第52話 無知の結末
わたしとディジーはカラスティア魔道学校の敷地の外へと出た。
もう夜も更けている。人通りはない。あのおじさんの姿もない。
「結局あのおじさんがディジーのストーカーだったの?」
「ストーカー?」
しばし考える素振りを見せるディジーだったけど、ぽんと手を打った。
「うん。まあ似たようなものだね。悪い人だから捕まえなきゃいけないんだ」
「だね。……でももう逃げちゃったみたいだけど。全然姿が見えないよ」
ぽつぽつと照明魔法で明かりはある。それでも暗くて視界が良好とは言えない。
こんな中で一度姿を見失った相手を探すのは無理なんじゃないだろうか。逃げている相手ならなおさらだ。
なのにディジーは口角を上げる。
「ボクに任せて」
そう言って杖を振るった。
「――ウィザードアイ」
ディジーの杖の先からいくつもの球体が出現する。
ファイアボールではない。それよりもだいぶ小さな球体だ。それが淡い光を帯びてディジーの周りを漂う。
これは本で読んだことのある魔法だ。魔法によって疑似的な目を作り出し索敵する。移動する監視カメラみたいなものだと例えるとわかりやすいだろうか。
ダンジョンなどの魔物や罠が多い上に先が見えない場所で使えばその有用性はかなり発揮される。事前に何があるのかわかれば危険を前もって回避できるからだ。
とまあ、これが本で読んだウィザードアイに対するわたしの認識だ。
「行け」
ディジーの命令でいくつもの球体が四方八方へと飛んで行った。
もしかしてこれであのおじさんを探すつもりなのだろうか?
さっきのウィザードアイは十前後の数があった。映像が送られてくるにしてもそれだけの数を彼女一人で処理できるものなのか?
本で読んだウィザードアイという魔法は一つだけ作り出すのが普通だ。ゆえにこの魔法は『第三の目』とも呼ばれるのだ。
それを複数出してくるなんて、そんな発想すらなかった。それを考えたとしても複数の視点を正確に認識できるものでもないだろう。
それにこの魔法はかなり高度な難易度だ。ディスペルなどに分類される特殊魔法の一つだ。
存在を知っていてもわたしが使えない魔法でもある。まったくディジーの引き出しはどうなっているのやら。
ディジーは目をつむって意識を集中させている。邪魔にならないように静かにしておく。
「見つけた。富裕層の住宅地域に向かっているのか? 隠れ家があるのか……」
ディジーは目を開くと走り出した。いきなりのダッシュに置いて行かれないように慌てて後を追う。
「この目で捉えた以上逃がさない」
ディジーは走る。わたしはそれを追いかけるだけ。たぶん彼女を見失ったら迷うだろう。だって来たことのない道を通ってるんだもん。
持久力にはそれなりに自信を持っているわたしだけど、そろそろ疲れてきた。マラソンランナーだってびっくりなペースで走ってたから足の疲労がとんでもないことになっている。明日は筋肉痛を覚悟しなきゃならないだろう。
どれくらい走ったのか。わたしとディジーは富裕層の住宅街に足を踏み入れていた。
「こっちだ」
ディジーは迷うことなく進んで行く。彼女の目にはおじさんの姿がはっきりと見えているのだろう。
どこにいるのかわかっているからかその足取りに淀みなんてない。
逆にわたしは慣れない場所に少々戸惑っている。
貴族、それも大貴族が住むような地域だ。立派な建物ばかりだ。庭が広かったり塀が高かったりと様々な家が並んでいる。お屋敷って言った方がいいのかな?
貴族の威光とでも表現すればいいのか。そんなものに当てられた気分になって腰が引けてしまう。いや、わたしも貴族なんだけどね。
とはいえレベルが違うとしか言えない。ほら、門番が立ってたりしてるよ。うちじゃあ考えられないね。
なんでおじさんはこんなところに逃げたんだろうか。まさか実は貴族の偉い人だったとか? ストーカーがそんな人だったら嫌だなぁ。
「ここにいるみたいだね……」
ディジーが立ち止まる。後ろをついていたわたしも足を止める。
こんな高級住宅街にいるとマヒしちゃいそうだけどかなり立派な家だった。敷地も広そうで外周を走るだけでもいい運動になりそうだった。
門番がいないことだけが救いか。じろじろ見てたら怒られそうだ。
「これはまいったね……。他ならともかくここに手出しはできないな」
ディジーはらしくなく弱気発言をした。
いや、そもそも不法侵入はいけないことなんだけどさ。それが貴族相手ならどんな罪になるか想像したくない。
素直にストーカーがお宅に侵入してますよ、と教えてあげれば問題解決ではなかろうか。犯罪者を捕まえるためとはいえ無断で人様の家には入れない。
「うーん……。やっぱりこの中か。ただ単に逃走ルートにしてるだけかと思ったのに。誤算だよ」
ディジーは目をつむり悩まし気に唸る。
きっと瞼の裏にはおじさんの姿が映されているのだろう。見えているのに捕まえられないなんてもどかしい。
「む……」
ディジーが固まる。呼吸もしていないのか僅かな動きもない。
どうしたんだろう? 心配になっていると彼女は焦っているような速さでわたしの方に振り向いた。
「エル。すぐにここから離れるよ」
「え、どうしたの?」
答えを聞く前にドアが開く音が聞こえた。
音の方向はさっきまで眺めていた建物。つまりストーカーおじさんが逃げ込んだであろう屋敷からだった。
大きな玄関のドアが開いている。そこに人影があった。
「ん?」
見覚えのあるシルエットだった。
月明りで幻想的な輝きを見せる金髪をサイドテールにしている。意思の強そうな青い瞳がこちらを向いていた。
こんな夜更けでも間違えようのない美貌。最近クラスメートになった少女、クエミーがそこにいた。
彼女は一足飛びでわたし達の前へと降り立つ。その際にガチャンと音を立てる。よくよく見てみれば軽装程度の鎧を着用していた。しかも腰には剣まで差している。女騎士といった表現がよく似合う姿だ。
「まさかそちらから来てくれるとは思いもしませんでした」
いつも凛々しい瞳にきつさが混ざっているような気がする。
「えっと……、もしかしてここってクエミーのお家だったのかな?」
「ええ」
端的な答え。怒っているように感じるのは気のせいだと信じたいね。
とりあえずこんばんはってあいさつした方がいいのかな? あいさつがないから怒ってるんだよね? あいさつしないなんて失礼だもんね。あははー。
わたしの内心の焦りを感じ取ったわけではないんだろうが、ふぅとクエミーは息をついた。
「さて、ディジーといいましたか。私はあなたを捕らえよとの命を受けました。その意味はわかりますね」
「あらら、まさかこんなにも話が早いなんてね。もしかしてはめられたのはボクの方だったってことかな」
「それとエル・シエル」
「あっはい」
一向に話が見えない。疑問符でいっぱいのわたしにクエミーの言葉は衝撃を与えるのに充分だった。
「あなたは彼女の共犯者の疑いがあります。よって、その身柄を拘束させてもらいます」
「は……え?」
共犯者って何? 拘束って……?
