・・私、何を・・・」

 水が口の中に入ると、女性は虚ろな目を開けて周囲を見回した。次第にその目に光が戻っていき、自分を見下ろす誠人の顔を視界にとらえる。

「よかった、気が付いた・・・・・・大丈夫ですか?」

「私・・・あまりに暑くて、頭がぼーっとして・・・・・・もしかして、あなたが助けてくれたの?」

 どこかあどけない口調で問いかけた女性の瞳は、見る者を引き込んでしまうような不思議な魅力を湛えていた。誠人は気恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに言葉を返す。

「え、ええ・・・まあ、そんなとこです・・・」

「ありがとう・・・優しいのね、あなた」

 弱々しくも笑みを浮かべた女性の顔を見た時、誠人はふと気づいた。彼女は、恐らく自分とそこまで年齢が違わない、少女といっていい。もしかしたら、自分やミナミと同い年かもしれない。

「じゃあ、私行くね。・・・これ、もらっていい?」

 少女は立ち上がると、誠人が飲ませていたミネラルウォーターのペットボトルを手に取って尋ねた。

「え?・・・いいですけど、大丈夫なんですか?」

「多分、大丈夫。用があるのは、ここから2、3分の所にある、図書館だし」

「え?・・・奇遇ですね、僕も図書館に用が」

 その言葉を聞いた時、少女は少し驚いたような表情を浮かべた。

「そうなの?・・・じゃあ、一緒に行く?」

「あ・・・あなたがよければ。・・・じゃあ、行きましょうか」

 突然の少女の提案に、誠人は声を上ずらせながらも答えた。少女はそれを見て小さく笑うと、少し恥ずかしそうな声で言った。

「うん・・・そうする」

 こうして、誠人は少女と共に図書館に向かうことになった。二人とも気恥ずかしさからか、一言も言葉を交わさず図書館に歩いていく。だがぴったりと並んで歩く二人の姿は、傍から見るとカップルと勘違いされるかもしれなかった。

「あ・・・着きましたね。じゃあ、僕はこれで・・・」

 数分後。図書館に到着すると、誠人はその入り口で少女に別れを告げた。

「うん、いろいろありがとう。・・・あなたの、名前は?」

「え?名前?」

 意外にも、少女が名前を尋ねてきた。それに少し困惑しつつ、誠人は自らの名を名乗る。

「・・・虹崎、誠人です」

「誠人君、か・・・私は橘鈴(たちばなすず)。じゃあ・・・またね」

 少女は自らも誠人に名乗ると、小さく手を振って誠人の前から去っていった。去り際の彼女の言葉が、誠人の胸に引っかかる。

「『またね』って・・・また、会うつもりなのかな?」

 誠人の脳裏に、鈴の美しい顔が思い出される。誠人は大きく首を横に振ると、そのイメージを振り払った。

「駄目だ駄目だ。勉強に集中するために、ここに来たんだ・・・!」

 誠人は肚を決めて図書館に入ると、その一角に教科書や参考書を広げて勉強を始めた。だが5分ほど経った時、思わぬ事態が彼に降りかかった。

「へえ・・・受験生なんだ、誠人君」

 突然、誠人の耳に小声で話しかけてきた者がいた。どこか聞き覚えのある声に誠人が視線を向けると、そこには数冊の本を手にした鈴の姿があった。

「す・・・鈴さん!」

 驚きのあまり、誠人は思わず大声を上げてしまった。何事かと視線を向ける周囲の利用者に詫びると、誠人は小声で鈴に問いかける。

「なんでここに・・・?」

「だって、私のお気に入りの場所に誠人君がいたんだもん。・・・ああ、いいよどかなくて。私が隣に座るから」

「そ・・・そうですか?じゃあ・・・このままで・・・」

 鈴は誠人の隣に腰掛けると、持ってきた本を読み始めた。誠人は再び勉強を始めようとしたが、隣で本を読む鈴の姿がちらちらと視界に入り込み、勉強に集中できない。

「ふぅ、駄目だ・・・やっぱり、僕別のとこ行きます」

「え?なんで?」

 鈴の子供のような瞳が、誠人の胸に突き刺さる。それを見ただけで、誠人の胸は気恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。

「あ・・・いや、その・・・」

 あなたが隣にいるせいだ、とも言えず、誠人は何と言うべきか言葉に困った。と、その時――

「おい、それ俺が先に読もうとしてたんだ!」

「ずるい!手に取ったのは僕の方が先だったよ!」

 二人の近くから、子供の言い合う声が聞こえてきた。誠人が声のする方へ向かってみると、そこでは二人の少年が、一冊の本をめぐって喧嘩を繰り広げていた。

「君達、やめないか・・・」

 誠人が見かねて声をかけようとした、その時だった。彼の後ろから歩みを進めてきた鈴が、二人の手に自らの手を重ねた。

「駄目よ、喧嘩しちゃ。二人とも仲良く・・・ね?」

 そう口にした鈴の手が、一瞬赤く光ったように誠人には見えた。すると先ほどまで喧嘩していた二人の顔が、急に穏やかな表情に変わる。

「うん・・・ごめんな、アキラ」

「ううん、僕も・・・じゃあ、一緒に読もう」

「うん!」

 二人は共にテーブルにつくと、本を広げて二人で読み始めた。呆気にとられたようにそれを見つめる誠人とは対照的に、鈴は微笑みながら二人を見つめていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 長編エピソード これは時期的に東宝映画祭りとかですね… さて謎の少女鈴は敵か味方か
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