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第三話 パーティーへの招待状


 side蓮


 会長を誘拐できずに退却することになった俺たちは学校に戻っている途中だった。


「く、あんな式神さえなかったらうまくいったのに」


「どうするの、蓮」


「あぁ、とりあえず遠井先輩に話を聞かせてもらう。あの先輩なら次の手を考えていそうだしな」


 二人には、まだ疑いの段階であるために話していないが、今回の式神を操っていた術者はうまくやりすぎだった。内部の情報を知らない人間ができる計画ではない。

 それに式神は元々暗殺などには向かない物だ。魔力の痕跡は残るし、式神によって流派の特徴もある。敢えて式神を使うとすれば、藤宮の術者以外にいないだろう。今回の見合いは藤宮と嵯峨が内密に進めてきた物。行われることを知っている人間だけが、ここに集まっていたはずだ。

 そう考えると、遠井先輩が嵯峨家に不満を持つ藤宮家の人間をけしかけたと考えられる。

 前に観月先輩に聞いたのだが、観月先輩は魔法工学だけでなく、ただの機械の扱いも巧いらしい。あの二人が協力すれば、都市内で分からない情報はない。つまり、他に妨害するような人間がいたなら、気付いていたはずだ。それなのに言わなかったのは、遠井先輩が内密に別の計画を練っていた可能性があり、それに利用されたとも考えられる。


「やっぱり逃げていても『遠』の血縁か。一筋縄ではいかないな」


 八族である『遠』は象徴とも言える魔法『千里眼』と優れた謀略を張り巡らして、その地位を確固たる物にしてきた。

 今回、遠井先輩にしてやられたのはあの二つの家だけではなく、俺たち側も手の上で踊らされていたかもしれない。

 思考を現実に引き戻すと、後ろから他に追手が来る様子は感じられない。


「他に追手はないし、休むか」


 遥を下ろしてペースを歩く程度まで落とす。唯も同じ程度まで落として、隣に並んだ。


「すぐに学校に戻らないのか」


「そうよ。学校に戻らなくていいの。遠井先輩たちが待っているのよ」


「いや、そこで休憩してろ」


 近くにあるファミレスを指す。都市の外にもある一般的なチェーン店だが、その言葉は予想外だったらしい。


「別にいいが、蓮はどうするつもりだ」


「ちょっとな」


「15分だ。それ以上はお前を待てない。呼びに行くぞ」


「どういうことですか、橘先輩」


「今は蓮を信用しておけ。何か特別な事情でもあるんだろう」


 唯は察してくれたらしく猶予をくれたので、すぐにその場から離れた。遥には悪いが、説明している間が惜しい。




「何か用ですか」


 誰もいないはずの虚空に話しかける。抜け出した時からついてきていた気配がはっきりと姿を現した。


「よく分かったわね。

 さすがに八家の『天』の当主と言うべきかしら」


「あなたもですよ」


「?」


 嵯峨家の当主とは違う気配の持ち主に声をかける。


「やっぱり分かった」


「はい。料亭から出たところ辺りからですけど」


「ほとんど最初からじゃない。

 やっぱり衰えたのかしらね」


 優音さんが俺の後ろに音もなく着地してみせた。


「嵯峨の当主の嵯峨真弓さんだったかしら。はじめまして、私は八族に名を連ねる『神』の一人、神河優音といいます」


 さすがに真弓さん(だったか)もさらなる八族の登場に驚きの表情に変わっていた。


「気にしなくていいです。私が来たのは蓮を見に来ただけですし、『神』の方針にしても嵯峨家を敵に回そうなんて考えていません」


 嵯峨家は表では最強と知られていることもあり、八族との関わりも他の家に比べると、深かったりする。そのためか、八族の情報もある程度まで伝わっているため、優音さんについても当然知っていた。


