第二章 第一話 事の始まり
いきなりですが、八話で第一章は終わりです。この話から新しい章が始まります。
『神』を処分した次の日
神龍高校 生徒会室
「交流会ですか。」
もはや恒例となった生徒会での食事、いつもは遥たちと食べているが、用事があると嵯峨会長に頼まれるたびに、ここに来ている。
今日は風紀委員会の重要な案件だと聞いて、三人に断りを入れた。
遥も来ると言っていたが、別の用事が入ったらしく、ここにはいない。メイと俊介はそれぞれの友人と食べているらしい。
「ほら、神龍って一般科がないじゃない。だからこそ他校の一般科の人たちと触れ合う機会を設けているのよ。」
確かに、都市の中心となっている5つの学校の中で、一般科が存在しないのは神龍高校だけだ。
魔法戦闘科、魔法工学科、魔法医療科などに魔法科の生徒は二年になると、それぞれの志望に進むことになるが、毎年魔法科の授業についていけない生徒は一般科に転科願いを出すことになる。
しかし、一般科のない神龍高校では授業についてこられなくても、転科する場所がない。
つまり、授業についてこられない奴には退学勧告が出される。これを受けた生徒は追試を受けることになり、もし追試の点が悪ければ、退学という事態もあり得る。
幸い、神龍では今のところは表だっては問題ないらしいが、他校では自分たちが授業についてこられないことを八つ当たりする連中がいるらしい。
「神龍からは毎年、生徒会全員と希望者数人と一緒に出ることになっているんです。
今回、蓮くんに来てもらいたいのは橘さんの代理というわけです。」
「唯は先日起こった不法侵入者が都市から消えた件の調査協力しているのと、当日にも警察関係の別件に関わることになるから代理を選んでって頼んだら、蓮くんに白羽の矢が立ちました。」
「橘先輩の代理ということは当日の警備ですか。」
「それはいいの。唯がきちんと代理を選んでいるから。
これは別件。
ちょっと、これを見てくれる。」
嵯峨会長に差し出されたのは一通の手紙である。
宛名は神龍高校の生徒会宛、差出人の名前はなし。
封筒の確認をすると、中を見るために手紙を取り出した。
《次の交流会にて、神龍高校に罰を下す。
罰を受けたくなければ、こちらの要求を呑むことだ。
こちらの要求は、神龍高校に一般科を作ること、さらに魔法科と一般科は平等に扱うこと。
この二つが呑めないのならば、神龍高校に罰がくだる。》
この手紙から手がかりになるような情報はなし。完全な脅迫状だな。
手紙を嵯峨会長に返すと、こちらが気になったことを聞かせてもらう。
「何故、これを俺に。」
「これは極秘にするようにっていう、上からの命令なの。決して表沙汰にするなっていうね。
だから派遣するガーディアンを増員できないし、なら強い蓮くん一人でも配置しておけば、安心かなって。」
「当日、蓮くんにお願いしたいのは要人の警護です。
誰も舞台上にまで護衛をつけてこないので、もしもの時に対処できる人間を配置しておきたいんです。」
「提案を受けるという選択肢はないんですか。」
この要求は別に聞き入れても構わないモノだと、俺は思う。こちらの秘密情報を欲しがっているわけではない。
「受けるつもりだけど、念のため。相手は脅迫状を出してまで認めさせる気でいる。警戒はしておきたいから。」
「わかりました。ところで交流会はいつにあるんですか。」
「ちょうど一ヶ月後です。
生徒会メンバーにも脅迫状の件は話すつもりだけど、先に知っておいてほしくて。」
観月先輩はどこか申し訳なさそうな態度だった。
嵯峨会長もどうしようか迷っているふうに感じられる。
「何か他に問題があるんですか。」
「え〜と、こんな話の後で、すごく言いにくいんだけど、歓迎会。」
少しはぐらかされた気がするが、おとなしく流れに乗ることにする。
「歓迎会ですか。」
「蓮くんが風紀委員会に入ってから、お祝いしていないなと思って、せっかくだから生徒会でお店貸し切りにしたから、みんなでご飯でもどうかな。」
