第7話 精霊さん登場
「……はい?」
何を言われたのかわからなくなったわたしを許してほしい。ていうか本当に何をおっしゃりました?
アルベルトさんの瞳は真剣そのもの。どうやら嘘をついているわけではないらしい。
彼はなんと言ったか? わたしが魔法を使ってない? いやいや、そんなことあり得ないだろう。
「使って、ます……よ?」
言葉の意味がわからなくて歯切れが悪くなる。
それでも魔法を使ってないなんてあり得るはずがない。ならばわたしが今まで使用してきた力はなんだというのか。タネも仕掛けもない手品なんて信じませんよ。
「あー……なんつーのかな。いや、はっきり言うべきか」
少しだけ口ごもったけれど、アルベルトさんは再度口を開いた。
「エルちゃんが使っている力は魔法じゃなくて、精霊の力なんだ」
「え?」
精霊の力? この世界に来てから初めて聞くんですけど。
わたしの頭の中に疑問符が浮かび回っている。
今のところわたしが使っている力。魔法だと思っていた力。
四大属性の下位魔法。それがわたしの魔法の実績だ。それはわたしの両親が証明してくれる。「こんな小さいのに下位魔法が使えるなんて天才だ!」って言ってたのだから。
でも、それはアルベルトさん曰く違うらしい。
イメージによって魔力を操作してできていた奇跡。それは魔法ではなく精霊の力。つまり、わたしの力じゃない?
わたしの動揺が出たのか、アルベルトさんは顎に手を置くと頷いた。
「ちょっとエルちゃんと話がある。二人っきりにしてもらっていいか? なーに息子さんのことはなんとかするから安心してくれ」
「あ、ああ」
かろうじて返事したのがベドスだったというのはわかった。
わたしはアルベルトさんに手を引かれるまま家を出た。適当な広場で彼と向かい合う。
「風が乾いてら」
アルベルトさんがパタパタと手を振る。それだけのことでひんやりとした風が頬に当たった。何か魔法を使ったのだろう。乾燥していた空気に湿り気が加わった。
彼はふぅ、と一息ついた。
「さっき、キミの体に巡る魔力の流れを見させてもらった」
そんな言葉から始まった。
「魔法ってのは大気にあるマナを自身の体に取り込んで変換するんだ。エルちゃんの場合、そういった過程をすっ飛ばしている。だから自分で、いや、自分の体の中で感じられるものはなかっただろ?」
「え……と」
わたしが感じていたこと。どうだった? 魔法を使っていた時の感覚を思い出す。
わたしの場合、杖を使って呪文を唱えていた時。イメージして魔法を行使した時。いずれも自分の中で魔力を感じたとか、確かにそういうのはなかった。
わたしができるできないを感じるのは結果だけだった。魔法ができたかできなかったかはすべて目で見ての判断であった。いや、何かが起こるという予兆は感じていた。けれど、それは自分の体の中に感じるものではなかった。
わたしが感じているのはいつだって外側のことだった。
「……なかった、です」
アルベルトさんは神妙に頷いた。
「まあ精霊使いなんて稀だからな。周りの奴等が気づかなかったからって責められないな」
「わ、わたしがやってきたことって……?」
「あーっと、安心しろよエルちゃん。別に精霊使いがダメってわけじゃないし、キミが魔法を使えないって意味でもない。ただ今はやり方がわかってないみたいだし、区別もついていない。ただそれだけだ」
「……」
つまり、わたしは何をすればいいのだろうか?
そんな不安が顔に出ていたのだろう。彼はニヤリと笑ってみせた。
「大丈夫だよ。エルちゃんの願いは叶う。こいつがいればな」
アルベルトさんがそう言った瞬間だった。彼の背中から小さな女の子が唐突に現れた。
「ぴゃっ!?」
驚きのあまり変な声が出てしまった。
女の子はとても、とてもでは足りないほどに小さかった。赤ちゃんよりも小さい。手のひらサイズの女の子がアルベルトさんの肩に乗った。
何この子!? 親指姫? んなわけないか。
手のひらサイズの女の子は灰色の髪をおさげにしていた。眠たげな目がわたしを見つめている。白いワンピース姿で、サイズ以外は人間の女の子に見えた。
でも小さい。とてつもなく小さい! 絶対これ人間じゃないよね!?
わたしがあんぐり口を開けて驚いていたからか、アルベルトさんはケラケラと笑う。
「いやー、いい反応だよエルちゃん。でも、やっぱりこいつが見えるんだな」
「見える?」
まるで見えないのが普通とでも言わんばかりだ。
じーっとわたしを見つめていた女の子が口を開く。
「あーしが見えてるなら適性は充分なの。あーしはアウスなの。よろしく、ニンゲン」
「え? ああ、わたしはエル・シエルです。よろしくです」
名乗られたので名乗り返してしまった。まあ悪い子でもなさそうだしいいんだけど。
「アウスはただの小さい女の子じゃないんだぜ。こう見えても精霊。それも大精霊だ」
「大精霊?」
今まで精霊の存在すら知らなかったのに大精霊なんて言われてもわからない。普通の精霊よりも上の存在ってことなのか?
