第五話 襲撃
舞台上 side天宮
「会長。」
短剣を持って、嵯峨会長に向かう一人を見て、誰もが会長が刺される光景を想像しただろう。しかし、その短剣が会長を貫くことはなかった。
「真木くん。」
突き刺さる寸前で、真木先輩の魔法が襲撃者を食い止めていた。
地面から土の壁が突き出ており、防ぐことに成功したことを確認すると、俺は他に舞台に向かってくる連中に無詠唱で魔法を放つ。
「『木の杭』」
木の杭を舞台に打ち込んで、相手の動きを止めるが、この程度の魔法では所詮、一時凌ぎにしかならない。ただ少しでもいいから時間を稼ぎたかった。
そうしている間に一般科の生徒は舞台上から逃げており、舞台上には俺、遥、観月先輩、二階堂先輩、真木先輩、遠井先輩、嵯峨会長の7人と相手の七人だった。
しかし、会場にはまだまだ多くの一般人が残されている。ここにいる全員が全力で戦うには一般科の人々は大きな障害になる。
「秋帆、使える。」
「任せなさい。『土衝壁』」
嵯峨会長の呪符は舞台の四方に貼り付けられると、地面から巨大な土の壁が現れ、舞台と観客席を遮断した。見ていて綺麗な無駄のない術式だ。
ようやくこちらは観客を気にせずに戦えるようになった。相手は7人、こちらと同じ数だが、前で戦えるのは俺と真木先輩の二人だけだ。こちらの方が、前衛の数が不足している。
「天宮、何とかなるか。」
「見たところ相手の前衛は三人ですし、何とかなる範囲だと思います。」
見たところ、そこまで優れた相手とは思えない。それに、最初は嵯峨会長を殺そうとしたわりには、何故か相手は完全に沈黙をしている。時間が経てば経つほど相手の方が分が悪いことはわかっているはずだ。向こうがどうなのか知らないが、騒ぎを聞き付けた人が集まってくる可能性があるのだ。
相手の意図が読めずに睨み合いになっていると、舞台の裏から風紀委員の何人かが入ってきた。
援軍が来たかと思ったのもつかの間
「ちょっと、みんな大丈夫。」
風紀委員会の全員が怪我をしており、誰も戦える状態ではない。
「すみません。不覚をとりました。最後の一人がやたら強くて、そいつだけは止められませんでした。」
傷だらけの風紀委員会のメンバーは気を失って倒れた。
その後ろからまた一人現れた。怪しい連中の中でも、そいつだけは違和感の塊だった。一人だけ全身を覆う黒い衣に身を包んでおり、顔までも隠していた。
遠井先輩はその姿を見ると、一瞬だけ動きを止め、その一瞬で相手から腹部に一撃を食らって倒れる。
「万里。」
嵯峨会長は叫び、遠井先輩の所まで駆け寄ろうとすると、黒服は会長に狙いを定めていた。会長は遠井先輩に気をとられて、黒服に気づいていない。
その黒服が動くと、今まで向かい合うだけだった連中も動き始めていた。
「真木先輩、向こうは任せました。観月先輩と遥はすぐに外に、二階堂先輩は真木先輩のフォローを頼みます。」
今の俺がやるべきことは黒服を止めること。
動きの良さが7人と比べても別格だ。かなりの腕前を持っているだろう。この中で、まともに前衛で黒服と戦えるのは俺ぐらいだ。
俺が向かうと、相手はすぐに俺の方に反応してきた。相手の拳による一撃を刀で流して、左手を離して一撃を叩く。
左手の一撃は相手にあっさりと避けられ、再び距離をとった。
どうやら簡単に勝たせてもらえない。勝負は長引きそうだ。
side真木
本来なら高い腕前を持っているはずの風紀委員は全滅、しかも相手はただ一人だけだ。天宮がその正体不明の相手を引き付けたが、こちらも不利であることは変わらない。
多勢に無勢
二階堂と二人で倒すには7人はきついだろう。俺も本来、橘や天宮のように接近戦が得意なわけではない。他のメンバーに比べると、ましな程度だ。この中で、最も早く魔法を放てる嵯峨の援護も今は当てにならない。
だから、俺たちがこいつらに負けるというわけではないのだがな。
「『大地よ、波打て。』」
相手の前衛の攻撃を避けながら、相手を倒せる魔法を選択する。
体内に魔力を通す。おなじみの身体中に力が行き渡る感覚だ。
「『サンダー・ボルト』」
