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とある冬の雪が降る日。いつも通りアルバイトを終え自宅であるアパートへ帰宅している最中だった。
自身の部屋の隣からいつもの怒鳴り声が聞こえてきた。男が怒鳴り、女が喚く、そして鳴り響く物が落ちる音。
溜息をつきながらも隣室の住人、まだ若い2人のカップルの部屋の呼び鈴を鳴らす。呼び鈴に喧嘩の声は静かになりながらも、まだ喧嘩していた。
「はい、どちらさんですか?」
男がでてきた。その視線には鬱陶しそうな、面倒くさそうな感情が孕んでいる。オマケに八つ当たり気味の怒りをこちらに向けている。
「また喧嘩していましたよね、やっぱりうるさいです。やるならもう少し小さい声でお願いしますよ。他の人から苦情きてますし」
「と言われてもねぇ、この女が余計なことしなければこんなことにはならなかったんですよ」
「そんなことはこちらからするとどうでもいいんです。静かにしてくれればそれでいいですから」
「ハイハイ、分かりましたよ……ったく」
そうこちらに明確な怒りを向けながらも扉を閉じようとした、それを横目に見ながらも彼らの部屋の様子を見てみると、女の方がこちらをじっと見つめていた。
それを俺の昔から無駄にいい目が捉えてしまい、いつもの癖で感情を読んでしまった。いつもは目を合わせないからわからなかった感情が、だ。
そしてその女の目に孕んでいる感情は『怯え』『恐怖』『殺意』『怒り』であった。最初に読み取れる感情が最も心を占める感情だ。
あまりにも今の日本では見慣れない感情に俺は少々動揺してしまうも、その間に男がドアを閉じきっていた。どうやら部屋を見た事がバレていないようだ
不審に思った俺は自室へと戻り、紙に自身のメールアドレス、及び電話番号を書き『辛いならここにメール、もしくは電話をしろ』と書き記す。
そして懐から符を取りだし式神を呼び出す。祖父に教えられた秘匿の技術、最近街中でよく見るが。
「あの二人を監視しろ。女に何かあった場合……いや、男に『悪いモノ』が着いていたらこれを女に渡せ」
そう命令しネズミの形をした式神に小さく折りたたんだ紙を飲み込ませる。ネズミの式神はそそくさと天井に開けといた穴へと入っていく。もちろん問題は無い、俺が大家だからだ。自宅を何しても問題ないだろう?なぜ大家がアルバイトしてるかと言われれば住人が少なく、収入が少ないからである。
「さて、どうなるかな」
そのあとはいつものように飯を食べて、風呂に入って、ベッドに潜り込んで眠る。いつもの変わらない日常。
それから数日後、アルバイトを入れていない休日の昼頃。スマートフォンに着信があった、番号を見ると知らない人物からだがいつもの事だと思い着信に出る。
「もしもし」
『助けて!』
「どうしましたか」
『ゆうたが殴ってくるの!(ドゴンッ!)ひぅっ!?』
『誰に電話してやがる!おい!寄越せ!』
『嫌よ!』
「……そのまま逃げろ、今行く」
ゆうたとはたしか隣人の男の名前のはず。ならこの電話番号は女のものか、確かに隣からちょっと聞きたくもない音が聞こえる、というかドゴンってどこに当たったんだ。
「とりあえず」
壁に向かって手に出現させた鞭を思いっきり振る。式神に任せていた紙が渡ったはずだから『悪いモノ』なのは確実。
遠慮はなし、あいつらは百害あって一利なしの存在。故に──
「殺す」
振るった鞭は壁を突き破り、その先にいる男に着いている『悪いモノ』に直撃している、今回はなんだろうな。
「あー……下級だったか。ちょっと過剰だったかな」
禁鞭を使うほどの相手ではなかった、というのは分かった。だが殺す、それが俺の生業、『自然殺し』のお仕事だ。
「……ん、まぁ。記憶が無いから男は放置でいいか」
問題は女だ。全身に打撲の後があったり、切り傷があったりして満身創痍だ。これは早く休ませなければ危険な状態になるのがわかった。
「ちっ、面倒臭い事しやがって……」
女を担ぎ自分の部屋へ運ぶ。
「後でアルバイト料貰わないとな」
思わずため息が出る。手を叩き、使い魔を作り出し、壁を直す。
諸々の処置を施したあとは敷布団の上に泣かせて眠らせる。俺はソファで寝ることになるだろう。
だるい。