第47話 マグニカ最高戦力
クエミーに完敗した。それはわたしにとってけっこうショックな出来事だった。
鼻をへし折られるというのはこんな感じなのかな。あまりに通用しなさすぎてちょっと泣きそうだ。
ただの模擬戦。されど模擬戦だ。実践ならケガじゃ済まないだろう。
自信を持てた気がした。でもそれは正しく本物ではなかったのだ。実力が伴ってないんじゃあただの自惚れだ。
己惚れたままでいいわけがなかった。対校戦からわたしは何をやってた? 何もやってなかったのか? いつから余裕を持てるようになったんだわたしって奴はっ。
やばい、自己嫌悪に陥りそう……。こんなんじゃダメだ。早くなんとかしないと。
※ ※ ※
そんなわけでわたしは王都にある本屋を巡っていた。
打倒クエミーを目指して新たな魔法を習得するためである。
アルバートにある図書館を利用することも考えたのだが、使えそうなのは習得に時間がかかりそうだった。できれば誰も知らないようなやつで習得にさほど時間がかからないものがいい。
ちょっとご都合的だろうか? いや、こういうのは古本屋の方が禁じられたなんちゃらみたいなタイトルで置いてあるものである。そういうお約束がきっとあるはずだ。うん、そうに決まってる。
「……まあそんなに都合よくはいかないよね」
本屋を三件ほど回ったがビビッとくるものはなかった。そりゃそうだ。そんなご都合的な本があったとして、いつまでも置いていたりはしないだろう。
魔道とは険しい道なのである。そんなセリフが聞こえた気がした。いや誰だよっ。
とはいえそんな簡単にはいかないって誰もが思っているのだろう。わたしだけが特別、なんてことはないのだ。
ため息が零れる。思った以上にクエミーに負けたことを引きずっているみたいだ。自分のことながら無敵とでも思っていたのか。バカめ。
ぐるぐると頭の中でそんなことばかり考えていたからだろうか。わたしは接近する陰に気づかなかったのだ。
むにゅり。
え。
「きゃあああああああーーっ!?」
乙女のような叫び声が響いた。
……声の主はわたしである。いきなりの絶叫に周囲の人達から視線を向けられた。恥ずかしい。いや、本当にこれはちょっとばかしじゃないくらい恥ずかしい。
わたしに乙女のような悲鳴をを上げさせた犯人は背後にいた。背後からわたしのおっ……む、胸を鷲掴みにしている! ち、痴漢!?
遠慮なんて一切ない。両手でがっちりと掴まれている。それどころか指を沈ませて揉んでいる。揉んでる!?
「ちょっ、やめ……んんっ。やあっ……や、やだぁ……」
「……案外かわいい声で鳴くんだね」
「へ?」
犯人はすんなりとわたしから離れた。急いで距離を空けながら振り向く。胸を両腕でガードするのも忘れない。
真昼間から堂々とわたしにセクハラしてきた相手は、特徴的なとんがり帽子に黒いマントを身に着けた人だった。
「やあエル。対校戦以来だね」
「ディジー!?」
というかディジーだった。どこからどう見ても本人である。見知らぬ男なんてことはなかった。
「ななななな、なんでこんなことをっ!?」
「ん? 一種のコミュニケーションというやつさ。女同士なら乳房を揉みしだいてもいいのだろう?」
「なんだその非常識はっ!?」
わたしが怒るとディジーははて、と首をかしげた。
「あれ? 昔アルベルトにこうすればコミュニケーションが取れると聞いたんだが……違っていたのかい?」
「そんな常識は存在しないからっ。以後こんなことはしないようにっ!」
「そうか……、それは残念だ」
言葉通りに残念そうに落ち込むディジーだった。そこまで落ち込むことでもないでしょうに。
ていうか何間違った知識をディジーに植え付けてるんだアルベルトさんは。今度会ったら説教してやらないといけない。絶対にだ!
……ん? アルベルトさん?
