第48話 注目を浴びた代償
「それにしてもクエミー・ツァイベンとの模擬戦で精霊を使わなかったようで安心したよ」
「え? アウスの力に頼るのはダメなの?」
料理を口に運んでいたディジーの目がじとーとしたものになる。
「アルベルトから聞いていたはずだよ。みだりに精霊の存在を口にしてはならないとね」
「うっ……」
そ、そうだったかなー? というか領地ではバリバリアウスの力に頼ってたところがあるからなぁ。それもダメだったのかな。
「で、でもっ。ディジーだってこの間の対校戦でフレイを出してたじゃんか。あれはどうなの?」
「あれはいいの。もともと観客を守るための結界がいくつも張られてたんだ。あの中でなら力の源までは知りようがない。状況を見ても派手な魔法を扱ったくらいにしか思われないよ」
確信犯だったのか。だからあんなにもハッスルしてたのか。力を思う存分揮えるぜ! みたいな。
「別に魔法に疎い人相手ならいいんだ。たとえ魔道士相手でも大抵は精霊の力か魔法の力かなんて見分けがつかないだろう」
「じゃあ問題なんてないんじゃないの?」
「……わからないよ。勇者としての力を受け継いでいるクエミー・ツァイベンがどう見るのか。ボクには想像もつかない」
わたしは首をかしげる。
別に精霊の存在が知られたからって問題があるように思えない。というか普通ファンタジー世界なら精霊の存在自体は当たり前のように捉えているものだと思っていた。でもディジーの口振りからはそうは思えない。
ディジーの危惧していることはわからない。ただ、クエミーの前でアウスに出てもらうのは避けた方がいいっていうのはわかった。
「とりあえず、アウスを人前に出さないようにする。それでいいってこと?」
「ああ、それでいい。エルは物分かりがよくて助かるよ」
「それって褒めてるの?」
「さあ? どう思う?」
はぐらかさないでほしい。わたしのそんな願いも空しく、ディジーは話題を変えた。
「それにしても、対校戦の次は継承戦の話題が多くなってしまったね」
「次の王様を決める争いだっけ」
自分の国のことでなんだけど、ぶっちゃけ興味がない。前世でも選挙が始まってた時なんか誰になっても同じだろ、という考えの元、投票には行かなかったからなぁ。非国民とか言われても反論できない。
今回のその継承戦には前世の選挙みたいに投票もない。きっとお偉いさんが厳正に決めてくれるのだろう。国民はその結果を座して待つだけなのである。
そんなもんだからわたしは候補者の王子すら知らない。まあ王子っていうくらいだからかっこいい人なんじゃないの? といういい加減な認識である。
「興味なさげにしているけれど、エルにも関係のある話題だよ」
「え、なんで?」
「……興味ないのは否定しないんだね」
おっとしまった。
わたしは気を取り直して口元を拭く。
「それで、わたしに関係があるってどういうこと?」
「……継承戦にはいろいろと採点基準とやらがあるみたいでね。その中には人材の確保も入っているんだ。つまり、国の行事としてある対校戦での上位者は――」
「スカウトされるってことか」
なんとなしにディジーの言葉を引き継いでみる。彼女もとくにツッコむことなく頷いた。
「エルにもそういう話は来たんじゃないかい? なんたってその対校戦の優勝者はキミだからね」
首を横に振る。期待されて悪いがわたしにはそういった話はまだ来ていない。
「そうかい? アルバートだから返って遠慮でもしているのかな」
アルバートだからってなんの関係があるんだ? もしかして貴族のしがらみ的なことを気にしているという意味なのだろうか? だとしたらシエルに遠慮することなんてないでしょうに。
まあ実際にそういう話があったとしても断るけどね。堅苦しい王宮勤めよりも自由な冒険者にこそロマンを感じるね。
「ディジーはどうなの? スカウト来たんじゃない? なんたって準優勝者なんだから」
「ボクに勝ったキミに言われると変な感じだけど。でも、うーん……、どうなんだろうね」
「何その微妙な反応は」
「いや、ボクにもそんな話は来ていないのだけど。ただね、最近誰かに見られている気がしてね」
「え、何それ怖い」
それはつまりストーカーってこと? ディジーの美貌にやられちゃったってことなのか。
確かにディジーは美人だ。ミステリアスな雰囲気をかもし出しているし、胸が大きい(ここ重要)。ハスキーボイスが色気を出している。ファンができてもおかしくない要素はあるのだ。
「うん。たぶんエルが考えているようなことじゃないと思うよ」
なぜか頭の中が読まれていた。なぜだ。
「どういう意図なのかはわからないけれど、ちょうど対校戦が終った時期だからね。少し気にはなる。誰かが精霊の存在に気づいたという可能性もあるしね。エルも気を付けるんだよ」
「う、うん。わかった」
頷きつつもわたしはストーカー説がけっこうあるんじゃないかって思ってる。対校戦という大会であれだけ大勢の人の注目を浴びたのだ。中にはよからぬ考えを抱く人がいたっておかしくはない。
うーむ、わたしも何か協力した方がいいのかな。
とはいえあのディジーだ。自衛手段はあるだろうし、何より協力を申し出たら断られそうな気がする。むしろ自分の心配をしろ、とか言われそうだ。
さて、どうしたものか。
いくらディジーが強かろうと女の子だ。欲望丸出しのストーカー相手にいつも通りのすまし顔ができるとは限らない。
むしろあんまりな男の本性に身をすくませてしまうかもしれない。男とはそれほどに危険な生き物なのだよ(経験談)。
身をすくませたディジーに覆いかぶさる男。力づくで組み伏せられ、叫び声が響く。その先にあるのは悲惨な末路だ。
それはダメだ!
ディジーは「友」と書いて「ライバル」と読むような間柄だ。それに今日話してみて意外と共通点が多いことを知った。
同じ精霊使いとして助け合わねばならないのではないだろうか。そんな使命感にも似た何かがわたしの胸に広がる。
「……」
わたしの中で決意が生まれた。
「エル?」
声にはっとすればディジーが不思議そうにわたしを見ていた。黙り込んでいたから不審に思ったようだ。
「な、なんでもないよ。食事も終わったしそろそろ出ようか」
「……そうだね」
店を出ると用事があるという彼女と別れた。わたしも早足でこの場を後にした。
ディジーにまとわりついているストーカーをとっ捕まえる! そんな決意を持ったまま足を速めるのだった。




