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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王の許嫁〜国を追われた聖女は魔王と共に復讐を遂げ、幸せになる。

 セシリアが15歳の時、聖女の力は覚醒した。力が覚醒した彼女はイングラ王国の王様の元へ連れて行かれ魔王の討伐をするように王命を受けた。


 元々がただの村人であったセシリアはそんな大それたこと自分には無理だと最初は抵抗した。


 しかし周りはそれを許さない、魔族の侵攻を長年受けてきたイングラ王国は是が非でも魔王を退ける必要があり、そのためにセシリアには絶対に魔王討伐を成し遂げてもらわなくてはならなかった。


 彼女の持つ聖女の力は魔族に対してとても有効だったのだ、魔族の長である魔王に対抗するためには彼女の力を頼りにするしかなかったのである。


 彼女もやがて諦めたのか魔王討伐に赴くことを承諾した、もちろんきちんとした戦いの訓練を受けて。


 魔王を討つ旅のお供は頼れる騎士と天才魔法使い、それに道中でいろいろあって仲間になった風来坊、彼らと共に数多の苦難を乗り越え、セシリアはついに魔王を倒すことに成功する。


 しかし彼女を待ち受けていたのは残酷な運命であった。イングラ王国の国王は魔王を討伐した聖女であるセシリアが英雄として自分を脅かす程の影響力を持つのではないかと恐れたのだ。


