第54話 ヒーロー現る
まん丸体型の男はわたしの目線に合わせるように膝を折った。
「チェスタス様」
「これくらいいいじゃないか」
すかさずクエミーから窘める声が飛ぶ。それでも男は気にした風はなかった。
ていうかクエミーが様付けしてるってことは偉い人なの? 勇者の血筋よりも偉い貴族ってどれほどなのだろうか。
「こほん、初めまして。僕はチェスタス・レピエイナ。よろしくね」
「……あ、わたしはエル・シエルです。こちらこそよろしくお願いします」
のほほんとした自己紹介に少々面食らってしまった。つーか何をよろしくするんだろうか。わたし捕まってるのに。
「すまないね。こんなところに一人で放置しちゃってさ。寂しくなかった?」
「は、はぁ……」
気の抜けた返事しかできない。
というかこの人は何者?
後ろで警戒するようにクエミーから厳しい目を向けられている。この男の人を守っているみたいだ。何もしませんってば。何もわかってないのに。
頭の整理が追いつかない。そもそもまだ状況を把握できていないのだ。なんで捕まっているかもわからない状態で下手なことは言えない。
こくりと唾液を飲み込む。下手なことを口にできないのだとしても、何か聞かないといけない気がした。
「あの、ここはどこでしょうか?」
「城の牢屋だね。もっと言えば魔道士専用の牢屋だよ」
「魔道士専用?」
「うん。魔法で逃げられないようにたくさん魔石を仕込んでいるからね。まあ一種の結界みたいなものだよ」
対校戦の闘技場と同じような魔石を使っているということだろうか。魔法で壁を破壊したりなんかはできないってことか。
というか思った以上に厳重じゃないか。もしかしてわたしって重罪を犯したのでは? わざわざ城の牢屋ってタダごとじゃないぞ。
いやいや、まさかそんなバカな。きっと何かの間違いだよ。うん。
「ふむ……」
チェスタスさんはわたしをじろじろと見つめる。そりゃもう頭の先から足先まで。拘束されているのでその視線から逃れる術はない。
なんだか落ち着かなくて身じろぎしてしまう。というかセクハラでは?
「あの……チェスタスさん? なんでしょうか?」
我慢できなくなってそう尋ねた。
雰囲気からして悪い人ではないと思う。きっと注意すれば女子に向けてはいけない視線だったと反省してくれるだろう。
「チェスタスさん……か。これはまた新鮮だねぇ」
え、反応するところそこ?
そんなに珍しい呼び方なのだろうか。もしかして普段は役職名で呼ばれてるとか? いや、そんなの初対面だからわかんないし。
それよりも状況把握。それからここから出してもらわなければ。
「あの、こんなところにいるってことはわたし何か悪いことしましたか?」
「……」
クエミーから無言のプレッシャーがきた。
いやいや、確かにわたしはディジーを守るために魔法でクエミーを妨害しましたともさ。だからって牢屋に入れることないじゃないか。
それほどまでにディジーが悪いことでもしたってこと? だとしてもわたしが捕まっている理由が見えない。
「ふふふふふ」
チェスタスさんが笑う。なんで?
疑問でいっぱいになっているわたしを見る目が細丸。確かめられているような、試されているような、そんな空気があった。
「今はまだ重要参考人ってとこかな。話を聞くまでは返すわけにはいかないの。悪いけど我慢してね」
空気に反して柔らかい対応である。
だが有無を言わせない力があった。それに少なくとも何か話を聞くまではここから出してくれる気はないらしい。
がっくりしているとチェスタスさんは「ちょっといいかな?」と尋ねてきた。早く解放してもらいたいので素直に頷く。
「ホリンは元気かな?」
これまた今は関係ないと思っていた名前が出てきた。
どう返事するかなんて迷うことなんてなく、わたしは反射的に言葉を返していた。
「ホリン? もしかしてホリンくんのことですか?」
「ホリンくんか……、親しいみたいだね」
「ええまあ……友達、ですから」
「そっかそっか。友達なんだ」
チェスタスさんは満足そうに笑う。いきなり空気が弛緩した気がする。
「ホリンくんは元気だと思いますよ。ちょっとぶっきら棒なところはあるけど良い人なんで」
「ぶっきら棒ね……。それはキミに心を開いているからじゃないかな」
「え?」
「あれが誰かに優しくなれるなんて考えていなかったからね。そういう態度はキミが気に入られている証拠だよ」
「そう、ですかね」
ちょっと照れる。仲良くしているのはわたしの錯覚じゃないんだ。そう思うと嬉しくなる。
「チェスタスさんはホリンくんとどういった関係なんですか?」
「あれは僕の弟なんだよね」
「え」
……似てない。
じゃないな。こんなところでホリンくんの血縁者の出現。状況が状況なだけにますます混乱しそうだ。
「えーっと……、わたしが言ってるのはホリン・アーミットのことなんですが。チェスタスさんとは家名が違いませんか?」
「そのホリン・アーミットで合ってるよ。あれだけは兄弟とはいえ腹違いだからね。知らなかったのかい?」
「ええまあ……」
腹違いだとしても家名は同じになるものじゃないの? 家庭の問題というのならわたしが突っ込めるものじゃないんだろうけど。
人の家庭になんて詮索しようだなんて思いませんし。そもそもうちも詮索されたい家庭ではないから。
チェスタスさんは膨らみのある顎をとんとんと叩く。そんな仕草をしばらく続けてから口を開いた。
「エルちゃんに質問」
「なんでしょう?」
「エルちゃんは僕が、というかホリンが王子だってこと知ってるのかい?」
「……はい?」
ん? あれ? なんだって?
