幼女と僕
あの日、僕は戦地から帰ってきた。
荒廃した故郷はあまりにも酷く、
僕は戦地と同等の衝撃を受けた。
あれから半年あまりの月日が流れ、
僕は今日で19歳になる。
当時受けた衝撃で、僕は未だに声を発することができない。現在は静養も兼ねてとある山中の村で日々を過ごしている。
あの戦争により僕の家族は行方不明となり、
僕は天涯孤独の身となった。
その後は国の政策やらなんやらで軍の上位に所属していた者たちは、各地の村で謹慎を受けることとなり、僕も現在受けている。
村での扱いは想像するよりも酷くはなかったものの、やはり優しくはなかった。しょうがないことなのだが、やはり少し寂しさもある。最近では戦争からの復興に村が力を入れ始めたのか、活気づいてきているようだ。
僕はまだ村の外れのあばら家で日々を過ごしており、村の復興にはまだ協力させてもらえそうにない。それも仕方のないことだと思いながらもやはり、どこか孤独の悲しさを感じていた。
そんな時、彼女は現れた。
幼女。
そういうのが最もふさわしい見た目の子が、
僕の部屋にいる。
「誕生日、おめでとう。」
幼女は表情を変えずに僕に声をかけた。
なんでこの幼女が知っているのか。
僕はこの村で一言も話したことがないし、
教えたこともない。
幼女は続けて言った。
「そんなに驚くことじゃない。
前に一緒にきた軍の人が言ってたから知った」
なるほど。僕は納得した。
僕は声が出せないため、そのまま幼女を見ていた。年は10歳ほどだろう。髪は短めで、ぱっちりとした目をしている。どこか賢そうで、大人しそうである。
そこで、不意に幼女は赤くなりうつむいた。
どうしたのだろうと思うと、
「そんなに見るな。恥ずかしいではないか。」
そう言ってそっぽを向くと、僕に起きるように指示した。
着替えを済ませて居間に出ると、食卓には
美味しそうな食事が並んでいた。
「美味しそうだろう?
料理には定評があるんだ。」
幼女はそういうと、僕に座るよう促し、
一緒に食事をとった。
食事後に散歩に行こうと、幼女は言った。
「いつもこもってばかりいてはしょうがない。せっかくの誕生日くらい、外に出ようじゃないか。
今日は正月でもあるんだぞ。」
たしかに僕はこの村に来て、
散歩というものをしたことがなかった。
外に出る必要がなかったのもあるが、
それ以上に外が怖かった。
「君の来歴は軍の人から聞いた。
私ごときがそう簡単に言っていいことでは
ないかもしれないが、
大変お疲れだったな…」
幼女は申し訳なさそうな顔でそう言った。
僕の来歴。
それは語るに悲惨なものである。ここまで
生き残っていることが奇跡に近しいものだ。
「過去を忘れてくれとは言わない。
ただ心の傷を癒してくれ。そのためなら
私は君に協力する。」
幼女はそういうと、僕の手を引いて
外に出るように促した。
今日は冬なのにもかかわらず、とても暖かい日だ。セーターをきている僕は、額にわずかながらの汗を感じた。
隣で手をつないでいる幼女が時折僕の方を見て、いろんなことを話してくれる。
「君は普段の食事などどうしている?
先程台所を拝借した際、使用した形跡がなかったように見受けられたのだが、、」
幼女のいうとおり、僕は自炊をしていない。
いつも即席食品で済ませていた。
「まさか、即席食品で済ませているのではあるまいな。」
僕は額に暑さとは違う汗が浮かぶのを感じた。
「図星のようだな、、」
幼女はやれやれ、と言わんばかりの表情でため息をついた。
「あのなぁ、君。
いつも即席食品で食事を済ませていたのではいつか体を壊してしまうぞ。
ったく、、」
そう言いながら幼女は僕の手を引いて散歩を続けた。
山道を歩きながら幼女は、
「今登っている山はな、この辺りで一番高い山なんだ。頂上に着いたらあたりを一望できるぞ。」
そう、どこか嬉しそうに語った。
さらにしばらく歩くと、
木々が途切れ、大きく広がった場所に出た。
そこは美しい野原で、緩やかな丘が目の前に続いている。
「もう少しで頂上だぞ。
君、まだ歩けるか?」
僕は軽く頷き、幼女の手をもう一度深く握った。
丘を超えると突然、村を一望できる景色が広がった。それはとても美しい景色だった。
「美しいだろう。ここは私のお気に入りの場所なんだ。」
幼女はそういう時僕の手を離し、数歩、
前に出た。
そして村々を指差して、楽しそうに言った。
「あれが私の家で、あれが君の家だな。
村長の家はあれで、あれが、、、」
幼女はとてもはしゃぎながら僕に話した。
しばらくすると幼女のお腹が大きな音を立てて鳴った。
幼女は顔を赤くして
「お恥ずかしい、、
やはり腹というのは昼になったら減るものなんだ、、」
そういうと首に巻いていた風呂敷を取り出してあたりに広げ、中にあったおにぎりを出した。
「君も一ついかがかな?」
そう言って僕に一つおにぎりをよこした。
幼女はその場に座って美味しそうにおにぎりを頬張り食べていた。
僕もその場に座り、幼女と美しい景色を
眺めていた。
食べ終えてしばらくすると、幼女はその場に寝転んだ。
「なんだか眠くなってきてしまった。
どうだ?君も少し寝ないか?」
そういう時幼女はすぐに寝息を立て始めた。
僕もその隣で美しい空を見上げながら、
ゆっくりと目を閉じた。
目を覚ますと、もうすっかり西日が差す
時間となっていた。
隣に幼女はおらず、あたりを見ると向こうで
村を眺めていた。
「おお!ようやく起きたか。
そろそろ帰らねば晩御飯を作れないぞ。」
幼女はそういうと、僕の方に駆け寄り、
きた時のように僕の手を握って引いた。
帰りは行きよりも早く着いた。
帰ってくと幼女は早速晩御飯の準備に取り掛かった。
「ほら!君!
手伝ってくれ。1人じゃ時間がかかってしょうがない。」
そう言って僕に野菜の皮むきをするよう促した。
幼女が僕に料理を教えていたこともあり、
晩御飯を食べる時には、外がもう真っ暗になっていた。
「いただきます!」
幼女は元気にそういうと、食事を取り始めた。その姿は幸せそうで、見ている僕も幸せになった。
その夜、布団に入った僕の隣に、幼女が座った。
「今日一日、とても楽しかった。
こんなに楽しい思いをしたのはいつぶりか
もう覚えていないくらいだ。
それもこれも、君のおかげだ。
君が隣にいてくれるだけで、なんでも楽しくなったよ。ありがとう。」
僕の方こそ、楽しかった。ありがとう。
出せない声で幼女に伝えた。
「こんな私だったが、君の誕生日を楽しませることができただろうか?」
幼女がそういうと、僕は深く頷いた。
「それは良かったよ。
本当に、ありがとう。」
幼女は満足そうに、笑顔で頷くと、
そっ、と薄れて消えていった。
僕はそれを確認して、部屋の電気を確認した。そろそろ寝る時間だ。
暗くなった部屋で1人、今日の思い出の感傷に浸りながら、静かに目を閉じた。