第四章-1
暗い。 一切の色の混じりがなく暗い。
何も視えない。 深い闇の中のようだ。
ここはどこだ? 暑さも寒さも感じない。
――べちゃり。
「え?」
恐る恐る足元に視線を向けるとそこには、リアの死体とおびたたしい血だまりが目に飛び込んだ。
横たわる愛しの人が死んでいる。
と、血池から無数の手が這い出り四肢股すべてが押さえつけられた。
ぐっ、一体なんなんだよ。
『――贖え。 ――償え。 お前が殺した者の恨みを知れ!』
「わけわかんねえこと……」
口がない赤色の手から罪人のように問いかけてくる。
コイツはさっきから何をいってるのかさっぱりだ。
『――あの者と同じ痛みを味わえ。 ――もがき苦しめ。 死して罪を洗い流せ!』
「あの者って誰だ」
『お前の足元にいる、清廉なる少女だ!』
ブラッドハンドはそう俺に語りかける。
ドクンッと心臓が跳ね、重大な何かを忘れている気がするのはなんだ。
目を逸らしてはいけない事実があった…………。
『人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し!』
「っああうう! あああああぁぁあああああああぁぁぁあああああっっっ!?」
血色の手は更に増え、視界を覆い隠すほど全体に巻き付いたところで、暗闇から解放された。
さむっ! 最初に襲ってきたのは冷気。
壁も窓もないので風が容赦なく入り込み、身体を冷やしていた。
急いで火をおこし、部屋と言っていいのか不明だが、部屋の空気を温める。
焚き火を作るのにもほんと慣れたものだ。
「……悪夢か」
夢で起きた出来事を思い返す。
罪人のように罵倒され、人殺しと連呼された。
いや、罪人だ。 リアを死なせたのは俺なのだから。
あんなことで喧嘩するなんて微塵も思っていなかった。
だが、結果は軽率で無神経なクズの会話で彼女を心を深く傷つけ、あまつさえ死なせたしまった。
許されることではない。 許されることではないのにリアは笑いながら|生きろ(・ ・ ・)と言い残し、この世を去った。
社会的にも、客観的にも許されない行為。 なのにだ。
俺は一切なにも悪くないとリアは言ってくれた。 そんなわけがない。
事実、隣にはもう彼女はいないのだから。
なにより夢での俺はリアを死なせたことを忘れ、現実から直視しようとしなかった。
思い返せば返すほど、憤慨すら覚える。
最低だ。 救いようがないゴミだよ。俺は。
「うぅ、くぅ、……リア。 リア」
取り返しのつかないことをした。 罪さえ償えない。
取り戻したくても戻せない。 過去には遡れない。
涙腺が潤み、無性に涙が溢れてこぼれ落ちる。
楽しかった空間、人の温もりを脳内で再生すればするほど罪悪感が増していく。
俺は、どうすればいいんだ……………………。
「はあ……冷える」
いっそのこと寝て楽になってしまえばいいと、マイナス思考に陥るが寝れない。
こんな凍えた日に寝てしまえば死んでしまう。
むやみに自殺するわけにはいかない。 彼女との約束があるのだから。
「リアとまた過ごしたいな」
神に願っても、星に願っても、願いは叶わない。
そんな不確かな存在などこの世にいない。 わかってても口にしてしまう。
せずにはいられない。
約一か月とはいえ、日々の暮らしは毎日が充実でやりがいがあった。
心の底から生きるってのが素晴らしいと胸を張って言える。
今はもう……幻想だ。
これからの余生はみじめであるだろう。
起きたら食料を探し、調理して食事をし、あとは寝るだけの生活をする。
何の楽しみもなく、孤独で寿命が尽きるまで過ごす毎日を繰り返すだろう。
これが俺の罰なのかもしれない。
間接的とはいえ、人殺しをしたのだから当然の報いだ。
「世界を渡ってもロクでなしだ」
誰でもいい。 誰でもいいから俺を罵り、蹴る殴るの暴力を振るってくれ。
だが、叶わない。
だって一人なのだから当たり前だ。
他人から罵倒されるほうが幾分マシだ。
罪を負っていると自覚できる。
でも、一人だ。 罪の重さもわからない。
……なんて地獄なんだろう。
これから一生を考えるとおぞましく。
心が押し潰されそうになる。
考えるのは放棄しよう。
ただ、生きることだけ専念しよう。
「そういえば、まだオークの生き残りがいたな」
グリシャーシエという、恐ろしいドラゴンの猛攻から一匹だけが逃走し生き残っている。
仲間を犠牲にしながら逃げた憎きオーク。
もしも、豚に合えば俺はどうなるだろうか……?
問答無用で襲いかかるのか、もしくは興味なく寝てしまうのか。
こればかりは実際に合わないとわからない。
願わくば遭遇したくない。 どんな衝動にかられるか、怖いから。




