第30話 ついにこの日がやってきた
ついにやってきました対校戦! 現在わたしはその戦いの会場に足を踏み入れております。
王都にある四つの魔道学校の生徒が集まっている。それだけじゃなく、観戦にでもきたような人達もいる。なんかお祭り気分だ。
実際にお祭りのようなものだ。対校戦は国の行事としても扱われている。
国のお偉い人も見に来ているらしい。将来の宮廷魔道士になるかもしれない逸材達なのだ。自分の目で確認しておきたいのだろう。
対校戦が行われる場所は国が抱える騎士団とかも使っている闘技場である。天井のないドーム球場みたいな感じだ。前世の学生時代に福岡ドームに行ったことあったなぁ。ヤッフードームだっけ?
前世でやってた高校野球の甲子園ってこんな雰囲気なのかな。ちょこっとテレビで観るくらいだったから詳しくはわかんないけど。わかんないけどなんか盛り上がるよね。
でも、こうやって直に空気に当たると否応なく緊張してしまう。
大丈夫大丈夫。わたしってばけっこう強いはずだから。もっとリラックスしよう。すーはーすーはー、ふっふっひー。
「大丈夫かよ? 顔色悪いぞ」
「だだだ、大丈夫だよっ。緊張なんて全っ然、してないからっ」
「わかった。まずは落ち着け」
ホリンくんにどうどうとなだめられる。わたしは獣か。
「エルは強い。誰が相手だって気張る必要なんかねえよ」
そう言ってホリンくんはわたしの頭をぽんぽんした。
いつも通りの目つきの悪い彼を見ていると、すーっと体のこわばりが抜けていくようだった。
「うん。お互いがんばろうね」
「おう」
互いに健闘を祈る。
代表に入るのにも一生懸命だったのだ。ホリンくんにはぜひともこの対校戦で活躍してほしいと思う。
がんばれホリンくん。そう口の中だけでエールを送った。
「やあエルくん。ついにこの日がやってきたね。キミの雄姿を見られると思うと私の心は踊ってしまうよ」
そこへシグルド先輩が入ってくる。わたしでもこのあとの展開が予想できちゃう。
「あ? 何度言ったらわかんだよ。エルに話しかけんな近寄んな」
予想通りというべきなのか、ホリンくんがシグルド先輩に噛みついた。
もうパターン化してるんだからシグルド先輩も学習してくれればいいのに。しかも今日は対校戦本番ですよ。二人とも自重してくれ。
怖い顔をするホリンくんと涼しい顔のシグルド先輩。そんな二人からの険悪な雰囲気が周囲の注目を集める。
うわぁ、なんか恥ずかしい……。わたしは気配を殺しながら二人から離れる。
「激励にきましたわ!」
そんなところへ元気よく現れたのはコーデリアさんだった。険悪な雰囲気なんてなんのその。笑顔でわたしの手を取る。
「エルさんがんばってくださいましね。わたくし応援していますわ」
「うん、ありがとう」
ええ子や。コーデリアさんに心が救われる。彼女は女神か。
ホリンくんとシグルド先輩が放つ険悪な雰囲気を吹き飛ばしてくれただけでも感謝ものである。これはもう友情ものですな。……友達っていってもいいかな。
「キミ達はここまできて何をやっているんだ」
ルヴァイン先輩がホリンくんとシグルド先輩に説教していた。規律に厳しそうだからなぁ。眼鏡かけてエリートっぽいから生徒会長や風紀委員長が似合いそう。いや、単にこんな学外の人がいる中でケンカしているのを見ていられなかったのだろう。
そうだ。今日はアルバート以外の学生が集まっている。
みんな魔道士見習いだ。それは自分も同じこと。
同列に位置しながらも勝ち負けは決まる。それが勝負ごとなのだ。みんな一生懸命に決まってる。
わたしも負けないくらいがんばろう。せっかくの晴れ舞台だ。前世では味わえなかった脚光を浴びてやるのだ。ふぁいおー!
