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第七話 思い出した二人の過去と新たなる唯の覚悟

 やけにサブタイトル長いですが、気にしないでください。

 次で、一応第二章は終わります。

 後、後半は若干エロが入っているので、嫌な方は読まないでも平気です。

 読んだ感想をお待ちしています。


 side天宮


 俺は深夜になると、いつもの仮面と服を着込んで、目的のビルの前に立っていた。


「鬼が住むか蛇が住むか。って意味が違ったか。」


 静かだ。

 周りを見たら、何も人は一人も見えないし、野良の犬や猫も見当たらない。

 絶好の侵入日和というやつだ。


「相手は囚われのお姫様じゃないけど、助けに行きますか。」


 恐らく今ごろ、見つかる前に行方をくらますために、研究データを抜き出しているはずだ。

 足音を消し、気配すらも感じさせなくする。

 もはや慣れてしまった歩き方。

 周りには感知されないように八族特製の結界用の魔法具を展開する。ビル全体を覆うように広がり、若干ゆとりがあるように囲まれたことを確認すると、ビルの中に踏み込んだ。


「誰だ。ここの職員なら、証明書を見せろ。」


 ちっ、侵入者用の感知魔法具か。これは『遠』が自分たちの能力を利用したやつだ。テロリストのくせに良いもの付けているな。

 しかし、魔法具の反応が行き渡る前にナイフを突き刺して破壊した。

 見慣れない姿をしている人間を見つけて警戒している警備員が駆け付けてくるが、無視する。少し遅れたせいで、一階の警備員には存在が知られたが、今は余計な雑魚に構っている時間はない。というか、面倒だ。


「ここの職員じゃないな。手を上げろ。今ならここから摘み出すだけで勘弁してやる。」


 駄目だな。その対応は30点だ。

 こういう秘密がある場所の警備における正解は、


「即、射殺だよ。」


 相手に気付かれないスピードで、俺の懐から『シルバー・ファング』を抜いて警備員の頭を狙い撃つ。


 バンッ


 フロアに響かない程度の小さな射出音がでると、警備員は床に崩れ落ちた。

 『シルバー・ファング』は持ち主の魔力を撃ち出す魔法銃だ。俺が持つ魔法具の一つであり、今のように相手を殺す威力から気絶程度に抑えられる応用性の良さが気に入っている。


「悪いな。あんたが警察に余計なことを言うと、俺が困るんだよ。」


 目撃者は全て消す。今回のミッションは橘先輩を連れ戻すことだが、俺の存在や行動を表の連中と他の八族に知られることも避けるべきなのだ。

 一階の警備員たちを全て射殺すると、警備員室から出来る範囲で警報系統を無力化する。


「さてと、『探査』」


 探索系統の魔法を使って、一階に残る気配を探ると、もう誰もいなかった。


「『遠』じゃないし、探索系統は苦手なんだよな。」

 苦笑いをしながら、銃を懐に仕舞う。一階を回っている限りでは、魔法具の警報器が配備されていたのは玄関ぐらいだった。

 もう少し警報器は多いかと、思っていたのだがな。

 まぁ、想像より少ないのは悪いことではない。

 そして、俺は全てを闇に葬りさるための魔法を放った。


「『深き森より現れし、荊の恐怖よ。そして、我が魔力を糧に咲き誇れ、罪深き黒薔薇よ。

 全てを覆い隠す幻の霧、全てを押し潰す荊の鞭、今その力を解放し、その恐怖を知らしめろ。』」


 魔力が俺の身体中に行き渡る。もはや欠片の遠慮も必要ない。相手に悪いが、これも俺を敵にした報いと思ってもらおうか。


「『黒き薔薇の惨劇(ブラック・ローズ・パレード)』」


 詠唱を終えると、足元から荊が生み出され、急激に伸びていく。

 『黒き薔薇の惨劇』は相手の拠点の制圧用に開発された魔法だ。その威力は戦略級の超広範囲にまで行き渡る。恐ろしく魔力を消費するため、まともに使える人間がいなくて、永久封印されるところだった。

 それを使える魔力量を持っていた俺は、軍関係より術式を手に入れ、俺用に魔法式を改良したのだ。

 魔力によって、生み出された荊は敵の陣地に張り巡らかされる。さらに動く物を見つけると、一つ残らず絡みつき、また荊から逃れたとしても、黒い薔薇の花より放たれる幻覚に悩まされる。他にも応用する方法はあるが、今は必要ない。