二階堂の魔法は的確に相手に当たっているのだが、相手を倒すには至っていない。無詠唱のためか、普段よりも威力が落ちているのだろう。しかし、相手の後衛には魔法詠唱の妨害になっている。
準備は整った。後は合わせるだけだ。
「『ガイア・ブレイク』」
『ガイア・ブレイク』は俺が比較的に多用する魔法だ。俺は地面に干渉することを最も得意としている。
舞台を破壊しながら、岩が7人に向かって突き進む。岩の進行は扇状に広がっているため、7人が逃げるにはジャンプを選択するしかない。
「くそっ。」
だが、それは俺たちの罠への誘いだ。
「『雷よ、相手を撃ち抜け。』」
二階堂は詠唱を終えている。
「『サンダー・ボルト』」
7つに分かれた雷はテロリストどもを正確に撃ち抜いた。
『サンダー・ボルト』は相手の意識を奪うには十分な威力の魔法だ。ましてや二階堂なら十分な魔力を持っている。これをまともに食らって立ち上がる奴はいないはずだ。
「ぐっ、正義は我々にある。
我々よりも低い身分の一般科が同じように扱われていいわけない。」
しかし、空中で雷を撃たれた7人のうち、立ち上がった人間がいた。
一人しか立ち上がらなかったにも関わらず、それでも相手の目に戦意は衰えていない。何か手段を残しているのか。
こちらが身構える前に相手は内ポケットから何やら取り出すと、こちらに向かって投げつけた。
爆弾だと気づくには少し遅かった。今からではどんな魔法も間に合わない。
「『金剛童子』防いで。」
俺と二階堂の後ろから一枚の札が飛び出していた。その札は爆弾に張り付き、小さな球体となって爆弾を覆い隠して、爆発を完全に食い止めた。
この状況で、そんな呪符を操れるのは我が校の生徒会長ぐらいだ。
「ごめんね。二階堂くん、真木くん。
援護を出すのが、遅れたわ。」
「いえ、助かりました。遠井先輩は大丈夫なのですか。」
「あぁ、ちょうど良かった。遠井の奴は大丈夫なのか。」
「一応寝かしてあるわ。身体に異常もないようだし、放っておいても大丈夫だと思うだけど。」
相手は爆弾を投げるのが最後の力だったようで、後は俺が簡単に近付いて相手を無力化することに成功をした。
謎の7人VS真木・二階堂・嵯峨
勝者 真木・二階堂・嵯峨
side姫野
蓮に指示されて舞台裏に出ると、風紀委員の先輩がそこらへんに倒れていた。全員の傷は深くないようで気絶しているだけみたいだけど、正直見ていて気分の良いものじゃない。
私たちは急いで助けを呼ぶために出口に行く。私だって自分がこういう時に足を引っ張ることは自覚している。
私はまだまだ経験不足だ。嵯峨会長がナイフで狙われた時も、遠井先輩が謎の黒服にやられた時も、私は身体が完全に固まっていた。蓮は素早く指示を出せていたというのに。
「遥ちゃん、大丈夫。」
「私は何とか。でも、先輩たちのため、早く助けを呼ばないと。」
だから私は今の自分ができることをするしかない。蓮に言われたように助けを呼ぶことだ。
私たちは出口まで到着したけど、そこで足止めされることになった。
何人かが出口に待機している。状況から考えても味方とは考えられない。おそらく敵だろう。大した武器を持っているようには見えないので、相手は魔法使いなのだろう。
相手は三人、こちらは観月先輩と私の二人だけしかいない。けど、私たちがやらないと他にはいない。
「観月先輩、行きましょう。」
「うん、これぐらいはやらないと。」
私たちはお互いの顔を確認して、相手を倒すために詠唱を始めた。
「『集え、火球よ。全てを焼き尽くし、我が敵を打ち払え。
ファイアー・ボール』」
「『清らかなる水の刃よ。その刃をもって、敵を引き裂け。
アクア・ランス』」
外の見張りがようやく魔力が集中していることに気付いた。
けど、もう遅い。
「ぐは、」
水と炎の魔法は的確に相手に命中して、吹き飛ばした。相手がどのくらいの怪我をしているのか分からないけど、今は私たちの助けを呼ぶことが先決だ。
魔法を放ち終わった私たちはその中を駆け抜け、来ているはずの先生に助けを求めに行くと、そこには誰もいない。