「王子!?」
「あっはっはっはー。今更ー」
チェスタスさん……ていうかこの人も王子!? さんじゃねえよ様付けだろうが! バカかわたしは!
チェスタス様は腹を抱えてひとしきり笑うと立ち上がった。
「キミはそういうタイプなのか。わかったわかった。これは確かに信用ならないよね」
「あ、あの……?」
「田舎貴族とはいえここまで無知とはねぇ……。これは驚きだよ。うん、まあホリンの気持ちもわからなくはないかな」
うんうんと頷く。どういう意味? わたしに教えてくれる気はないようで、彼は足を出口へと向けた。
「僕はもう充分かな。この騒動だって君はきっと知らないのだろうしね。これ以上時間を無駄にする趣味は僕にはないんだよね」
声はわたしに向けられていない。独り言めいた声は、わたしへの関心がなくなったのだと表しているようだった。
遠のいていくチェスタス様を呼び止めなければならない。でないとわたしは悲惨なことになってしまう。そんな予感と呼ぶには現実味のある感覚があった。
「あ、あの」
わたしの声は驚くほど小さかった。
何が何でも呼び止めるのなら大声を出すべきだ。けれど何を口にすればいい?
未だに状況が掴めていないわたし。ホリンくんが王子だってことも知らなかった。教えてもらえなかった。
そんなわたしがチェスタス様の足を止めさせるのに必要な言葉を持っているのだろうか?
彼は足を止めない。付き従うクエミーもまた同様だ。
何か、何かないのか。
わたしの唇は無駄に開閉を繰り返すだけで、喉を震わせる言葉を発してはくれない。
結局、チェスタス様とクエミーが出て行くまで、わたしは何の言葉も発することができなかった。
※ ※ ※
ホリン・アーミットはマグニカ国の王子である。
正直、アルバート魔道学校での彼を見ていてその事実を知ることなんてできなかった。
わたしが言うのもなんだけれど、彼は他の生徒から距離を取られているように見えていた。
それは目つきが怖いからという理由かと思っていたのだが、もしかして違っていたのかもしれない。
王子だから距離を取られていた? いや、普通は逆だろう。貴族の集まりなんだから王子をチヤホヤするもののはずだ。貴族はとくに権力に敏感な生き物なのだから。
なぜそうなっていないのか。
わたしに身分を明かしてくれなかったことに関係しているのだろうか。
……いや、そもそもわたしが調べようとすらしなかった。王子くらい調べられたはずだ。ぶっちゃけ国王の名前がやっとで、他はまるっきり知らない。
ここへは魔法の勉強だけして、それが終ったら領地へと帰る。ただそれだけだと思っていたから、だから国の事情とか貴族の在り方とか、そういうのに興味が持てなかった。必要なんてないと思っていた。
なんて、言い訳してる場合じゃないな。
なんとなくだけど、わざわざチェスタス様がホリンくんの名前を出したのは彼が何か関係しているからなのではないだろうか。それがヒントに思えてならない。
学校でホリンくんと接点がある人を思い浮かべてみる。
「シグルド先輩とコーデリアさんかな……」
シグルド先輩とは犬猿の仲って感じだけど。コーデリアさんはわりと良好に想えた。
……うーん、わかるのはそこまでで何か答えが出そうってのはないな。
じゃあ他に目を移して、ディジーはどうだろうか?
彼女ならホリンくんが王子だってことは知っていそうだ。クエミーが勇者の末裔ということだって知っていたし。この国の事情にも詳しいのかもしれない。
だからってディジーとホリンくんに接点があったとは思えない。わたしが知らないだけかもしれないけれど、二人に何か関係性があるとはわたしの目線からは思えないのだ。
「誰か教えてよ~……」
両手を拘束されているため頭を抱えることすらできやしない。しょうがないから壁に頭を擦りつける。
背中からアウスの気配を感じるけど気づかないフリをした。あんなことを言った後なのに気まず過ぎる。
暗くて静か。それが牢屋だ。
案外眠れないもので、わたしは黙ったまま不安に押し潰されそうになっていた。
時間の感覚がわからなくなる。こんな状況だと腹も減らなくなるようだ。誰もいなくなってから空腹を感じていない。
「おーい。生きてるかー?」
その声はわたしの体中に響いた。
ばっと体を起こそうとして、うまくいかなかった。エビみたいにピチピチと跳ねながらもなんとか座った体制になれた。
「嘘……」
薄ぼんやりとした視界に移るのは、微かな光を宿した男性だった。
わたしはその人を知っていた。知っているなんてものじゃない。わたしの心に刻まれている人物だ。
その人はわたしの『救い』の象徴なのだから。
「助けにきたぜ。エルちゃん」
わたしのヒーロー。アルベルトさんがそこにいた。