 とりあえず邪魔な荊を刀で切り裂きながら、ビルの頂上を目指す。

 欠点は実際に拠点に行った場合、荊が邪魔なぐらいだ。

 しかし、これを使ったもう一つの理由は、荊そのものが俺の魔力によって生み出されたため、荊の異常を感じ取れる。

 その結果、最上階近くで何者かによって荊が切り裂かれていることを感じ取ることができた。

 つまり、この荊を切り裂けるだけの力を持つ人間が頂上のところにいるということだ。

 それが橘先輩だという確証はないが、先輩がこちらの想像通りだとすれば、荊程度に捕まるとは思えない。

 既に上の方の階では、警報器が鳴っているが、外部に繋がっている物は一つもないはずだ。

 ここでは表に出来ないような研究が数多くされている。

 もはや敵に見つかることを怖れる必要はない。銃と刀を抜くと、まっすぐ階段を上がっていった。


「いたぞ。あそこだ。」


 荊から逃げているであろう研究員たちが俺のところまで走ってきた。

 なるほど、術者を倒せば魔法が止まるとでも考えたのか。


「正解だが、無理だな。」


 平和な学生生活を楽しませてもらっているが、研究員ごときに遅れをとるほどまで、腕を落としているつもりは全くない。


「恨みはないが、死んでくれ。」


 的確に頭を撃ち抜いて、研究員たちの息の根を止めていく。

 撃たれた同僚を見て、とっさに隠れるが、そちらは荊が待ち構えている。

 荊に押し潰される研究員たち。

 もう死体を見た程度で、動揺する心は持ち合わせていない。ただ、そこにある『物』として認識するだけ。こいつらがしてきた研究に比べたら、当然の報いだろう。

 他にもまだ生きている研究員たちを撃ち殺していく。


「前門の虎、後門の狼。確か、これも違ったかな。」


 後に残るのは物言わぬ死体と荊だけ、薔薇の花が咲いているのはもうちょっと上の方か。


「うわ、来るな。来るな。」


「嫌だ。俺たちが悪かった。だから、許してくれ。」


「俺は死にたくない。俺は死にたくないよ。」


 どうやら、順調に魔法が効いているようだな。

 電子ロックされていたはずの扉も荊は破って侵入をしていた。

 部屋には大量の動物が解剖されたり、ケースに入れられている。


「見ていて気分の良いものじゃないな。

 今、楽にしてやるよ。」


 まだかろうじて生きている解剖された動物を撃ち殺す。

 こんな状態で生かしておく方が動物に可哀想だ。


「この辺は分からないな。ま、運が悪かったな。」


 俺は殺しはしないが、おそらく警察が入った時に殺されるだろう。何をされたか分からない動物を生かしておくと、突然変異で危険な動物に生まれ変わる危険性がある。


「助けてくれ。」


 たまたま荊に捕まらずに、俺の足にすがりついた研究員を撃ち殺す。酷いのはお互い様だ。俺が地獄に堕ちる覚悟なんて、すでに出来ている。




 side橘


「くっ、しつこい。」


 腕に魔力を流し込み、荊にも魔力を流し込んで、荊を切り裂いていく。切り裂くのに苦労はしないが、さすがにここまで大きいと少し手間がかかる。


「な、誰がこんなことを。」


 研究員たちは荊に絞められて、すでに息絶えていた。


「卑劣な。自分は出てこないで、」


「その言葉、そっくりそのままあなたの上司に伝えてください。」


「誰だ。」


 荊の向こうから声が聞こえると、次の瞬間には全て切り裂かれていた。そして、そこにいたのは謎の仮面をつけて、薔薇の十字架が縫いつけられた黒いコートを身に包んだ人間だった。

