第12話 こっそりお医者さんやります
バガンにつれられ路地裏を歩く。
騒がしかった通りから離れると静かになる。賑やかだと思っていた町でもこういうところはあるんだなぁ。
「ようバガンじゃねえか。久しぶりだな」
ガラの悪そうな男に話しかけられる。バガンは軽く手を上げて返事する。知り合いのようだ。
見た目の悪そうな感じからバガンの仲間ってのがしっくりくる。
男の目がチラリとこっちを向く。
「なんだ? お前ガキができたのか?」
「こんな生意気なガキ、俺のなわけねえだろうが」
「それはこっちのセリフなんですけど。こんな甲斐性なしの親だったら恥ずかしくて死んじゃうよ」
「テメッ」
男はがははと笑った。
「なかなか言うじゃねえかよ。おもしれえガキじゃねえか」
「面白くねえよっ。……そんなことより話があるんだけどよ」
「なんだぁ? 金なら貸さねえぞ」
「いらねえよ!」
けっこう仲良しさんのようだ。
これならバガンに任せてもいいだろう。変なこと言うならこっちから口出ししてやればいいだけだし。
バガンは男にケガ人や病人はいないかと話を持ちかけた。いたら魔法で安く治してやる。そう言われた男は怪訝な顔をする。
「魔法で治すったって誰がやるんだよ? まさかそのガキじゃねえだろうな」
「そのまさかだぜ」
「はあ?」
男の眉間に皺が寄る。怖い顔がもっと怖くなってますよー。
とはいえわたしのことを知らないのならその反応は仕方がないだろう。見た目はただの美少女だからね。そんな力があると思ってもないのだろう。
それなら手っ取り早く実力を示すのが吉。
「信じられないなら証明してあげる」
わたしは手を振った。無詠唱魔法だ。
「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁーーっ!!」
急にバガンが叫んだ。目の前にいた男はぎょっとする。わたしもぎょっとしたフリをした。
まあわたしがエアカッターで切りつけたんですけどね。声聞いてたらこっちまで痛くなってきた。
バガンの腕から血がしたたる。腕を切断できるくらいの威力は出せるけれどさすがにそこまではしない。浅く切っただけだ。バガン大袈裟すぎー。
「大変っ。早く治療しなきゃ」
わたしは心配そうな顔を作ってバガンの傷口に手をかざす。今度は詠唱する。
「汝の傷を癒せ」
治癒魔法ヒールを発動する。下位レベルではあるけれど、この程度の切り傷なら問題なく治せる。
みるみるバガンの傷が塞がっていく。男はさらにぎょっとした。
「テメー! やりやがったな!」
「ええ。しっかりバガンの傷を治させていただきました。何か問題が?」
「こ、このガキィ……」
ぷるぷる震えるバガンだった。寒いの?
バガンの抗議を無視させてもらっていると、男が口を開いた。
「わかった。お嬢ちゃんの実力はよーくわかった。治癒魔法ができることも、攻撃魔法ができるってのもな」
「いやですわおじ様。わたしは治癒魔法しか使っていませんわ。おほほ」
「ま、まあいいだろう」
なぜか男はドン引きしていた。おかしいな。無詠唱だったからバレないと思ったのだけど。
「テメーあとで憶えてろよ」
小声でバガンが恨み節。まあバガンなんだしこういう役回りになってもおかしくない。本人にその自覚が足りないのがいかんね。覚悟が足らんぞ。
「ケガや病気で困ってる奴なんてどこにだっているもんだ。この町だって医者に行けねえ奴は腐るほどいる」
男はそう言って歩き出す。わたし達はそれについて行く。
※ ※ ※
「ここって子供は立ち入り禁止なんじゃないですかね」
男につれて来られたのは酒場だった。ガラの悪そうな二人のおじさんなら違和感ないんだろうけど、未成年のわたしはお断りされないだろうか。
中に入るとまだ昼間だというのに飲んだくれてる奴が何人かいる。ダメ人間の溜まり場にしか見えない。
「大っぴらにせず話を広めるにはこういう場所が一番なんだよ」
そう言って男は何人かと話をしに行った。わたしはバガンといっしょにカウンターへと座る。
「なあ、酒頼んでもいいか?」
「バガン、自重しろ」
バガンはしゅんとうなだれた。どんだけ酒飲みたかったんだよ。ダメオヤジか。
「注文は?」
ちょび髭を生やしたマスターらしき男が素っ気なく言った。子供相手でも客扱いしてくれるようだ。
「お酒以外は何があるの?」
「ミルクがあるよ」
「じゃあそれで。あっ、こっちのおじさんも同じ物を」
「なっ、勘弁しろよテメー」
マスターは無言で奥へと引っ込んだ。すぐに二杯のコップをわたしとバガンの前に置いた。
中身を確認する。白い液体が並々とつがれていた。
ミルクとは言うけれど、これってなんのミルク? ウシかヤギか。それともそれ以外か。これ焼き鳥食べた時も思ったな。似ている食文化があると返ってわかんなくなる。
