第四章-4
「汚れちまったな。 血、洗い流せるのか――――――!?」
驚愕のあまり思考がフリーズし、
「あ――――」
呂律も回らず、
「――――――」
身体も凍りついた。
「……ただいま」
太陽光で白銀の髪が煌き、細身の少女がそう言った。
……俺は、幻でも見ているのか?
悲観するあまり幻想でも生み出したのではないかと疑ってしまう。
リアは死んだ。 もうこの世にはいない。
覆せない真実であり、非現実だ。
あり得ない。 生きてるわけがない。 左胸に風穴を空けられたのを確認したではないか。
あんな状態で無事でいられないのは明白だ。
ならば目の前にいる少女はなんだ? 幽霊なのかまたは幻想か。
だめだ、頭がパンクしそうだ。
「お帰りぐらい言ってよ。 こうしてシノに会えて嬉しんだから」
「止まれ。 それ以上近づくな」
短剣を差し向け威嚇する。
リアが生きてたんだと信じたい半分、リアは死んだと決めた自分がいる。
混乱してるのだ。 愛する者が寸分の狂いなく立っているのが……。
俺はまだこの世界の知識がなさすぎる。
瓜二つの彼女はドッペルゲンガーという可能性も捨てきれない。
念には念をしておく。
「やめてよ、シノ。 私の愛剣を向けるの。 疑うのは仕方ないけどさぁ……」
「なら本物という証拠を提示してみろ。 俺だって信じたいんだ。 でも、死んだはずの君が生きてるのがおかしいんだ」
警戒は怠らない。
突拍子もなく襲うかもしれないからだ。
いつでも戦闘する気構えをしないとな。
「証拠、証拠ね。 契約精霊がグリシャーシエはあまり信用しそうにないし、プライベートの話ならいいかしら。 だったらなにがいいかな?」
「…………」
「いいのあったわ!」
リアと似ている彼女がなにか閃いたようだ。
仕草はリアとそっくりだが気は抜かない。
「最低二日に一回は自慰行為をしてる。 それも私を見なが『あああーーー! わかったからそれ以上言うなああーーー!』」
男だからさ、ムラムラとかするじゃないか。 草食系で女性に興味がありませんと虚勢を張っても、本心はいちゃいちゃしたい、付き合ってみたいと邪な感情が少なからずあるものだ。
リアは美人だし、なぜかいい匂いするから情欲が沸いたわけですよ。
こっそりと自慰やってたのに…………心身が辛い。
だけども、俺とリアの間しか知りえない情報を知ってるってことは、間違いなく愛した人だ。
死んでいなかったと思うと嬉しくて涙が出そうだ……。
「返事が遅くなったけど、お帰り」
「うん、ただいま!」
誤解も解けた俺は手に持った凶器を投げ捨ててリアのもとに駆け足で向かった。
返り血で汚れたのも気にせず抱きつき、堪えていたものを吐き出すかのように涙を流した。
懐かしの匂い。 たった半日程度といえど、懐かしく思ってしまう。
帰ってくるはずがない人がこうして元気に現れ、肌暖かさを感じるからかもしれない。
ああ、落ち着く。
なにがあっても離したくない。 手離さない。 会えるだけでも奇跡なのだから。
「俺は幸せ者だ…………。 だけど、リアさんよ。 もっと早く会いに来てくても良かったんじゃないか?」
「うんとね。 目覚めてのはついさっきなんだ。 私だってびっくり。 死んだと思ったら生きてたんだもん」
リア自身も驚いてるようだが、不可解だ。
銃弾は心臓にある位置に命中していた。 運よく心臓をすり抜けて当たってなかったとしても、致命傷であり出血多量で死に至る。
グリシャーシエに治癒してもらえば命は助かるが、精霊自信が”術者である本人は癒せない“と言っていた。
あの場でグリシャーシエが嘘を吐くとは思えない。 なら、リアが生きているのはどういうことだ?
訊いてみるしかないな。
「生きてる原因はわかっているのか?」
「わかってるわ。 正確には、生き返ったが、正しい表現ね」
眉間をひそめ、声色が震え低くなった。
知られたくない顔をしている。 ……と、表現したところか。 なにを今さらと発言したい。
たとえリアがどんな化け物だろうが、怪物だろうが、構わない。
会いまみえただけで心は満たされているのだから。
「シノ、嫌いにならないでね。 実は私……人外なの。 人じゃないのよ」
「……そうか」
人間ではない姿をした者と彼女は俯きながら話した。
この言葉を聞いて俺は電流が走ったように閃き、謎だった問題が全て繋がった。
「人じゃない私なんてき――」
「――やっと納得したよ」
「え……?」
醜穢な目で見るわけがない。 彼女は驚いているが、正体を理解してしまったのだからなんらびっくりはしない。
そもそもリアの身体能力なり、視力なりと、例を上げるときりがないが、全てが規格外なのが不可解であった。




