第四章-3
衣服に付いた雪を払い落し、赤い点が続く先に進んでいく。
行き先を考察すると物陰もない平地に逃げているようだ。
わざわざ自分の首を絞める行為をするとは愚かだな。
よほど混乱して冷静な判断もくだせないとはね。
こちらにとっては探す手間が省けて楽だが……。
「よりにもよってこの場所か」
血の目印を追い、到着した場所はリアが命を落としたところ。
同類であるオークの墓場でもあるが、気分がいいものじゃない。
なにかの因果なのか。 はたまた偶然なのか、今はどうでもいいか。
恐怖な面で息切れしている害虫を駆除するのみだ。
「し、しつけえ野郎だ」
「この手で引導を渡さないと気が済まないんだよ。 楽に天国に行きたかったら抵抗はするなよ」
もうどっちが悪役なのかわからないな。
第三者が見れば十対ゼロで俺が有罪だろうがな。
「ああ、ちくしょうがあ! 自由を手に入れ、毎日が最高のスリルを味わえていたのによ…………。 どうせ死ぬなら、てめえを殺してから天界にいってやんよ!」
逃げるのを諦め、おとなしくすると思いきや戦闘の構えを取るではないか。
道連れにしてやる覚悟を感じる。 一筋縄ではいかなそうだ。
満身創痍とはいえ、奴の攻撃力は侮れない。
実際に胸を殴られてから痛みが引く様子がなく、むしろ悪化している。
軽視できない腕力。 慎重に動かなければ逆に狩られる立場になるぞ。
深呼吸を――
「くたばりやがれ小僧っ!」
「っっ!?」
予想外の展開だ。 まさかオークから仕掛けてくるとは。
奴との距離が離れていたため、しゃがんで巨腕を回避できたが体勢を崩し、尻餅をついてしまった。
好機を逃がさまいとすかさず蹴りを入れてくる。
「ぐっっぼぉ!」
溝に蹴りがクリーンヒットしてしまい嘔吐しそうになったが、喉元で抑え込みなんとか耐えた。
それだけではない。 足にしがみつきナイフを太ももに突き立ててやった。
やられるのは承知だ。 ダメージを受けないと反撃出来ないと理解していた。
おかげで逆手に取ることが出来た。
「うぎゃああああ! ふ、太ももがぁぁぁ!」
刺した太ももの足を上げて、よろめきながらステップを踏んだのちにバランスを崩し仰向けで倒れた。
またとないチャンスの到来。
刻一刻と血液は失われ体力が無くなり、あの体勢では反撃のもほとんど出来ないであろう。
一気に畳みかける。 復讐の完遂はまじかだ。
「終わりだ」
渾身の力を込めて左胸を一突きした……が、分厚い肉に阻まれ半分ほどしか刺さっていない。
ちっ、無駄に脂肪をつけやがって。
なら、このまま体重を乗せて心臓を突き破るまでだ。
「ま……だ…………終わらねえ!」
「がふっ!」
極太の腕で首を掴まれ、呼吸が出来ない。
絞め落とされるより首の骨をへし折られそうだ。
「ぐぅぅ……おおお!」
両手でナイフを握りありったけの心血を注ぎ止めにかかる。
絞殺される方が先か、心臓に到達する方が先か、全身全霊を持って勝負する。
「死ね……死ねぃ!」
「……かふっ」
指圧が更に増して景色がグラグラと歪むが手は決して離さない。
俺は死ぬはわけにはいかない。
なぜなら……。
「殺されて――たまるか! リアが生きろと言ったんだ…………てめえなんかに……捧げる命はねえ!」
彼女の最後を思い浮かべると急に力が漲ってきた。
安らぎも、温もりも、楽しさも、どれもかしかも知らない奴に命をくれてやらない。
とびっきりの笑顔も、恥ずかしがる仕草も、なにもかも奪った奴に殺されてやらない。
思いも、重みも無な野郎に負けない。
ありったけの力でコイツを葬る!
「と、ど、けえ!」
ずぷりと、根元まで刀身がオークの身体に入りきった。
心臓に到達したのであろうか、絞める力が緩み空気を吸えるようになると同時に奴は息をしてなかった。
勝ったのだ。 生死を賭けた勝負に打ち勝った。
リアの復讐を遂げれた…………が、なぜだか虚しい。
達成感はある。 だけどもそれで何を得たのか。
富も名声もなく、憎い奴を屍に変えた。 ただそれだけ。
欲しかものはなく、心が空洞になるのを感じるだけだ。
ああ、復讐って一時のブームみたいなものなのか……………………なにも満たされないな。
「復讐はなにも生まない……か。 言葉通りだな」
魂が抜けた生物に変化した気分だ。
オークの亡骸を見てもなにも感じなくっているし、興味すらない。
虚しい、ほんと虚しい。
一体俺はどうすれば良かったのか。
大人しく細々と暮らせば良かったのか…………わからない。
感情という大事な人間の部分が失った気分。
もはやロボットではないか。
あれほど憎かった豚を始末したのに意味がなかったかもしれない。
そもそも、リアがいない生活なんて全てが無意味なのだから。