 その人間(おそらく男だ)は、銃と刀を手に持っている。

 やや変則的だが、ハッタリというわけではなさそうだな。

 両腕を構えるが、相手は一向に構える様子を見せない。


「一応話し合いに来たつもりなんですけど、全く聞く気なしですよね、その様子だと。」


「当たり前だ。

 貴様がやったことだろ。私ならともかく何の罪のない研究員を殺した男と話すことなんて一つもない。」


「なら、後輩とならありますか。」


 目の前の男が仮面を外すと、その下から現れた顔は私を動揺させるのに十分だった。


「蓮。何故、お前がこんなことを。」


 何故か心を揺さぶる学校の後輩、間違いなく天宮蓮の素顔だった。


「決まっています。先輩を連れ戻すためですよ。」


「うるさい。一般科なんて絶対に私は認めない。

 ここが私の居場所だ。」


「ここが正義だと本当に信じているんですか。

 学校を破壊し、仲間を傷付けた人たち何かを。」


「魔法を使えない人間は神龍にいるべきじゃない。あそこは魔法使いたちの居場所だ。」




 side天宮


 橘先輩は子どものように泣き叫んでいる。これが橘先輩の本音か。これを乗り越えなければ、先輩の心には届かない。


「なら、そんな幼稚な幻想は打ち壊してあげましょう。

 これを知ってもまだ言いますか。」


 近くにあったドアを銃で破壊して、その中に先輩を誘導する。

 そこで行われていたのはまだ小学生ぐらいの子どもたちを使った人体実験だった。


「嘘だ。

 あの人がそんなことをするわけない。悪い夢だ。」


 やっぱり知らなかったみたいだな。


「残念ですが、全て現実です。見た物を受け入れてください。先輩は幻を見ていただけです。」


 先輩は両手と膝をついて崩れ落ちていた。信じていたものが全て幻だと気付いたのだろう。


「なら、私はどうすればいい。両親は私を捨てて、魔法を使えない人間は化け物のような扱い、あの人まで私を騙した。さらに、私は学校の仲間までも傷つけてしまった。

 ねぇ、助けてよ、誰か助けてよ。」


 先輩が泣き叫ぶ。

 それを見ていると、何かと昔の光景と重なる。

 泣き叫んでいるただのか弱い女の子、目の前にいる橘先輩を見ていると、頭の奥底にあるものが揺さぶられた。




「ねぇ、私が困ったりして助けてほしかったら、蓮は助けてくれる。」


「約束だよ。絶対に助けに来てよね。」


「うん。約束だ。」


「なら、忘れないように。」


 違う。一番肝心なところが思い出せていない。


「もちろん。唯のために駆けつけるよ。だから離れていたって大丈夫だよ。」




「くっ。」


「やっぱり私が生きているのが、駄目なんだな。」


 思案している途中で、唯が部屋から出ていった。

 唯は窓を叩き割り、身を投げ出す。


「悪かったな、蓮。後は任せる。秋帆には謝っておいてくれ。」


「待って下さい、橘先輩。」


 いや、違う。それは俺が言いたいことじゃない。


「死ぬな、唯。」


 ぎりぎりで腕を伸ばすと、橘先輩の手を掴むことが出来た。


「蓮。」


 唯は驚いた表情をしているが、今は気にする暇はない。一刻でも早く引っ張り上げてやらないと。


「ちょっと待ってろ。すぐに引っ張り上げてやるから。」


 唯のことを引っ張り上げると、すぐに抱きしめた。


「遅くなって悪かった。

 ずっと待っていたんだよな。辛いことがあって、誰かに助けて欲しい時、ずっと待っていたんだな。」


 昔の別れ際での約束、ずっと心の奥底から待ち望んでいたのだろう。

 馬鹿なのは俺の方だ。

 こんな大事な約束をずっと忘れていたのだから。


「れ、ん。

 やっと来てくれた。ずっと待ってたのに、待ってたのに。」


「悪かったよ。」


「でも、最後は助けてくれた。

 蓮、蓮、蓮。」


「あぁ、もう忘れないから。

 今度こそ守ってやるからま大丈夫だ。安心していい。」


 泣きついてくる唯を見ていると、不謹慎だが、いつもの唯とのギャップのせいか、すごく可愛らしく見える。


「ありがとう。」


「どういたしまして。」


 抱きしめていた唯を離そうとすると、唯はさらに抱きついてきた。


「もうちょっとだけ、このままでいさせてくれ。今日を逃したら少し恥ずかしいからな。」


