第1章 賞金稼ぎサイト『ワイルドバンチ』
メキシコ荒野の1本道を車が走っていた。その車の中には10代の少女が2人乗っていた。
助手席では、赤毛の少女がポテトチップスを食べていた。
その赤毛の少女が呟く。
「なあ、冬子。財布に1万ギルしか残ってないぜ。俺は腹減ったよ」
赤毛の少女は一人称が俺であるが、れっきとした女性である。まあ、口は悪いのだが……。
運転席の冬子と呼ばれる少女が返事を返す。
「私だって同じだ。その前にガソリンを入れるぞ」
冬子は近くのガソリンスタンドに車を停めた。そして、運転席の窓を開けた。
すると、ヒスパニック系の店員がニッコリした笑顔で迎えた。
「はーい、いらっしゃい。へぇー、ガソリン車は珍しいね。最近は7割が電気だからさ。お客さんは日本人? これ、日本車でしょ?」
「ええ、そうです。この車は趣味です」
「へっー、かっこいいね。日本は戦争勝っただけあって、最近は景気がいいね。最近は日本人の観光客も多いよ」
冬子の愛車は130年前に発売された車であり、日産が作ったスカイライン2000GTRと呼ばれる日本車の名車である。通称ハコスカだ。2100年頃ではクラシック車として、マニアの間でプレミア価格がついている。そもそも、この時代は電気自動車ばかりであった。なので、ガソリンもかなり高い。だから、ガソリン車を乗る奴は金持ちか車好きの道楽者だけだ。冬子は後者にあたる人間だ。
冬子はガソリンの値段を聞く。
「今日は1リットルいくらですか?」
「えーと、360ギルだね。日本レートで360円」
ギルとは世界共通の電子マネーだ。世界で100国以上の国で使えるのだ。もちろん紙幣も作られている。
「はあー、高いなあ。とりあえず、10リットルでお願いします」
そう言って、冬子はスマホを取り出して、赤外線通信で支払をすませた。
「はい、毎度ありがとうございます」
「はーい」
こうして、ハコスカはガソリンスタンドを後にした。
冬子は残りの所持金が6400ギルしかない事に腹を立てていた。これは相棒のナツが金を使い込んだからである。
「あのさぁ、昨日まで30万ギルあったけど、ナツが全部カジノで使ったから今月はピンチだよ。ねえ、聞いている?」
ナツと呼ばれている少女は、赤毛が特徴の美少女であり、年齢は10代半くらいに見える。可愛い顔に似合わず、派手なスカジャンを着こんでいた。
逆に冬子と呼ばれる黒髪の少女は、長身痩躯でショートカットの大人っぽい少女である。白いタンクトップに、黒のパンツスーツに身を包んでいた。
ナツはポテトチップスを口からこぼしながら言った。
「でも、仕方ないだろ? ギャンブルは負ける事もあるし……。モグモグ」
「おいおい、シートを汚すなよ。大切な車だぞ」
だが、ナツは構わず、ポロポロこぼしながら喋る。
「っていうか、この車を売れば結構金になるぜ。プレミア価格がついているんだろ? 売っちゃえ、売っちゃえ。電気自動車にすれば安く済むぜ。それで、飯を食いに行こう」
「ふざけんな、私の大切の愛車だから売らないよ」
「今は全自動運転の時代だぞ。こんなマニュアルのポンコツ車なんてダサいぜ。それにエンジン音がうるさいだろ、この車?」
「分かってないな、そこがいいんだよ。女のロマンだ。それより、スマホで新しい賞金首を探してくれよ。まずは明日からの生活費を考えようよ」
そう言うと、ナツはポケットからスマホをゴソゴソと取り出した。慣れたように操作して、賞金稼ぎサイトのワイルドバンチにログインした。
画面に世界中の賞金首のリスト一覧が表示される。地域や金額などを設定して、自分の捕まえたいレベルの賞金首が検索出来る。ちょっとした出会い系サイトを連想して頂ければ分かりやすいだろう。
