第14話 友達からの言葉
「むむむむむ……」
「その調子だよウィリアムくん。魔力の流れは順調だよ」
ウィリアムくんが唸りながらも集中している。
朝から魔法の訓練である。ウィリアムくんの魔法をわたしが魔力の流れを感知しながらアドバイスを送っている。
年月は過ぎていき、わたしは十四歳になっていた。魔道学校の入学まであと一年だ。
今まで訓練してきた甲斐もあってウィリアムくんの魔法はかなり上達した。
水魔法と土魔法なら下位レベルまで習得している。治癒魔法も少々。目標だったポーション作成のレベルには充分達している。
ポーション作成には主に水か土魔法が必要だ。作る物によって使い分けるのだが、ウィリアムくんはどちらも習得しているので問題ない。
もちろん中位や上位レベルならもっと良い物を作れる。でも下位レベルでもけっこう良い物になったりする。ポーションが希少な物というのも大きい。まともに買おうと思ったら高いからね。
魔法を使えることが条件であるし、素材も必要だ。
素材に関しては領地で取れる作物の中にあったりする。普通じゃあなかなか取れるものではないらしいけどね。そこは大精霊アウスが手をかけた大地。なんか普通に育たないようなすごいもんとかが育っているようだ。
ポーションの作成の仕方や素材のこともアウスが教えてくれた。アウスがわたしの師匠と化している件。いや、問題はないんだけども。
そのアウスのおかげで土魔法が上位にまでレベルアップした。
土魔法の上位レベルはどれほどのものか。説明すると畑をあっという間に耕せる。……農作業だけじゃん。
いやいや、でっかいゴーレムとか出せますよ。もうガ○ダムに対抗できちゃうぜ☆
ちょっと本格的にガン○ム作りがんばってみようかな。ちゃんとコクピットを作って乗りこめる感じのやつ。おおっ、ロマンが広がるぜ!
「エルー。ちゃんと見ててよ」
「あ、ごめんごめん」
夢を膨らませていると、ウィリアムくんが頬を膨らませていた。いかんいかん、わたしが集中しないでどうするよ。
ウィリアムくんはもう一度魔法を行使する。
それにしても魔力の循環が滑らかだ。わたしのように杖なし無詠唱というわけにはいかないけれど、なかなかに魔法の発動は速い。魔力が乱れないので威力に関しても申し分ない。
こういうのを見たらウィリアムくんも学校に行けたらと思ってしまう。
学校にはきっとわたしなんかよりも教えるのが上手な先生がいるのだろう。彼なら学校に行くことでもっと実力を伸ばせるだろう。
それに、学校ってことは周りはみんな知らない人ばっかりになっちゃうんだよなぁ。前世を思い出してちょっと鬱になりそう。
前世の『俺』は友達がいなかったわけじゃないけど、なんというか狭く浅くって感じで友達の数は少ないし深い付き合いもできなかった。つまり親友なんて呼べる存在はいなかった。
唯一無二の友達。そんなの『俺』にはいなかった。相手だってそういう風には見てくれてはいなかっただろう。
数少ない友達を作るのでさえ苦労したのだ。やっぱり苦手意識はついて回る。
今のわたしの友達はウィリアムくんだけだ。ベドスやバガンなんて歳が離れすぎているし、そういう対象ではないだろう。歳の近い子達はわたしを敬いすぎてこちらもそういう対象にはならない。
ウィリアムくんを見つめる。真剣な顔をしている彼。順調に成長してイケメン街道を驀進しているように見受けられる。
この世界での魔法使いは希少だ。それでいてこの容姿。さらには父親であるベドスから剣の稽古もつけてもらっているようだ。ウィリアムくんってけっこう優良物件?
このまま青年になれば異性からモテまくるのだろうなぁ。今でさえ村の女の子からの人気が高いとか。なんかこの子、将来約束されてるんじゃないのん?
