すべてが初めての始まり
「……夢か」
嫌な悪夢だったと思いながらと深い溜息をついた。
だが次の瞬間、辺りが明るいことに気が付いた。
会社への出勤時間は6時なのだ。
完全に遅刻だと気づいた蒼太は飛び起きて、
急いで支度をしようとしたのたが、
「あ?」
蒼太は立ち上がったまま固まる。
飛び起きたこの場所が、見知らぬ部屋だったのだから仕方がない。
昨日は確かに自室で眠りについた筈だ。
目覚めた筈の世界がまだ夢の中だったことなどよくある話だ。自慢では無いが、これのせいで何度遅刻させられたことか。
どうせ今回もまだ夢の中なのだろうと思った。
だが一向に覚める気配は無い。
そして蒼太は気付く。
…今自分が通勤服を着ていることに。
今まで通勤服で寝たことなど1度も無いのだが、
まぁ、夢だとすればこんなこともあるだろう…と、今起こっている状況を考えれば些細なことだと軽くスルーした。
「ていうか何処だよ…」
今蒼太が居るこの部屋は、決して豪華とは言えないが、質素と言う訳でも無く、一般的な客室というところだろうか。余計なものは無く、言うなれば異世界もののアニメでよく見る感じだ。
とにかく、目覚めないなら動くしかないと、
蒼太はこの部屋から出てみる事にした。
ドアノブに手を掛け、恐る恐るドアを開ける…廊下だ。
誰も居ない。
建物の作りから、まず日本では無いことは分かる。
「すいませーん」
勝手に出歩くのはアレなので、極力声を掛けながら進む。
通じるのかは不明ではあるが。
「誰か居ませんかー」
とりあえず、エントランスかリビングなどに辿り着きたい。きっと誰か居るだろう。
しばらく探索していると、一際大きな扉を見つけた。
きっとここに違いないと思った。根拠は無い。
蒼太は深呼吸をして扉を開ける準備を整える。
「キイィィィィィ」
なんともお決まりの音で歓迎されながら扉が開く。
「失礼しまーす…」
頭だけを扉の中に覗かせて中を伺うと、
「あっ、起きてきた」 と、幼い声と、
「こらこら、言葉遣いはちゃんとしなきゃ!…お目覚めになられたのですね、お客様。」
と、いかにもメイドっぽい口調で喋る2人が居た。
訂正する。メイドっぽくでははい、メイドだ。実物を初めて見る蒼太は目を白黒させる。
メイドとは、主に仕える使用人という認識だ。つまり、ここはそれなりの地位と財力を持った者が住んでいる屋敷ということになる。その客室で目覚めるなど、アニメの見過ぎにも程がある。
黙ったままなのも失礼なので、相手の言葉が聞き取れたことに安堵しながら、会話を試る。
「勝手に出歩いておいて失礼ですが、ここはどこですか?」と尋ねると、
「ここはエトワール様のお屋敷でございます。」
ある程度予想していたとはいえ、案の定、全く聞き覚えの無いものだった…。