「ディジーもアルベルトさんを知っているの?」
「そりゃそうさ。ボクにフレイと契約させたのはアルベルトだからね」
※ ※ ※
昼食がてらディジーと話をすることとなった。
案内されて入った店には個室が用意されていた。個室がある店とか初めて入ったな。ディジーはいろいろとこういった内緒話に適した店をよく知っているようだった。
注文した料理が届いて店員がいなくなってから、ディジーは口を開いた。
「エルのことはアルベルトから聞いていたんだ。ボクより先に大精霊と契約した才能に溢れた女の子がいるってね」
いきなりのよいしょにわたしは顔を赤くさせられるハメになった。
聞けばディジーとは共通点が多かった。
アルベルトさんに指導を受けたこと。大精霊と契約したこと。出会いのきっかけが命の危機を救ってもらった、というのもいっしょだった。
アルベルトさんはあの時いなくなってからいろいろな国を回っているようだ。事実、ディジーがアルベルトさんと出会ったのはマグニカとは違う別の国であった。
彼の話を聞いて、ちょっと懐かしい気持ちになる。
アルベルトさんとは短い付き合いだったけれど、わたしにとっては大きな存在なのだ。彼がいなければわたしがここでのんびりお昼ご飯を食べることもなかっただろう。
「大精霊の力を手に入れたボクは大はしゃぎでね。これでなんだってできるって思ったよ。でも、ボクと同じ大精霊と契約したっていう女の子がいるって聞いたらね、その実力がどのくらいなのか知りたくなったのさ」
それがディジーがわたしに期待していたことだった。アルベルトさんも余計なことを言わなければいいのに。
「結果はあの通り。さすがは先輩ってところなのかな」
「い、いや。ディジーもすごく強かったし」
「ふふ、ありがとう」
ディジーの屈託のない笑顔。負けたから恨むとか、そういう感情はないようだった。
「でもやっぱりエルは強いよ。それは歴とした事実だ」
「そんなことはないよ……」
「ん?」
意識しなくても声のトーンが下がっていく。
ディジーには気づかれてしまった。いや、わたしが隠し切れなかっただけだ。
「どうしたんだい?」というディジーの言葉から、わたしはクエミーに負けてしまったことを吐き出してしまいたくなった。
そして実際に話した。ディジーは相槌が上手くて、戦いの詳細を事細かに話してしまった。聞き上手というのはこんな感じなんだろうなと後から思った。
「なるほど……。クエミー・ツァイベン、やはり別格の強者だね」
「え、ディジーはクエミーのこと知ってるの?」
「……むしろキミはこの国の貴族なのになぜ知らないのか」
「え、えへへ……?」
「笑って誤魔化さない」
「うっ……ごめんなさい……」
「仕方がないなぁ」
ディジーはやれやれと肩をすくめながらも説明してくれるようだった。
「エルは勇者って知ってるかい?」
「昔話の勇者? それなら知ってるけど」
この異世界にも勇者と魔王は存在していた。とはいえ過去形になっている通り、それは昔の話だ。
確か五百年くらい昔の話になるのかな。災厄を振りまく魔王を聖なる力を宿した勇者が倒すって話。まあ王道だ。
昔話っていうか、フィクションっぽく物語にされていたからそこまで興味がなかったな。勇者にはなれないけれど、冒険者にはなれるのだ。わたしの興味はそっちに行ってしまったので勇者とかどうでもいいや、とか思ってた。
「そう。クエミー・ツァイベンはその勇者の子孫なのさ」
「は?」
…………。
「えええええええええええぇぇぇぇーーっ!?」
しばしのフリーズの後、思わず絶叫してしまった。ディジーは瞬時にサイレントの魔法でわたしの声をシャットアウトする。おかげで他の人の迷惑にならなくて済んだ。
わたしがひとしきり驚いてからディジーは魔法を解除した。
「続き、いいかい?」
「あっはい。どうぞ」
「勇者はツァイベンの家系とともにその力を受け継いでいるんだ。勇者を生み出した国。そして今なおその力を保有している。だからこそマグニカは大国であり続けているんだ」
世界に認められる英雄か。確かにそんな英雄がいる国は一目置かれるものだろう。
「てことはクエミーって世界で一番強いの?」
「さあ? そこまではわからないよ。世界は広いしね。それにマグニカだけでもクエミーと並び立つ存在が二人いる」
「えっ!?」
勇者と同じくらい強い人がまだ二人もいるのか!?
「一人は剣神と呼ばれるほどの剣の使い手、ロイド・マーキス。もう一人は魔道士の頂点と評されるほどの魔法の使い手、セフェロス・ノルイド」
「そ、そんなに強いの?」
「……ボクはセフェロスを見たことがあるのだけど、正直勝てる気がしなかったね。彼を実際にこの目で見たからこそボクは魔道学校で勉学に励もうと思ったんだ」
あのディジーが勝てる気がしないとまで言うほどの実力者。少なくともクエミーの相手にならなかったわたしじゃあどうひっくり返っても勝てない相手なのだろう。
「さらにクエミー・ツァイベンを加えたこの三人が、マグニカの最高戦力だ。この三人がいる限り他国はマグニカに頭が上がらないだろうね」
「たった三人に……」
「それくらいはマグニカの貴族なのだから知っておいた方がいいと思うよ。まあボクはこの国の人間ってわけじゃないから関係ないんだけどね」
「うっ……」
なんか胸に突き刺さるなぁ……。いや、無知なわたしが悪いんだろうけど。
「……冗談だよ。ボクはそういうエルの貴族らしくないところを好ましく思っているからね」
「それってバカにしてない?」
「ふふっ、そんなことはないよ」
その含み笑いがバカにしてるって言ってるよ!
……でも実際他国出身のディジーが知っててわたしが知らないってのは問題だよね。もうちょっとこの国の歴史とか調べた方がいいのかもしれない。
「まあ、だからね。そのクエミー・ツァイベンに負けたからって落ち込むことはないのさ。それは当たり前のことなんだからね。誰だって英雄には勝てないさ」
「……」
約束された敗北だった。クエミーという少女はそれほどまでの存在だったのだ。
だったら仕方がない。これはしょうがないことだ。どうしようもなかった。
……なのに、なんでだろうか。
わたしの中で悔しいという思いが、一向に消えてくれる様子がないのは。