「精霊にもいろいろあってだな。エルちゃんが頼っている精霊は微精霊。大気にたくさん存在する自我を持たない精霊だ。まあ空気みたいなもんだから精霊っても格が高いわけじゃない。その点この大精霊は自我を持った精霊で力だって微精霊の比じゃない」
「つまりあーしは偉いの。崇めるがいいの」
えっへんと胸を張るアウスだった。頭を撫でてあげたくなるな。
「あのウィリアムって子の症状は悪そうだ。たぶん、並の治癒魔法じゃあどうにもならないだろう。その点精霊の力ならなんとかできる」
断言するアルベルトさん。その力強さに安堵感が広がる。
「じゃあ、アルベルトさんが助けてくれるんですね?」
「いや、やるのは俺じゃない」
「え?」
わたしの期待が一気にしぼむ。この流れで首を横に振るアルベルトさんが信じられなかった。
「やるのはキミだよ、エルちゃん」
続く言葉にさらに信じられなくなる。
「え、いや、だって……」
てっきり助けてもらえると思っていたので口がうまく動かなくなる。
でも、彼は優しく微笑む。
「言っただろう。キミが使っているのは精霊の力。エルちゃんには精霊使いとしての素質がある。アウスが知覚できるのがその証拠だ」
アウスを見る。眠たげな目とバッチリ視線が合う。ぐっ、と親指を立てられた。
「あーしが保証してあげるの。エル、あーしと契約するの。そうすればニンゲンの一人や二人、簡単に救ってやるの」
「え、ええっ!?」
こ、この展開はなんなんだ!?
わたしが今までやってきたのは自らの魔法じゃなくて精霊の力だった。それだけでも驚愕ものなのに、いきなり大精霊とやらに契約を持ちかけられている。本当にどうなってんの?
緊張で渇いていた喉を唾を飲み込むことで潤す。ごくり、と思いのほか音が大きくてちょっと恥ずかしくなった。
「で、でも、このアウスって精霊は、アルベルトさんが契約してるんじゃ?」
「してないよ」
アルベルトさんはあっさりと答えた。
え? じゃあなんで大精霊さんがあなたにくっついてんですか? そんな疑問が顔に出ていたのだろうか。彼はさっきと同じくあっさり答えてくれる。
「俺はこいつと契約してくれる精霊使いを探してたんだ。まさかこんなところにキミのような才能に溢れる子がいてくれてラッキーだったよ」
アルベルトさんはそう言って笑う。それは楽しげであった。
「さあ、アウスの力が加わればキミの願いは叶う。少年の命を救うことも、枯れた土地から食物を生み出すことだってできる。大地を司る精霊の力が必要だろう?」
わたしは頷くことしかできなかった。
その通りだ。今すぐわたしには力が必要だ。それは人のためであり、自分のためだった。
「契約ってどうすればいいんですか?」
「手を出すの」
「こう?」
手のひらを上に向けて差し出すと、アウスがちょこんと飛び乗ってきた。重さも何も感じない。手の上にいるはずなのになんの触感もなかった。
アウスは目を閉じると何やら精神統一でもするかのように静かになる。しばらく眺めていると、ふんわりとした柔らかそうな光が彼女を包む。
「へ、あれ? わっ!?」
光に包まれているのはアウスだけじゃなかった。わたしも全身光っている。
て、天に召されるわけじゃないよね!? 暴れ出したい衝動を必死で押さえる。きっとこれが契約とやらに関係しているに違いない。
「契約完了なの」
どれくらいじっとしていたのか。体が固まって石像になる前にアウスから声がかかる。どうやら終わったみたい。
「ふぅ、俺も肩の荷が下りた気分だよ。さあ、早く少年の元に戻ろうか。次はうまくいくはずだぜ」
「は、はい」
半信半疑のままベドスの家へと戻る。
大精霊と契約したと言われても全然実感が湧かない。力が漲る感じもないし、正直何が変わったかなんて自分のことながらわからなかったのだ。
それでもアルベルトさんができると言うのだ。命の恩人の言うことは聞いてみようと思う。
「あ、戻ってきやがった。本当に大丈夫なんだろうな」
ベドスの家に入るとバガンに睨まれた。この人のことだからイライラしながら待ってたんだろうなぁ。
「もう一度息子さんを見せてもらっていいかな」
「は、はい。どうぞ」
ベドスの奥さんが恐縮しながらも奥へと通してくれる。ベドスはずっと黙ったままだ。彼が緊張しているのはわたしでもわかった。
再びウィリアム少年の傍に寄る。相変わらずの整った顔立ち。じゃなくて苦しそうな表情だ。
アルベルトさんを見れば優しく頷いてくれた。
今度こそなんとかなる。わたしは一度深呼吸してから集中する。
「あーしが力を貸すの。今のエルなら感じられるはずなの」
わたしの肩にアウスが乗った。後ろにいるベドス達からの反応はない。やはり精霊使いにしか見えないということなのか。
そんなことよりも集中だ。目をつむれば真っ暗。しばらくすると黒が増してきた。深淵の底に入ったような気分になる。
あっ、と声が漏れそうになった。
ウィリアム少年に巡る何かが感じられる。それは血液のようであり、それとは別の物だとすぐにわかった。
「魔力の流れなの。それを滞らせているものがわかる?」
アウスの声に従う。その滞らせるものとやらを探し、見つけた。
ウィリアム少年の下腹部の辺りに何か黒い靄みたいなものを感じる。つまりこれが病原体ってことか?
「見つけたようなのね。後は任せるの」
アウスがそう言うと黒い靄が徐々に消えていく。どういうことをしているかはわからないがアウスが治療してくれているようだ。
そして、それは間もなく終わった。
ウィリアム少年の魔力の巡りは全身滞りなく行われている。これが正常に戻ったってことでいいのだろう。事実、彼の苦しそうな表情はすっかり消え失せていた。
「成功、しました」
わたしの言葉の後、しばらく沈黙が続いた。けれど、ベドスの喝采をかわきりに一気に大人達は大声を上げた。
騒がしくなって実感する。
わたしは、初めて人の役に立ったのだ。




