第17話 友達との約束
「ホリンくんは何を読んでるの?」
「別になんでもいいだろ」
まあ素っ気ないんだから。もう慣れっこですけどねー。
せっかく図書館にいるのだ。ホリンくんをつっついてばかりいるのはもったいない。
魔法の本は考え方の宝庫だ。
何をどう考えてこの魔法を使おうとしたのか。それまでの試行錯誤。手順や順序の組み合わせをいろんなパターンで記されたりしている。
一冊一冊作者が違うので書き方にも特徴が出ていたりする。それがまた面白い。
すごいものなんかは一つの魔法が一冊丸々収まっていたりする。数センチの厚みを思えば作者の熱量がすごくて感動すら覚える。
結局わたしの魔法はイメージが大部分を占めている。
それを本を読むことによってより具体的にイメージできるようにしている段階だ。より緻密にわかっていた方が再現力は高くなる。
それに、わたしが知らなかった魔法を知ることができるのは大きい。
たとえば魔法の目という魔法がある。
これは擬似的な目を作って飛ばす魔法だ。もちろん視覚は共有されており、術者の力に応じて遠くまで飛ばすことができる。
つまりダンジョンとかで使えれば、道の先に魔物がいるかどうか鉢合わせする前に感知することができちゃうのだ。すごい!
あとは透明化魔法なんかもある。術者や物なんかを文字通り透明にする魔法だ。
潜入捜査をする時なんかすごい便利そうだ。探偵っていうか泥棒になれそうだけどね。
まあこれらの魔法はとてつもなく高等な魔法だ。今のわたしでさえ使うことはできない。
生徒どころか教師ですら使える人はいなかった。魔法の目や透明化といった魔法はそれほどに希少な魔法らしい。
ならばこそ、それを習得すればものすごい魔道士として認定されることだろう。
卒業までにはなんとしても習得してやろう。
こんな感じで知らない魔法を知るのは楽しい。知識が増えるごとにできることが増える。表現しきれないけど、なんか良いよね。
成長を実感させてくれる。なんだかんだあったけれど、魔道学校に来て良かったと思う。
「おいエル」
「ひぇっ!?」
本に没頭していたところで呼ばれてびっくりしてしまった。顔を向ければホリンくんが立っていた。
「こほん。何かな?」
変な声を出したのを誤魔化してみる。ホリンくんは気にした風でもなくぶっきらぼうに言った。
「もう閉館の時間だ。帰るぞ」
「あ、うん」
気づけば窓から見える景色が暗くなっていた。
アルバート魔道学校の建物には暗くなればライトの魔法がかかるようになっている。ライトという魔法は暗い室内を明るくする魔法だ。その明かりは電灯のように明るい。
館内が明るいもんだから外が暗くなっていたことに気づかなかった。ホリンくんが声をかけてくれなかったら先生に怒られていたところだ。
「教えてくれてありがとうねホリンくん」
「エルは集中してると周りに気づかねえからな」
図書館を出て夜道を歩く。就寝時間まではところどころにライトの魔法がかけられた電灯みたいなものがあるので暗さはさほど感じない。
ホリンくんは寮までの道を送ってくれるようだ。男子寮と女子寮は別々の場所にあるのにわざわざこうして送ってくれる。
目つきの悪さやワイルドな雰囲気から前世の『俺』だったら絶対に声をかけたりしない人種である。それでも助けてくれたことやぶっきらぼうながらに優しい部分を見ているともう好感しかない。
人を見た目で判断しちゃあいけませんなぁ。
「そういえばホリンくんは休みの日は何をしてるの?」
「休みの日か?」
帰りがてら話題を振ってみた。
異世界の学校も同じく休日がある。七日に一度ってところも同じだ。ちなみに土曜日なんてのは存在しないので、半ドンとか一週間に休日が二日ってこともない。
領内にいる時は休みなんてなかったから新鮮だ。いや、ある意味毎日休みだったのかな? ウィリアムくんと魔法の訓練をしたり、領内の土地を潤したり、病気の人を治したり、移民者のために魔法で家を作ったり、いろいろやってたなぁ。
感謝されるのが楽しくてやってたっていうのもある。嫌々することなんて一つもなかった。
「あんまり休みの日だからって変わらねえな。昼まで寝て魔法の勉強して……ああ、たまに王都を散歩したりするか」
「王都……」
そういえばわたし、あんまり王都を歩いたことなかったな。真っすぐアルバート魔道学校に来て、それだけだ。
休日でもほとんど図書館に入り浸っていた。勉強したかったというのもあるけれど、正直友達がいないというのもあって王都で遊ぼうという考えがなかった。
興味がないわけじゃない。でもなんか一人で行くってのも抵抗がある。
「やっぱり友達といっしょに行くの?」
「あ? 散歩か? 散歩なんだから一人に決まってんじゃねえか」
「上級者がここにいた!」
「おいなんだよその上級者ってのは」
さすがはホリンさん! わたしにできないことをやってのける。そこにしびれる憧れるーーっ!
