第四章-2
「……足音」
ザクッザクッと、しっかりと踏み込む音に警戒をする。
狼や獣類ではないのは確実だ。
人間が歩く音に近い。
こっそりと覗くように外を見る。
リアが帰ってきたのではと期待して。
「あ……あいつは!」
なんとも不幸か、リアの命を奪った一味の残党。 オークが歩いていた。
怪訝そうな顔で森を徘徊するあいつを目に瞬間、いままで寝てたんじゃないかと思うぐらい急激に血が騒いだ。
全身が熱く、頭が沸騰しそうな状態。 激昂しているのか? それもとてつもなく。
周りなぞどうでもよく、視界が霞むほどに景色が燃ゆる。
気づかないうちにリアが愛用したナイフを握っていた。
「――殺してやる」
今ならリアの気持ちがわかる。 自己を犠牲にしてまで相手に向かうのかよくわかる。
全てを奪った者に対する無限に沸く殺意。 際限なく奥底から溢れる憎悪。
己では静止しようがない。 コントロールなんて不可能だ。
ああ、憎い。 一秒でも早く殺してやりたい。
ああ、あいつが生きてる姿があるだけで憎くてしょうがない。
「気づいていない。 責めるなら今だ」
焚き火の煙が空に伸びているのにも関わらず、まったくもって気にも止めていない。
何かから怯えて逃げる小動物のようにだ。
この好機を逃がすわけにはいかない。 多少音を立てようが奴はスルーするだろう。
強く短剣を握り、颯爽に駆け抜けた。
ウォーミングアップをしてたかのように身体は羽みたく軽い。
これなら奴を息の根を確実に止めれそうだ。
すでにトップギアまで入っている。 なんでもこなせる自信が出るほどにだ。
覚悟しろ豚野郎。 てめえを今からめった刺しにしてやる。
「騒がしい……!?」
目を大きく開き驚嘆しているが、もう遅い。
奇襲は成功だ。 人間の身体の構造が同じかどうかは知らないが、頸動脈を一突きした。
たとえ構造が異なろうが首を刺されては致命傷だろう。
あとはじっくりと狩るだけだ。
「味なマネしやがって!」
「嘘だろ!?」
首を刺してるのに怯むことなく発砲してきた。
運よく銃弾は頬をかすった程度で済んだが、ナイフで切られたような傷ができ血が垂れた。
慌てて奴から距離を取り体勢を整える。
マジか。 頸動脈を狙ってもまともに動けるなんて化け物かよ。
「あの時の小僧か。 いきなり刺してくるとは非常識な野郎だ」
「非常識? お前が言う台詞じゃないだろ。 理由なく村を襲い、リアを殺したお前が吐けることじゃない」
「……くく。 ふふふ、かかかかかかぁ!」
ツボにはまったのか高笑いをするオーク。
なにがおかしい?
「理由なくだと? 理由なんざ必要ねえんだよアホがぁ! 小僧が人間だと思う者は俺にとっちゃ人間じゃねえ。 道端にいるゴキブリと変わらん。 害虫に対して理由なぞ求めるのか、あん?」
「なるほどな。 確かにそうだ。 お前の言うことは正しい。 なら、ブヒブヒとうるさい害虫を殺しても文句はないよな」
冷たい瞳で奴を睨む。 対話など無意味。 視界にいるのは人間ではない、知能を持った敵だ。
戦闘はいつでも可能だ。 手負いの相手を容赦なく攻撃するのみ。
殺意を感じたのか射撃準備にオークは入る。
一発でも受ければ重傷、当たり所が悪ければ死に繋がる。
重々承知だ。 当たっても死ななければそれでいい。
即死でなければ俺の中にある怒りの炎は消えないのだから、恐れる必要はない。
勇敢に立ち向かうだけだ。
「はっ!」
「なんだとっ!」
足元にある雪を蹴り飛ばしオークの視界をシャットダウンさせる。
勝負は一瞬。 この手は二度は通用しない。 一度だけのせこい技。
それで十分だ。 虚をつければ良かったのだから。
硬直している今がチャンス。 全てをここに賭ける。
「うおおおおおっ!」
真っ白な空間に突っ走り空高く振り上げる。
雪が地に落ちた時には、拳銃を持つ腕に目がけてぶっ刺していた。
奇襲は成功した。 奴は武器を落とし、戦力はダウンだ。
「いでででででぇぇぇ! クソムシガァァァ!」
雄たけびを上げ、刺されていない腕で俺の胸部を殴り飛ばす。
あの巨体から放たれたパンチは想像以上にダメージが大きい。
骨にヒビ入ったかもしれない。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
「げほっ、ごほっ! はぁはぁ……………………あ?」
痛みに耐えながら起き上がった時にはオークの姿はなかった。
逃げだしたのか? 無抵抗の人々を葬った者が?
臆病者が……絶対に逃がさない。 必ず仕留める。
貴様はリアを奪った奴だ。 逃げるなんて許さない。
まずはどこに行ったか確かめないと。
「二か所刺した甲斐があったな」
あの出血量では布で簡易な処置をしても、血は地面に落ちるだろう。
それに遠くに行くこともできない。
血痕の後を追っていけば奴にたどり着く。
歩むのを辞めたその時が豚の最後だ。 覚悟しろ。




