第6話 お医者さんごっこしてるわけじゃないんだよ
ようやく帰ってきた。我が領地。
「こりゃまたさびれた村だなぁ」
と、アルベルトさんの感想である。とても正直なお言葉ですこと。
簡素な村だ。まばらに家々があるけれど、どれもボロっぽいというか。家を見ただけで貧乏だというのがわかってしまう。
まずはベドスの家へと向かう。
他と同じような小ぢんまりとした家がベドスの住まいだった。
「お帰りなさいあなた。今回の仕事は遅くなるんじゃなかったの?」
なんか美人の嫁さんが出迎えてくれた。なんてこった。ベドスさんは勝ち組ってやつですかい? マジ?
少しやつれているものの、柔らかい微笑が似合う美人さんだ。歳は三十前後といったところだろうか。ベドスがけっこうなおじさんに見えるので歳の差が離れているように思える。
ベドスこの野郎。奥さんがこんな美人だなんて聞いてねえぞ。
男の嫉妬を受けそうなベドスから申し訳なさそうな視線を送られる。ああ、奥さんにはわたしを誘拐することは秘密だったのか。当然だろうけど。こんな人の良さそうな奥さん相手に悪事を白状できないか。
ふぅ、と息を吐いてその視線に了承する。
「すみません奥さま。お仕事はわたしのワガママで中断させてもらったのです。あ、申し遅れました。わたしの名前はエル・シエルです」
「えっ!? もしかして領主様の娘の……?」
「その通りです」
「ま、まさかこんなところに来るなんて……、す、すみませんっ。貴族様が来るような綺麗なところじゃなくて……」
「ああ、お構いなく」
奥さんすごくうろたえてるぞ。なんか初めて貴族扱いされたかも。新鮮な反応ですな。
わたしは断りを入れて家の中に上がらせてもらう。ぞろぞろと男三人とかわいい女の子一人が家の中に入って奥さんのうろたえ方があわあわした感じになってきた。この人かわいいな。
「子供さんが病気で伏せていると聞きました。よければ診せていただいてもよろしいですか?」
わたしがそう言うと、奥さんははっとしたようにベドスを見た。たぶんベドスがなんとかしてわたしにお願いしてくれたとでも思ったのだろう。真実はわたしを誘拐しようとしていたのだ、なんて言えない。
もちろんそれをわざわざ言う必要もないので黙ってるけど。ベドスも小声で「すまねえ」とか謝ってるし。わたし、気の利く女なもので。
奥さんの案内で子供の部屋に案内された。とは言っても小さい家なので案内される必要はなかったのだけれど。
「ウィリアム。領主さまのお嬢様が体を診てくださるそうよ」
ベッドに寝ている少年がいた。歳はわたしとそう変わらないだろうか。
近づいても反応がない。眠っているようだ。穏やかとは程遠い寝顔だ。苦しそうな息づかいが病気の深刻さを物語っている。
こくりと唾を飲み込む。いざやろうって時になったら緊張してきた。
「少し、触らせてもらってもいいですか?」
「どうぞ」
奥さんの了承を得てからベッドの傍まで寄った。少年の顔がよく見える位置になる。奥さんに似てなかなか整った顔立ちに見える。ベドスに似なくて良かったね。
すーはーと深呼吸する。手を伸ばして、ウィリアムの額に触れる。
汗ばんでいる。汗で冷えているせいかやけに冷たく感じた。
この世界に体温計なんて便利グッズはない。なくなって初めて気づく大切さ。体温は素人でもわかる検査の一つなんだけど、ないならないで自分の感覚を信じるしかない。
まあそれでも現代医療をする気なんてさらさらない。というか普通にできない。わたしは医者じゃないんだよ。
それでもウィリアム少年を診るのは遊びなんかじゃない。
わたしが信じている力。それは前世の知識などではなく、この世界で培ったわたしの力だけだ!
魔法。前世になくて、今のわたしに与えられた力だ。この力なら信じられる。
わたしはイメージする。いつも通りにイメージだ。彼の体に魔力を通す感覚。
この魔力で病原体とやらを潰してやる。それで解決。ウィリアム少年は元気に復活だ。
イメージ、イメージだ。彼の体の奥。それをイメージするのだ。
「……」
わたしは頭の中で唸る。周りの大人連中は固唾を飲んで見守っている。
うんうん唸る。部屋には静寂が広がっていた。わたしも唸るのは心の中だけなので本当に静かだ。
「……」
……。
…………。
………………………………。
………………………………………………………………な、何も感じねえっ。
今まで魔法を行使する時には火なり水なり風なり土なり、魔力が通り動いている感覚があった。
けれど、この少年からは何も感じない。魔力が通っている感じがしない。
つまりはどういうことか? ウィリアムに魔力がないということなのか?
くそっ。魔法の訓練はずっと一人でやってきた。その中で人の魔力があるなしなんてあまり考えてなかった。
誰にでも魔力はあると思っていたけれどそうでもないってことなのか。もっとこの世界の人に触れて観察しておくべきだったか。自分の考えの足りなさに舌打ちしたくなる。
どうしよう。わたしが使える魔法の中に回復魔法はない。魔力さえ感じてしまえればイメージでなんとかなると思っていただけに方法を思いつかない。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう! ほんとにどうしよう……!
わたしがウィリアムの額に手を当ててから動かなくなったものだから不審に思ったのだろう。大人達の心配が無言の中から聞こえてきた。
焦りばかりが募っていく。わたしの額から汗が滲んできた。
ここまで来て引き下がれるか! こんなのかっこ悪いにもほどがある。かっこ悪い……。
唇を噛む。何も感じない。何もわからない。それが悔しくてたまらない。
何もできないのか。わたしは何もこの子にしてあげられないのか。
「ああ、そうか」
誰かの言葉が聞こえた気がした。
それでもわたしの集中は揺るがない。だからといって何も変わったりもしない。
そんなわたしの肩に誰かの手が乗った。
「うひゃっ!?」
集中しすぎて思わぬ接触に変な声が出てしまった。うわー、恥ずかしい。
振り返ればアルベルトさんがいた。
「エルちゃん、ちょっといいか?」
「えっ、あ、はい」
正直どうしたらいいのかわからなくなっていたためアルベルトさんに声をかけられて助かった。
肩を掴まれたままアルベルトさんの方を向かされる。それから、ぺたぺたと顔やら腕やら触られる。
え? 何これセクハラ?
突然のことに体を強張らせる。他の大人もわけわからんといった感じに見ている。見てないで助けて!
「ふむふむなるほど。やっぱりか」
アルベルトさんはうんうんと頷く。
えー。何を納得していらっしゃるのでしょうか? 十歳の女の子の体を触って何を納得していらっしゃるのでしょうか!?
その答えはすぐに本人の口から聞くことができた。
アルベルトさんが目を合わせてくれる。吊り目だけど優しい目だ。
「エルちゃんさ、魔法使ってねえな」