 彼は魔王討伐を祝してぜひとも聖女一行をもてなしたいといい、城で祝賀のパーティを開いた、その折に聖女の一行の口にするものに毒を混ぜて殺したのである。


 セシリアだけが聖女の力で毒を無効化できた。彼女はなんとか城から逃げ出して追っ手から逃げる。国王はそんな彼女に国家反逆の疑いありと容疑をかけ、追手を放った。


 こうして彼女は国から追われる身となった。


 世界は彼女に使命だけを押しつけて使い潰したのだ、彼女の意志や大事なものなど一切関係なくーー。



****



「はあ、はあ……!!」


 暗い森の中をセシリアは全速力で駆け抜ける。追手はもうすぐそこまで迫っていた。


「どうして……どうしてこんなことになったの……!!」


 今だに彼女は起きたことに理解が追いついていなかった。


「私達はちゃんと魔王討伐を成して王国に平和をもたらした、なのになんで……!」


 思考がまとまらない、何故という気持ちだけが湧いてくる。


「皆死んでしまった……! 大事だったのに、私の大事な人達だったのに……!」


 感情任せに言葉を吐き出すことしかできない、自分達がこんな目に合うことに納得できない。


「あ……!」


 セシリアは木の根に気付かず、足を引っかけて転んでしまう。逃げることに夢中で注意が散漫になっていた。


「見つけたぞ、聖女セシリア」


 彼女が転んでしまったせいで追手の者達が追いついて来てしまう。


「貴様には国家に対する反逆罪の容疑がかけられている、大人しくしろ」


 底冷えした追っ手の声を聞いたセシリアの背筋に寒気が走る。


「一体なんのことなの! 私はそんなことを考えた覚えはないわ! 私の仲間だってそう、そんなことをして私達になんの得があるの!」


「黙れ、問答は無用だ」


 セシリアの必死の訴えにも追手の者は耳を貸さず、短剣を構える。


「……!」


 今、彼女は丸腰で逃げ出してきているため、武器はなにもない。聖女の力は魔族に対しては有効だが人間との戦闘ではあまり力を発揮しない。


「大人しく死ね」


 短剣がセシリアに迫る、彼女は死を覚悟して目をつむる。


「ぐあ!」


 だがセシリアを殺そうとした追っ手の一人が吹き飛ばされる、何事かと思って彼女が目を開けるとそこには一人の男性がいた。


 彼の体は淡く発光しており、人間でないことを伺わせる、だがセシリアは彼の姿に見覚えがあった。


「魔王……! なんで……!?」


 彼女は驚きの声を上げる。なぜならその姿はセシリア達に倒された魔王のものだったからだ。


「久しいな、聖女よ、随分面白いことになっているようだが」


「あなたは確かに私達に倒されたはず……どうしてここにいるの?」


「ああ、確かに俺はお前達によって倒されたよ、だが自分を精霊化することでこうして存在しているというわけだ」


「精霊化……今のあなたは四大精霊と同じ状態というの?」


 四大精霊と言うのはこの世界の精霊の頂点に立つ者達だ。セシリアは彼らと契約して魔王討伐に力を貸してもらっていた。


「ああ、お前が連れていたあの精霊達か。そうだ、今の俺はあの者達と同じ状態だ」


 魔王はなんてことないように答えるが簡単なことではないだろう。彼はあらゆる魔術を極めたと言われていたが、自分の存在を精霊にしてしまうようなことまで行えるとは。


 セシリアが驚いていると彼は、


「それでお前どうする?」


 そう彼女に対して問いかけてきた。


「どうするって……」


「お前はこのまま死にたいのかと聞いたのだ?」


 その言葉にセシリアははっとする。魔王であった彼がなぜ自分を助けようとしているのかは分からない。ただ、


「死にたくない……こんな理不尽なことで私は死にたくない……!」


 彼女は気付いたら泣きじゃくりながらそう叫んでいた。


「よかろう、お前に力を貸してやる。精霊契約だ」


 彼はそう言ってセシリアの手を取る。


「……汝、良き友として我の支えとなることを誓うか」


「誓う」


「汝、我が剣として我が敵を払うことを誓うか?」


「誓う」


「汝、我が盾として降りかかる困難より我を守ることを誓うか?」


「誓おう」


「……ここに契約は成された。これより汝は我が剣であり盾である。良き友として我を助けよ」


「ふふ……奇妙な気分だな。かつての敵と協力関係になるとはな」


 魔王はそう言って楽しそうに笑う。


「だが契約を果たした以上、役割は果たそう。まずはこいつらを始末せねばならぬな」


 彼はそう言って追っ手達のほうへ向き直る、追っ手達は何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くしていた。


「ではお前達、俺が相手をしてやろう、数は……9人か。少しくらい楽しめそうだ」


 彼はその言葉と共に魔術を行使する。


「炎よ、我が敵を祓え。フレイム」


 魔王の唱えた魔法が発動する。炎が彼の周りに沸き起こり、それが追手達目がけて向かっていく。9人の内、5人はなんとかそれをかわしたが4人は炎を受けて跡形もなく消え去ってしまった。


「ほう、思ったより残ったな。ではこれはどうだ?」


 彼は笑いながらそう言って再び呪文を唱え始める。


「影より出で敵を貫け、シャドウランス」


 呪文の詠唱が終わると同時に魔王の影から槍のようなものが出現する。それは追手達を追いかけていき、全員を串刺しにした。

 当たりには血が飛び散り、影の槍に刺さった彼らの死体は出来の悪いオブジェのようだった。


「なんだ、ちょっとは粘ったと思ったが張り合いのない。まだ全然力を行使していないぞ」


 あっという間に倒されてしまった追っ手達に対し、彼は不満をぶつける。しかしその不満に答える者は誰もいない。


「さてこれでやっとお前とゆっくり話が出来るな」


 魔王はセシリアのほうを見て楽しそうに告げる。


「……なんであなたは私を助けてくれたの?」


 セシリアは力がない声で彼に尋ねる、正直助けて貰ってもこれからどうしていいのか思い浮かばない。社会から追われる身になってまともに生きていける気も彼女はしなかった。


「なぜ助けたか……そうだな、強いて言えばお前を気に入っていたからかな」


 魔王の以外な返答にセシリアは目を丸くする。


「私を気に入っていた……?」


「お前は俺と戦った時に俺がした質問になんと答えたか覚えているか?」


「ああ……そういえばそんな質問されたわね」


 この魔王は戦う前になにを思ったかそんなことを尋ねてきたのだ。そして私はそれに対して律儀に答えていた。


「ここにいる仲間や自分にとって大事な人が安心して暮らしていくためだったかしらね」


 今となっては全て台無しになってしまったが。


「そう、それよ」


 彼は心底愉快といった感じで話を続ける。


「俺を倒すとやって来た聖女がどんな奴かと思ってみれば、使命に対してまったく興味がないくせに大事なもののために自分の身を投げ打って戦いを挑んでくるような人間だった。面白いと思ったよ! 聖女として俺を倒しに来た人間の原動力がただ大事なものを守るためだったとはな。俺に挑んできた人間の中でそんなことを言ったのはお前だけだったよ」


