第八話 事件の結末
これで第二章は終わりになります。今回の話は次章のプロローグも兼ねています。これからもよろしくお願いします。
side橘
「唯、もう朝だぞ。今日は学校に行くんだろう。ちゃんと起きているか。」
誰かの声とともに目を覚ますと、普段と違う部屋の様子に一瞬戸惑ったが、昨日のことを思い出し、身体を起こした。
昨日、私は信じていた物の真実を知ってしまった。
それで、自分のやった行為を恥じて、自殺しようとしたところを蓮に助け出されて、私のことを抱きしめてくれた。
あの人と対面して、全ての罪を背負おうとした蓮を見て、自分の意志で元凶だったあの人をこの手で殺した。
その後、このまま帰るわけにはいかなくて、蓮の家に泊まったのだったな。
「起きている。すぐに出、
ちょっと待っていろ。絶対に部屋に入ってくるなよ。」
部屋から出ようとした時に昨日の夜のことを思い出した。
自分の服はここにないが、私は蓮と比べて、そこまで身長に差はなかったはずだ。
適当に、タンスから蓮の私服を選んで身を包むと、シーツと布団を掴んで部屋を出た。
「おはよう、蓮。
悪いな。着替えがないことを思い出したから適当に服を借りたぞ。
汗をかいたから、布団は私が洗おう。泊めてもらった礼だ。それぐらいはさせてほしい。」
それらしい言い訳を並べて、慌てて蓮の隣を通り過ぎる。
「それなら、洗濯機は一階の突き当たりにあるからな。」
階段を降りていると、蓮に声をかけて洗濯機の場所を教えてくれた。
一階の突き当たりまで行って、洗濯機に布団とパジャマを入れると、ようやく一息つけた。落ち着いて周りを見てみると、よく整理整頓されている。
洗剤なども分かりやすいように置かれており、昨日の蓮が嘘のように感じてしまう。
これじゃ、ただの主夫だな。
リビングに行くと、すでに蓮は制服に着替えており、朝食まで準備されていた。
「もう朝食はできているから、早く食べろよ。」
どっちが本当の蓮なんだろうな。
昨日の恐怖の象徴のようだった蓮、いつも学校で見ている冗談を言ったりしている蓮。
それは、今考えても仕方がないことだ。蓮は、どこまで行っても蓮でしかない。昨日の蓮も間違いなく蓮の一つだし、こうやって朝ご飯を作っている姿も蓮の姿なのだろう。
side天宮
何やら唯は俺の服を着て、慌てて部屋を出て行ったが、ちょうど良かった。唯がいない間に着替えてしまおう。
パジャマから制服に着替えると、次は朝食を準備するために、リビングに降りた。
普段の朝食はパンではなく、ご飯派なのだが、昨日のゴタゴタで炊くのを忘れていた。だから、今日の朝ご飯は洋風にするべきだろう。冷蔵庫からベーコンと卵を取り出して、熱したフライパンに落としてベーコンエッグにする。少しの時間を利用して、レタスを千切ってプチトマトを添えて、簡単なサラダを作った。予め準備していた湯が沸いたようなので、インスタントのコーンスープの素にお湯を注ぐ。
朝食の準備が終わったぐらいで、唯がリビングに入ってきた。
「もう朝食はできているから、早く食べろよ。」
「悪いな。何から何まで。」
「気にする必要はない。それよりも制服はどうするつもりだ。」
昨日の唯はそのまま家までついてきたから、替えの服はもちろん、制服も持っていなかった。
「そうだな。お前のジャージを貸してくれ。今日はそれで学校に行くから。」
「分かったが、ちゃんと授業の前に着替えるんだぞ。購買で制服は買えよ。」
「分かっているよ。
それとな、話の続きはいつ聞かせてくれるんだ。」
「朝、授業前。
嵯峨会長と遠井先輩にはメールを送ってあるし、人目の問題もあるから、早めに出るつもり。」
今の時間は七時前だ。学校に行くには早すぎる時間だが、みんなにはゆっくりと説明したい。
「そ、そうか。」
ばつが悪そうにしている唯を見て、不安を笑い飛ばしてやる。
「大丈夫だろう。
あの二人にだけは全部を知っておいてもらった方が都合がいいからな。」
遠井先輩は俺以外の八族として、嵯峨会長には表の舞台の権力者として秘密にしておくには分が悪いし、今後の動きにも関わってくる。
「任せたぞ。
こればかりは書類の言い訳とは勝手が違うからな。
その、お前を信用しているから全部任せられる。」
やばい。