ナツはスマホを操作する。
「おい、冬子。日本でブラック企業の社長が2000万ギルの賞金首だってよ。過労死した遺族が集まって、破格の値段がついたみたいだぞ。これにしようぜ」
「おいおい、日本で探しても意味ないだろ。今いるメキシコで探してくれよ」
「だって、冬子の国だろ。日本に興味があったから調べてみたぜ」
すると、冬子は少し悲しそうな顔で言った。
「そんな良い国でもないさ……」
その理由はおそらく、第三次世界大戦後に日本の治安が悪くなったからだろう。多数の移民を受け入れた日本は、移民に紛れた犯罪者達に多数の被害を受けていた。その犯罪者達は、移民労働組合と呼ばれるNPO団体を作った。
表では人権差別のデモをして、裏では生活保護の不正受給など、理由をつけては日本政府から金を搾取した。その結果、日本国内では経済が悪化してしまった。だから、日本で儲かっているのは一部だけだ。100年前の平成時代となんら変わりない。
「ねえねえ、日本人ってさぁ、冬子みたいに仕事になんで真面目なの? 働いて死ぬのってアホじゃないか?」
「ああ、労働が美徳みたいな価値観はあるな。昔からそうらしい」
「ふーん、変わった国民性だよな。俺は遊んで暮らしたいぜ」
「それは、日本人に限らないと思うけどね。みんな、そう思ってるよ」
ナツが窓の外を見て呟く。
「もう、夕暮れだな」
「ああ、もうこんな時間か……」
外の風景は夕日が差し掛かり、荒野に神秘的な赤色が広がっていた。冬子は夕日が眩しいのでサングラスをかけた。
冬子は夕日が沈む前に仕事を決めたかった。だから、冬子は子供を叱るように大声を出す。
「ナツ、いいから仕事探せ。じゃないと、本当に明日から野宿になるよ。大体、ナツがそうやって、楽をすることを考えるから金に困るハメになるんだぞ」
ナツは不貞腐れながらスマホを叩く。
「あっ、これはどうだ? メキシコマフィアのボスが載っているぞ。賞金額30億ギルだぜ。一生遊んで暮らせるぜ。しかし、悪そうな顔だなあ……何千人も殺しているな」
「ナツはバカだなあ。そんな大物を殺したら、私達はメキシコから生きて出られないよ。小物を狙って、小銭を稼ぐのが私達の仕事の仕方さ。さっさと他を探せよ」
ナツは不満そうな顔をしていた。
冬子はそれを見て、このままだと仕事が決まらないので、自分で探そうと決めたのであった。とりあえず、ウインカーを出して路肩に車を停めた。ナツはその行動に驚きの表情を見せた。
「冬子、どうしたトイレか? 小さい方か? それとも……」
冬子は質問には返事はしなかった。無言でナツからスマホを取り上げて、手頃な賞金首を探しはじめた。
「えーと、地域を指定して、金額を設定して……よし。これがいいな、うん」
冬子はナツにスマホを見せながら言った。
「ナツ、この仕事で決まりだ。ここから100キロ先に教会がある。盗まれた黄金のマリア像を取り返す仕事内容だ。200万ギルで賞金もいい」
「おいおい、高級ホテル泊まったら、1週間も持たないぜ。だからさ……」
冬子は言葉を遮る。
「おい、ワガママ言うなよ。もう、1万ギルもないんだぞ」
ナツは両手を多く広げて、政治家のように反論した。
「ねえねえ、目標が高く持った方がいいと思わんかね? 冬子くん。そもそも賞金は……ぐだぐだ」
冬子は首を左右に振りながら反論した。
「うるさい、うるさい、そんな時間も金もありません。この仕事で決定です。ナツの意見を聞いていたら餓死しちゃうよ。いつも、だいたいさぁ……」
「はい、はい。分かった。分かった、いちいちキレるなって。それでいいですよ」
「はっ? 別にキレてないけど? ナツがふざけるからだろ」
