2、依頼。
少女は買い物を済ませて、転移で森の中の自分の家へと帰って来た…家から離れた位置に。
普通、転移の魔法は場所のイメージが明確であれば、何処へでも、瞬時に転移可能である。
術者の魔力にもよるが…。
この少女が直接家に転移しなかった理由は2つ。
1つ目は転移事故…それは転移した場所に物や人が居た為に起こる事故である。
この事故は、転移先にあるものと転移術者がぶつかり、どちらかが吹き飛び怪我、あるいは死亡するという危険な事故である。
術者の死亡率80%と危険な事故である為、転移の魔法が使える者は慎重に場所を選ぶか、専用の場所を確保している。基本は後者が多い。
まあ、転移魔法を使える者自体が少ないのだが…。
2つ目は―――。
「あれ?結界が一箇所解かれてる?ん~…可能性は―――。」
2つ目は結界。
この結界は少女が張った結界であるが、街などには結界が張られており、転移の妨害、魔物の侵入などを防いでいる。
少女は考えながら、山林に入ってから外した仮面を再び着け直し、自分の家の扉を開けた瞬間に『パラライズ』と、一言。
「ちょっ!『レジスト!』」
少女の放ったパラライズは、この家に居た何者かによって防がれる。
「あ~、やっぱり師匠でしたか。」
少女から師匠と呼ばれた人物、名前はテレシア・フォイマン。
女性。
年齢は50歳を超えてるが、見た目は20代後半から30代前半と若い。
「やっぱりって思ってたんなら、いきなり魔法を使うな!」
「結界が解かれてましたから、可能性としては師匠かな?とは思いましたけど、違ったら私と同等かそれ以上の人物の可能性があるじゃないですか…そんな人に襲われたら私の方が危険ですよ。」
「言ってることは納得出来るんだがな…。」
「でしょ?」
「はぁ~、シズクはそんな子だったね…シズク以上の使い手なんて数えるほどしか居ないんだけどね…。」
この少女の名前はシズク…本名は暁 雫
年齢は現在16歳なのだが、背が低い、顔を隠している為にまだ10歳前後の子供だと思われ、街の人や周囲からはお嬢ちゃんと呼ばれている。
まあ、少女の話は追々として…。
「どころで師匠、お客さ…ん?」
「ん?ああ、カルゼイのやつから依頼があってね。私だけでも良かったんだけど、どうしてもって、この子がね…。」
「お久しぶりです。氷結の魔女様。」
「ああ…お姫様ですか、護衛も付けずにこんな所に来て大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。フォイマン様が一緒ですし、私に居なくなって欲しい方もいらっしゃるでしょうから…。」
このお姫様、名前はリギット・ユニウス・フェルメンス。
年齢は16歳とシズクと同じ年齢であるが、こちらは年相応以上に育っている。何処がとは言わないが…。
現国王、カルゼイ・ユニウス・フェルメンスの三女であり、5番目の妻、男爵家の次女でメイドとしてお城で働いていたところを、カルゼイが手を出してしまって出来た子である。
当然、身分的に問題があったので、男爵家から公爵家へと養女に出され身分を整えて妻に迎えられて現在に至る…。
年配のメイドさん達からは可愛がられているが、若いメイドや特に母親と年の近いメイドからは妬みや嫉妬などを理由に嫌われている。
因みにリギットが名前で、ユニウスはこの国のユニウス公国から、フェルメンスは家名である。
『氷結の魔女』
少女にはいくつかの通り名が存在している。
『無唱の魔女』もその1つだが、先程の『氷結の魔女』の他に『爆炎の魔女』、『ちみっこ魔女』などの通り名がある。
「…そうですか、お姫様も大変ですね。」
「お姫様ではなく、リギットっと…もしくはリっちゃんと呼んで下さい♪」
「そうですか、リッたんも大変ですね、それで依頼って何ですか?」
「リったん…リったん…はい♪リったんです♪」
何が気に入ったのかリったんは大喜びである。
それをテレシアは優しく見つめている…。
「それで師匠、依頼とは?」
「ん?ああ…依頼内容は護衛だ。」
「護衛?私には向いてませんよ?」
「私もそう思うが…カルゼイとこの子、そしてこの子の母親の達ての希望だからね……。
だから私が来たんだよ。」
「師匠から頼まれたら、私は断れませんからね。」
「私の頼みだかって断ってくれても良いんだけどね、
まあ…そうだね、すまないね。」
「別に良いですよ。師匠と王様にはお世話になりましたから。」
「私にはお世話した気がないんだけどね…ちょっと日常生活と魔法の基礎を教えたってだけなんだが…。」
「あの時、助けてくれたじゃないですか。」
「あれは…成り行きだよ。」
「それでも私は感謝してますから…それで護衛はどんな内容なんですか?」
「ああ……この子とこの子の母親、第五王妃リズリットの護衛だ。」
「それって…。」
「シズクの考えた通りだろうね、ちょっと王城の中が不穏になって来てる。
