9、不運なメイドさん。
シズクが護衛の任に就いて、夜が明け、朝日が昇り出す頃…。
メイド服に身を包んだ3人の若い女性が扉を控え目にノックする。
シズクも警戒することはないだろうとは思っていても、万が一の可能性も考慮して護衛として警戒する。
身の回りのお世話をするメイドは、その主に近しい者達であるので、部屋の掃除、身の回りの世話といった雑事の為の入室の制限が緩い。
緩いが、例え部屋の主がまだ休んでいる時間だろうと、ノックせずに扉を開け、部屋の主とご対面することはある意味死に繋がる。
その為、控え目のノックをして、しばらくしてから扉が外に居る護衛の者の手で開かれる。
開かれた扉にいつもなら1人ずつ礼をして入室するのだが、今日に限っては、1人目で動きが止まる。
1人目のメイドがいつものように扉の前に進み出て、礼をしようと立ち止まった視線の先には、いつもの見慣れた光景ではなく、背の低い仮面を付けた人物が居るからである。
「……。」
そのメイドが叫び声を上げようと、空気を吸い込んだ瞬間にシズクは一瞬で近づき口を塞ぐ。
「……。」
無言のままシズクに口を塞がれているメイドは顔を青くして、震えだし、折角手入れして来た顔に涙が流れだす。
他の2人も1人目の動きが止まっていることを不思議に思うが、2人の位置からはシズクの姿は見えず、1人目のメイドの姿も後姿がほんの少し見えるだけなので、不思議に思っても状況が把握出来ていないので、大人しく待っている。
「シズたん、何をなさってるいるのですか?」
背後からリギットに声をかけられ、シズクはジェスチャーでこっちにと合図を送る。
状況が飲み込めていないリギットは大人しくシズクの指示に従い、震えて涙を流しているメイドと、その口を押えているシズクを交互に見て、首を傾げる。
シズクは空いてる手で、仮面の口元を人差し指でしーっとジェスチャーした後に、口元を抑えているメイドを指さす。
シズクの言いたいことは完全に理解していないが、リギットは頷いて、メイドを落ち着かせるようにやさしく伝える。
「この方はお母様の護衛です。あなたに危害は加えませんから落ち着いて、ね?ビビ。」
リギットの言葉にビビと呼ばれたメイドはコクコクと頷いたのを確認して、シズクはそ~っと口を塞いだ手を離す…。
「ふぇ…。」
離した瞬間にメイドは泣き出しそうになったところをシズクによって眠らされる。
「ちょ!少し待っててください。」
とリギットは慌てて外で待機している2人のメイドに声をかけ、扉を閉める。
その間に眠らされたビビをシズクは近くのソファーに運ぶ。
「説明をお願いします。」
「まだ王妃様が眠ってるから、大声を出しそうになったところを止めただけ。」
「……説明とかはされてないのですか?」
「それは…………。」
「ん~…フォイマン様をお呼びした方が良いんですかね?」
「師匠は簡易厨房の先の部屋で寝てる。起してくる。」
そう言ってシズクは簡易厨房の方へと姿を消すして、しばらくして、ぼさぼさの頭を掻きながら欠伸をしているテレシアと戻って来る。
「ふふぁぁ~。まだ人見知り治ってなかったのか。」
「え?人見知り?シズたんがですか?」
「そうだよ。この子初対面の相手とは口を利かないからね…。」
「私とは普通に話してましたよね?お母様とも…。」
「それは、あれだ。昨年の謁見で顔は合わせてるし、私が一緒だったからね。
この子、基本お喋りなんだが、初対面の相手とは全然喋らないんだよ。
思い出してみな、昨年の謁見でも喋ってない。」
「……ああ、そういえば。」
「カルゼイとは何度か私と筋肉莫迦と一緒に会ってるから話せるんだけどね…謁見みたいに不特定多数の知らない人が周囲に居る場合も、喋らない。」
「喋らなくても大丈夫なんですか?」
「ん。首を横に振ったり、頷くだけで問題ない。」
「問題だらけだよ!だからカルゼイも名前を伏せてたと勘違いしてたんじゃないか!」
「あれは王様が氷結って呼んでるから、名前は別に必要じゃないと判断してるんだろうと…。」
「まあ、あっちはあっちで勘違いして、気を使って氷結って呼んでたんだろうけどね…どっちもどっちだね。ところでシズク、あんた街では何て呼ばれてるんだ?」
「街ではお嬢ちゃん、無唱の魔女ですね。それ以外は…氷結の魔女、ちみっこ魔女、爆炎の魔女、無音の影法師、首狩りっ子、無言のお嬢ちゃん、それと…。」
「あ~もういいよ。聞いた通り、この子の名前を知ってるのは限られた人だけなんだよ。」
「凄いですね♪そんなに多くの通り名を持ってるなんて♪」
「そう?」
「そこ褒めるところ違うからな?」