※ ※ ※
さて、控室へやってきた。
ここはアルバートの控室だ。学校ごとに用意してくれているみたい。
また険悪になっても堪らないのでホリンくんとシグルド先輩は端っこにいる。さすがに試合前になればシグルド先輩もちょっかいをかける様子はない。ほっと一安心だ。
わたしも精神統一するみたいに目をつむる。対校戦のルールでもおさらいしておこうかな。
四校の代表者は八名ずつ。つまり三十二人が優勝を争うという形になる。
最初はアルバート、ビラノフ、カラスティア、デルフの代表者一名ずつが戦うバトルロイヤルだ。これでベスト8を決めるのである。
そこから先はトーナメントとなる。一対一のガチンコバトルである。
当たり前だが魔道学校の戦いなんだから基本魔法戦となる。火とか水とか風とか土とか魔法ならなんでもありだ。
ケガが心配になりそうだけどそこは大丈夫。各代表者は特別な魔石を持たされるのだ。
その魔石は持っているだけで魔障壁を発生させる。これが魔法をガードしてくれるのでケガの心配はない。これはアルバートの実技の授業でも使ってた。
ちょっと違うのは転移魔法も内包しているところである。
一定のダメージを与えられると魔障壁は打ち破られてしまう。つまり致命傷である。
その時になると転移魔法が発動するようになっている。説明では控室に送られるようになっているのだとか。
この転移魔法が発動してしまえば敗北となるのだ。徹底的に選手にはケガをさせまいとするスタンス。嫌いじゃない。
だからわたしは遠慮することなく魔法をぶっ放してもいいってわけだ。ふふっ、腕が鳴るぜ!
「エル」
「ん? どしたのアウス」
ひょっこりアウスが出てきた。眠たげな眼でわたしを見上げる。
「アイツには気をつけるの。油断は禁物なの」
アイツ? 首をかしげそうになったけど、アウスの真剣な様子から思い出した。
この間、冒険者ギルドの近くで出会ったディジーだろう。アウスは彼女をすごく警戒していた。わたしの記憶の中でもあそこまでの警戒心を見せたのはあの時だけだ。
そういえばディジーはカラスティア魔道学校の代表者って言ってたっけ。
どんな学校かは知らないけれど、彼女の実力は本物だろう。わたしの魔法が強制解除されたのだ。生半可な魔法じゃあ通じないかもしれない。
油断なんてできないだろう。いや、たとえディジー以外と当たったとしても油断なんてするつもりはない。
目指すは優勝。せっかく出るのだから一番を目指してみたい。
勝つことに諦め続けた前世の記憶。それを振り払うためにもこの戦い、わたしは勝ちを目指したい。
「もちろんだよアウス。わたしは負けないよ」
「……もしもの時はあーしを呼ぶの。なんとかするから」
「いやいやこれは魔法戦だからさ。アウスの力を借りるのはちょっとずるいでしょ」
いくら強くても大精霊のアウスには敵わないだろう。ソースはわたし。未だに追いつける気すらしない。
「……まあ、がんばるの」
わたしにエールを送ってアウスは消えた。
なんか娘を心配するお母さんみたいだったな。まあアウスからしたらわたしなんてそんな風に見えても仕方ないのかな。
なんだか笑ってしまいそうになる。声を上げないようにしていたら顔がによによしてしまうのがわかってしまった。
おっと、表情を引き締めないとな。これから行われるのは真剣勝負なんだから。
もうすぐ時間だ。わたしの心はいい具合に落ち着いている。
控室を見渡してみる。他の人達も緊張を和らげようと黙って精神統一しているようだった。
空気がピリピリする。これが戦いの緊張なのだ。
そして、ついにその時間がきた。
控室のドアが開かれる。入ってきた正装しているおじさんが言った。
「お待たせいたしました。第一試合を始めますので名前を呼ばれた方はこちらへお願いします」
対校戦が始まる!




