第5章 2人の出会い(イタリア編)その1
私は教会のような建物を目にする。
「あれかな? 教会っぽい」
それは森の中にそびえ立っていた。沢山の木に遮られているが、屋根の上にある十字架の部分は頭を出している。私はポケットからスマホを取り出して、教会の住所の画像を確認した。間違いない、写真と同じ十字架だ。どうやら、森の中に教会があるようだ。
私は森の中の一本道を車で走り始めた。
すっかり夜になっていたので、愛車のライトをつけた。道の横には木しかない状態である。
助手席を見ると、ナツがスヤスヤと寝ていた。愛用のスカジャンを布団代わりにしており、口には大量のヨダレが垂れていた。可愛い寝顔からは、戦闘力が高い人物には見えない。
そうそう、ナツと出会った頃の話をしよう。
私はナツと知り合ったのは一年前になる。場所はイタリアのサンタ・マリア・ナシェンテ教会だ。ここは世界的にも有名な観光地でもある。
とある事件で知り合って、利害が一致してコンビを組むことになった。
その頃、私はまだ賞金稼ぎではなく、マフィアの用心棒の仕事をしていた。マフィアとはシチリア島を起源とした犯罪集団だ。ゴッドファーザーのような映画のギャングだ。
私を雇った男はマロンという小太りの小柄な男であった。見た目とは違い、頭が切れるマフィアのボスであった。マフィアのボスだけあって、お洒落なスーツを着こなしていた。
組織の規模は50人程度だが、商売に長けている人材が集まっており、組織はかなり儲かっていた。
しかし、戦闘要員は少なく、私が用心棒として雇われたのであった。後にマロンはワイルドバンチで賞金首を懸けられることになる。その賞金首を狙ってきたのがナツであった。そして、私はナツと死闘を繰り広げる事になる。それは、後で話す事しよう。
また、マロンの横にはブレンドという男が常にいた。いわゆる組織のナンバー2の男だ。年齢は30代半ばで、長髪に高級スーツを着崩していた。そして、ブレンドは私の事を嫌っていた。最初に会った時もそんな感じだった。
私はマロンの用心棒のテストを受けに行った。場所はマロンの住んでいる屋敷だ。
その屋敷は大きくて、西洋風のオシャレな感じであったが、門が鉄製で作られていた。更に監視カメラや有刺鉄線で囲まれた塀もあり、用心深い家主だと思われた。
ヒットマンなどは、そう簡単に忍び込むのは難しそうであった。他にも、門の前には屈強な男2人が常にガードをしていた。
私は屈強な男の1人にマロンとアポを取っていると伝えた。すると、免許証を見せて、本人かの確認をとらされた。すると。男が挨拶をしてきた。
「本人で間違いありません。ミス冬子様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
男はスマホで何処かに電話をすると、鉄製の門が音を立てて開いたのである。そして、丁寧に応接室に通された。応接室には高級そうなソファが2つと、大理石のテーブルが1つ置いてあった。
部屋にはマロンとブレンドがいた。マロンはソファに座っており、その後ろにブレンドが立っていた。なぜか、私を睨んでおり、その目は敵意を持っている事が分かった。
マロンはソファに腰を掛けるように勧めてきた。
「遠い所までようこそ、ミス冬子。俺がボスのマロンだ」
「こちらこそ、本日はよろしくお願いします」
私はマロンと面を向かって座ると、目の前テーブルにはコーヒーが出されていた。
食器も高級ブランド品で、相当儲かっている組織なのだろう。
さっそく、マロンは葉巻を加えながら、用心棒の報酬額の話を始めた。
「アンタの腕は噂でも聞いているよ。月に100万ギルを出そう。ウチは金があるから、強い奴ならいくらでも払うつもりだ、その分、敵も多いけどな」
そこにブレンドが口を挟んでくる。
「ボス。こんな日本人の女に100万ギルも出されるのですか?」
マロンはブレンドの方に振り向いて、紫煙を吐きながら言う。
「おい、ミス冬子は日本のヤクザの親分のボディガードをやっていた人だ。お前じゃあ逆立ちしても勝てないぞ。対立組織のヒットマン20人を1人で倒した実績もある」
私の祖父は日本でヤクザの親分をしている。戦後の裏社会で、海外マフィアを追い払った怖い男である。現在は歌舞伎町という街を切り盛りしている。自分の祖父を守る為に、ヒットマンを返り討ちにしたこともあった。実際は2人殺したが、いつのまに噂が大きくなって、10倍の20人に増えていた。人間の噂は本当に当てにならないものだ。
私が海外に出てきたのも、実家の家業が関係している。また、その話はいつかしよう。
しかし、納得がいかないブレンドは引かない。どうやら、私の噂を疑っているようだ。
「しかし、実力もガセかもしれませんよ。大体、日本人なんて信頼出来ませんよ。他の用心棒を探しませんか? 敵対国だったじゃないですか?」
ふっ、そういうことか。日本軍とイタリア軍が戦った事でも恨んでいるのだろう。第三次世界大戦から、まだ10年しか立っていないもんな。当然、恨まれて当然だな。