どこか不安そうにしている唯はかなり可愛い。
出来る限り、顔色を悟られないように振る舞いながら、朝食を終えた。
雑談を交わしながら歩いていた俺と唯は学校へと着くと、校門の前で待っている二人の人影を見つけた。どうやら先に来ていたらしい。
「もう、蓮くん。こんなに朝早くから私と万里を呼び出して、
って、唯。」
嵯峨会長は唯を抱きしめると、身体中を触って本物かどうか確かめている。
「本当に唯よね。大丈夫だったの。」
「あぁ、大丈夫だ。
心配をかけてすまなかったな。」
傍目から見たら、女子同士の少し危ない関係に見えそうな会話だな。
「天宮、くだらないことでも考えているの。
まぁ、今は良いわね。それにしても、うまくできたようね。
相手の場所がわかったのは神河理事のおかげかしら。」
「気付いていたんですか。」
どうせなら言ってくれたら良かったのに。
「違うわ。
他にあなたに教えられるような人間に心当たりがないだけよ。
それにしても、神河の『最強』と名高い神河優音とまで繋がりを持っているとは思わなかったわ。」
「元々、『神』と『天』には同盟関係がありますから。優音さんはエージェントとして働き始めたころからお世話になっているんですよ。」
「そうだったわね。
そろそろ事情を説明した方が良くないかしら、秋帆が待っているわよ。」
二人の方に目を移すと、どこか拗ねている唯と疑っている目をしている嵯峨会長がこっちを見ていた。
「そうよ、どうして唯が蓮くんと一緒にいるのか、説明してくれないかしら。
昨日、一人で何をしていたのかも説明してもらわないと。」
「では、長い話になるので、立ち話もあれですから。事情は中で全部説明させてもらいます。」
嵯峨会長に先導してもらい、普段は使われていない部屋に俺たちは入った。
もし、誰かが早めに登校してきたことも考えて、他の誰かに聞かれないように、防音の魔法を展開しておく。
「さて、まずはどこから話し始めましょうか。
先に、唯先輩のことを説明する前に聞いておきます。嵯峨会長は裏八族について、実家ではどの程度に聞かされていますか。」
嵯峨会長は驚いた顔になるが、真剣な表情を見て重要だと思ったのか、知っていることを全部話してくれた。
「私が知っているのは実在すること、万里がその八族の関係者であることぐらいよ。」
「なら、唯先輩と同じぐらいにほとんど知らないような物だと思った方がいいですね。」
それなら、多少は大雑把に説明した方がいいな。
「ま、八族というのは会長の家のように魔法使いの連合とは違う団体で、裏から日本を操るような存在であると考えもらって構いません。しかし、規模は魔法使いの連合よりも遥かに小さいです。選ばれた魔法使いの集まりと言えますね。
目的は自分たちの利益を守ることではありますが、日本という国の独立にも、こだわっています。」
大雑把な説明に遠井先輩は呆れたような表情だが、説明するのは難しい。
本当にそのような存在なのだ。
「ま、八族の存在はそこまで気にする必要はありませんよ。普通に生きていく中で関わることはないでしょう。嵯峨会長が嵯峨家の後継者だとしても、接点は持たないと思いますよ。
それに本音はともかく魔法使いとそれ以外の人との共存を保っていますから、『魔法至上主義』と比べたら大分ましですね。」
ここで一旦区切る。
ここからはドロドロとした八族の内部事情だ。
「八族は『天』、『神』と名前にそれぞれの文字を含めた人間がいます。
遠井先輩の『遠』に、神河理事の『神』、俺こと天宮の『天』がいい例でしょう。
そして、八族には特殊や特化した能力を持っています。それについては情報はほとんどありません。唯一、分かっているのは『遠』の一族が持っている『千里眼』です。『天』の能力にしても、口伝で教えられる前に俺の両親が亡くなりましたから。
しかし、ある家だけは特殊過ぎる能力を持っていました。それは魔法の常識をねじ曲げかねない究極かつ最悪と呼ばれた魔法、
『絶理』と呼ばれた物です。
それは魔法術式に流し込むと、術式を完全に破壊してしまう魔法、それを防ぐ手段は八族が扱える高位の魔法術式だけです。
それを使える一族は『絶』と名乗り、他と比べて浅い家柄ながら、八族トップに座りました。
