番外編 ウィリアムの決意
感想をいただいて思った以上にうれしくてびっくりしました。
言われるまで誤字の存在に気づかなかったっていうね。うーん、推敲もしたつもりじゃダメなんですね。
今回は三人称に挑戦です。
父はベドス、母はマーサ。その子供がウィリアムであった。
ウィリアムは幼い頃から体が弱かった。
体力がなく、病気もしょっちゅうである。それをしんどいと思ってはいた。けれど、両親の、とくにマーサの悲しそうな表情を見る度に、しんどさよりも申し訳なさが勝つようになっていた。
自分が産んだ子供である。一番責任を感じていたのは母親であるマーサなのだろう。
それがわかっていたからこそ、ウィリアムは苦しい顔をするのをやめた。
子供ながらに我慢を覚えた瞬間でもあった。
とはいえ、ウィリアムの覚悟とは関係なくどうしようもないことがあった。
慢性的な作物不足。ウィリアムが住んでいたのはその日食べるものすら困ってしまうような、そんな土地だったのである。
それでもウィリアムはまだマシな方であった。
ベドスが何日も何週間も家を空けて帰ってきた時には、たくさんの食べ物を持ち帰ってくれたのだ。
一家はそれで飢えをしのいでいた。
ウィリアムは思った。
「外に食べ物がいっぱいあるなら、ここを離れて別の場所に住めばいいじゃないか」
もっともである。
しかし、そうはいかない事情があった。
マーサは元貴族である。元とついているのですでに没落している。
その没落した経緯が問題だった。
マーサの両親は不正を働いた。それは国が許すことなんてできない不正であった。
それが見つかり貴族としての地位を剥奪。マーサは一家全員処刑されるところであったのだ。
マーサは涙した。
その涙を見たわけでもないベドスが彼女の前に現れたのだ。
冒険者を引退していたベドスは悪い道へと足を踏み入れていた。マーサを見た彼はその美貌に金のにおいを嗅ぎつけただけにすぎなかった。
この女を奴隷市場で売れば高い金になる。そんな考えで動くだけの外道である。ベドスが一番やさぐれていた時期だった。
だがマーサにそんな考えが知られるはずもなく、ベドスはまさに彼女の救世主だった。
抵抗一つされることなく誘拐に成功する。
このまま当初の予定通りに奴隷として売ってしまえば仕事は終わりだった。
予定が狂ったのはマーサがベドスに懐いてしまったことであった。
マーサからすればベドスは救世主である。どういうつもりだろうと関係ない。ピンチを助けられた。それはさながら物語の姫と英雄のように思えた。
マーサは恋に落ちていた。
美人に言い寄られて悪い気になる男は滅多にいない。それはベドスも例外ではなかった。そもそも見た目もさほど良いとは言えない男である。舞い上がったとしても仕方のないことだったのかもしれない。
二人は愛し合い、夫婦となった。
とはいえマーサは罪人である。たとえ両親の責任だとしても国が決めた処刑を逃れることなど許されない。
国に居場所はない。他国に逃げるにしても国境を越えるのは難しい。
そこで唯一の安全地帯を思いつく。
シエル家が治める領土だ。そこは国でも端っこに追いやられるように存在していた。
何もない場所だ。ゆえに国からの追手が来ることもない。
最下級貴族シエルの名は知る人ぞ知る。ポンコツ貴族。そんな貴族の恥とも呼べるなんちゃって貴族であった。
ある意味そこならば安全だろう。その考えは的中していた。数年経っても追手が来る気配すらない。
安全に暮らせるようになった頃、マーサはウィリアムを身ごもったのだった。
そういった事情はウィリアムには伝えられていない。
ウィリアムからすれば、ベドスはかっこ良い父親であり、マーサは優しい母親である。
ただそれだけのことであり、二人の立場なんてまったくもって知らなかった。
それでも文句なんて口にしなかった。たとえまともな作物が取れないのだとしても、両親を責めるのは筋違いであるし、彼はそんな風には考えたことすらなかった。
だが、文句を口にしなくても問題は発生する。
ウィリアムが倒れたのである。
ベドスとマーサは手を尽くした。なんとかして村の連中から食べ物を分けてもらい、隣町の薬だって試した。それでもダメだった。
日々よわっていく息子。それを目にする度、ベドスとマーサは胸が締め付けられる思いだった。
二人には魔法の適正はない。医療の心得だってない。技術も知識もなければやれることなんて何もなかった。
まともに意識が保てなくなるウィリアム。彼は思った。僕はもう死んでしまうかもしれない、と。