「俺は生徒会に入ったわけではないんですけど。」
「この一ヶ月、生徒会の業務もやってくれてますから。サブメンバーとして、いいですよね。」
業務をやっているのはあなたたちが押し付けているからでしょうが。
「先にこちらの件を片付けませんか。
他に何か問題でも。」
「会長。」
「まぁ、蓮くんならいいかな。
実は言いにくいんだけど、ここにまだ一般科が導入されなかったのは魔法至上主義の生徒がいるのよ。
まだ噂だけで、確信しているわけじゃないんだけど、残念ながら一般人を劣っていると考えている生徒は間違いなくいるわ。」
「残念なことに前生徒会長たちはそのように考えていたそうです。
他にも蓮くんにまだ会ってもらっていない生徒会役員はそのような考えの人たちです。」
俺が会っていないのは三人だったか。先生からの推薦で入った各学年一人ずつとはまだ会っていない。
嵯峨会長や遠井先輩、観月先輩に二階堂先輩たちは高校編入組らしい。
「そういう人たちが反対するか、でも嵯峨会長が懸念しているのは魔法都市に逃げる形で来た生徒ですよね。」
嵯峨会長は黙ってうなずいた。
魔法至上主義の魔法使いたち
確かに俺が以前に戦った相手のほとんどは外の魔法使いだ。魔法使いであることでいじめを受けた魔法使いが甘い言葉に騙されて、大人たちの道具となって戦うのを見てきた。
「私の意見は賛成です。ですが、生徒会の内側は固まっていませんし、校内にいる反対生徒たちの意見を無視することはできません。」
「私の意見も会長に賛成です。蓮くんはどうでしょうか。」
嵯峨会長に同調するかたちで観月先輩が賛成の声を上げた。
それにしても、俺の意見か。
「その前にいくつかの質問をしてもいいですか。」
「えぇ、どうぞ。」
「この学校に余っている一般科用の教室、一般科を教えるための先生などに当てでもあるんですか。
最低限の設備は揃えることはできるんですか。」
「えっと、観月ちゃん。」
「ふぇ、知りませんよ。そんなことを考えたこともなかったです。」
頭が痛い。この生徒会で、大丈夫なのだろうか。
俺は突っ伏した身体を持ち上げると、二人を睨みつける。
そんなことを気にせず、一般科の増設に賛成していたのか。
「えっと、蓮くんの目が怖い。」
「ひっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」
「わかりました。問題を棚に上げて、考えるとするなら俺はどっちでも構いません。
一般科の生徒がいなくても、俺が困るわけじゃないですし。」
「賛成と受け取ってもいいのかな。」
確認をしてくる嵯峨会長の言葉にうなずく。
「まぁ、そうですね。」
しかし、この学校に編入させられた理由はこのせいか。
まだ魔法使いと一般人の間に強い溝があるというわけだ。
そんなことを考えていると、観月先輩が口を開いた。
「あのこの後、時間がありましたら技師のところに行きませんか。
まだ行っていないって聞いていますけど。」
今日の放課後に寄ろうかと考えていたんだかな。
念のために校内などで持ち歩ける武器をもらうために、この間に買ってきた。
昼休みはまだ余っている上、今日の5時間目は自習で、課題を終えた生徒から自由とのことだった。
昨日のうちに、その課題を終えた俺は今日の一時間丸々予定が余っている。
「観月先輩の時間が空いているのでしたら、一緒に来てくれたら心強いです。」
「大丈夫です。時間なら空いてます。」
嵯峨会長は観月先輩を見ながら、嫌らしく笑うと、
「観月先輩ね。」
嵯峨会長は一言呟いた。
「さ、嵯峨会長。」
何故か、観月先輩が顔を赤くしている。
「頑張ってねぇ〜。」
嵯峨会長に見送られて、俺と観月先輩は生徒会室を後にした。
錬武館 技師室
「ようやく来たのか。俺を退屈で殺すつもりかと思ったぜ。」
技師のところに着いた途端にいきなり文句を言われた。
「退屈では人は死にません。ですが、待たせたことは謝ります。