 恥ずかしいなら、そろそろ止めてほしいが、十年近く忘れていたんだ。思うようにさせてやってもいいか。




 しばらく抱きついていると、唯は再び立ち上がった。


「悪いな。途中だったんだな。」


 少し恥ずかしそうにしながら、唯はいつもの表情に戻っていた。

「本当に都合の良い夢だったな。冷静になれば、ありえないって分かるはずなのに、あの時はそれしかないように思えていた。」


「それなら、手品の種は分かった。

 ここにある警報器を見て思い出したが、俺には心当たりがある。」


 今、伝えるべきかどうか悩むが、伝えておくべきだろう。


「それと、唯の両親のことだ。」


 唯がビクッと震えたのが分かったが、これだけは伝えてやるべきだ。


「あの人たちは娘を捨てるような人じゃない。唯に普通の生活を送ってもらうために、俺の両親のところに預けた。

 そして、親子として過ごしたかったから、あの時に唯を引き取った。

 でも、それから何があったのか分からないけど、たぶん想像はついている。

 だからな、両親のことは。」


「いや、分かっている。

 父さんも母さんもそんなことをするはずがないことは分かっていた。でも、辛い時に一緒にいてほしかった。」


「俺のことも、後で説明する。今はついて来てくれ。」


「あぁ、一発は殴ってやらないと私の気がすまない。」


 唯は腕を回すと、すっかりいつもの調子に戻っていた。

 さっきの唯がちょっとだけ惜しいかなと思ったのは秘密だ。言うと絶対に調子に乗るだろう。


「それにしても、その仮面。」


 唯が俺が付けていた仮面を指差した。


「こいつがどうかしたか。」


「はっきり言って、似合わない。服装とまるで合っていないぞ。」


 かなり傷ついた。実は結構、この仮面は気に入っていたんだが、ここまで言われたら、止めようかな。


「それに実力を隠していやがったな。

 二階堂戦の時も、私の時も。」


 唯がいきなり不機嫌そうになった。俺は何かしたか、手加減されたのがそんなに嫌だったのか。

 でも、一応俺にも隠している事情があるのだから、そのあたりは勘弁してほしい。


「あのな、一応俺がここに来ているのは仕事なの。学校生活を満喫するためじゃない。」


「その割りには、ヤケに女子と仲が良いじゃないか。」


「何か言いましたか。」


「何でもない。」


 その後も、小言でブツブツと文句を言われ続けたが、最上階のあるドアまで来ると、唯は黙りこくった。


「ここですね。」


 返事を聞かなくても分かる。その証拠にここだけ荊が完全に避けてしまっている。


「これまで商品になっていましたか。」


 ちょっと驚いていると、ドアが勝手に開いた。

 唯と目配せして、中に入るとそこにいたのは一人の男だけだった。

 見た目は二十代の後半といった感じの研究者みたいな痩せた男だ。


「これははじめましてになるのかな。

 『天』の若き当主よ。」


「確かにはじめましてだ。そして、永遠にさようならだよ。」


 相手の返答を待たずに銃を撃ち込む。魔力の銃弾は相手に届く前に消え去った。


「やれやれ、挨拶は重要だと思わないのかな。

 私の名前は九条勇人(くじょう ゆうと)という。

 まぁいい。私もね、君に玩具を取られて、いらいらしていたところだよ。本当に良いところで、君は邪魔してくれる。

 お礼に君だけはたっぷりと痛めつけてから、殺してやるよ。」


 唯は九条のことを睨みつける。


「私のことをよくも騙してくれたな。」


「君も良い夢を見られたんだ。それで十分だっただろう。

 希望としては私の玩具になって欲しかったところだけどね。」


「お断りだよ。」


「さて、話は済んだみたいだな。

 お前が持っている玩具を出しな。催眠の魔法具があるはずだ。どこかに『王』を表す紋章が付いているやつだよ。」


「これのことか。全く便利だね。甘い言葉をささやいて、こいつを使えば簡単に言うことを聞いてくれるようになる。」


  九条が懐から出したのは小さな機械だった。


「スポンサーは誰だ。そいつはな、ただのテロリストには過ぎた玩具だよ。」


「スポンサーはいないよ。私が自力で手に入れた物だからね。」


「そうかよ。なら、もう死ねよ。」