「私もあなたたちを敵に回したいとは思いません。

 ですが、秋帆のことは嵯峨家の問題です。あの子には優秀な血を残す義務があります。そのために少々、非人道的と言われても強引に進める必要があります」


 それは分からないでもない。八族では昔は仲の良い家同士で婚姻を交していたという事実も残っている。

 その話は八族だけではない。昔は優秀な血を入れるために外国人との結婚も認められていた。今では優秀な魔法使いとは軍事力そのものになるので、結婚は禁止とまではいかないが、大きく制限を受けることになっている。


「藤宮家は嵯峨に近い魔力を持っており、過去の経歴からも藤宮との間に生まれた子供は大きな力を持つことが多いです。

 そのために藤宮家の直系の相手を用意したのですが、あれでは完全に役不足でしたね。ただ秋帆を狙っている害虫と何ら変わりがありません」


 なるほどね。顔色を伺っていると、真弓さんの本音が見えてきた。

 この人は強引に結婚させることもできるのに、今までさせなかったのは会長が大切だからだ。

 まず自分の目で相手を確かめ、次に会長が結婚相手として納得するか見極めようとしている。

 嵯峨家という呪縛の中で、自由な相手を選べるように影で色々と暗躍してきたのだろう。見合いの申し込みは会長が言っていた程度の数ではないはずだ。全て影から圧力をかけて、娘を守ることに全力を注いでいるのだろう。

 つまり、会長が言っているほど内心は結婚に対して強引ではないということか。ただ名家としての伝統を周囲に示しているだけだ。


「ちょっと疲れましたので、少し独り言を言わせてもらいます。

 明日、やり直しのために藤宮でパーティーがあります。そこに招く招待状を送りましょう。また暴れられても困りますので。その場で秋帆の相手としてふさわしい人間を婚約者にしたいと考えています」


 分かりやすい独り言に優音さんも苦笑いをもらしている。


「今回も私は必要なさそうね。

 頑張って囚われの姫様を助けてみせなさい」


 都市に来てから急激に増えているため息をついた。


「これで二回目か」


 次は藤宮蒼も万全の状態に整えてくるだろう。前回のように不意打ちというわけにはいかないし、できれば俺は表に立ちたくないが、現在は二階堂先輩と真木先輩の二人が倒れている以上、出なければならないのは俺になるわけだ。他のメンバーは全員女子だしな。


「どうしますか。僕の名前は聞く人が聞けば分かりますよ」


「私が何とかできるわ。結婚する意志のない嵯峨秋帆が妨害を私に依頼、それを私があなたに仕事をまわしたことにすればいいでしょう。嵯峨秋帆は私のことを知っているようだし。

 あなたは上から正式に派遣されている八族の魔法使いだから、八族会議に許可の申請すれば何とかなるし、八族が嵯峨家に借りを作るのは悪くないことだからね。実際に婚約しない限り、セーフだと思うわよ」


「つまり、お前に断る権利はない。ぐだぐだ言い訳を言わずにやれということですね」


 相変わらず女性の扱いについて厳しい。男たる者、女性を守れないのならば、生きる価値すらない。

 優音さんが俺の教育係だった時に叩き込まれた教えの一つだ。

 どうやら俺に逃げるという道は許されていないようだ。


「では、こちらは招待状を楽しみにしています」


 二人を待たせているので、この場はこれで別れることにする。

 早く学校に戻って、この件を遠井先輩に知らせなければならない。また何とかする機会が訪れたが、今度は正攻法でやるしかない。


「唯先輩、遥。早く学校に戻りましょう。

 先輩に報告することができました。詳しいことは生徒会室で話すので、今は黙ってついてきてください」


 ファミレスでくつろいでいた二人と合流して店を出ると、真弓さんとの話を遠井先輩に伝えるためにダッシュで学校まで走ることになった。




「その話は本当なの」


「それよりも、床に転ばされて、気絶しているあの子は誰ですか。見た感じだと、着ている制服からこの学校の生徒じゃないようですし、中学生ですよね」


 学校に戻ったところで報告するのに、生徒会室を訪れると観月先輩と遠井先輩が座って待っていた。招待状のことなどを説明すると、身体を乗り出してきたのは別にいいのだが、気になったのは縄で完全に縛られた少女が床に転ばされて気絶していることだった。


