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1 死神令嬢

 マディーヌは自分の前世は猫である、と思っていた。


 理由は、大好きなセリアンが、

「マディーヌの目は猫みたいな可愛い猫目だし、青い目は子猫の目の色みたいだし。知っている? 猫って生まれてからある一定期間は青色の目をしているんだって。マディーヌは目の色も青いし猫目だし、だから前世は子猫だったんだよ」

 子ども特有の知ったばかりの知識を披露したいだけの理路整然としない言葉だが、幼いマディーヌはセリアン凄いと目を見張った。


「セリアンは物識りなんだね」

「それにマディーヌも俺も猫みたいに素早くて足も速くてジャンプも高く跳べるし。だから俺もきっと前世は猫なんだよ」

「うわぁ、セリアンも猫だなんて素敵」


 セリアンの庭師である祖父と薬師である母が生きていて、マディーヌが死神令嬢と呼ばれる前の、二人の幸せだった頃のたわい無い会話であった。




「けほっ……」

 マディーヌは小さく咳き込み、皮膚が裂けて血が滲み痛みにひりつく指を口にあてた。


 か細い灯りひとつの薄暗い室内に置かれた粗末な木製のベッドから、マディーヌはゆっくりと身を起こした。ゴワゴワして肌触りの悪いシーツの所々に血がついている。


 体も顔をかばった指も、どこもかしこも仕事を拒否した罰で鞭打たれ傷だらけだった。


 ふう、とマディーヌは息をはいた。狭い部屋だった。ベッドと壊れて扉が半分なくなったクローゼットと傾いた古い机しか家具がない。


 きぃ、と軋む音をたてて窓が開かれセリアンが顔を出す。

「あっ、マディーヌ起きた? 薬草湯を作ってきたけど飲める?」

「うん、飲む。……今ね、夢を見ていたの、前世が猫だって信じていた頃の」

「ああ……、あの頃は俺のじいちゃんも母さんも生きていて、マディーヌはお屋敷のお嬢様で俺は庭師の孫で。一緒にいっぱい遊んだよなーーマディーヌが神官の鑑定を受けるまでは」


 マディーヌが10歳の時に受けた鑑定の儀。

 高額なので平民で受ける者は金持ちだけだが、貴族は優秀なスキルがあれば政略などに有利になるため全員が受けていた。


 その時、マディーヌは貴重な癒しの力がある、と鑑定されたのだ。しかし神官は、癒しの魔法ではあるが傷や病気は治せない、ただ痛みを消しさるだけの魔法である、とつけ加えた。


 魔力に富んだ世界であっても、魔法が使えるほどの魔力量を持って生まれてくる者は少ない。ましてや、癒しや結界などの特殊魔法の所有者はさらに少なかった。


 特殊魔法持ちと大喜びしていたマディーヌの家族は、非常に落胆した。期待しただけにショックが大きかったのだ。

 しかも落胆したままだけならばまだ良かったのだが、最悪なことにマディーヌの父親はマディーヌを使って商売をすることを思い立ってしまった。


 それが、臨終を迎える人の立ち会いである。


 命が終わろうとするまぎわの人の苦痛を取り除くーー病気も傷も治療できない、痛みを消すだけのマディーヌにはぴったりの仕事だと、父親はマディーヌに死の看取りを強制した。


 死への旅路が安らかなものになるならば、と誰しもが願うことだ。だが、それを仕事とすることは、10歳のマディーヌには生々しすぎる地獄であった。


 大人であれば死の国へ旅立つ人に安癒をもたらす立派な仕事だと、胸を張って誇ることができたかもしれない。繊細な仕事故に誹謗中傷を受けることがあっても、耐えることができたかもしれない。

 だが、マディーヌはたったの10歳だった。


 マディーヌは、深い深い海の底にたまった泥から沸きあがる気泡のような死臭に怯えた。

 生と死のはざまで哭きつくように伸ばされる青白い陰影の手も、残る家族の慟哭も、嗚咽も嘆きも。

 全てが恐ろしく、受けとめるにはマディーヌは幼すぎた。


 こわい、いやだ、と涙腺が決壊したように泣くマディーヌに、父親は苛立ち暴力をふるうようになった。


「高額な報酬がもらえるのだっ! 泣くなっ、働けっ!」

 マディーヌを殴る父親を止めもせず、母親も姉も、

「そうよ、新しいドレスが欲しいのだから、ちゃんと家族のために働いてよ」

「家族でしょう、家族のために喜んで働きなさいよ」

 と、父親の味方をしてマディーヌを虐げるばかりであった。


 マディーヌの家は領地を持たない法服貴族の男爵家で王宮つとめの父親と、母親と姉とマディーヌの4人家族だったのだが、マディーヌの仕事の謝礼金の高額さにどんどん贅沢を覚え、マディーヌを酷使するようになっていたのだ。


 しかも貴族の令嬢であるにもかかわらず死にまつわる仕事をするため、マディーヌは忌まれ気味悪がられるようになってしまっていた。そして敬遠されたあげく、マディーヌに触れたから死ぬのだ、と次第に囁かれるようになり、その噂は根も葉もないのに大樹に成長して瞬く間に広がった。


 そして数年後には、マディーヌは死神令嬢と呼ばれるようになっていた。


 そのためマディーヌは、特に若い貴族の社交の場で軽蔑され爪弾きとなり、男爵家でも「触れるな」「不愉快だ」と罵られ屋根裏部屋へ追いやられていた。


 マディーヌを庇い助けてくれる者は、セリアンひとりだった。


 セリアンは前世が猫だと言うだけあって、人間離れした身軽さと敏捷さを持っていて、音もなく屋根に登り、屋根裏部屋の窓から入って来たのを見た時はマディーヌも最初はびっくりした。

「だって玄関からなんて、汚い平民め! とか怒鳴ってマディーヌに会わせてくれないだろ?」

「うん。セリアン、会いに来てくれて嬉しい」

「どこだってマディーヌのためなら。これからだって毎日くるから、あの強欲男爵に見つからないように来るよ」

読んでいただき、ありがとうございました。

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