第79章 ファーストキス
俺と冬子は新宿の花園神社にいた。冬の新宿の街並みは、クリスマスのイルミネーションで輝いていた。つまり、今日は12月24日だ。
俺は天王洲会が主催するクリスマス会を手伝っていた。なんでも、ヤクザのイメージアップの為に、地域の子供にお菓子を配るらしい。俺の仕事はそのプレゼントをガキに配るサンタである。スゲー面倒な上に、生意気なガキ相手に、死んだ目で愛想笑いをしないといけないのだ。
冬子いわく、居候だから協力しろとの事だ。それと、ヤクザの印象を与えない為に、若い女がサンタをやる事になっているみたいだ。いつもは、コンパニオンを雇うみたいだが、今回は抗争で金を使いすぎたので、経費削減で雇わないらしい。そこで、暇人の俺と冬子だけで、プレゼントを配る事になった。
俺は思わず呟く。
「なんで、俺様がこんな仕事を……」
「ナツ、文句言わないで手を動かす」
「はい、はい……」
俺達の前には長机があり、そこにはお菓子の袋が沢山置いてある。それを近所の子供に渡すだけの仕事だ。楽だけど帰りたい。それと恥ずかしい事に、ミニスカサンタの恰好で、お菓子を配らないといけないのだ。これって、セクハラだろ?
俺の目の前には、無駄に元気のあるガキ達が長蛇の列を作ってくる。こいつら、無料だからって、厚かましい態度だし、ロクでもねえ大人になるぞ。もう、うんざりだぜ。
しかし、冬子は営業スマイルで、小さな女の子にプレゼントを渡した。
「はい、気を付けて帰ってね」
「うん、お姉ちゃんありがとう」
すると、冬子は小さい女の子の頭をなでた。けっ、保母さんかよ。
俺は冬子に悪態をついた。
「家族が死んだばかりだろ? よく、そんな笑顔が作れるな……」
「ああ、いつまでも落ち込んでいられないよ。それより、プレゼント配れよ」
「はい、はい……」
俺は冬子が落ち込んでいると思ったが、この様子なら安心そうだな。
そう思っていると、俺に生意気そうなガキがプレゼントをねだってきた。
「早く、プレゼントくれよ」
俺は不貞腐れた顔でプレゼントを渡す。
「はいはい、どうぞ。貰ったら、さっさと帰れ」
俺がそう言うと、そのガキは舌打ちをして、長机の下に潜り込んだ。なんだ、このガキ何をするつもりだ?
そして、俺のスカートをまくり上げた。
「やぁーい、シマパンだ。色気ねえなぁ」
俺はガキの頭にゲンコツを食らわした。
すると、ガキが泣き始める。
「うわぁーーん。この外人の姉ちゃんがイジメたぁー。うわぁーーん、うわぁーーん」
「大人だったら、ぶっ殺しているところだぞ。さっさと消えろ」
その瞬間、冬子が俺の頭にゲンコツをした。一瞬、脳みそにカミナリが落ちたかと思った。
そして、俺はしゃがみながら痛さで呻く。
「ごごご、痛っ……。つーか、俺悪くないっしょ?」
そして、冬子は上から見下ろす。
「ナツ、ガキ相手にマジになるなよ」
「これ、アメリカならセクハラだぜ。億は貰う案件だ」
「分かった、分かった。もう、いいよ。あとは休んでいろよ」
「ちっ、そうするわ」
俺はそこから離れた。ふと振り向くと、冬子は俺が泣かしたガキをあやしていた。まったく、お人好しな女だぜ。長あれでは生きできんな、この狂った世界じゃ……。
俺が神社の近くでサボっていると、いつのまにかクリスマス会は終わったみたいだ。あとは、今日は予約しているホテルに帰るだけだ。
俺は冬子に声をかけようとしたが、天王洲会の子分達と話していたので、邪魔をしたら悪いと思った。もう、明日には日本を発つ予定だからな。最後に会話をしておきたいのだろう。もしかしたら、海外で死ぬ可能性もあるしな。最後の晩餐ってところだ。
俺はスマホゲームで時間でも潰すとするか……。しばらくすると、冬子がヨロヨロな状態で歩いてきた。そして、顔が赤く妖艶な表情をしていた。
冬子は呂律が回ってなかった。
「なぁーちゅー、お待たしぇー。ほてるにぇ、かえろぉー」
「おい、酔っぱらっているのか? 何を飲んだんだよ?」
「あまじゃけぇー、甘酒だよ。あ・ま・ざ・け……」
甘酒? ああ、あのガキの飲み物か。俺もさっき飲んだけど、全然酔わなかったわ。これで、酔っぱらうって、どれだけ酒が弱いんだよ。小学生かよ?