では、俺の得物はこいつです。」
俺は先ほどまで袋に包んでいた太刀を取り出して、技師に手渡した。
「ほう、こいつは魔法具か。しかも、本物の太刀に付加されてやがる。人を斬るために作られた武器だな。
血が付いてないみたいだから、人を斬ったことはないみてぇだ。まぁ、当たり前か。
こいつに刻まれた銘はわかるのか。これを作った奴はかなりの腕前だぜ。
太刀だけでも一級品だが、付加された魔法もかなり強力みたいだ。
しかも、くっ、ロックされてやがる。選ばれた魔法使い以外には使えん代物か。
使えんのかい。」
「無理ですね。ロックを外そうとしてみましたけど、不可能でした。
俺にとって、そいつは太刀としてしか扱えません。」
鑑定を終えた技師に持って来た武器を渡す。
「こいつにこの刀のデータを打ちこめばいいんだな。」
「えぇ、お願いします。」
「私も見学してて、いいですか。」
「構わねえよ。
ただし、邪魔はするなよ。こいつはやりがいのある仕事だ。」
観月先輩は技師が動かす機械を見ながら、質問してくる。
「さっき銘を聞いてなかったですけど、あの太刀の名前は何ですか。」
「けっこう物騒な名前ですよ。
あの太刀に刻まれた銘は『血塗みれの薔薇』、理由は分からないですけど、そうだと聞いています。」
あの太刀は物心ついた時から俺が振っていた太刀。
裏八族の会議などに顔を出し始めた三年前に目覚めた太刀。
先ほど嘘をついたが、俺はあの太刀の能力を知っている。
あの太刀に付加された能力は吸血能力。
ただ血を吸うだけではなく、血を吸うにつれて切れ味が増していき、吸った血は固めたりして放出することもできる。
昨夜も、あの太刀の能力で殺したのだ。太刀の銘通り、あれはすでに血塗れなのだ。
「確かに物騒ですね。でも、日本刀に付ける銘とは思えません。」
観月先輩は苦笑いになっている。
確かに、気にしたことがなかったが、奇妙だ。
あれの形状は日本刀そのものでしかない。それなのに付いた銘は『血塗れの薔薇』(ブラッディ・ローズ)。
まぁ、今気にしても意味のないことだろう。俺はあれを作った人を知らない。
「ったく、お前はスティックぐらい丁寧にしておけ。」
「スティック?」
聞いたことのない単語に首を傾げる。
「これらの略称です。正式名称は堅いので、みんなそう呼んでいるんですよ。」
技師に手渡されたスティック?を受け取ると、直ぐに起動させる。
「『起動』」
スティックが俺の太刀と同じ大きさ、形に変わる。重さもばっちりだ。
「向こうに試し斬り用のやつがある。一応、完璧だと思うが、確認してこい。」
藁柱や木材、鉄柱などが乱立している。
俺は適当なところに立つと、気持ちを落ち着けて身体の調子を合わせる。そして、俺の流派の型通りにこの武器を振るった。
side皇
蓮くんの剣技は二階堂くんとの戦いで見せてもらいましたが、私にとっては言葉も出ないほどでした。
「こいつは見込み以上だな。
こいつの剣術はほとんど完成していやがる。学生クラスの腕前とは思えないな。」
「そうなんですか。」
私には分かりません。私はあまり実技は得意ではないですから。
それでも、蓮くんの剣術がすごいのは分かります。見ているだけで惹き付けられるのが感じられます。
「それにしても、授業中に逢い引きとは、嬢ちゃんもやるようになったな。」
「ちっ、違います。蓮くんと私はそんな関係じゃないです。」
「蓮くんね、嬢ちゃんが名前で呼んでいるのを聞いたことがあるのは、あの坊主だけだな。
それに嬢ちゃんの片想いか。気付かない坊主にも問題はあるが、急いだ方がいいぞ。ああいう奴は人気があるからな。」
「もうすでに人気者ですよ。」
「やっぱりか。まぁ頑張りな。応援してやるよ。俺は休憩に行くからな。文句は休憩の後に聞くって言っといてくれ。」
技師さんは笑いながら歩いていきました。
蓮くんは確認が終わったのか、こっちに来ています。顔が赤いままです。技師さんのせいですよ。
side天宮