「その子があの式神を操っていた本人よ。

 観月と私が取り押さえたわ」


「とりあえず起こしますよ」


 縄を切ってやり、何度か頬を叩くと少女は目を覚ました。

 しばらく周りを見渡していたが、遠井先輩を見たところで目が止まり、懐に手を入れた。


「あなたが探している物はこれかしら」


 遠井先輩は座ったまま、懐から何枚かの符を取り出した。


「暴れられても面倒だから、先に奪わせてもらったわ」


 遠井先輩を睨みつけていたが、周りにいた俺たちにもようやく気付いたようだ。


「あんたたちは料亭で私の式神を倒した奴」


「どうでもいいが、遠井先輩。先に説明してください。どうして俺たちだけではなく、この子にまで情報をリークしたのか」


 俺がそう言うと、遥と唯は驚きの表情に、観月先輩は顔を青ざめた。やっぱり観月先輩も協力していたんだな。観月先輩のことだ、強く頼まれたら断れないだろう。


「どういうことだ、万里。始めから説明しろ」


「そうです。どうしてですか」


「私に情報をリークしたのって、あなたの仕業だったの」


 三人が詰め寄ると、遠井先輩は観念したかのように話し始めた。


「私は秋帆の見合いを完全に消すつもりだったのよ。最初の計画じゃ、完全に取り止めにするのは無理だったわ。

 だから、藤宮家で見合いに反対している子を利用して、藤宮の汚点をつくることにしたの。それならば、十分に断るための大義名分にもなるわよね。

 そのために、式神を倒すための人材を投入する必要があったの。そして不測の事態が起こった時に天宮なら撤退を選択することも、予想できていたわ。

 これが計画の全貌よ」


 完全にしてやられたな。

 遥たちも言葉を失ってしまっている。これはくせ者揃いの生徒会の中で、No.2にいるだけのことはある実力者だ。謀略を張り巡らしたら、遠井先輩の右に出る者は学校にいないだろう。


「天宮の話が本当ならば、招待状が届くはずね。

 二階堂と真木は間に合わないと思うからパーティーに参加するのは天宮と観月と私が行くわ」


「何故、その人選なのか。聞いてもいいか」


「簡単な話よ。

 今回は暴れるのが目的じゃないこと、これが一つ目の理由。

 二つ目は神龍の代表として訪れる以上、副会長である私が行くのは当然のことでしょう。

 最後の理由は今回は観月の魔法が必要だということよ」


「あの魔法か。分かった。当日に私たちはどうすればいい」


 唯と遠井先輩だけですいすいと話を進めていく。


「今回だけは唯と遥には待機しておいてほしいのよ。

 あとね、少しくらいは観月にもチャンスがあってもいいと思わないの。あなたたちは天宮と料亭で食べている時に観月は私の手伝いをしていたのよ」


 後半の部分は俺には聞こえないように遠井先輩は二人にささやいた。


「蓮、分かっていると思うけど、パーティーは会長を助けることが目的だからね」


「そのことは重々、分かっているよな」


「そりゃ分かっているが」


 あれ、二人は当たり前のことを言っているはずなのに身体が震えてくる。何でそんなに迫力があるんだ。観月先輩と藤宮妹も二人を化物を見るような目になって震えている。


「それと、天宮。藤宮杏奈のことだけど、あなたが明日まで預かってくれないかしら。彼女が逃げないように見張っときなさい。

 私は寮住まいだし、観月と遥は家族と暮らしている。唯は寮を出たけど、どこに住んでいるのかしら」


「マンションで一人暮らしをしているけど」


「なら、唯が預かれる」


「ちょっと待ちなさい。私は別に逃げないわよ。何なら契約でも呪いでも好きにかけたらいいわよ」


「それはダメよ。何かいいアイデアがないかしら。

 そうね。観月、今日は私が今から寮長に外泊の許可をもらってくるから、あなたも両親に許可をもらって天宮の家に来なさい。唯と遥も好きにしたらいいわ。天宮の家は広いらしいから、私たちも泊まれるわよね」