「そうですか?」
「まあ、通り名が多いのは、それはそれで凄いことではあるんだけどね…。」
「ですよね♪」
「はぁ~…メイドちゃん達には私達で説明しておくから、朝食お願いするよ。
これでしばらくはシズクの料理はお預けだろうからね…。」
「えっ⁉どうしてですか?」
「ん?今日の昼にはシズクは帰るからだけど?」
「お母様の護衛は?お母様はどうなるんですか!」
「あ、ああ…その件は片付いた。シズクが昨晩終わらせた。」
「ぇっ…。」
っとリギットがどこか悲しそうに声を漏らす…。
「また私の家に来れば良い、師匠の転移ですぐ。」
「で、ですよね♪折角知り合ってすぐにお別れというのは寂しいですけど…またお伺いします♪」
「おい!私抜きで話を進めるな!」
「ダメ…ですか?」
「うっ…。」
因みに転移魔法は魔力消費が大きいのでテレシアは勘弁して欲しいが、シズクの家の近くの最寄りの街まで、王都から馬車で片道4時間と少し、転移で一瞬の距離である。
馬車でも行こうと思えば行ける距離ということが、転移を使うかどうかの判断を微妙にさせている。
「私じゃなくても、行く日にち決めてシズクに迎えに来させたり、馬車で行くってことも出来るだろ?」
「それもそうですね…。」
リギットの言葉に胸をなでおろしたテレシアにシズクが選択肢の1つを潰す。
「師匠…私の家には誰も近づけないですよ?師匠たち以外は。
結局、その連絡も師匠がすることになるんです。」
「あっ…ど、如何にかできないのか?」
「ミコちゃんが一緒に住むことになると、更に結界を強化する方向で検討することになると思います。」
「ぐっ…その話は今は置いておこう、私達はメイドちゃん達に説明して来る。」
テレシアは好ましくはないが、どうしようもないので、問題の先送りという選択肢を選び、リギットと一緒に説明に向かい、シズクは簡易厨房へと向かう。
簡易厨房に入ったシズクは朝の定番、トースト、サラダ、卵、それにポタージュを用意し出す。
テレシアは普通の大きさで良いとして、リズリットとリギットの分は食べ易いように一口サイズに切る。
2つフライパンにバターを引き、その上にパンを乗せ2基のコンロで焼いて行く、片面が焼けるまでに、サラダの準備と卵焼きの準備、目玉焼きは黄身の焼き加減が人によって好みが別れるのでスクランブルエッグに。
塩と胡椒で少し味付けをして一旦止める。
パンの片面が焼けたら、パンを引っくり返して、蓋をして、フライパンをコンロから退かせ、次へ。
ハムを薄く切って焼く。焼いたハムを刻んで、溶いた卵と一緒にプライパンに入れて弱目の火力で蓋をして、しばらく放置。
その間に鍋を用意して、作り置きのポタージュを鍋に入れ温める。
シズクのアイテムボックスは中の時間が止まってるので、食材が腐ることもない。
こういう作り置きしても、腐ったりダメになることがないので便利で重宝している。
ただ、シズクのアイテムボックスはどうも特殊な様で、同じアイテムボックスでも時間停止出来ず、収納可能数量などが存在していて、テレシアやアレクスに出会って直ぐの頃には「誰にも知られるな。」と注意されている為、2人の師匠以外知る者はいないし、シズクも人前では注意している。
そこからサラダを作り。ポタージュが温まったら、鍋に蓋をし、パンの入ったフライパンと入れ替える。
この段階でスクランブルエッグを確認すると、火が弱すぎたのか全然完成してない。
「ちょっと失敗しました…まあパンを焼いた後で調整しましょう。」
シズクはのパンの残り片側を焼き始める。
しばらく確認しながら焼き、丁度良い色になったところで火を止め、削ったチーズを振りかけて、蓋をし、余熱でチーズが溶けるまで待つ。
その間に卵の方を、程よくふわとろになったところで完成。
それぞれをお皿に盛って、トレーに乗せ、扉の外で待機しているメイドさん3人に渡そうとする。
「あ、あの!さっきはすいませんでした!」
シズクの被害者であるビビが謝って来たので、シズクは手をひらひらさせ気にしてないと伝え、シズクも無言で頭を下げて謝罪?をしてから、ビビに食事の乗ったトレーを渡し、第五王妃を指示す。
「リズリット様のお食事ですね。はい!分かりました。」
受取ったビビは素直に返事をして、トレーを運んでいく。
次はリギットの分と指示し。
受取ったメイドさんは「はい!」と返事をして運んでいく。
最後にテレシアの分をメイドに渡し終了…。
「さて、私の分も含めて7人分の食事を追加っと…。」
シズクはそう呟き、サンドイッチを残った具材と新たに具材を追加して作っていく…。