「文句は一つもないです。って、観月先輩、技師はどこに行ったんですか。」
「えっと、休憩に行くって、文句は帰ってから聞くって言ってました。」
「文句は特にないですね。実際に自分の刀を振っているみたいでしたから。」
何故、観月先輩の顔が赤いのかは気にしないでおこう。大方、技師にからかわれたのだろう。この先輩は小動物系のからかわれやすい人だからな。
「先輩は何か予定はありますか。」
この後、特にやりたいことはないので、カフェテリアでゆっくりしようかと考えていた。
この学校は自習時間は基本的に何をしてもいい。魔法訓練をしてもいいし、勉強でも、俺みたいに武器の調整をする奴もいる。
「もし空いているんでしたら、カフェテリアで何か奢りますよ。
付き合ってもらったお礼もしたいですから。」
「あ、空いてます。ならお言葉に甘えて。」
俺の誘いに観月先輩は力強くうなずいてくれた。
カフェテリア
「観月先輩はホットケーキと紅茶のセットですね。」
観月先輩に確認を取り、二人分の注文を機械に打ち込んだ。
「観月先輩はどうして魔法工学に興味をもったんですか。」
沈黙は辛いので、適当に話題をふる。観月先輩について数少ない知っている部分を聞いてみた。
「私はそこまで魔法が得意なわけじゃないから。
もし、魔力が少ない人とか魔法が得意じゃない人も、得意な人と同じぐらいまでのことができたらいいなって思って。
魔法の実力は私は一年のころは良かったけど、二年になってからは伸び悩んでいるから。」
観月先輩は最後に小さく二階堂くんぐらい強くなりたかったと付け加えた。
「でも、先輩の目標はそれだけじゃないんですよね。
その技術は完成はしていないものの、完成は間近だって噂があるほどです。」
「私の目標は今まで魔法が使えないとされてきた一般の人にも同じように魔法を使ってほしい。」
もし、一般人が魔法を使えるようになれば、差別がなくなれし、魔法至上主義による心配もなくなる。
しかし、そうはできないだろう。観月先輩の資質の問題ではなく、八族が黙って見ているとは考えられない。
日本を裏から支配してきた八族の権力は一般人と強く結びつくことで強めてきた。特定の一族だけで結びつき、自分たちに秘められた能力を独占する形で力をつけた。
しかし近年、急速に力をつけ始めた嵯峨家や二階堂家などは魔法使い同士で結束して生まれたモノだ。
地元の魔法使いたちが協力して作り上げたグループ、その中で最も強いのがグループの代表になる一族となる。
この二つの勢力、成り立ちは正反対である。
今のところは軍事関係のみを表のグループに勢力を渡し、政治や財政関係は裏八族が権力を握っている。
同じ魔法使いたちが台頭してくることに、八族会議では重要視されていない。
もし、八族に仇なす魔法使いが現れたとしても、八族の能力さえあれば勝てると考えているのだろう。
俺にはあまり関係のないことだ。俺は俺の役割がある。それを考えるのは俺の仕事ではない。
「誰もが魔法を使える世界ですか。
実現できればいいですね。応援していますよ、観月先輩。」
「あ、ありがとう。」
俺と観月先輩はカフェテリアで適当に話しながら、午後のお茶の時間を楽しめ
たら、良かったのだ。
「れ〜ん、こんなところで何をしているの。すでに課題は提出はしているけど、一切教室に来ないのは問題よ。」
「遥、それにメイ」
「はい、蓮くん。どうして皇先輩が一緒なんですか。」
何故か、怒っている遥といつもと異常に雰囲気が違うメイ、いったいどうしたんだ。
「私たちにも奢ってくれるわよね。」
「当然ですよね。」
「あぁ、どうぞ。」
おかしいな。大抵の殺気には慣れたはずなんだが、この二人に逆らったら、俺が殺されそうな気がする。
二人は遠慮なくカフェテリアで最も高いセットを選ぶと、遥は俺の隣にメイはため息をついて観月先輩の隣に着いた。
観月先輩も俺のことを睨みつけている。何か俺は悪いことでもしたか。
そんな微妙にギスギスした雰囲気で、カフェテリアでの時間を過ごしたのだった。