ナツは冬子がキレそうなので、素直に謝った。冬子を怒らせると面倒なのを知っていたからである。
「ごめん、分かったよ。ゴメンって……ゴメン」
どうやらナツが納得したので、冬子は依頼主にメールを送った。
賞金首サイトのワイルドバンチはシンプルなシステムだ。
賞金稼ぎが依頼主にメールを送る。依頼主が賞金稼ぎのプロフィールを見ると、特技や使用できる武器などが記載されている。他にも、今までに捕まえた賞金首の一覧などが載っている。依頼主はそれらの情報を元に、仕事を依頼する賞金稼ぎを選ぶ。
依頼主が仕事を任せられそうと判断すると、賞金稼ぎへ採用メールが送られてくる。
そこには採用証明書(採用通知)というものが添付されてくる。賞金稼ぎを捕まえた時に、採用証明書がないと賞金額がもらえなくなってしまうのである。これで契約が完了する。
承認されなかった者には、お祈り証明書(不採用通知)が貰える。その場合は、賞金稼ぎは別の仕事を探す事になる。小物の賞金首を捕まえて、実績という職歴を作る事が重要である。実績が多いほど、大きな仕事を任される可能性が高くなるのだ。完全に実力勝負の世界であった。
ナツはお祈り証明書(不採用通知)が来る事を祈っていた。
なぜなら、賞金額の高い賞金首を捕まえて、贅沢をしたいからであった。正直、こんなショボイ賞金首を捕まえたくなかった。なので、ナツは助手席で両手を合わしてブツブツ呟いていた。
「落ちろ、落ちろ、落ちてくれ……」
冬子はそれを蔑んだ目で見ていた。なんなんだコイツは……という目である。
それから、運転席の缶コーヒーを一口飲んだ。
冬子は夕日を見ながら、私達の実績なら受かると確信していた。今までに、合計金額5000万ギルの仕事は成功させてきた実績があったからである。ナツと冬子はコンビを組んで1年程になる。その間に12人の賞金首を捕まえて来た。
2人は息がピッタリであり、それぞれに特技もある。
ナツはカポエラの達人だ。軍用ブーツには鉄板を仕込んであり、キックの威力は通常の3倍近くのパワーがある。ブーツには他にも武器を仕込んでいる。赤ボタンを押すとブーツの底から、ローラースケートのようなタイヤが出る。青ボタンを押すと、バイクのようにタイヤが自動回転して走る事が出来る。
また、冬子は拳銃の腕前が一流なのだ。
愛銃はスミス&ウェッソン社のM629のリボルバー拳銃を愛用していた。ステンレス製で手入れもしやすく、44マグナム弾も撃てるのが特徴である。銃の腕前もオリンピック級で、50メートル先のコインを撃ち抜く事が出来た。
2人の実力は上位の賞金稼ぎに入るレベルであるが、経験が浅いので業界では新人扱いであった。しかし、依頼の成功率は100%であるので評判は高い方であった。
2人はスマホで時間を潰していた。車内ではナツはゲームをしており、冬子は料理のサイトを見ていた。
1時間後に依頼主からメールが来た。ナツはスマホを確認した。
「冬子、採用証明書(採用通知)が来たよ。合格みたいだな」
「おう、やったじゃん。頑張ろうよ」
「ふっ、分かったよ、今回はこれで我慢してやるぜ」
ナツがあっさりと了承したのは、採用辞退すると経歴に傷がつく為であろう。そうなると、次から採用される可能性が低くなってしまうのである。2人はメールの内容を確認した。まずは、教会に足を運んでほしいという内容が記載されていた。
依頼主はルビーという名前のシスター。
盗んだ賞金首の名前はマリン。(名前のみ公開)
内容は盗まれた黄金のマリア像の奪還。
賞金額は200万ギル。
シンプルな仕事内容である。詳しい仕事内容は、会ってから教えてくれるという事だった。
冬子はギアチェンジをして、愛車を教会に向かって車を走らせた。