「エルー。ちゃんと見ててってば」
「ちゃんと見てたってば」
「本当に? 上の空みたいな顔してたよ」
「うっ……、まあ考え事はしてたけど」
ウィリアムくんは魔法の訓練をやめてこっちに近づいてきた。彼のスペックを考えていたら、身長も高くなっていたことに気づく。さらにポイントアップ。
「考え事って?」
「え、い、いやぁ……あとちょっとで魔道学校に行くからさ。ウィリアムくんと離れ離れになっちゃうかなーって思ってさ」
「……」
ウィリアムくんは唇を引き結んだ。澄んだ青い瞳がわたしを映す。目元は涼しげだ。イケメンポイントさらにアップ。
「遠いところに行っちゃうんだよね」
「まあ……。王都にあるって聞いたからちょっとやそっとじゃ帰れないかな」
ここから王都まではかなり遠い。行ったことはないけれど、馬に乗っても何十日もかかってしまうのだとか。シエル領は国でも端っこらしいからね。遠いのは仕方がない。
「卒業まで三年か……。でも、三年経ったら帰ってくるんでしょ?」
「そりゃあもちろん」
帰ってこない選択肢はない。ないけど……、それからわたしはどうするのだろうか?
学校を卒業したらわたしは何をするのだろうか。何か良い職業があるのかもしれない。今はそれすらわからない。
後悔しない人生を送りたい。
それは前世からの目標だ。でも何をしたら後悔しないことになるのだろうか。幸せを掴むっていうことはどういうことなのか、わたしは知らない。
それは前世で幸福を感じてこなかったからか。だから幸福の正体を知らない。
学校に行けばそれが見つかるだろうか。見つけたらわたしはどうするのだろうか。
まだこの先どうするかなんて未定なのに返事を急いでしまっただろうか。もしかしたらそのまま王都に留まって魔道士として働くかもしれないし。未来は自分でもわからない。
「あ、あのさっ」
「う、うん?」
ウィリアムくんが裏返った声を出す。彼にしては珍しい。こっちも返事がぎこちなくなる。
「僕、エルがいなくなってもがんばるよ! 魔法の訓練は続けるし、ポーションだっていっぱい作って村のみんなを助けるんだ。剣の腕だって上達させるし、それからそれから……」
ウィリアムくんは焦ったようにまくし立てる。何をそんなに焦るのか。まだ焦るような時間じゃないよ。
でもそうか、彼はわたしを励まそうとしているのだ。優しいなぁ。やっぱり女の子はウィリアムくんを放ってはおかないね。
わたしが帰ってきた頃には恋人、どころか結婚なんかしちゃってるかも。ファンタジー異世界なら十代で結婚してたっておかしくない。赤ん坊までいたらさすがに驚きそうだ。
いや、イケメンのウィリアムくんならあり得るか。帰るまでに祝福の言葉でも考えていた方がいいかもしれない。
わたしが余計なことを考えている間もウィリアムくんはさらに続ける。
「僕はエルが帰ってくる頃にはすごい立派な男になる! だからその……、帰ってきたら僕とーー」
「おーい! ベドスの野郎が呼んでやがったぞー!」
遠くからバガンが呼んでいる。セリフを途中で止められた形となったウィリアムくんはずっこけた。
一応バガンに返事をしてウィリアムくんに向き直る。
「バガンは空気読まないねー。で、何かな?」
「……いや。いいです、はい」
バガンのせいでウィリアムくんが落ち込んでしまったではないか。
まあ本当に言いたいことならまた言ってくれるだろう。その時に「わたしもウィリアムくんに負けないようにがんばるぜ!」って返せば問題ない。
ウィリアムくんもがんばると言っている。わたしがいなくてもがんばる、と。ならわたしもがんばろう。わたしも立派な魔道士になってウィリアムくんを驚かせるのだ。
お互いがお互いの健闘を願う。これが友達ってものだろう。
あれ? もしかしてこれが親友ってこと?
……なんか、いいな。
ぽわぽわとした感情が胸に広がる。この感情の名前をわたしはまだ知らない。