 この人は何てことを言っているのですか。今日、みんなが俺の家に泊まる。

 そんな許可を出せるわけない。俺の家には他人に見られたら困る物が多すぎる。特に今は家出しているが、『遠』の関係者である遠井先輩には見せられない物もあるのだ。


「いや、無理です。いいわけないでしょう。何で、わざわざ俺の家に泊まるんですか。別に藤宮妹を解放してもいいですよね。泊まる必要なんかないですよね」


 結局、全員を何とか説得することにして、俺の家の泊まりは流れることになった。




 side唯


「ここだ」


「せまいわね」


「文句を言うな。一人暮らしならこれぐらいの広さがあれば十分だろう」


 話し合いの結果、藤宮は私が預かることになった。

 蓮の家に泊まれないのは残念だったが、私も蓮なりの事情を知っている以上は納得してやらないといけない。


「私は藤宮の出身よ。こんな部屋で満足するわけがないでしょう。もっと広い場所はないの」


「なら、蓮のところに行くか」


 はっきり言わせてもらえば、私としてもそちらの方がずっといいのだが、後で遥と観月に知られたことを考えると怖すぎる。


「そうよ。

 あの男は何者なのよ。私の式神をあっさり倒すなんて、それに今まで名前だって聞いたことない。何で今まで知られていなかったの」


「私もあまり知らない。あいつは高校からの編入してきた奴だ、それも外からな。詳しいことは遥に聞け。遥は蓮の幼なじみだ」


 藤宮を適当にあしらいながら、明日のことを考えていた。明日の朝も蓮との特訓をすることになった。私はパーティー前に疲れるのは得策ではないと思ったのだが、どうせ戦うことになるから準備体操になると言われた。こいつも連れて行かなければならないが、それも仕方ないだろう。

 全く、せっかく二人でいられる時間なのに、こんな奴に潰されるなんてついてない。


「私が当然ベッドよね。私はお客さまよ」


「図々しいぞ。自分がやったことの自覚はあるのか」


「それとこれは話が別。私は枕が変わるとよく寝られないから。

 あと、私は床で寝たくない」


 一発殴るだけじゃなくて、外に放り出してもいいか。どれだけの我が侭が許されてきたんだよ。


「唯、忠告しておくわ。

 藤宮で最も才能があるのは長男でも、次男のあの男でもないの。藤宮で最も自由が許されていて、誰よりも才能に溢れているのは末の娘、藤宮杏奈なのよ。

 一般にも『いる』ことは知られているけど、あまり実力を知っている人間はいないわ。

 中学の成績は藤宮の特殊術式を理由に、一般の魔法だけ使わされているようよ。

 だから、式神を操る能力だけは藤宮一と思いなさい。天宮も認識しているようだけど、今晩だけは油断しないでおきなさい」


 別れ際に万里から聞かされた忠告を思い出す。

 確かに料亭で倒した式神はかなり高難度の物だった。私では遥の援護を受けずに一人で、あの二体を相手にするのは『絶理』無しでは厳しい。蓮が言うには八族の技を使うのは相手を『殺す』覚悟を持った時だけにしろ、とのこと。