しかし、あまりに異常な力は恐怖を呼んだ。他の七族が団結して、『絶』を滅ぼすために動きました。
壮絶な争いの末、『神』と『天』の当主は死に、他の当主も瀕死に陥りながらも、『絶』はほとんどが殺され、残った一族は八族の管理に置かれることで、全ての決着はつきました。
そして、『絶』の一族は八族によって飼い殺しにされ続け、完全に滅亡したとされました。
今は八族と言いながら、七族しかないんです。
しかし、おそらくですが、最後の一人だと思える人間はいた。
特殊術式のはずである『絶理』を使える人間がいました。
つまり、『絶』の一族であり、『絶花』における最後の生き残り、唯先輩です。」
ザッと八族の歴史を説明すると、買っておいたお茶を口に含む。
「八族はここまでにして、次は唯先輩のことを説明します。
さて、唯先輩の『絶理』は異常です。当然、そんな術式を使える人間は魔法使いたちにとって、恐怖にしかなりませんでした。
ここら辺は俺には想像しかできませんが、両方から迫害されていたでしょう。その辛い経験は、選ばれた魔法使いのみが世界を治めるべきだという『魔法至上主義』の夢に溺れるようになったのでしょう。
唯先輩はこちらに逃げてきてから、数多くの魔法至上主義の反対派と戦ってきたと聞いています。
この間の交流会の黒服も実は唯先輩だったんですよ。能力故か、遠井先輩だけは気付いていたようですね。」
衝撃の事実は嵯峨会長はショックを受けている様子だったが、これは伝えないではいられない。
ここを隠したままだと先輩たちの関係は一歩も前には進まないだろう。
「そう、確かに私は詳しいことを何も知らないのに、平等はいいことだと考えていたわ。
それはあなたを傷つけていたのね。
ごめんなさいね、唯。」
「気にする必要はない。私も一方的な思い込みで迷惑をかけたからな。
私の方こそ、まだまだ子どもだったから、悪かったんだ。」
二人が謝り合っているのを見ながら、先に続けた。
「先ほども言ったように、『神』の神河理事に相手の居場所について教えてもらった俺は、『絶』の危険性を警戒して単身で、相手の拠点に乗り込みました。
そこで、唯先輩を倒して、都合の良い夢を見ていた唯先輩の目を覚ましたというわけです。
唯先輩がやったことは確かに許されることではありませんが、このことは会長の胸に閉まっておいてくれませんか。」
「一つ聞いてもいい。
何で私をそこまで信用できるの。」
「正直に言えば、あなたたちを信用しているわけではありません。全てを隠したままだと、唯先輩が罪悪感に潰されるだろうと思ったので、俺や唯先輩と同じ立場である遠井先輩と一番の友人だと思った嵯峨会長には話しておくべきだと判断しただけです。」
「正直ね。
私に拒否する理由はないわよ。今は唯も落ち着いたみたいだし、万里も大丈夫よね。」
「えぇ、わざわざ拒否する理由が見つからないわ。」
二人は唯のことを秘密にするように約束してくれた。
今日、ここに集まってもらった目的はこれで終わりだ。
俺が話し終えると、嵯峨会長の表情はいつもの人をからかうときのものに変わっていた。
「それにしても、驚いたわね。蓮くんの口から『唯先輩』なんて呼び方が聞けるなんて、唯を助ける時に何があったのか教えてもらわないとね。」
「そうね。私も気になるわ。さっきから私たちの顔色を伺いながら、心配そうに天宮の顔ばかり確認しているのだから、何もなかったわけではないのじゃないかしら。」
今日は珍しく遠井先輩が、嵯峨会長に乗ってきた。
「蓮くん、今から女の子同士の秘密の話をしたいから部屋から出て行ってくれないかしら。
ちょっと男の子には聞かせられない物なのよ。」
どういう内容なのか分からないが、席を外した方がいいなら外すべきだろう。
俺が腰を浮かせると、唯は俺を席に押さえつけた。
「ちょっと待て。私だけをここに置いていくな。」
「天宮、席を外しなさい。クラスに行っていていいわよ。」
「分かりました。」
遠井先輩が先ほどと違う真剣な表情をしたので、席を外した方が良さそうだと考えて、教室から出て行った。
side橘
蓮の奴が出て行くと、先ほどまで笑っていた秋帆の表情は真剣なものに変わった。
「蓮くんには悪いけど、生徒会長としてこれだけは認められないから。」
秋帆は立ち上がり、手を大きく振り上げ、一気に振り下ろした。