「え、何で。」
「あ、はい。会長、誰もいないです。
え、学校が襲われた。」
不穏な言葉が私の耳に届く。
「わかりました。すぐに戻ります。」
観月先輩は携帯をしまうと、真剣な顔して私に現状を説明してくれる。
「私たちが襲撃を受ける少し前に神龍高校の方が襲撃を受けたみたいです。先生と学校にいた生徒がひとまず迎撃したそうですし、その時に大きな怪我人も特にいないそうですよ。
会場の方もひとまず相手は退却したみたいですし、遠井先輩以外は特に怪我はないそうですよ。」
それじゃ、蓮は怪我していないのね。あの黒服相手に怪我をしなかったんだ。あの遠井先輩を一撃で倒したからかなり心配だったけど、良かった。じゃない。なんであいつだけを心配しているのよ。他の先輩もいるっていうのに。それにしても、あいつは何人に手を出すつもりよ。嵯峨会長、遠井先輩、観月先輩、橘先輩に気に入られて、メイも最近は蓮の話ばかりだし、あいつは調子乗っているのじゃないかしら。
「一回、絞めておく必要があるわね。
自分の立場というものをわからせておく必要があるし。」
「あの、遥ちゃん。大丈夫?」
そのせいで、観月先輩に呼びかけられていたことに気付かなかった。
「え、はい。私は大丈夫です、私もすぐ行きます。」
いったい私たちの学校で何が起こっているのか分からない。とりあえず、今はみんなの無事を確認しないと。
side天宮
やばいな。
黒服との勝負はその一言に尽きた。相手の体術はかなりの腕前だ。確かに俺が全力で戦えば、黒服を倒すことはできるが、俺には自分の実力をみんなに隠しておく必要がある。
そうなると、反射を理性で抑えつけているせいで、余計に気を回している。
それが致命的な差になっている。
刀を右手による片手持ちに切り替え、左手で相手の打撃を反らしながら、相手の首を狙う。相手も右手によるパンチを反らされても、落ち着いて左手で刀を受け止める。
戦っているうちに分かってきたが、この黒服は人を殺す気がない。遠井先輩にしても、気を失わせる程度に抑えているような気がする。
姿勢を下にして、地面を這うような一撃を放つ。
相手はそれを足で踏みつける。
刀から手を離して、相手の腹部に蹴りを放った。
相手は後ろに飛んで避ける。
俺はそのまま刀を持たずに右手を突き出した。
「『荊の鎖』
俺の手より荊が出現し、黒服を縛りつける。これで黒服はしばらく動けなくなったはずだ。俺は落ちたままにしてある刀を拾いあげる。
「――。」
黒服が何やら呟くと、縛りあげていた荊が一瞬で引き千切られた。
「なっ。」
周りも驚いているかもしれないが、俺にとってはさらに衝撃的だった。俺の荊を物理的に破らないで、魔法式から完全に破壊された。
自分の魔法式を見る能力を疑いそうになった。魔法式を侵食するように黒い魔法式が広がると、俺の魔法式を破壊していった。しかし、同時に頭が否定する。こんなことはありえない。そんなはずがない。
頭が理解するよりも早く、恐怖によって俺の身体は動いてしまっていた。
間違いなく俺の本気の打ち込み、相手は両手を交差させたが、関係なく吹き飛ばす。打ち込んだ後、しまったと感じていたが、今は気にしている暇はない。
刀を構えたまま、警戒をしていると、相手の気配は消えていた。どこかに逃げたらしい。
ようやく身体の緊張を解く。
「嵯峨会長、一応終わったみたいです。」
「そう。よくやってくれたわ。」
場違いな音楽が流れると、嵯峨会長は携帯を取り出した。今のは嵯峨会長の着信音だったらしい。
「えっ、みんなは無事なんですか。
そうですか。わかりました。」
何やら不穏な空気がする。
「学校が襲われたって。」
「偶然じゃないですよね。相手の狙いは何なんですか。」
二階堂先輩の言う通りだ。わざわざ生徒会がいないときを狙って襲撃された以上、何か狙いを持って襲撃した可能性がある。
「分からん。神龍は魔法学校だ。魔法至上主義の連中にとって有用な魔法技術を狙っていた可能性ならある。」
「そうですね。魔法至上主義は魔法研究もしているでしょうけど、元々才能がある集まりではないですから、最新の魔法技術は喉から手が出るほど欲しいでしょうね。」