 今の私には、その覚悟はない。

 ならば、私はさらに他の魔法や体術の腕を上げる必要がある。蓮も私の心境を理解しているのか、『絶理』だけに頼る戦い方を実戦式の稽古の中で、修正してくれている。


「わかった。好きにしろ。

 その代わりに、明日は5時半に起きてもらうからな」


「なんで、そんな早く」


「蓮と訓練の約束がある」


「後輩でしょ。こっちに呼べば、来るじゃない」


 あぁもう。我が侭な奴だな。


「私が教わっている立場だから、仕方ないだろう」


「うわ、実力が後輩に負けているって、ダサい」


 多少のことは我慢しようと思っていたが、この辺が限界だな。


「本当に私が弱いか。お前の身体で試してみようか。何本、骨が折られたら理解できる」


「へっ。

 う、嘘でしょ。今のあなたより強いって、あの男は何者なのよ」


 軽く気を体内から放出してやると、それだけで藤宮は私の実力を理解できたのか、身体を震わせた。これで恐怖だけでなく、理解できるということは訓練をそれなりに積んでいるのだろう。


「ま、まぁいいわ。

 私もあの男の実力には興味あるから、あなたに言われなくてもついていくわよ」



 side蓮


「く、はぁあ」


「甘い」


「当たれ」


「当たらん」


 唯が朝の特訓に藤宮妹を連れて来たことに一瞬だけ驚いたが、すぐに意識を切り替えた。


「これで8回目だ」


 今やっているのは唯の戦い方に合わせた素手同士での特訓、俺は拳を首で寸止めして構えをとく。

 今は唯に合わせた体術の特訓に切り替えている。俺が刀で相手するのは、まだまだ先のことになるだろう。


「隙あり」


「そんな物はない」


「うわ、卑怯」


 組手が終わって速攻で仕掛けてきた唯を投げ飛ばす。それを藤宮妹は呆れたように見ている。


「うるさい。これぐらいはしないと勝てないんだよ」


「それでも、勝ててないじゃん」


「くっ」


 一晩で、それなりに打ち解けたみたいだな。なんだかんだ唯も面倒見がいいからな。

 おっと、そろそろ時間だな。


「さすがにパーティーは晩からみたいだけど、今日はこのくらいにしておくか」


 俺はこれから朝飯の準備をする必要がある。唯はいつものようにシャワーを浴びてから来るだろうし、藤宮妹に手伝わせるか。

 藤宮妹は唯に引っ張られて来た時には文句ばかりを言っていたが、いざ組手を始めると静かにじっと見ていた。


「おい、藤宮妹。お前はこっちで手伝え。朝飯の準備をするぞ」


「分かったわよ」


 藤宮妹は予想に反して文句を言わずに、俺の準備を手伝ってくれ、なるほどね。

 背中に強い『気』を感じると、すぐに反転して腕を掴んで、放り投げた。


「きゃあ」


 何とか受け身をとったみたいだが、こちらを睨みつけたままだ。


「まず、襲うつもりなら『気』くらいは抑えろ。それができないのなら、無理に『気』を使うなよ。その程度なら、一般人でも狙われていると気付けるぞ。

 それと、藤宮妹。何で俺が襲われたのか聞いてもいいか」


 藤宮妹は今の一瞬で何を思ったのか。こちらが予想もしないことを言い出した。


「私の名前は杏奈よ。藤宮妹って呼ばないで」


「そりゃ構わないが、相手をしてほしいなら、そう言え。

 いきなりするな」


 こっちにも準備がいる。あくまでも手加減のためのだが。


「ただ私はあなたの実力を知りたかっただけよ。

 別に相手にしてほしいとは思っていないわ」


「あっそ」


 side杏奈


 いきなり投げられるとは思っていなかった。見ていたから、実力があるのはわかっていたつもりだけど、ここまでの差があったなんて。

 いくら何でもさっきの不意打ちに反応するのは反則だと思った。けど、まだまだ欠点があると指摘されたら、抵抗する気もなくなってしまった。

 そこにある圧倒的な差。

 普通の術者ならば、抵抗する気も失せるような実力差を見たとしても、私は藤宮の娘。絶対に一泡ふかせてやる。


「どうした」


 それにしても、こいつはどれだけの訓練を積んだら、そんなのになれるの。才能があるのだとしても、少なくとも私が知っている訓練だけでは、あんなふうになれるとは思わない。