 一足で跳び、刀を振るった。


「甘い。」


 不可視の障壁が俺の刀の進行を食い止める。


「まさか唯のまで。」


「うちのスタッフは優秀だろう。」


「俺も舐められたものだな。紛い物で、止められると思われるとはな。」


 再び刀を振るうと、今度は九条のギリギリを刀が通り過ぎた。


「馬鹿な。どうして貫通できる。」


 八族と戦えるのは八族だけ。クローンで本家に匹敵できるなら、どこもクローンを作ろうとしているに決まっているだろう。


「せっかくだ。冥土の土産にゆっくり死なせてやるよ。」


 俺は愛刀、『月華氷刃』を地面に突き刺した。


「『咲き乱れよ、氷の華。その美しさで敵を魅了し、縛りつける。そして、その凍てつく氷で敵を包みこめ。』」


 ひらひらと花びらが九条の周りを包み始める。


「『氷鈴華』

 これは本来とは違う使い方だが、お前を殺すにはこの方法が一番効果的だろうと思った。時間は十分にくれてやったんだからな。生きている間にたっぷり反省しろ。」


「何だ、これは。消えろ、消えろ。」


 九条は手に持った魔法具を振り回しているが、この魔法はは花びらの一つ一つが魔法の術式となっている。いくら振り回しても完全に消し去ることは俺でも難しい。

 それに唯の術式は難易度が一般の魔法使いが使うには非常に高い。そんなに魔法具を振り回していれば、


「くそ、魔力が切れた。

 すまなかった。全部、私が悪かったから、どうか助けてくれ。」


「唯が何を言っても、術式は止めないからな。あんな子どもにまで、実験を実行した罪は重たい。

 生きて償えとは言わん。死んで償ってもらう。」


 唯はそんな俺を見て、何を思ったのか九条に近付いた。九条の身体は凍り始めている。もう身体は自由に動かせないだろう。


「助けてくれるのか。玩具と言ったことは取り消す。お前の力で助けてくれ。」


「勘違いするなよ。

 誰がお前のために力を振るうか。これ以上、蓮の手を血に染めるわけにはいかないと思っただけだ。」


「どうでもいい。助かるな、ら。」


「唯、止めろ。」


 俺は唯がやろうとしていることに気付いたが、もう遅い。

 九条の顔が凍りつくと、唯は思いっきり腕を振り下ろす。

 唯の腕から九条の体内に魔力が通る。


「残念だが、さっきの言葉はお前が助かるわけじゃない。私が自分自身の手で殺すだけだよ。

 私も蓮と同じ覚悟を持つつもりだ。」


 九条の身体は完全に粉砕された。


「全く、お前がこいつを殺すことはなかったのに。」


「大体は察した。

 『天』はお前の名字に入っている字のことだろう。」


「詳しい説明は遠井先輩も交えてする。あの人も関係者だ。今は家出しているらしいけどな。」


「裏で日本を操る組織。

 出来の悪い噂だと思っていたのが、本当に実在していたのか。」


「だから、詳しい説明は後でするから。今は帰るぞ、みんなのところに。」


 あんまりのんびりしている時間はなかったりする。荊に『血塗れの薔薇(ブラッディ・ローズ)』の方を突き刺した。

 すると、一気に荊が枯れ始める。


「後は『消失』」


 刀を通して内側から魔力を吸収して、荊を消し去った。


「魔力はどうするんだ。お前の物で、建物内は充満しているぞ。」


「帰る時にこいつをばら蒔いておく。」


 懐からいくつかの瓶を取り出して、研究室などに放りこんだ。


「凄いな。これは自分の感覚を疑いそうになる。

 場が訳の分からない魔力で充満されている。」


 瓶一つでビルぐらいカバーできるが、念のためにいくつかばら蒔いた。

 一階の玄関まで降りてくると、気になっていたことを聞いた。


「今日はどうするんだ。さすがに寮に帰るわけにはいかないだろう。」


「そうだな。今日は泊めてくれるか。

 ちょっとな。」


 唯は言葉を濁したが、大体言いたいことは分かる。口には出さないが、頭がまだ混乱しているのだろう。


「唯が良いなら、喜んで。」


「あぁ、言葉に甘えさせてもらおう。

 後、忘れていたが、学校では言葉使いは気をつけろよ。私たちは一応先輩と後輩なんだからな。」


「分かっています。ボロは出しません。

 でも、今ぐらいはいいだろう。」