意味が飲み込めない。なんとなく理解できたのは、わたしが何か悪いことをしたということだけだ。
……いやいやいや! わたし何も悪いことしてませんよ! クエミーは何を言ってるのか。意味不明だよ。
弁明をしようと口を開く。その時だった。クエミーの姿が炎に飲み込まれた。
「え……」
突然のことで反応できない。
クエミーが焼かれている。助けなきゃと思って炎に手を伸ばす。
「エル! 逃げるよ!」
「ディジー!?」
ディジーがわたしの手を取って走る。炎に包まれたクエミーとは逆の方向へ。
なんで? ディジーの横には炎の大精霊であるフレイがいた。
それでクエミーを焼いたのはディジーがやったのだと遅ればせながら気づく。
「な、なんで!?」
「今は黙ってて! じゃないとすぐに追いつかれる」
わたしの疑問は容易くシャットアウトされる。
急展開に思考が追いついていない。追いつく気すらしない。状況を知る手段がない。
頭が働かないのが返ってよかったのか。背後からの小さく風を切る音を聞き取ることができた。
「伏せて!」
「わっ!?」
わたしはディジーを押し倒した。瞬間、頭上に何かが通り過ぎた。
「魔法……ではないですね。一体何をしたのですか?」
後ろからクエミーがゆっくりと近づいてきている。炎に焼かれていたとは思えないほどまったくの無傷だ。焦げ跡すらどこにも存在していない。
それを確認したディジーがぎょっとしていた。まさか無傷とは思っていなかったのだろう。
「へ、へぇー……。別に無傷なんだから気に留める必要なんてないと思うよ」
「そういうわけにもいきません。もしあなたが忌み子だとしたら、それこそ放っておくわけにはいきませんから」
「誰が忌み子だ!!」
怒声。ディジーから発せられたとは思えないほどの怒りの感情が空気を震わせる。
彼女は立ち上がるとクエミーへと足を向けた。臨戦態勢を取ったのだ。
目を吊り上げてクエミーを睨みつけている。怒りの表情。ディジーは怒っていた。
「ディ、ディジー?」
なんだか怖い。いつもの彼女ではなかった。
あのひょうひょうとした態度を取るディジーとは思えない。対校戦でのハイテンションとは違う。それよりももっと醜い感情が露になっていた。
事実、彼女は感情的になっていた。
「やれ! フレイ!!」
炎の渦がクエミーを襲う。突如現れた炎にもクエミーは動揺を見せることはなかった。
ゆっくりとした動作で剣を抜き、振り抜く。それだけで炎の渦は掻き消えた。
クエミーの動作は簡単そうに見える。でも、大精霊の力を知っているだけにこの光景は異様でしかなかった。
「くっ、これが勇者の末裔か……」
「覚悟してもらいましょう」
クエミーがディジーへと迫る。ダメだ、と思った。
「やめてよ!」
わたしは叫びとともに土壁をディジーとクエミーの間に出現させる。
わたしの目の前での出来事のはずなのに、わたしの知らないやり取りが行われている。それがとてつもなく恐怖を煽る。
「ふ、ふふふっ! よくやったよエル!」
「あ……」
ディジーの姿が消えていく。まるで幽霊だったみたいにすーと消えていく。
まさか幻だったの? 辺りを見渡してもディジーはどこにもいなかった。
「……やってくれましたね」
……クエミーは幻じゃなかったみたい。
ゆっくりとわたしの方へと歩いてくる。そのゆっくり、ゆっくりとした動作が怖い。
「えっと……クエミー?」
わたしはへたり込んだまま立てずにいた。立てるような雰囲気でもなかった。
「いいですよ。ええ、別にいいです。どうせゆっくり話を聞かせてもらうのですから問題ありません」
とか言いつつも怒りの感情が見え隠れしている。
美人が起こると怖いって本当なんだよ。と、現実逃避してみる。
「あ、あの……。クエ――」
わたしの言葉の続きは許されなかった。
体に衝撃が走ったと同時、わたしの意識は暗闇へと沈んでしまったのだった。