「……私の答えはそんなにおかしかったかしら?」


「いやいや。使命のために俺を倒すというやつより遙かにマシだと思ったのさ。そういうところが気に入ったのだ、人間らしくてな」


「そう」


 彼の語りかけにもセシリアは力なく返事を返すだけだ。あの時そんなことを言った自分は結局なにもできずに仲間を死なせてしまった、結局なにもできなかったのだ。


「なんだ、いやに冷静だな。そんなに冷めた性格だったか?」


 魔王はセシリアの嫌に冷めた様子を怪訝に思い、尋ねる。


「皆、死んでしまったの」


「なに? それはお前と一緒に戦っていた仲間のことか?」


「そうよ、殺されてしまった、イングラ王国の国王によってね。きっと私達が大きな影響力を持つことを恐れたんだわ。笑えるわよね、あなたを倒せと言われて事を成し遂げたらこの扱いなんだもの」


 セシリアは冷え切った声で話を続ける。 


「だからもう私に出来ることはなにもないもの。結局私は利用されるだけ利用されて捨てられた哀れな道具、大事なものはあの王によってすべて壊された。私が苦楽を共にして、守りたいと願った仲間達は殺されてしまった」


 あははと枯れた笑いがセシリアの口から漏れる。起きた事実を改めて口にしてしまうと自分の無力さを痛感させられた。

 魔王は黙って彼女の話を聞いていたが、


「ふむ……お前、あの王を倒したいか?」


 唐突にが意図を読めない質問をしてきた。


「は……?」


「いや、復讐をしたいかと聞いているんだ」


 セシリアの反応を見て彼は言葉を付け加える。


「……そりゃ、復讐してやりたいわよ、当たり前でしょう」


 人を散々聖女として利用した挙げ句、不要になったら仲間を殺され自分も命を奪われそうになったのだ。これで復讐したくないなんて思えるほどセシリアの人間は出来ていない。出来ることなら腹の底に渦巻く怒りと憎しみに任せて、惨たらしく殺してやりたいところだ。


「でも無理よ。私にはあの国の兵隊を相手にして戦える力なんてないわ。今の状態で戦ったとしても私のほうが無惨な死体になるでしょうね」


「ならば俺の力を使えばよかろう」


「あなたの力を使う?」


「そうだ、俺は元々力を蓄えて再び人間どもに対し侵攻を始めるつもりだった。お前と契約を結んだのも己の野望の一助になると思ったからだ」


「私があなたの野望に手を貸すと思ってる?」


「思うとも。かつて俺に言ったようにお前は大事なものを壊されて黙っている人間ではないだろう。それに今のお前の置かれた状況であの国に義理立てすることがあるか? お前もそう思っているはずだ」


 ……ああ、見抜かれてしまっているなとセシリアは思い溜息を付く。


 そうだ、今の私は彼からの申し出を渡りに船だと思ってしまっていた。勝手に人を聖女として利用した挙げ句、自分の驚異になったら捨てるような人間に運命を振り回され、なにもかもめちゃくちゃにされたことが腹立たしい。そこに復讐を実現する力を与えると言われたら断る理由はなかった。