それから、冬子は俺に抱き着いた。
「ナツ、帰ろうぉー」
「おっ、おう……」
うーん、悪い気はしないな。俺は仕方なく、肩を貸してホテルまで連れていった。サンタがサンタを連れているので、変な光景に見えなくもない。かなり、恥ずかしい。
俺達はホテルまで着くと、フロントでチェックインをした。すぐに部屋に入ると、ベッドが2つあった。俺は冬子をベッドの上に乗せた。さてと、俺はシャワーでも浴びるとするかな。汗臭いので、サッパリしてから寝たい。
その瞬間、冬子が起きあがり、こちらに近づいてきた。なんか、いつもの様子と違って、エロい表情だ。そして、俺は壁まで追い込まれる。すると、冬子は壁ドンをしてきた。少女漫画でしか見た事なかった光景だ。
俺はその状況に、心臓が飛び出しそうになる。それから、冬子が顔を近づけてきて、無理やりキスをしてきた。すると、お互いの唇が触れ合い、すぐに冬子の舌が侵食してきた。
俺と冬子の口の中で、お互いの舌が絡み合う。うげっ、ヤバっ……。スゲー気持ちいい。これがキスかよ、初体験だわ。しかし、こんなんがファーストキスでいいのか?
それにしても、冬子が理由もなくこんな事をするか? おそらく、冬子が酔っぱらって、誰かと間違えているのかもしれない。俺はこう見えても、結構純情な女だ。他人と間違われてのキスなんて、プライドが許さないぜ。
だけど、冬子にギュッと抱きしめられて、キスされると抵抗できない。俺の方が腕力はずっと上だけど、頭から子宮にカミナリが落ちたように、体が硬直してしまい一歩も動けなかった。
いや、動きたくないのだ。正直、凄く幸せな気分で、このまま時間が止まってしまえばいいと感じる。ああ、なんか恋人気分で最高だ。もっと、色々してほしい。
だが、しばらくすると、冬子は俺の唇から離れた。俺は下に目線を移すと、床には大量の唾液が落ちていた。まったく、はしたない。それから、冬子は俺から離れて、ベッドの方に歩き出した。
俺は腰が抜けてしまい、床に座り込んでしまった。なんか、頭がフワフワになり、女に生まれて良かったと思えた。今まで、好きな人と心中とか、アホらしいと思っていた。しかし、今ならこういう気持ちが少しわかる。
あれから、冬子はベッドに入ってしまい、少しも動かなくなってしまった。酔っぱらって、そのまま寝たのだろう。おそらく、冬子は明日の朝には、キスの件を忘れているだろう。俺にはそれが、ちょっと寂しく感じた。
それはともかく、俺も冬子のベッドに入りたいと思った。今日は誰かのぬくもりを感じたいのだ。ぶっちゃけ、シャワーも面倒だな。冬子もシャワー入ってないし、お互い様だ。そして、俺がベッドに入ると、冬子が胸に抱きついてきた。うぅ、カワイイ寝顔だ。もう、このまま、やっちまうか?
しかし、冬子の鳴き声が聞こえてきた。。
「シマ姉さん、ハコネごめん。真一、ノブオ爺ちゃん、網代オジさんもごめん……。みんな、助けられなくて、ごめんなさい、ごめんなさい……」
このバカ、本当は辛かったのか? まったく、カッコつけて強がりやがってよ。なんか、エロい気分が萎えてきた。クソ、初体験はおあずけだな。
俺は仕方なく、冬子の頭を優しく撫でてやった。
「いい夢でも見ろよ、相棒」
そうしている内に2人とも寝てしまった。あんまり、認めたくないが、俺は冬子の事が好きみたいだ。そして、これからも、ずっと2人で旅を続けたいと思った。
しかし、俺と冬子は自分達の過去に、運命を翻弄されるのだった。
日本編完結です。