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空手道「樹心館」

 久しぶりに、樹心館に顔を出すことにする。


 仕事の都合もあり、なかなか練習に参加する事が出来ないのが実情ではあるのだが時間が出来れば無理やりにでも参加するようにしている。


 この樹心館は俺が尊敬する竜野師範が代表を努める空手道場である。

 それほど有名な道場ではないが、他の空手道場とは一線を引いた練習を行う事で、一部のマニアの間では名前が知られているらしい。元々、竜野師範は機械体操の選手であったが、練習中の怪我が原因で現役を退き二十歳はたちから空手の修行を開始されたそうだ。


 師範は空手を始めてから、一年ほどで黒帯を取得し現役時代は有名な空手団体の試合に単独で出場し、単独入賞した経験もあるそうだ。


 樹心館の空手は、試合ではフルコンタクト空手である。しかし、道場内で練習する内容はよく言われる寸止め空手でもなく、フルコンタクト空手でもなく、その間といったところのようである。

 いざというときに、本当に使える格闘技でないと意味がないというのが竜野師範の口癖だ。


「こんばんわ」道場への階段を上り、ドアを開けてお辞儀をしてから中に入ると、師範が1人で練習場していた。


「おう、近藤君!来たか」師範がなにやら嬉しそうに微笑む。


 師範は砂袋を蹴り足の脛を鍛練している最中であった。凡人では、その激痛で笑う事など出来ないのであるが、平然とほほ笑む師範には驚きを通りこして呆れてしまうほどであった。


ドスン!ドスン!


 砂袋を蹴る音は道場内に響き渡っている。毎日、左右千回蹴る事を日課にされているそうだ。この足で、本気で蹴られたら、間違いなく俺の足の骨は砕け散るだろう。


「今日は、他の練習生は……」見回したが俺と師範以外、誰もいる様子はなかった。少し失敗したという思いが俺の頭の中をよぎり、少し冷や汗が頬を伝っていく。


「うーん、みんな欠席のようだな、それでは今日はマンツーマンでやるか」師範は嬉しそうにいうが彼がこの言葉を口にした日はキツイ練習になる事を俺は知っている。聞きながら覚悟を決める事にする。


 こういう時は、俺の練習というよりは師範の技の研究の為、モルモットになると言ったほうが正解なのかもしれない。


 少し憂鬱ゆうつな気持ちを抱きつつ、空手道着に着替えて腰に黒帯をまいた。

 一礼してから師範の前に立つ。


 基本稽古、移動稽古、型稽古を短めにこなし、久しぶりに師範と組手をする事になる。 師範といっても、歳は俺より少し上なだけで、まだまだ現役である。そしてその殺人的な強さを俺は知っている。


「今日は試合用じゃない技を教えてやるよ」そういうと師範は、両掌を開いて俺の目線を覆うように構えた。「どこでも攻撃してきな」師範は鋭い目つきで俺を威嚇する。師範のテンションも上がっているのか、言葉使いもいつもよりも少し攻撃的な感じがする。


俺は両手を前に突き出して構える。正直言うと何処をどのように攻めればいいのか考えを巡らすが答えは出てこなかった。「やー!」気合いを入れて師範の顔面めがけて右上段回し蹴りを放った。


 その瞬間、少し師範の体が下にしずんだかと思うと蹴った足を下から上へと跳ね上げ、軸足を刈り取るように蹴り払われた。その素早い動きに対応する事が出来なかった。


 俺の体は宙に浮かび、勢いよく道場の畳の上に叩き落とされた格好であった。


 師範の指が俺の頸動脈けいどうみゃくの辺りに突き刺さり、猛烈な痛みが駆け巡る。


「イテテテテ!!」畳をタップして解放してもらう。


 俺の目は少し涙で滲む。


「君の攻めはまだまだ甘いな、腰から上の蹴りは、相当な実力差があるか、相手が弱っている時以外は避けるべきだ。攻撃は手技を中心に練習するんだ。あと……」言いながら、倒れている俺の顔面めがけて抜き手を放ち寸前で止めた。


「ひっ!」突然の事に俺の表情は強張ってしまう。それを見て、師範は少し吹き出したようであった。こういう所は、本当に質が悪い。


「いいか、空手だからって正拳にこだわる必要はないんだ。相手に致命傷を与えるなら、顔へは抜き手、もしくは熊手くまでのほうが効果的だ」そう言った後、おれの右腕を掴み引き上げてくれた。ちなみに熊手とは手を開いた状態でご本の指を少し曲げて、ビンタのように顔を叩く技だそうである。これなら、指のどれかが相手の目に入り、しばらくは動きを止める事ができるそうである。物騒な技だと俺は自分の掌を見ながら唾をゴクリと飲んだ。


「今教えた事は試合で使ってはいけない技だから若い選手に教えてはいけないよ。それと無暗に使わない事、こんな技を使う時は、自分も相手も人生が終わる位の覚悟がない時、・・・・・・・そう、最期に使う技だ」師範は鋭い抜き手を見せた。

 その突き出した手のスピードに俺は驚く。


「では、襲われた時に一番有効な護身術は一体なんなんですか?」俺は素朴な疑問を師範に投げる。


「いい質問だ。もしも本当に暴漢に襲われた時は、とりあえず一目散に逃げる事。中途半端に習った護身術を使おうと思ったら、逆に危ないからね。いくら鍛えた達人であっても、何も習ったことの無い素人が使うナイフで簡単に殺されてしまう事なんて普通のある事なのだから……」師範の言葉を聞いて、俺は納得するように大きくうなずいた。


「まあ、こんな稽古しても使う機会なんて、そうそう無いだろうけどね。知識として知っていればそれでいい」もう一度、師範の胸を借りて、先ほどの技を念頭に置きながら組手の練習を続けた。


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