わたしは、ていうか前世の『俺』の時から一人遊びってのができなかったな。一人ゲーセンとか一人焼肉とか。やってみたいけれど、ああいう場所は一人じゃあ行きにくいからなぁ。
用事がないと街を歩けなかったタイプだ。それを一人でぶらぶら出来るなんて尊敬に値する。
「なんだよ行きたいのか? なんなら今度の休みにいっしょに行くか?」
「え、マジですか?」
「嫌なら別にいいけどよ」
「嫌じゃないっす! ぜひぜひ!」
やった! 友達と遊びに行ける。ここに来て初めてだから超嬉しい。
「……お前ほんとに友達いねえのな」
「そういうぐさってくるセリフは控えてくれるかな」
そんなのわかってるよ。わかってるからこそ他人に言われたら余計にダメージがでかいんじゃないか!
明るい性格は維持出来てるはずなんだけどなぁ。なのに友達ができない。これが田舎と都会の違いとでもいうのか。都会は冷たいところです。
「じゃあホリンくん、約束だよ。絶対だからねっ」
「わかったよ」
約束しちゃったぜ。これで休日予定フリーから脱却なんだぜ。
笑顔が止まらないまま寮に到着してホリンくんと別れた。
女子寮は四階建ての大きな建物だ。
階ごとに身分が分かれており、下級貴族が二階、中級が三階、上級が四階となっている。もちろんわたしは二階の部屋だ。
一階はといえばメイドの生活スペースや調理場となっている。なので寮の入り口をくぐればすぐ目の前に階段があった。
ちなみに食事は各部屋ごとに配ぜんされる。なぜかと問われれば生徒ごとで食事内容が異なるからである。
身分が高かったり上納金が高額だったりするとこういうところで恩恵を受けれるようだ。差別社会じゃねえか! チラリと小耳に挟んだ限りじゃこういう区別をしているのはアルバート魔道学校だけらしい。ここだけ時代に遅れているような気がしてくる。
それでも図書館の蔵書率はトップレベルみたいだし。そこを考慮すればあまり文句を言うものでもないだろう。
シエル家に比べればこれでも甘やかされているのだ。雑用を全部任せられるのは大きい。家にいた時はメイドが一人だけだったから申し訳なくて頼みごとしづらかったんだよね。
そろそろ晩ご飯の時間だ。早く部屋に戻ろう。
「あらエルさん。御機嫌よう」
「ご、御機嫌よう。コーデリアさん」
まさかリアルで「御機嫌よう」と言われる日が来るとは。半年経つというのに未だに慣れない。
部屋に戻ろうとして階段を上がっているところで、金髪縦ロールのお嬢様とばったり鉢合わせた。
彼女はコーデリア・ファルタジスタ。わたしの同級生である。ファンタジスタではないのであしからず。
コーデリアさんは同級生の女子で唯一わたしのいじめに参加しなかった生徒である。だからって友達ってわけでもないんだけども。あいさつ程度の間柄である。
彼女はかなりの家柄だったはずだ。貴族の階級までは憶えていないけれど、寮での部屋は四階なのだから上級貴族で間違いはなかった。
「ってそろそろご飯の時間なのにどこか出かけるの?」
わたしが階段を上がって、コーデリアさんは下りてきた。彼女の部屋は最上階なのだから外へ出かけると思うのが普通だろう。
「エルさんは遅いですわね。トロいと言っても差し支えがありませんわ。もうトロトロですわ」
「は、はあ……?」
出た。コーデリアのお嬢様口調。見た目も相まって似合っているといえばそうなんだけどね。今でも衝撃を受けてしまう。
で、わたしはなんでトロトロなんて言われてんの? それ遅いっていうか溶けてんじゃないのか。
「わたくしはすでに食事を済ませましたわ。今日の食事はとても素晴らしいお味でしたので料理長にお礼を伝えに行くところでしたの」
「あっそうなんだ」
コーデリアさんは典型的なお嬢様だけど良い子である。
貴族と平民の格差があると認識していながらも、それで必要以上に身分をかさに着たりしない。
それどころか感謝を伝えるのに身分の高い低いは関係ないようだ。見た目は高飛車っぽいけれど、高慢ちきというわけではない。
「そうですわ。エルさんもいっしょに来ます?」
「え、でもわたしはこれから食事――」
「わたくしったらなんてグッドアイディア! そうと決まれば早くいきましょう!」
「だからこれからご飯食べるんだってば。わわっ!?」
わたしの話を聞くことなくコーデリアさんはわたしの腕を引っ張って階段を下りる。
危ない危ない! 腕を引っ張られながら階段を下りるのは危険ですので絶対にマネをしないでください!
抵抗できずにコーデリアさんに引っ張られて行った。この子けっこう力強い。
調理場に到着。コーデリアさんが呼ぶとニコニコした料理長が出てきた。
感謝を述べる彼女をわたしはただ眺めているだけ。だってまだ食べてないし。それどころか上級貴族のコーデリアと下級貴族のわたしの献立が同じなわけないじゃないか。
コーデリアさ~ん。悪い子じゃないのはわかってはいるんだけど、ちょっと苦手な子ではあるのだった。