特に第五王妃様がご懐妊されてからね…。」
「それで私に虫除けを依頼ですか…期間は?」
「一月から三月ってところかね?」
「…分かりました。引き受けるのに条件が1つあります。」
「だろうと思ってたから、簡易になるけど造らせてる。」
「話が早くて助かります。」
「その条件って何ですか?」
「シズクは料理を作るのが好きだからね、厨房のようなものに部屋を改装させてるのさ。」
「ああ…あれがそうだったんですか、でも、それはお城の厨房ではダメなんですか?」
「ダメってことはないけどね…お城の料理人っていうのは悪く言えば頑固者、プライドがあるから、シズクのように急に来た他所者を厨房へは入れたがらないのさ。
まあ、それ以外に食材に毒を仕込むとかの危険に対しての処置でもあるんだろうけどね。」
「別に料理を作るのが好きって訳じゃないですよ。
この辺の料理が美味しくないから、自分で作らなきゃいけないってだけです。」
「おや?そうだったのか?」
「そうですよ、調味料はありますけど、高価なので普通の所ではあまり使いませんし、調理方法も焼く、煮込むが基本ですし、味付けも辛いを通り越して辛すぎるものが多いですからね…。」
「あの時咳き込んで、お店の店主に文句言ってたからね…まだ3年ほどしか経ってないのに懐かしいね…。」
「あの時はよく分かってなかっただけです。あれが一般的料理だってことを知らなかったんですから…。」
「まあ、そこはね…それで、何時頃から護衛に付ける?」
「今日からでも大丈夫ですよ?」
「それは助かる。」
「ちょっと畑で収穫してからになりますけど。」
「ああ、手伝うよ。」
「私もお手伝いさせて頂きます。」
「いえ、大丈夫です。この時期はミニトマトとキュウリぐらいですから、すぐに終わります。」
そう告げて、シズクは外へと出て行く。
「フォイマン様、氷結の魔女様はシズクというお名前何ですか?」
「ん?そうだよ。シズク・アカツキがあの子の名前だよ。」
「シズク・アカツキ?氷結の魔女様は貴族だったのですか?」
「いや、本人は違うと言ってるが、詳しいことは聞いてない。」
「そうですか…シズクちゃん?シズちゃん?シーちゃん…。」
何かシズクの名前をぶつぶつと呟いているリギットを見ながら、この子は何を一生懸命考えてるのやら、っとテレシアは思いながらも、その様子を見ていると…。
「お待たせしました。」
「早かったね、それじゃあ行くか。」
「はい。よろしくお願いしますシズたん♪」
「「……。」」
「シズたん…ですか。」
「ダメでしたか?」
「いえ…別に構いませんよ。」
「ありがとうございます♪」
「シズク、一気に王都の入り口まで飛ぶからね。私はこの子と一緒に飛ぶから、
シズクはしばらくして飛んでくれ。」
「分かりました。入り口近くですね。」
と、やり取りをしてテレシアは一足先に転移し、2人の姿が目の前から消える。
「さて…入り口近く…。」
そう考えながらシズクも後を追うように転移する。
「あれ?来ないね。」
「そうですね…。」
と、先に転移した2人はしばらく待っていたら、
2人の後方から「すいません、お待たせしました。」っと声がかけられる。
「後方から?…シズク、何処に飛んだんだ?」
「王都で門の近くという条件で記憶にあるのが、門の衛兵の取調室だったので…そちらに。」
「それは…大騒ぎになったんじゃないか?」
「まあ…短剣見せたら収まりました。」
「ああ…それなら、王城に行こうかね。」
さすがにお姫様が歩いて王城に向かう訳にもいかないので、テレシアは衛兵に馬車の手配をしてもらい、馬車に乗り込んで王城を目指す。
「私、馬車苦手です。」
「そんなに長時間乗る訳じゃないから我慢しな。」
「シズたんは馬車が苦手なんですか?」
「…お尻が痛くなる。」
「ああ…。」
「師匠、綿とか手に入りませんか?」
「ん?手に入るよ。」
「それなら手配お願いします。」
「まあ、手配は問題ないけどね…量は?」
「1キロ…じゃ伝わらないか、これで購入できるだけお願いします。」
っとシズクは綿の値段がよく分からなかったが、街で見かけないから高価なものだろうと判断して、テレシアに金貨を2枚渡す。
「ん。分かった。明日には用意出来ると思う。」
「お願いします。」
しばらく馬車の振動を我慢して、王城に到着。
馬車から降りて来たシズクを見て、衛兵は体を一瞬強張らせて動きが止まるが、そこはさすがは王城を守護する衛兵、一瞬強張っただけで普段通り元に戻る。
リッギトの案内で第五王妃の下まで案内され、リギットは部屋の前で護衛の兵に会釈して、扉をノックしたのち、
「お母様。フォイマン様と氷結の魔女様を案内してきました。」
「あら、あら。早く通してあげて。」
その返答に護衛の兵が扉を開け、リギット、テレシア、シズクの順で入室すれば―――扉から入って来たシズクに第五王妃のリズリットが少し大きくなったお腹で駆け寄りシズクを抱きしめる…。