 あの女が昨日の帰りにようやく返してくれた符を手にとったが、迂濶に手を出せなかった。

 今の私には、どのように攻めたとしても投げ飛ばされるか、組み伏せられるのニパターンしか想像できない。


「蓮、シャンプーが切れた」


「それなら、棚の上だ」


 今だ。

 橘が声をかけてくれたおかげで蓮に一瞬だけ、隙がうまれた。その一瞬の隙に符を放つ。


「はっ」


 よし、何体かの護法童子が天宮に襲いかかる。


「え」


 今さら倒せるとは思っていなかったけど、この結果はひどくない。

 天宮はまるで態勢を崩さず、腰につけられていたスティックで、全部の護法童子は切り伏せてしまった。


「何がしたいのか分からないが、本当にやるつもりがならば、次からは手加減してやらないからな」


 無理。私では勝てない。いや、この人にはお兄ちゃんも絶対に勝てないだろう。止めるべきだ、私の本能が告げていた。もし、お兄ちゃんがこの人を殺すつもりで戦えば、絶対逆に殺される。

 この人には、それを実行できる力がある。そして躊躇うことなく実行してみせるだろう。


「安心しろ。俺は藤宮を敵に回すつもりはない。杏奈が心配しているようなことにはならない」


 私の気持ちを見透かしたように天宮は軽く笑ってみせた。

 確かに私が気にできるレベルの問題ではない。後はパパたちに任せるしかない。


「朝飯の準備を手伝わなくてもいいぞ。食べたくなければな」


「手伝うわよ」


 これ以上、無駄に抵抗するのは得策じゃない。私では天宮に勝てないことを割り切って、素直に負けを認めるべきだ。

 天宮蓮、か。嵯峨の味方らしいけど、別に同じ学校だから助けるみたいだし、嵯峨家とつながりを持とうとしているようには見られなかった。

 私のことを藤宮の娘として見ていない人間は少ない。

 昨日の神龍の生徒会のメンバーの方が珍しい。


「さっさとしろ。お前だけは朝飯いらないのか」


 昨日から見る限り、私に対しての敬意のなさが少し目立つくらいだよ。藤宮本家の娘に家事を強制させるなんて。

 天宮の強さに触れて自分の中の強がりが崩れ始めていたことを私はまだ自覚していなかった。




 side万里


 貸し切りにされるホテルの前で私と天宮は雑談を交していた。

 目の前にはスーツに着替え終わった天宮が立っている。もう八族会議で慣れているのだろう。全く高校生らしく見えない着慣れた様子だ。まぁ、それは私もね。

 観月は今日の朝から私と一緒にドレスを仕立てに行った。

 今日の晩に必要なため、オーダーメードはできなかったけど、観月のために似合うドレスを探したつもりだ。しかし、肝心な本人はまだ来ていない。

 今の時間は7時前、パーティーが始まるのは7時半からなので、少しだけ余裕がある。


「大丈夫ですかね、観月先輩。

 こういうパーティーは初めてでしょう」


「あなたがリードするに決まっているでしょう。少なくとも場には慣れているわよね」


「大丈夫です。何度かパーティーに潜入する仕事もありますし、元上司からも色々とマナーを教えられていますから」


 そう微笑んでみせる天宮は天然のジゴロでしょうね。観月に唯に姫野、まだまだ他にもいそうね。

 適当に天宮と雑談を交しているうちに、観月が周りを見渡しながら、こちらに来ていた。


「遅くなって、ごめんなさい。

 家を出ようと思ったら、お母さんに引き止められて」


「大丈夫なの」


「えっと、パーティーに参加することじゃなくて。アクセサリーをちょっと」


 そこまで考えてなかったわね。私はここに来る前からパーティー用のアクセサリーぐらいなら持っていたから、買う必要はなかったのだ。

 観月はシンプルなアクセサリーしか付けていなかったけど、それが観月の魅力を引き立てているわね。いつもは自信なさそうにしているけど、スタイルは秋帆の次に良いのよね。