「……あなた、よく人を見ているのね」


「当然だ、そうでなければ魔王として魔族達を率いていくことはできないからな」


「……だったら私の復讐に強力してくれる?」


 セシリアは彼を見つめながら、尋ねる。


「もちろんだとも。契約を結んだ以上我らは一連託生なのだからな。その代わり、お前の野望を叶えたら俺の目的にも付き合ってもらうぞ」


 それは彼の人間社会への侵攻に加担するということだ。


 だかセシリアにはそれを悪いと思う意識はもはやない、自分を抹消しようとした人間の世界にもはや未練はなかった。


「分かったわ。私の目的を果たしたらその後のあなたの野望にも手を貸してあげる」


「決まりだな。ふははははは! 今更だが奇妙な組み合わせだな、世界を救った聖女と滅ぼそうとした魔王が強力するとは」


「あなたが望んだことだけど? にしてもあなたに気に入られてるとは思わなかったわ」


「いや本当に俺が会った人間の中でも面白かったからな」


「あまりそう言われると恥ずかしいからやめて。まあそれはそうとこれからよろしく、魔王さん」


「よろしくたのむぞ、元聖女よ」


 こうして聖女と魔王という奇妙な組み合わせが誕生した。



 ****



 そうして二人は世界各地を巡り歩いた、目的は魔王が持っていた魔装具を回収するため。あまりに強力で危険な物だったので、かつてセシリア達が魔王を倒した後、世界各地に守りを四大精霊に任せて封印していたのだ。

 封印を解くために現れたセシリアを見た四大精霊達はあるものは嘆き、あるものは怒った。彼女と魔王はその悉くを打ち倒して再び自分の精霊として従えた、ただし今度は意志をもたない純粋な兵器として。

 次に二人が行ったのは戦いの後、各地に散って残っていた強力な魔族を見つけ出すことだった。セシリア達が魔王を倒した時、彼らは魔王が再び再起すると信じて各地に散り、身を潜めていた。魔王がセシリアと共に現れた時には彼らは驚いていたが事情を説明すると二人に従うことを約束した。

 そうしてセシリアが王国から追われる身になった日から2年が過ぎようとしていたーー。




 イングラ王国の王都は今日も沢山の人で賑わっている。2年前に魔王が倒されてからこの王国はさらなる繁栄を謳歌していた。今日も街の中心にある大広場は大勢の人で賑わっている。 


 そんな中に闇夜より深い漆黒のローブを羽織った人間が一人、喧噪に紛れて佇んでいる。


「私が最後に見た時よりさらに発展しているわね」


 声からしてその人間は女性のようだった。しかしその声にはあまり感情は込められていない。


「なんだ、これからここを破壊するというのに懐かしさでも湧いてきたか?」


 彼女の頭の中に声が響く、こちらは男性のようだ。


「まさか。人間の社会に対する未練は2年前に捨てたわよ」


 彼の言葉に対し彼女は淡々と答える。


「では、始めるのか?」


「ええ、始めましょう。今日がこの王国の終わりの日、そして私の願いの成就の日」


 その言葉には先程と打って変わって少し喜びの感情が込められていた。


「精霊召喚。出でよ、四大精霊」


 彼女のその言葉と同時に足下から何かが現れる、その姿は伝説上の怪物であるドラゴンに似ていた、体の色は赤と黒の色が入り交じって禍々しさを漂わせている。突如現れたその化物に周囲に居た人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。


「さて、それじゃ始めましょうか。王城までよろしくねサラマンダー」


 サラマンダーと呼ばれたその怪物の頭に乗った彼女は行動を開始する。


 彼女の手には先程までなかった杖と剣が握られていた、彼女は足下で起きている悲劇には目もくれず王城へ進軍する。


 街のあちこちでは火の手が上がり、殺戮の地獄絵図が繰り広げられていた。王都の至るところで悲鳴が上がり、人々が無惨に殺されていく、その様子を見て彼女は薄く笑った。


「ノーム、シルフ、ウンディーネもよくやってくれているようね。後、彼とその配下達も、私も負けてられないわ」


 そう言って彼女は杖を構え、魔法発動のために呪文を唱え始める。杖の先には紫色の水晶が付いており、禍々しい瘴気を放っていた。


 ーー災禍の魔杖、彼女が魔王から譲り受けた最強の魔装具の一つだ、持ち主にありとあらゆる魔法の行使を可能にする絶大な力を与えるが使用者は魔道に墜ち、魔族へと成り果てる。


