第67話 リトライ
頭から化け物の口の中に入れられて、首を噛み千切られる感覚がした……。
けれど凛太は生きて目を覚ました。
「この悪夢がもったいないから早くしてください」
「はいはい」
「こんなことしてる間に草部君が治療を終えちゃうかもしれない」
装置の中、ガラス越しに声が聞こえてくる。桜田と馬場が話している声だ。
「しかし、こんなに早く桜田さんが帰ってくるとはね」
「院長隣の部屋で一服してるんですもん。いつもこんなことしてるんですか。驚きましたよ」
「いやいや。ごめんね。準備できたよ」
「じゃあもう1回行ってきます」
最悪の心地だ。バイト初回に経験してから久しい感覚……。
首に残る異物感というか、自分の首なのに自分の首ではないような感覚をどうにかできないか模索しながらも、早いとこ自分も目覚めたことを知らせたほうが良さそうなので凛太も装置から出る。
「すみません……」
「ああ。草部君。君も戻ってきたのか」
「ごめんね草部君。私しくじっちゃった。だけど次はもっとちゃんとやるから早くもう一回行こ」
「ちょ、ちょっと待ってください。まず水を飲んでいいですか」
凛太は馬場にコップ1杯の水をもらって飲んだ。喉が渇いていたわけじゃないが首の違和感と、余りにも急すぎるリトライをどうにかしたかった。水を飲み干すときには一緒に錠剤を飲んだような気持ち悪い感じがした。
「患者さん見つけられたりした?」
「いや、全然。ただ逃げることしかできませんでした……」
「そっか。じゃあ今度は一緒に見つけよう」
コップを返した凛太は再び装置に戻りつつも内心もう行きたくなかった。けれど立場上そういう訳にもいかない。
とまと睡眠治療クリニックの治療は失敗しても患者の悪夢が続く限りまたやり直すことが可能だった。何度死んでも傷を治して復活することができる。そもそもこれもゲームと似ているかもしれない。
しかし厄介だ。ただの怖い霊が出てくる悪夢とは全然話が違う。患者を襲うのではなく誰でもいいから人間を殺しに来る化け物たちがわんさかいる。恐怖もだが、物理的に治療を成功させるのが難しい悪夢だ。
しかも失敗したら死ぬ痛みを経験する。
悪い予感はやっぱり的中した。こんなゲームの悪夢もう1回行ったところでクリアできるんだろうか。
凛太は桜田だけで行ってはどうだろうかと思いつつも再び装置の中へ身を投じて目を閉じる。
……暗闇を抜けると、目の前には手の化け物がいた。エントランスで一番大きな柱に長い腕を回して猿のようにしがみついていた。
「うわ。最高のタイミング」
「最悪ですよ」
「草部君こっち」
先程とは違って、桜田はちゃんと逃げるように行動してくれた。凛太に進行方向を指差して走り出す。どこに行くのか知らないが経験者が安全なほうへ誘導してくれるのだろう。
「あいつ――はねっ。身を隠せるとこがあれば――簡単に巻けるんだけど」
「はい――」
「こっち」
ピアノのBGMが流れ始めると否が応でも緊張させられる。後ろから追ってくる4つ足音も上の階の大きな足音も耳障りだ。
「たしか……ここっ!」
少し前を走る桜田が1つの扉の前で止まり勢いよく開く。助かったらしい。
「いや、間違えた。そうだ。ここは待ち伏せ型の……わあ本物だすごっ――」
言葉を言い切る前に桜田が部屋の奥から突然出てきた大きく青白い腕に掴まれて、部屋の中へ消えていく。
そして数秒後には凛太もそうなった。
何が起こったかは分からないけど、瞬間に全身に痛みが走って……気が付けばまた装置の中でガラス越しに天井を見ていた。また悪夢の中で死に現実に戻されたのだ。
「いやあ失敗失敗。もう1回だね」
「桜田さん。また最後化け物に抱きつこうとしたでしょ……」
桜田と2人で悪夢の中に入り、数分くらい洋館の中を探索しては殺されて現実に戻る。そんなゲームオーバーアンドリトライの工程はその夜いくらか繰り返された……。




