第三章-5
「ば、化け物め! ぶっころ――」
有無を言わさずドラゴンは鋭い鉤爪で銃口を向けるオークを切り裂き、ゴミをすてるかのように放り投げた。
一瞬で命が摘まれる光景には戦慄を覚えた。
大警鐘で”逃げろ“と脳が命令するが身体はすくんで動かない。
オークなんて目じゃない、このドラゴンに殺されてしまう……。
じっとしていれば見逃してくれないか?
『……ちぃ、一匹逃がしてもうたか。 おう兄ちゃん怪我はないか?』
「え? ん? その声……まさかあの妖精か!」
ドラゴンから予想だにしない関西弁に驚いた。
リアが使役していた精霊のグリシャーシエだ。
あの手のひらサイズの姿とは全然似つかわない。
これが本当の姿ってわけか。
『リアよ……』
「そうだ! グリシャーシエ! お前の力ならリアを癒せるだろ。 一刻も争う緊急事態だ、治してくれ!」
グルルと唸りどこか諦めたような目でリアを見下ろす。
もう手遅れと言わんばかりの悲しい首を横に振るう。
『そうしたいのは山々や。 けどな出来んのや』
「どうしてだ! 森を司る精霊なら治癒の力があるとリアから聞いている。 なら――」
『無理や。 俺には森の精霊ならではの特権の治癒はある。 だけどな、術者である本人は癒せんのや。 あくまで他者のみしか治癒は使えん。 兄ちゃん、リアが自分の怪我を治しているとこ見たことないやろ?』
グリシャーシエの問いに気づいてしまった。
俺の傷は治したが、彼女は足を損傷しているのにも関わらず治さずその日を過ごした。
少し考えればわかることなのに気にも止めなかった……バカ野郎。
あんな軽率な言葉を口にした己を恨んだ。
注意すれば気づけたのにもう遅い。 もう助からない。
「……ぐ……っぅ……ぁぁぁぁ……ぁぁ」
『兄ちゃんがリアを死に至らしめたわけやない。 あの豚が全ての元凶や。 自分を責めるな』
「違う……違うんだ。 俺が、俺があんな――」
「げほっ、ごほっ! ……シノはなにも悪くないよ」
血だまりを吐きながら優しい言葉をかけてくれるリア。
瀕死なのに責めるなと言ってくれる姿に胸がより痛くなる。
「オークが近くにいるのわかってて無防備な状態で飛び出したから……致命傷を受けたのよ。 シノが悪いとなんて一つもない」
「で、でも!」
「いいのよ。 いずれはこうなる運命だっただけ…………ふふ、シノとの生活たのしかったなぁ」
時間が経つにつれて瞳から光が薄くなり、生気が抜けていく。
嫌だ、死なせたくない。
大事な人、初めて愛した人が亡くなる姿は見たくない。
……そうだ。 異世界なら奇跡を巻き起こす魔法があるはずだ。
何事もないように傷を再生できる。 異世界ならでは魔法は存在する。
今こそ回復魔法を発動させろ!
「治れ治れ治れ治れ! 魔法よ、発動しろよ!」
『……兄ちゃん』
「やめて」
「いや、魔法で治してリアと幸せに暮らすんだ! 魔法はあるんだ。 魔法は」
「聞いて、シノ。 ――異世界に魔法はないんだよ」
必死に胸に押さえる手を自然と離し脱力してしまった。
彼女は笑顔で異世界に魔法がない言われてしまい認めてしまった――リアは死ぬと。
一生記憶から離れないであろう言葉に心が砕けそうだ。
「俺はこの先どうしたら」
「……だったら私が生きる道を教えるから」
「リ……ア」
「命を……無駄にしないで……私の分まで生きてね。 約……束……よ」
途切れ途切れに振り絞った声で生きろと言ってくれた。
「リア……?」
かろうじて、ヒューヒューと、息をしている。
もう呼吸するだけの力しか残ってない。
弱っていく彼女を見届けるしかできない己を殴りたい。
最後まで他者を心配する彼女を守ることが出来なかった自分が妬ましい。
『兄ちゃん。 最後まで一緒にいたい気持ちはわかる。 ……お願いやけど離れてくれへんか?』
「一分一秒でもリアといたいんだ。 離れたくない」
『契約者が死ぬと自我を失って精霊は丸一日暴走するんや。 無差別に破壊してしまう』
「それでも最後まで」
『アホ。 リアの言葉を忘れたんかいな』
命を無駄にしないで。 ここに止まれば彼女に意に反する。
離れたくない、離れたくない……。 彼女の分まで生きないと。
「……リアを頼んだ」
『任せろ。 達者でな兄ちゃん』
愛しいリアを抱きながら迎えたい衝動を必死に堪え、森に向かい歩き出す。
彼女を殺してしまった負を背負いながら。




