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時とばし

 空手の練習が終わり、道場の近くにある馴染みの中華料理店で竜野師範と会食を済ませてから帰宅する。練習の後に、その店で食事をするのがルーティーンのようになっていた。練習後に飲むビールはこの世の中で最高の飲み物であるといって過言はない。


 さすがに練習の疲れと、竜野師範に決められた技によって体にあちらこちらが少し痛んだ。たまにしか運動をしないので、数日後に襲われる更なる筋肉痛は毎回の事であった。


 疲労感に耐えながら、終電に近い電車に乗り込む。車両の中の席はガラガラでゆっくり座ることが出来た。特にやることも無いので、腕を組み軽く目を閉じて電車が目的の駅に到着するのを待つことにする。


「ねえ最近さぁ、うちのおばあちゃんが昔の事を思い出したように変な事言うんだけど……、それが本当にすごく変わっているのよ」女子生徒の少し甲高い声が聞こえる。その声を聞いて、先日の雨の日に出会った少女の事をふと思い出して、薄目を開けて声の方に視線を送る。そこには制服姿の女子高生らしき二人の少女がニコニコした表情で会話をしている。それはあの雨の日の少女とは全く雰囲気の違う少女達であった。こんな時間まで女子学生が制服姿で電車に乗っているなんて、学習塾かなにかの帰りかもしれない。


「私にね……、雨の日は、時飛ばしに気を付けろって……」先ほどの少女が話を継続する。


「なにそれ、時飛ばしって?聞いたことないわ」もう一人の少女が軽く頭を傾げて不思議そうな顔をする。


「おばあちゃん、最近だんだんと認知症の症状が出てきたんだけど、突然、自分は大昔の江戸で暮らしてたって言いだして……、なんだか笑えるでしょ」少しため息をつくように少女は話し出す。


「江戸って、東京の事?」


「場所はそうなんだけれど、江戸時代に生まれたんだけれどさ、大雨の日に大きな荷車に轢かれそうになって、気がついたら何十年も先に飛ばされていたんだって、それで元居た場所に戻ろうとしたそうなんだけど、帰ることは出来なかったんだって言うのよ」彼女も話していて、上手く考えが纏まらない様子であった。


「ふーん、なんだかちょっとした異世界物みたいな話ね」なぜか聞いていた女子生徒は吹き出した。なにが面白いのかは、少し俺には理解できなかった。


「まあ、おかしい事ばかり言うんだけどね、自分はお城のお姫様だったとか、家来が沢山いたとか……、まあ、何もかも解らなくなってしまっているんだろうけどね。」


「そうなんだ、大変そうね」聞いてる少女には、あまり興味の湧く話ではなかったようである。


「私はそうでもないんだけれど、お母さんたちは大変そうなの。本人は正常なつもりなんだろうけど、妄想が酷くて」ちょっと困ったような顔をしている。たぶん、認知症の家族を抱える家庭は本当に大変なのだと思う。実際、俺の祖母も物忘れが酷くなって施設への移転をする事になった。祖父も亡くなる前は、急にいなくなったかと思うと、とても歩いてはいけないような場所で見つかったりして叔父達も呆れていた物であった。そういう意味では、両親がいない俺にとっては無縁の話だなと一人納得してしまう。


「でも、それが本当の話だったら凄いよね」


「まさかぁ」二人はケタケタと爆笑した。


 俺には、彼女達の会話の一体何がそんなに面白いのかは結局全く解らなかった。


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