「この(いかづち)は尽きることのない我が怒り、我が憎悪。我が行く道を阻むもの、全てに罰を。往け、エンドレス・ジャッジメント」


 彼女が呪文を唱え終わるとイングラ王国の王都中に眩い紫電が降り注いだ。その稲妻はまるで王都の民に降り注ぐ罰のようであった。


「あははははは! 最高ね! とても気分がいいわ!」


 その様子を見て彼女は心の底から満足しているように高笑いを上げる、彼女が被っていたフードは巻き起こった爆風で外れていた。


 ーーあらわになった顔はかつて聖女と呼ばれたセシリアのものだ。


「待っていなさい、イングラ王国国王。あなたを必ず私の手で殺して復讐を成し遂げてみせる」


 彼女は迷うことなく王城へ向かっていく。目指す目的はただ一つ、王の首だ。



****



 イングラ王国王城はセシリアが起こした侵攻の対応に追われ、大混乱に陥っていた。各地で起こっている戦闘で王国の兵士達はまったく役にたたず、追い込まれていた。


「ええい、なにが起きているのだ! 誰か状況を把握しているものはおらんのか!」


 王の激高した声が謁見の間に響き渡る。この状況の中で情報の伝達は完全に混乱していた。


「この役立たずどもめ! お前達はそれでもこの国の兵士か! 何のために毎日訓練をしている!」


「申し訳ありません、陛下。ただいま我々も状況の把握に努めて下ります故、どうか落ち着いてください」


 騎士団長が必死に激高した王を宥めようとする。だが状況は益々混迷を極めていく一方だ。


「報告します。この王城に真っ直ぐドラゴンのようなものが向かってきます!」


 息を切らして駆け込んできた兵士がまた新たな報告をもたらす。その報告はこの場に恐怖に陥れた。


「ここに敵が向かって来ているのか……」


「なんてことだ……」


 謁見の間に控えていた兵士達に動揺が広がっていく。


 その時、謁見の間の天井が砕け散る、そこから現れたのは炎に包まれたドラゴンと一人の女だった。砕けた天井の真下にいた者達は瓦礫によって潰れ、絶命した。


「ひいいいいいいいいいいい! 嫌だあ、死にたくないぃ……!」


 この突入によってこの場は完全に恐慌状態に陥った。鍛え上げられた兵士達が情けなく我先にと逃げだそうとする。


「うろたえるな! 陛下の御前であるぞ!」


 騎士団長が叱責するがもはや恐慌状態に陥った兵士達には届かない、皆自分が逃げることに必死だった。


「随分と薄情な兵士達ね。ああ、この国の王もそうだからかしら」


 謁見の間に女の冷たい声が響き渡る。逃げだそうとしていた兵士達はその声を聞いたが次の瞬間には黒い炎に包まれて灰になった。


「お久しぶりです、国王陛下。まだ私の顔は覚えていらっしゃいますよね」


 謁見の間に入ってきた人物の顔を見て、王の表情は凍り付いた。


「き、貴様はセシリア……この惨状はお前が引き起こしたのか……」


「ええ。あなたに復讐を果たすため舞い戻って参りました」


 薄く微笑みながらセシリアは国王の質問に答える。


「二年前の屈辱、今日ここで晴らさせて貰いますよ」


「!?」


 そう言って彼女は国王のほうへゆっくり歩きだす。


「き、騎士団長、この女を止めろ」


「分かりました」


 国王に命じられた騎士団長はそう言ってセシリアに立ち塞がる。


「あなたも大変ね、あんな屑を守らないといけないなんて同情するわ」


「それが私の職務だからな」


 彼はそう言って剣を抜き、構え、


「参る!」


 そのまま、剣を上段に構え、セシリアに斬りかかる。だがセシリアは右手に持った剣でそれを軽々と受け止める。


「!?」


「立派な忠誠心ね、でも捧げる相手を間違えたわよ」


 彼女は受け止めた剣を弾き返しながら、哀れむように騎士団長に声をかける。


「黒炎よ、焼き尽くせ」


 その言葉と共に彼女の手に握られた剣が横薙ぎに振るわれる。振るわれた剣からは黒い炎が生まれ、獲物を追いかける蛇のように騎士団長に向かっていく。


「ぐああああああああ!!」


