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3 前世

 10歳で鑑定の儀式を受けてからの5年の間で、セリアンは家族を亡くしたが、マディーヌは家族への情を失くしてしまったと改めて実感した。


 目の前で座る父親に、慕わしい気持ちがまったく感じられなかったのだ。


 5年間、暴力と暴言の毎日だった。

 もしセリアンが支えてくれなかったら、マディーヌの心はとっくに折れてしまって、家族に抵抗する気力もない奴隷のようになっていたかもしれない。


 久しぶりの仕事を受け依頼人のもとへ向かうため、父親と馬車内に二人でいるが、マディーヌはつとめて弱々しく見えるようにずっと視線を下げたままであった。

 父親を油断させるため、体も心も弱っているげな仮面をつけ、父親に逆らうこともできない哀れな娘を演じているが、心の中では闘志に溢れていた。


 この仕事を最後に国外へセリアンとともに逃亡するのだ、と。

 その前に父親に一撃を絶対に入れてやるのだ、と。


 長い距離を走った馬車がとまり、わざとよろよろと馬車から降りるマディーヌに父親が舌打ちをする。

「鞭で打ちすぎたか。大事な金のなる木だ、次は少し手加減をするか」


 ーー次は、ないわ。マディーヌは弱々しく俯いたまま唇を噛んだ。

 成人した今ではセリアンと結婚ができる。貴族の娘は家長である父親の権限が強いが、結婚すれば父親より夫の方がマディーヌに対しての権利がある。


 必ず、必ずセリアンと幸せになるんだから。マディーヌは胸の前でぎゅっと手を握った。




 そこは伯爵家の小さな別邸だった。

 伯爵いわく、若い頃に伯爵家から出奔した叔父が帰って来たが、重い病を得ており医師も匙を投げ余命がいくばくも無い状態なのだ、と。


 ベッドには清拭されても、長年の苦労により皮膚が木の皮のように荒れ果てた老人が横たわっていた。

 枯れ木のように痩せ細った老人の、はっ、はっ、と小刻みに吐き出す息も苦し気で、マディーヌは一秒でも待てないと真っ直ぐに老人に飛びついた。


「大丈夫です。すぐに楽になりますからね」

 父親は伯爵と契約のために別室へ行き、部屋には老人とマディーヌと使用人だけだ。


 幼い頃のマディーヌは、いきなり見知らぬ人々に囲まれ次から次へと死の看取りをさせられることが、とても怖かった。

 10歳というあどけない年齢であったし、何よりマディーヌには死の記憶があったのだから。小さい時は、マディーヌが泣く度にセリアンが優しく抱き締めてくれたものだった。


 悪魔のように酷い話だと思う。


 前世の記憶は夢のように朧気なのに、はっきりと鮮明に覚えているのは死の苦痛だけなのだから。


 痛かった。

 苦しかった。

 さびしかった。

 ーーたったひとりで死んだ記憶だけを刻みこんで転生するなんて。


 だから、マディーヌは痛みを消しさる癒しの魔法を持っているのかもしれない。


 だから、死の看取りはもう一度自分の死を疑似体験するようで怖いけれども、死の国へ旅立つ人を恐ろしいと思ったことは一度もなかった。


 自分のように苦痛の死をむかえるのではなく、痛くないように、苦しくないように、寂しくないように、ひたすら祈った。


 心安らかに穏やかに、と旅立ちの平安と安癒を願った。

 

 マディーヌが老人の手を握ると、苦し気だった呼吸が落ち着き、老人の歪んでいた表情がゆるむ。

 老人の瞼がゆっくりと上がり、水のように澄んだ水色の瞳が現れる。


「マディーヌ・バレンと申します。貴方のお世話をする者です。よろしくお願いいたします」

 微笑むマディーヌに老人が頷く。首に大きな傷があった。どうやら声が出せないらしい。


 看取りは非常にデリケートだ。マディーヌが到着してすぐに旅立つ依頼人はほぼいない。数日から数十日かけて死の国へとむかう。その間マディーヌは心をこめてお世話をするのが常だった。


 貴族や金持ちが依頼人となるので使用人がいるが、介護の経験を重ねたマディーヌは医師や看護士なみに手際がいい。


 連日連夜の気持ちよく快適な日々と、誠意をこめて苦痛を取り除く魔法。マディーヌは精一杯の心をいつも捧げた。


 そしてマディーヌにとって、運命ともいえる母国での最後の日々が始まった。

読んで下さりありがとうございました。

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