ちびちびと飲んでみるとほのかに甘い味がした。思ったよりおいしい。
バガンもなんだかんだいいつつ口をつけていた。白いひげがついていた。わたしは大丈夫かな。乙女のたしなみとして白ひげになるわけにはいかぬ。
「待たせたな」
男が戻ってきた。人とのやり取りが上手なのだろう。差して時間はかからなかった。
「さっそく何人か診てほしい。いいか?」
「もちろん」
さて、お仕事の始まりだぜ。わたしはぐいっとミルクを飲み干した。
※ ※ ※
「すまねえ。やっと楽になれた」
「子供の命を救っていただきありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」
「こんなに良くしていただいたのに、それだけのお金でいいのですか?」
「も、もうダメかと思った。本当に本当に……ありがとう。感謝ばっかりしかねえよ」
わたしに感謝するお言葉の数々である。これらはまだまだ一部にすぎない。
あっちへこっちへ。わたしはつれられるままお宅訪問して治癒魔法を使い続けた。
訪問医療の大変さがわかります。こんなの魔法を使うよりも移動の方が疲れちゃうよ。
途中疲れたのでバガンにおんぶしてもらった。脚力くらいしかいいとこないんだからがんばれ。おじさん使いの荒いわたしなのでした。
ちなみにアウスはぐっすり眠っているようだった。まあ道を舗装するのにずっとがんばっていたからなぁ。当分眠ってそうな勢いである。精霊の睡眠時間はいい加減なのだ。
だからこれらの治癒に関しては全部わたしがやった。
格安とはいえ数をこなせばけっこうな額になる。お財布じゃらじゃらですよー。
夕暮れになった頃、ようやくお開きとなった。さすがに魔法を使いすぎてへろへろだ。
「また来るのか?」
「そうですね。ベドスがお仕事に行くタイミングでまたくっついてきます」
男はベドスとも面識があった。まあみんな見た目ガラ悪い感じだからそうだと思ったけどね。
バガンが言うにはこの男は情報屋とのことだ。顔が広くいろいろなことを知っているし、コネもあるのだとか。
ただ自分の情報は出したくないみたいで、最後まで名前を教えてはもらえなかった。まあおじさんでいいだろう。
「来た時は俺のところにこい。町の医者や貴族連中に知られたら厄介なことになるからな。バレねえようにしてやるよ」
「わかりました。またお願いすると思います」
これもコネってやつなのかな。ありがたいもんだね。
情報屋の男と別れる。バガンといっしょにベドスと合流する。
「お仕事は終わったの?」
「ええ。そっちは何を?」
「人助けさ」
わたしが胸を張るとベドスは視線をバガンに移した。
「バガン?」
「村でやってる治癒を有料でやってたってだけだぜ。人助けだろ?」
なぜかベドスがため息をついた。
「俺が言うのもなんですが、バレねえようにやってくださいよ」
「みんなそう言うけどさ。そんなに厄介なの?」
ベドスはポリポリとこめかみをかく。
「貴族なんて厄介なもんです。無実の奴に罪を着せて罰する、なんてこと当然のようにやってのける連中ですから」
「えっ!? わ、わたしはそんなことしないよ!」
「もちろんそれはわかってます。そういう連中もいるってことですよ」
「権力の悪い使い方の見本みたいだね」
「わかってるじゃねえか」
「バガンは普通に悪い人だけどね」
「んだとコラ!」
お金稼ぐのもコソコソしないといけないらしい。まったく面倒臭い。
異世界チート系なら権力者なんてちょちょいのちょいでやっつけられるんだろうけど。今のわたしにはそこまでの力がないってわかってる。アウスがいてもアルベルトさんクラスに出てこられたらひとたまりもない。
今はやれることをやるだけだ。それをしっかりやっていけばきっと立派な人間になれると信じてる。裏でこっそりお金稼ぐのも必要なことだって信じてる。
目標はアルベルトさんみたいになること。あの人なら誰もが認める人間だろう。前世の『俺』の時みたいに誰からも認められない人なんかにはならないぞ。わたし、認められたいです!
「今夜は宿に泊まるが、エル様は本当に大丈夫なんですかね? ほら、両親とか」
「ああ、最近はわたしには寛大だから。ちょっとやることがあるからお泊りしていい? って聞いたらあっさり了承してくれたよ」
さすがに半日足らずで隣町に行けるようになったとはいえ、仕事込みで考えれば一泊はしないといけなかった。それでも前は数日から一週間くらいベドスが帰ってこないのが普通だったから、これでも短縮しているのだ。
それにしても両親もわたしに甘くなった。いや、もともと魔法が使えるようになってから甘かったのだけども。
そろそろ、魔道学校に行きたいと伝える時期なのかもしれない。
美少女一人とおじさん二人が宿に泊まる。もちろん何も起きませんでした。起きてたまるか!