バチッ
「これは生徒会のみんなに心配をかけた分よ。
これだけは反省して。」
「あの時にやってくれた私の分も返させてもらうわ。」
万里も手を振り上げ、一気に振り下ろした。
バチッ
「痛いな。
本気のビンタって、こんなに痛かったんだな。」
頬だけじゃない。二人のビンタは胸の奥まで響いた。
「当たり前でしょうが、私たちの想いが入っているのよ。」
「これでこの件は終わりよ。
じゃあ、あなたのことを聞かせてもらうわ。」
その万里の一言で、さっきまで部屋の中にあった暗い空気は一気に吹き飛んでしまい、秋帆と万里の表情は楽しそうなものに変わっていた。
「蓮くんとは何があったの。
蓮くんも敢えてその部分を飛ばしていたからね。だから、唯の口から教えてほしいな。」
さすがにあの幼稚園のころの思い出は恥ずかし過ぎる。
「私たちは心配したのよ。」
私は二人の視線に耐えられなくなり、降参して蓮との約束を全て白状することになった。
「蓮と私は昔、あいつが姫野と出会う前に会ったことがあってな。」
「―――というわけだ。」
「へぇ、そんなことがあったの。」
「まだ時間ならあるわよ。幼い頃の話もいいけど、助けられた時のことも話しなさい。」
あれを話すのはかなり恥ずかしいが、今の秋帆と万里から逃げることは出来そうにない。もはや諦めて正直に話すしかない。
「そのな、あの時は自殺しようと思ったんだ。」
私がそう言うと、秋帆と万里は私のことを睨みつけている。
それも当然か。死ぬなんてことは所詮『逃げ』でしかない。あの時の私はそんなことも考えられなかった。
蓮に手を掴まれた時も、強引にでも手を振り払って死のうとした。でも、私の名前が呼ばれて助け出された時、そんな気持ちは完全に消え失せていた。
その時に抱きしめられた感覚が蘇ってくると、少し顔がにやけてくる。小さい頃の約束があったし、蓮自身は私のことを女として意識しているわけではないだろうけど、蓮にとって私がちょっと特別だと思われていることは自惚れではないはずだ。
「うわ、幸せそのものみたい。
唯、顔がにやけているわよ。」
「これが本来の唯だったのでしょう。
今までは自分を守るために強い仮面を被っていたけど、天宮に助けられたことで完全に仮面が外れているわね。
これは他の人間には絶対に見せられないわね。学校が大騒ぎになるわよ。」
「少し悔しいわね。今まで気付けなかっただけでなくて、あんな表情を蓮くんに向けているなんて。」
「その割には、本人は全く気付いていないみたいね。」
秋帆と万里の会話は私には全く耳に届いていなかった。
「ねぇ、唯を助けに行ったのって昨日のことよね。唯っと昨日の晩はどこに泊まったのかしら」
「天宮の家じゃないの。天宮は家で一人暮らしと聞いているから、別に唯が泊まるのに問題はないでしょう。」
「問題大ありでしょうが、まだ若い男女が一つの屋根の下で、一緒に夜を過ごすなんて。」
「秋帆って、意外と古風ね。
昨日の場合はそれも仕方ないのじゃないの。唯を寮に連れて帰るわけにはいかなかったでしょう。
唯、昨日の晩のことを教えてくれないかしら。」
万里の言葉に現実に引き戻された。
「何か言ったか。」
「言ったわよ。
唯はひ・さ・し・ぶ・りに蓮くんと会って、昨日は蓮くんの家に泊まったのでしょう。
何もなかったとは、言わせないわよ。さぁ、全部話しなさい。」
「・・・・・・何もなかったぞ。」
つまり過ぎた。
今のは予想外の質問だった。昨日の晩のことを思い出してしまった。
私の顔にも出ていたのだろう。
「分かりやすっ。本当に何かあったの。ただの冗談のつもりだったんだけど。」
秋帆は何があったのか、興味津々と身体を乗り出している。万里も秋帆を止める様子はないから、面白がっているのだろう。
「いや、何もなかったの。」
せめてもの小さな抵抗を試みるが、そんなものは秋帆に通用するわけがなく、
「唯は私が無駄が嫌いなことは知っているわよね。」
嘘をつくな。
お前の料理は無駄そのものだし、普段もよく脱線しまくっているくせに、そんなことをよく言えるな。
「う、うぅ。」
「今、白状するならば、そのことは遥ちゃんと観月ちゃんには黙っておいてあげるわよ。
あの二人のことは唯も知っているでしょう。