 黒炎に包まれた彼は痛みに悲鳴を上げる。やがて彼の体は跡形もなく消え去ってしまった。


「人間としては強い方だったんだろうけど残念だったわね、人としての強さなんてこの魔剣レーヴァテインの炎の前では無力よ」


 セシリアは淡々と告げると国王のほうを見据える。


「さて、国王様の覚悟のほうも決まったかしら? 死ぬ準備はいい?」


 彼女は愉悦が混じった声で王に死の宣告を行う、そうして口をつり上げて歓喜の笑みを浮かべながらゆっくり歩みよっていく。


「ま、待て! わ、悪かった! 二年前お前の仲間を謀殺したことは私が悪かった! 望むものはなんでも与える、な、なにが欲しい金か? 権力か? 頼む、命だけは見逃してくれぇ……」


 必死に命乞いをする国王にセシリアは侮蔑の目線を向ける。


「本当に最後まで自分の保身ばかりね、これじゃさっきの騎士団長が浮かばれないわ」


 呆れた声で嘆いたセシリアは国王の命乞いに耳を貸さず、彼に近付き、剣を構える。


「ま、待て! や、やめろ! やめてくれ! 死にたくない! 死にたくな……」


 ぐちゃりと、


 言葉が最後まで紡がれる前にセシリアの剣が国王の顔を貫いた。


「汚い口で喋るな、愚かな王め。濡れ衣を着せて人を殺した貴様が命乞いなど吐き気がする」


 嫌悪の感情を隠しもせず吐き捨てたセシリアはそのまま彼の顔から剣を引き抜き、首を刎ねた。刎ねられた首は力なくその場に落ちる。


「終わりはあっけなかったわね」


 復讐を果たした後には喜びよりも胸にぽっかり穴が開いたような虚無感に襲われた。目的がなくなってしまったからだろうか。


「なんだ、もう終わっていたのか」


 声のしたほうを見ると魔王がそこにいた。今の彼は魔力で構成された精霊の身体ではなく、きちんとした肉体を得ている。

 二年間の旅で彼の失われた肉体も取り戻したのだ、そのために魔装具の力を用いたために今のセシリアからは聖女としての力は失われ、存在も魔族に近いものになっている。


「終わったんだな」


「ええ、協力ありがとう」


「なら次は俺の人間社会への侵攻に協力してもらうぞ、それが元の約束だったはずだ」


「そのつもりよ」


 彼女は無機質に答えて崩壊した王城から王都のほうを見る。王都のあちこちから火の手が上がり街は壊滅していた。


 もう日は沈んでおり、燃えさかる炎がやけに美しく見える。


「ねえ」


「なんだ、なにか迷いでもあるのか?」


「あなたはこの2年間私と一緒にいてどう感じた? 私のこと?」


「どう感じたか? だと? ふむ、やはり面白い人間だとは思ったぞ、まあ今は俺の魔装具の使用者になったことで魔族に墜ちた身ではあるがな。こちらとしてはお前との旅は楽しかったぞ」


「そっか」


 セシリアはくるりと体を回転させ、魔王のほうに向き直り、


「じゃあ、私のことをもらってくれる?」


 出し抜けにとんでもないことを言った。


「お前をもらえだと? それはそういう意味で捉えていいのか?」


「ええ、そうよ。私をあなたの花嫁としてもらって欲しいという意味よ」


 彼と旅をしている内にセシリアは魔王のことが好きになっていた。2年前のあの日にどうしようもない状態にあった自分を救ってくれた彼は今の彼女にとってもっとも大事な相手であり、好意を捧げる対象だった。


「ふははははははは! 自分をもらってくれときたか、本当に面白い女だ。いいだろう、お前を魔王の花嫁としてもらってやる」


 魔王はセシリアの申し出に最初は戸惑っていたようだが、すぐに切り替えたのか申し出を快諾した。


「こんなどうしようもない人間だけどよろしくね」


 セシリアは少し照れくさそうにしながら魔王に頭を下げる。


「こちらこそ、よろしく頼むぞ。しかしなんとも奇妙な巡り合わせよ、魔王と元聖女が結ばれるとはなんという奇縁か」


「そうね、本当に奇妙だわ」


 そう言って二人は心の底から幸せそうに笑い合うのだった。



  

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