「そのために実力者が総出になって守っている交流会の時期をわざわざ狙っていたのか。」
「あんな脅迫状を送るリスクを負ったのも、校内から少しでも人を減らすためだったみたいですね。見事に相手に裏をかかれました。」
まだ気になることがあるが、とりあえずは後回しにして、後片付けが先だな。
「うん、観月ちゃん。先生はいないでしょう。先生たちは学校に行っているわ。学校の方も襲撃を受けたそうなの。だから、ちょっと戻ってきてくれないかしら。」
今ごろ助けを呼びに行っているであろう遥と観月先輩を呼び戻した。
「っ、悪いわね。あんなに簡単にやられてしまって。」
「万里、立ち上がっても大丈夫なの。」
「大丈夫よ。重い一撃をお腹に受けただけだから。それに骨折するほどのダメージも受けていないわ。」
遠井先輩の方も目を覚ましたらしい。
遥たちが戻ってきたぐらいで、周りに展開していた岩壁も消え始めていた。
会場には一人も残っていない。一般人は避難し終えたらしい。
優音さんがやってくれたのだろう。あの人がいたのなら、テロリスト如きでは相手にすらならないだろうからな。
「これから学校に戻りたいけど。」
嵯峨会長は舞台に倒れている風紀委員とテロリストたちに目を移した。
確かに、このまま放っておくわけにはいかないよな。だからといって何ができるかと言われても人を呼ぶぐらいしかできないのだが。
「テロリストについては私たちに任せてくれないかしら。
たぶんどこかの生徒でしょうし、救急車とかも呼んでおいたから、風紀委員の子たちはプロに任せておきなさい。」
優音さんがいつの間にか舞台まで上っていた。
「理事の護衛の件なら気にしなくていいわよ。私たちのことなら大丈夫。お姉さんはこれでも優秀な魔法使いだから、自分の身ぐらい自分で守れるし、他の理事も気にしなくていいわ。早く学校に帰ってあげなさい。」
お姉さんって、確かに年齢的にはセーフだけど、自分で言うにはアウトな年齢だろう。おそらく俺は呆れた表情をしてしまっていたのだろう。優音さんから思いっきり睨まれた。
「すみません。では後の(・・・)ことは任せたいと思います。
よろしくお願いします。神河理事。」
「あなたたちもいい働きだったわよ。特に真木くんと二階堂くんの魔法の組み合わせと嵯峨会長の爆弾を処理は見事だったわ。
それとあなたの名前を聞かせてもらってもいい。自分の護衛をしていた人間の名前は知りたいわ。自己紹介には遅れてしまったし。」
場所が場所だ。お互い初対面であるかのように振る舞う。
「天宮蓮と言います。」
何か後ろから睨まれている気がするが、怖くて振り向けない。
「じゃあね、天宮くん。また会える気がするわね。」
優音さんは舞台から降りて外から来た人間を誘導している。
「ずいぶん気に入られたようね。」
「嵯峨会長。今は学校だと思います。」
生暖かい視線と絶対零度の視線に耐えながら、話を元に戻す。
優音さん、いつから見ていたんだ。それと岩壁の裏をどうやって覗いたんだ。
そんなことを気にする余裕もないか。
黒服に襲われた学校、まだまだ問題は終わっていない。
「天宮、ちょっとこっちに来て。」
遠井先輩に呼ばれて、舞台の端っこに行く。
「ちょっと聞きたいことがあるのよ。」
遠井先輩にしては珍しく言いにくそうにしている。こちらも聞きたいことがあったので、まずはそちらを優先させてもらおう。
「すみません。黒服ですけど。」
「っ、やっぱりあなたも気付いたのね。私が相談したかったこともそれよ。」
「じゃあ、やっぱりですか。」
先ほどの戦闘での疑いが徐々に確信に変わり始める。
「私が見間違えるはずがないわ。だからこそ、あの一瞬でためらってしまった。そんなはずがないって。」
「確かにびっくりしましたけど、俺もさすがにこの間にあの型は見たことがありましたから。」
「さっきの黒服は間違いなく、」
再び遠井先輩が口を開く。
「橘先輩でしたよね。」
いつものいたずら好きな笑みを浮かべている風紀委員長の顔が思い浮かんだ。