この場合、絶対にひどい目に合うのは蓮くんでしょうね。唯もひどい目に合わなくても、厳しいマークを付けられるのじゃないかしら。」
秋帆は脅迫しながら私を追い詰めていた。
こうなったら、
「言えるなら言ってみろ。これだけは私は絶対に諦めないからな。」
一気に身体を跳ね起こして部屋から飛び出した。
これ以上は絶対に話せない。秋帆たちには悪いが、これの秘密を守らせてもらう。
side嵯峨
唯は部屋から出ていってしまった。
「ちょっとやり過ぎたかしら。唯が無事だったのは嬉しかったけど、これはやり過ぎだったわよね。」
「そうね。
でも、あなたの立場を考えたら仕方ないことでしょうね。
母親が計画しているお見合いはいつになったの。」
万里には敵わないな。全部、お見通しか。
たぶん昨日会った時に万里に説明した時から分かっていたのだろう。あの時はまだ蓮くんが万里のことを助け出しているのか分からなかったから、何も言わなかったのでしょうね。
「まだ決まってないわ。でも、今回のは断ることはできなさそう。
たぶん相手は藤宮家の人だと思うわ。うちと同じ陰陽師の家系、歴史も嵯峨家並だと聞いているし。」
私の自由の時間はもう終わり、たぶん卒業したら嵯峨家の選んだ藤宮家の人間と結婚することになるだろう。それは、当然の代償。嵯峨家に力を借りようとした段階で覚悟していたことだ。
「せっかくのコンピュータは無駄になったわね。」
「無駄にはならないわ。このままここに置いてもらえるから。」
このまま実家に帰ることになるのは、ちょっと惜しいかな。蓮くんが入ってきて楽しそうになってきたのに、私だけいなくなるのか。
「少し諦めるのは早くないかしら。
権力の強さなら八族である私や天宮、『遠』と『天』の方が強いわよ。」
万里も優しいわね。それじゃあ意味がない。万里は実家から逃げたと聞いているし、
「蓮くんにもこれ以上無理はさせられないわよ。八族の一人でもう大分無理しているのでしょう。」
私だって、一流と呼ばれる家で育ってきたのだ。ある程度なら見たらわかる。
蓮くんが年齢に合わない苦労をしているのは会ってしばらくして気付いていた。自分から言ってくれるだろうと思っていたから、何も言わなかった。
「無理をしているのはあなたも同じでしょうが。逃げられた私と違って、あなたは嵯峨家から逃げられない。」
いつもは無表情の万里が私のために、怒りの表情を見せている。本当、あなたは冷静に見えて情に脆いわよ。
でも、心の奥底では願っているのかもしれないわね。
――嵯峨家という鎖から私を解き放ってほしい――
唯を『魔法至上主義』から救い出したように私のことも助けてくれるのじゃないか。
私も都合の良い夢を見るようになったわね。少し前までなら、自分一人の実力で何とかできると思っていた。そんな自信を一人の転校生は一瞬で叩き潰してしまった。
全てを巻き込んで進んでいくその人は自覚もなく、今までに固まってしまった常識を変えていってしまう。二階堂くんと真木くんも認める実力、観月ちゃんは前向きになって明るくなったし、遥ちゃんも前よりも生き生きとしている。万里も昔に比べて笑うようになったし、唯までも変えてしまった。
もはや生徒会の中心にいるのは彼の姿になっている。
「ちょっと風に当たってくるわね。」
side遠井
「みんなが誰かに迷惑をかけたくないと思って、余計に迷惑をかけていることに気付いていないのだから。」
出ていった秋帆の目に浮かんでいた涙を私は見逃さなかった。私は携帯を開いて電話をかける。
「天宮、今日の放課後に秋帆以外の生徒会メンバーを集めておいてもらえないかしら。
えぇ、私たちの今後に関わる問題が起こりそうなのよ。」
秋帆には悪いけど、私もあなたがこのまま結婚させられるのを諦めるつもりは全くないわよ。
私の望みは唯や真木、そして天宮を含めた生徒会の皆でいることなのだから、自分がいなくても大丈夫なんていう馬鹿な考えは絶対にさせないわよ。
私は本家にとって才能がないと言われた要らない子どもだ。しかし、その八族の力を秋帆と生徒会のためだけに使うと決めた。私がこっちに来た時、そして秋帆に生徒会に誘われた時に立てた誓いだ。私は忌み嫌い、普段は封印している力を解放する決意を固めていた。