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まどか

「いらっしゃいませ」可愛らしい少女の声が店内に響く。その声はまるで歌声のように美しい声であった。店内はたくさんの客が訪れており賑やかであった。


「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」彼女は軽く会釈をしながら目の前の顧客にメニューを差し出す。


「えーと」男は腕組をしてメニューを睨みながら悩んでいた。たまにチラチラと受付の少女の顔を見る。彼女はそれにイラつくでもなく可愛い笑顔を見せていた。

 カウンターの上の吊られているメニューボードには、スマイル0円と表示されている。

 長蛇の列に並んでいる間に注文するメニューを決める為の時間が十分あったはずであった。それにも関わらず、自分の順番が回って来るまで、この中年の男性は何も決めていなかったようだ。


「えーとね、えーとね」後ろに並んでいる男達はひどくイライラしているようだ。時計をやたらと見る者、わざとらしく咳をする者と早くしろという表現は人それぞれのようであった。


「こちらでも承りますよ」少しお歳を召した熟年バートさんが声をかけるが、長蛇の列に並ぶ男性達は無反応であった。

 そこに移動するのはなぜか女性客ばかりであった。男性客は皆、少女の接客を受けようと長い行列にあえて並び続けている。


 髪を後ろで纏め、黒いキャップをかぶり前はエプロンを付けている。頬に薄いチークとリップクリーム程度のほんのりと薄い化粧。タイトのスカートに初々しい感じの制服。


 ネームプレートには、彼女の名前「小林まどか」と書かれていた。


 まどかはハンバーガーショップで働いている。彼女は高校に進学するとすぐにこのアルバイトを始めた。若く初初しい彼女は、カウンターでの接客が担当であった。


 少し人見知りな所がある彼女は、自分の殻を破りたいと考えていた。この仕事であれば色々な人と話が出来るかなと思いここを選んだのであった。


 しかし実際に働いてみると彼女の思惑とその職場は少し乖離があったようであった。基本的には楽しい仕事ではあるのだが、どんな時も笑顔を絶やすことが許されない職場で、自然と作り笑顔が上手になっていた。正直なところマニュアル通りの受け答えしか出来ない事が自分の想像していたものと違い若干の不満でもある。


 それでもまどかの思惑とは裏腹に彼女の笑顔と接客は顧客から好評であった。スマイル0円とはよく言ったものである。彼女の勤務時間を狙って来店する男性客も多く、店の売上にも大変貢献しているようであった。みな彼女の笑顔と声を聞くのが楽しみの様子であった。


 まどかが受け持つカウンターはいつも同じように長蛇の列が出来ている。ただ、その中には素行の悪い客もたまに見られて、彼女の就業中にラブレターを渡してきたり、強引に交際を求めてきたり、握手を求められたり、酷い時にはカウンター越しに突然の告白をされる事もある。


 その様子は、まるでどこかのアイドルの握手会を彷彿させるようであった。


 戸惑う事も多々あったが、どんな嫌な顧客でも彼女はうまくはぐらかしてはいたが、そんなまどかの人気を一緒に働くアルバイトの中で良く思わない者もいるようであった。


 時には軽いいじめやイタズラをされる事もあった。それに男性クルーの軽いセクハラもあり、少し男性恐怖症になりつつあるような自覚もある。


一人で泣きそうになったりする時もあるが、他のクルーには決して涙を見せないと決めていた。


 涙を見せたら負け。

 

 それが彼女の子供の頃からの信念であった。それはどんなにつらい事があっても、泣かないと決めた彼女の決意、いわば座右の銘というやつであった。


 そんな彼女ではあったが、先日の大雨の中に初めて会った男性には、変な恐怖心を抱くこともなく、むしろ安心して話をすることが出来たような気がする。


 それはまどかが自分の父親にも感じた事の無い気持ちであった。彼女は父親の事をどちらかと云えば、苦手で会話も少ないほうであった。彼は毎日、仕事の帰りも遅く、帰ってくれば母親と喧嘩を繰り返し、時折まどかの事を蛇のような絡みつくような目で見てくる時があり、嫌悪感すら抱く事もあった。


 歳は自分より結構上なのは解ってはいたが、なぜかあの男性の事がひどく気になるのだ。今まで、人を好きになった事が無い訳では無かったが、それとは違うなぜか愛おしい感覚。こんな感じは初めてであった。


「また、どこかであの人に会えるかな……」


 自分が年上好きだったのかと新たな趣味を発見し、まどかは一人微笑んでしまった。それは、今までカウンターで見せた笑顔の中で最高のものであった。


「おお!」なぜか男性客の間で、軽い歓声のようなものが響いた。


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