無題:2
─何万年か経過した頃、『それ』の空間にて─
なでなで。
ちらっ。(まあいいか)……むしゃむしゃ。
なでなで。
『それ』は、美味しそうに草を頬張るしろもふを撫でる。
『それ』は、人間という生物の姿を模している。この姿だとしろもふを撫でれる!と考えたのだ。流石に同じ姿だと愛でる気は起きなかった。
撫でるためとはいえ、人間の姿を模すのは少々癪なため、思いっきり人間離れした容姿にしている。
『それ』は人間のことが気に入らない。その理由は、この長い時間に見てきた、人間のふるまいである。
人間と自称する生物たちは、またたく間に世界を侵略していった。
時には生物を狩り、時には同族で争い、時には互いに技術を高め合い……
最初はしろもふや、にわとりや、どら〜などを狩っていき、その素材から家を作るなどして、異様なスピードでその生息範囲を広げていった。
もはや地上は人間に支配されたと言っても過言ではない。
『それ』は、そこには特に何も思わなかった。
人間達も、自分の世界に住む生物の一種だからだ。
しろもふたちを可愛いとは思っても、しろもふを世界中に繁殖させようとは思わないのと同じことだ。
『それ』はあくまで世界の味方である。自分の産んだこの世界の自然と生物たちを必要なく傷つけるものは許さないのだ。
だから、『それ』は一部の人間達に不快感を覚えている。
その一部のやつらは、意味もなく動物達を傷つけたのだ。
にわとりがしろもふを食べるために殺すこともあるので、動物達を傷つけること自体はさほど問題ではない。
意味もなく、故意に、傷つけたことが問題なのだ。
にわとりや、しろもふを我が物顔で支配し、檻に捕え、反撃できないのをいいことに憂さ晴らしの攻撃を加えた時には、流石の『それ』も怒りを顕にした。
この世界に生きているのはお前たちだけではないんだぞ、と思った。確かに今の生態系のトップはお前たちだが、必要のない己の憂さ晴らしにしろもふを傷つけたことは許せない。と。
故に、『それ』は一部の動物たちを連れてきて、今の自分の空間を生物達のための、人間達に干渉されない楽園にすることにした。
しろもふのいた世界の環境を再現したため、今は、視界いっぱいに黄緑色の草原が広がっている。
『それ』の力が広がったこの世界の草は、栄養価を多く含むようになり、樹木は太く、高く成長していった。
生物たちは、『それ』が一部連れてきた後、この空間で自ずと繁殖していった。
ちなみに、地上に残した生物達には、人間とできる限り喧嘩しないよう言いつけてきた。それに賛同しないものも多く、付いていきたいと言ったものもおおかった。
『それ』は、人間にも優しい者はいるからね、攻撃してくる悪いやつには思いっきりやり返していいから。というかやり返しちゃえ!と助言をし、ぶ〜〜、と渋々納得(?)した様子の生物を置いて、楽園に戻っていった。
『それ』の空間には、今やたくさんの生物が住んでいて、美味しい植物を頬張ったり、互いに生存競争を行ったりしている。『それ』は今日もその光景を眺めて微笑んでいる。
追記:最初に楽園にやってきたしろもふには、未だに寿命が訪れていない。
『それ』は、何万年か前にその事を不思議に思ったが、結局何故かは分からず、まあどうでもいいかっ、と、この謎は忘れ去られた。
□
生物達にラクエンと呼ばれる場所がある。
ラクエンには、ゲンショのしろもふさまと呼ばれる生物がいる。ゲンショのしろもふさまは、ラクエンのかんりしゃさまの友達として、生物達の間で有名である。
ゲンショのしろもふさまは、普通のしろもふよりも高い身体能力と、ながい寿命を持っている。
あと、ちょっと偉そう。
色んなことを知っていて、僕たちに教えてくれる。
もぐもぐ。
『こことは違う世界には、ニンゲンという生物がいるんだ。私達を食料として見ていて、とても危険なんだ。近づかないようにな。』
『『はーい!』』
しろもふさまは、必ず最初にニンゲンの話をする。そしてその後は決まって──
『故に【──】様はこの場所を作られたのだ。』
こんなふうに、【──】さまの話が始まるんだ。
『【──】様はいつも私を撫でるんだ。よっぽど私のことが好きなのだろう。私は仕方なく撫でさせてあげているんだ。』
『今朝の【──】様は起きたばかりで目もうまく開かないまま『しろちゃ〜ん、おいで〜』と何度も言うから仕方なく撫でさせてあげたんだ。』
『私の命は常に【──】様と共にあるから、私は【──】様の友達なのだ。偉いんだぞ。だから一緒に遊ばないか?』
とか、いっつもじしんまんまんな態度で話してくるんだ。
【──】さまというのは、このラクエンの管理者さまのことだったっけ。
管理者さまは、ニンゲンの格好をしているらしいんだけど、ニンゲンっていうのはあんなに綺麗なのばかりなのかな。
このせかいにはいないらしいけどね。
ゲンショのしろもふさまは実は寂しがり屋で、最初はえらそうな態度で話しかけてくるけど、最後には遊ぼうとさそってくる。
話を聞いていると、【──】さまの話だけで1日が終わっちゃうよ。よっぽど【──】さまの事が好きなんだろうね。
つんでれってやつなのかな。
意味はよくわかんないけど。
さっ、しろもふさまと遊んでこよーっと。