そんな時、助けてくれたのはエルと名乗る少女だった。
エルは不思議な少女だった。ウィリアムが思い描いていた貴族っぽさがまるでない。それは悪い意味ではなかった。
ウィリアムの病気が治っても、細くなった体を動かせるようになるまで毎日ように家に通って来てくれた。
献身的な子だ。ウィリアムはそう思った。
エルはよくアルベルトという男といっしょに魔法の訓練をしているようだった。
ウィリアムはそれを羨ましいと思った。
エルはこの辺では見ない黒髪をしていた。アルベルトも同じ髪色だったため最初は兄妹だと思っていた。
「いやいや、兄妹とかじゃないし。全然似てないでしょ」
エルの否定で他人ということが発覚。似てるけどな、というのはウィリアムの率直な感想であった。
アルベルトとも話をする機会が多かった。
アルベルトはよく冗談めかしたことを言った。そういう話し方をするものだから、ウィリアムには彼の話す物語が本当なのか嘘なのか判断できなかった。
それでも男心をくすぐる話をするものだから、次第に彼にも懐いていった。
そんなアルベルトが立ち去る際に言ったことをウィリアムはずっと憶えている。
「エルちゃんは才能溢れる魔法使いだ。ゆくゆくは魔道学校に通ってすごい子になるだろうよ。ウィリアムはどうする?」
「ぼ、僕?」
「そうだぜ。エルちゃんは将来美人になりそうだからよ。今のうちに負けねえくらい、いや、あの子を守れるくらいにならねえとゲットできねえぜ」
「ゲ、ゲット?」
「エルちゃんをお前の女にするってことだよ」
「おん……っ」
「驚くことじゃねえぞー。ウィリアムはエルちゃんのこと好きなんだろ? 見てりゃあわかる」
「そ、その……」
「男なら、女のために力を振るう。男が強くなる理由なんてそんなもんで充分だ」
「そう、なんですか?」
「そうだ。俺が保証してやる。ウィリアムには才能がある。伸ばせるかどうかはお前次第なんだぜ。だぜー?」
この日から、ウィリアムは強くなることを決めた。
エルの隣に立ちたい。エルを守りたい。ウィリアム少年は男の子なのである。
エルに魔法を教わり、ベドスから剣の稽古を受けるようになった。
体の気怠さはもう感じない。エルが大地に恵みを与え、栄養満点の作物が取れるようになったからだ。
まるで神様みたいだ。そんな彼女に追いつくためには努力をかかしてはならない。ウィリアムの努力の日々は続いた。
丈夫になった体は誰のおかげだ? もちろんエルである。それだけじゃなく、彼女からもらったものは多い。ウィリアムにとってエルは命の恩人以上にかけがえのない存在になっていた。
アルベルトの言葉を思い出しては真っ赤になる。
エルを自分の女にする。つまりは嫁にするということである。
恐れ多いとは思わなかった。
アルベルトが保証してくれたのだ。不思議とそれだけで不可能なことではないと思えた。
ウィリアムががんばっている間もエルはすごいことをやってのけていた。
街道を作り、病に苦しむ人々を救い、村を襲おうとする魔物を撃退してみせた。
彼女に追いつくのはとても困難なのだろう。それでもウィリアムは努力し続けた。
年月を重ねるごとにエルへの想いが募っていく。思春期を迎える頃には、ウィリアムはエルが欲しくて仕方がなくなっていた。
「ウィリアムくんは良い子だねー。将来はきっとモテモテなんだろうなぁ」
たまにエルの言葉で傷つくこともあった。
だが、これは自分が弟のように見られているからだ。まだまだエルから見て強くないからだ。ウィリアムは奮起した。
男らしくなるのだ。男になるのだ。愛しい彼女を守れるくらいの立派な男になるのだ!
そうしている内にエルとの別れの日がやってきた。
魔道学校に行くのだ。自分は行けない。けれど必ず帰ってきてくれる。それまでにびっくりさせられるほど強い男になろう。ウィリアムはそう思った。
少年が成長する。出会いと別れ。そして一途な恋心。それだけあれば充分なのだろう。
「エル」
旅立つ彼女を呼び止める。
澄みきった青い瞳がエルを射抜く。母親譲りの中性的な顔でいながら、そこには確かにたくましさがあった。
「がんばってね。僕も負けないくらい、いいや、きっと追いついてみせるから。再会する時を楽しみにしてて」
「うん、楽しみにしてる。わたしもしっかり魔道士になって帰ってくるよ」
男と女は約束した。
別れが惜しい。それでも、再会する楽しみもあった。
エルの後ろ姿を見送りながら、ウィリアムは決意した。
きっとキミに相応しい男になる、と。