 前半は丁寧な口調で唯先輩として対応し、後半は砕けた口調に切り替えた。


「当たり前だ。

 むしろ、私としてはずっとそっちが良いんだが、秋帆もいるし、遥と観月のやつも怖いしな。とりあえず今だけで我慢するか。」


「唯、何か言ったか。」


「いや、何でもない。蓮は何も気にしないでいいぞ。」


 唯がまたブツブツ言っているのを聞いて、何を言っているのか聞こうとすると、すごい勢いで首を振られた。


「そ、そうか。なら、唯がいいって言うなら、俺は別にいいんだがな。」


「でも、今日だけは蓮と二人きりだな。

 いや、たぶん同情ではないけど、あいつは幼いころの約束程度にしか考えてないだろうし。

 だいたい、あの鈍感さはあり得ないだろう。あんなに泣きついたのに、蓮にいつものように振る舞われたら、私はどうしたらいいか分からないじゃないか。

 こっちは声をかけるのすら恥ずかしくて、勇気を振り絞っているというのに、蓮だけは平然として。」


 やばい。唯の奴、何か不満でも溜っているのか。  触らぬ神に祟りなし。今の唯は放っておくのが、一番か。

 そして、カメラに撮られないように、俺と唯は秘密の地下通路を通って、家まで戻った。




 side橘


「じゃあ、唯は俺のベッドを使ってくれるか。生憎一人暮らしだから、ベッドは一つしかないからな。」


 結局、あまり蓮とは話せずに寝ることになったが、寝る前に何気ない一言(もちろん蓮にとってだ。)で、私は再び固ってしまったのだ。

「あの時は、半分以上もう会えないだろうと思っていたからな。

 唯とこういうふうに話せるようになったのは嬉しいよ。」


 ベッドの上で先ほどの言葉を思い出すと、布団を掴みながら転がり回った。

 やっと気付いたが、ここは蓮が普段使っているベッドだろう。一つしかないと言っていたから合っているはずだ。しかも、私が今日ここに泊まることになったのは蓮にとってイレギュラーな事態だろう。もし、事前に聞いていれば、もてなすために洗濯しただろうが、そんな暇なかっただろうから、


「蓮の匂い。」


 布団と枕を両方とも抱え込んで、大きく息を吸う。誰かに見られたら、即座に変態に見られるが、ここには私しかいない。

 あ、これは癖になる。

 何回も蓮の匂いを嗅いでいるうちに、手が自然と自分を慰めようとする。私だって、女子高校生だ。名前と簡単なやり方ぐらい知っていた。


「う、う。」


 内心では、いけないことだと分かっていても、私は手を止めることはできなかった。


「れ、蓮。触って。」


 自分の中での想像が止まらない。もちろん、相手は蓮だった。匂いのせいか、蓮と一緒にベッドで寝ている気分になってくる。

 想像し始めると、自然と手の動きも早くなり、自分でも意識しないうちに胸の方にも手を向けていた。

 私は胸にはそれなりに自信はあった。秋帆には勝てないが、間違いなく年相応よりも大きめにあるし、観月よりも大きいだろう。


「はぁ、はぁ。」


 次第に声が我慢できなくなってきた。布団に顔を押しつけて、声をくぐもらせようとしたけど、蓮の匂いが余計に私を狂わせていく。下で蓮が寝ているのに、いや、下で蓮が寝ていると思うと、更に私の興奮は加速していく。


「く、蓮、蓮、蓮。」


 様々な想像が私の中を駆け巡る。蓮が私を優しく抱きしめてくれたり、他に。

 自分の妄想に真っ赤になっているだろうが、それでも私の妄想は全く止まることを知らないで、進んでいく。



「もう無理、耐えられないよ。だめ。」


 激しい脱力感が身体を襲うことで、自分を慰めていた手がようやく止まったが、布団に広がるシミを見ると自分のやった行為の恥ずかしさがようやく蘇ってきた。


「とりあえず、洗濯は絶対だけは私がしないと。」


 これを蓮に知られたら、百回は自殺したくなる。

 そんな気持ちの反面、蓮にも私の匂いを受け止めて欲しいと思う気持ちがせめぎあう。


「うぅ。止め、止め。早く寝よ。」


 私は布団を普通に被りなおして眠りにつくと、久しぶりに熟睡することができた。




 side天宮 そのころ


「ううん。もう食べられない。」


「『天』の再興だ。」


「みんなを守り抜く。」


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