 隣の天宮は観月が来てから沈黙を保ったままだ。マナーを教えられたのじゃなかったの。


「ドレス、大変良く似合っていますよ」


「えっと」


 天宮が微笑みながら褒め言葉を言うと、観月は真っ赤になって、うつ向いてしまった。

 手に握られているネックレスを見て、観月が天宮にやってもらおうとしていることを悟ると、その場から離れることにした。


「今から私は一人でちょっと会場を『視て』くるわ。

 また会場内で会いましょう」


 side蓮


 えっと遠井先輩が一人で行ってしまい、この場に残されたのは俺と観月先輩だけ。しかし、観月先輩が現れた時は驚いた。俺は完全に見とれてしまった。


「せっかくのチャンスだし、利用しないと。

 れ、蓮くん。ネックレスを付けてくれませんか。これをお母さんから渡されたんだけど、自分じゃ付けられなけて」


「あ、はい。俺で良ければ」


「お願いします」


 この場に遠井先輩がいなくなったことを呪いつつ、当然観月先輩の申し出を了承する。

 観月先輩が手に持っていたネックレスを受け取り、近づいて観月先輩の首に手を回す。

 観月先輩は顔を真っ赤にして、目も瞑ってしまっている。

 えっと観月先輩、そんなふうにされると、こちらもすごく照れるのですけど。ここまで近づいてやっと分かったが、たぶん香水も付けているのだろう。観月先輩からいい香りがする。


「はい、どうですか」


「あ、ありがとうございます」


「そのネックレスもすごく似合っていますよ」


 こうして見なくても、観月先輩が可愛い人であることは知っていたが、こうして見ると別の魅力もあるというか、何と言えばいいだろう。褒めるべきなのだろうが、こういうことに慣れていないせいか、巧い言葉が出てこない。観月先輩とこういう場に来れたことは役得だったな。

 って、余計な事を考えていられる場合じゃなかった。


「そろそろ行きましょうか、観月先輩」


 表情を隠すために観月先輩から目線を外した。絶対に俺の顔は赤くなっている。このドレスは目に毒だ。観月先輩のことだから、もう少し大人しい格好をしてくると思ったのだが、予想以上に大胆なドレスだ。

 俺たちは早めに入っておく予定だったことを思いだし、観月先輩の手を掴むと、観月先輩は一瞬驚いたようだが、強く掴み返してくれた。


「はい、行きましょう、蓮くん」


 観月先輩はまだ顔を赤くしながらも、柔らかく微笑んだ。

 やっぱり可愛い人だなぁ、じゃなくて、これから嵯峨会長を助ける本番だ。




 side杏奈


「あれはくっつきすぎよ」


「蓮の奴、後で問い正さないと」


 何、この不審者は。

 目立たない服装にサングラスを掛けているのだけど、元が目立つ二人だから、十分に人目を引いている。

 結局、あの女にギリギリになって解放してもらったから、慌ててパーティーの準備をして来たのだけど、私は物陰から天宮たちを覗いている二人を見つけていた。


「あっ、手を掴んだ」


「やっぱり、こっちの方が良かったじゃないか」


 二人の馬鹿に呆れながらも、天宮の方に視線を移す。あれ、天宮を見ていると無性に腹がたってきたよ。

 生徒会で紹介された橘と姫野は天宮ばかりを気にしていた。

 つまり、天宮は2人から好意を寄せられているにも関わらず、まだ他の女の子にも手を出すつもりなのかな。

 天宮の隣に私じゃない女の子がいるだけでムカムカしてくる。

 何だか分からない気持ちが胸に宿っているよ。どうすればいいんだろう。

 天宮の近くに行けば分かるのかな。

 まだ覗いている二人から視線を外して受付まで歩いて行き、招待状を見せた。


「藤宮杏奈様ですね。お待ちしておりました。どうぞ」


 私はパパやママに挨拶するのを忘れて、先にパーティーに来ているはずの天宮の姿を探すことに必死になっていた。


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