だが、ビジネスはお互いに情を持たないものだ。なので、私はブレンドの言葉を遮った。
「確かに、ブレンドさんの言う事も間違ってないと思います。100万ギルは大金です。
しかし、私の拳銃の腕は誰に負けません。まずは、腕を見てから決めても、遅くないと思いますけど……。どうでしょうかテストで決めませんか?」
この手の男は言葉では納得しないタイプだろう。だから、自分より上だという事を教える必要がある。男は特にそうであろう、自分より下だと判断したら言う事を聞かないのだ。
すると、ブレンドは笑い声をあげる。
「ハッハハハ。そんな細腕で、拳銃を撃てるのかよ?」
「ええ、これでも腕が立つ方でしてね。まずは、ブレンドさんが私を拳銃で撃ってください。私が殺されれば、お金を払う必要がなかった用心棒って事が分かるでしょう?」
ブレンドはニヤリと笑った。
「おいおい、いいのか? 俺は組織の中でも一番の腕だぜ」
まったく、分かってないな。こんな50人の組織の一番の腕が何になるのだろう? そこで満足している奴は絶対に弱い。ことわざにもあるが、井の中の蛙ってやつだ。マロンが眉をひそめながら口を挟む。
「ミス冬子、本当にいいのか? ブレンドを殺すようなマネはしないでくれよ」
私はマロンの不安を除く。
「ええ、安心してください。ブレンドさんが抜いた瞬間に拳銃を弾き落とします。誰も死なないように収めますよ。こっちはプロです」
ブレンドがニヤニヤと笑い始める。
「ハハハ、拳銃を弾き落とす? そんな魔法みたいなことが出来るわけがないだろう」
「ふっ、やってみれば分かる事です」
私はソファに背を倒して、足を組んだまま余裕のポーズをした。せっかくなので、出されたコーヒーに口をつける。私も舐められるのは嫌いだ。だから、煽ってやっているのだ。
「いつでも、どうぞ。銃を抜いてください。ブレンドさん」
「なあ、よく見ると美人だな。殺すにはおしいな。俺の愛人にでもなるか?」
私はニヤニヤしているブレンドに対してイラついた。女だと思って、完璧に見下しているのだ。なので、
私はコーヒーカップをテーブルに強く置いた。
それから、激しい口調で言った。
「おい、いつまで喋っている。早く抜けよ、おしゃべり男」
すると、ブレンドの顔が強張る。おそらく、頭に来たのであろう。そのまま戦闘モードに入った。そして、私と目が合って一瞬の沈黙が訪れる。
数秒後、ブレンドはスーツの懐に手を入れた。全然ダメだな、コイツは抜くのが遅すぎる。その辺のチンピラレベルの速さである。おそらく、実践経験はなく、拳銃を脅しの道具くらいしか使ってこなかったのであろう。まあ、マフィアは犯罪のプロで、拳銃のプロではないので仕方がないのかもしれない。
私は素早く、右手で拳銃を取り出した。ブレンドの拳銃に向かって、照準を合わせて引き金を絞った。
応接室に1発の銃声が鳴り響き、ブレンドの拳銃を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた拳銃は回転しながら宙を舞った。私はそれを左手でキャッチした。
私はブレンドをバカにするように銃の説明をした。
「ベレッタ92Fか……。いい銃だが、使っている人間がダメだな。ああ、銃口が少し曲がっているから、近くじゃないと狙っても当たらないぞ。それに手入れもロクにしてないな。これが組織で一番の腕だったら、ボスの命も長くないな」
そう言いつつ、ブレンドと目を会わせた。
そのブレンドは右手を抑えていた。更に顔が真っ赤になり、怒りをこらえているのが分かる。大口を叩いて、恥をかかされて、自分の株を落とされた為だろう。裏社会の男は面子が全てだ。これは何処の男も変わらない価値観だ。
決着がつくと、マロンが冷たく言い放った。
「ブレンド、分かったか? 本気だったら、お前は死体になって転がっていたんだぞ。
次からは、俺の決めた事に口を出す事はやめるんだな。いいな?」
ブレンドは黙ってコクコクと頷く。
そして、マロンは笑いながら言った。
「ミス冬子、これから頼むよ。用心棒として色々と頼むぞ」
私も最高の笑顔で返す。これが私のしばらくのボスだ。
「はい、ボス。こちらこそ、よろしくお願いします」
その日から、私はマロン一家の用心棒になった。
大体はマロンの横について、銃器の取引に立ち会ったりしていた。その間も大した揉め事はなく、拳銃を使うレベルの敵と遭遇する事もなかった。
酒場で因縁をつけてきたチンピラをボコボコにしたくらいだった。私は護身用にボクシングもやっているのだ。だから、素手も結構強い方だ。しかし、報酬に比べて楽な仕事だった。これで100万ギルは破格の値段であった。
時々、ブレンドが悪態をついてくるのが面倒だが、適当に無視をしていた。マロンの前で恥をかかされた事を恨んでいるのだろう。他にも嫌みを言われる事が多かったが、手を出される事はなかった。
私には勝てない事は本能で理解していたのであろう。だが、この手の男は懲りない奴が多く、それは後に思い知らされることになった。