第二章‐8
オークたちに発見されることなく閑静になった。
どれくらいの時が流れたのだろうか。 一秒一秒が途方もなく時が遅く感じ、豚の顔をした殺戮者に捕まる畏怖を抱くと同時に心臓がバクバクしていた。
助かった精神の平静に、唇を重ねてい行為にだ。
「ふへぇ……」
危機が去り、暴れる気力の欠片もないリアを解放すると、その場でへたれこみ尻もちを付いた。
肩口からズキンズキンと脈動を打つ激痛で立ってるのが辛くなり、こちらも力なく座る。
キスしてる間は銃で撃たれた肩を忘れていた。 そのまま忘れていたら良かったのに。
「あ、あの」
「は、はい! なんでしょう?」
獲物を仕留めるようにナイフを差し向け話かけてくるポーズにキョドってしまった。
強引にキスしたのを怒っているのか、もしくは……。
「傷見せて。 治すから」
「た、助かったー。 ……治すってなんぞ?」
「黙って見せる。 気が散るから」
「お、おう」
持ってたナイフを放り投げ、弾丸が貫通した傷口を凝視する。
「いける」と呟いた後、目を閉じ患部に両手を合わせると黄緑色の粒子が突拍子もなくリアの手の内から溢れだした。
神秘的な光は空いた穴に吸い込まれると変化が起きる。 ミチミチと傷口を埋める音がした。
虫が内部を走っているような気味が悪い感覚が広がり、堪らず喘ぎ声が出てしまう。
「もうちょっとで治るから我慢して」
「ふん……ぎぎぎ……!」
ぶく、ぼこっと傷穴から噴出する血液と再生する連鎖に左腕を鷲掴み、歯ぎしりをしながら刺激を耐える。
敏感な部分を筆で弄りまわされている気色悪い体感は気絶しそうになる。
治療が終えたのか不快な刺激は無くなり、左肩を見やると塞がっていた。
傷跡もなく、さっきまで怪我をしてたのが嘘のようだ。
「……ありがとうな。 それより俺の傷を治したあれはなんだ?」
「精霊の治癒の力を借りて修復したの。 召喚術の一種の応用よ」
まるで魔法と遜色ない超越した現象を引き起こす召喚術。 もう魔法と改名してもよいのではないかと述べてみる。
治癒が存在するならこの世界に魔法があるかもしれない。 失われた魔法があっても不思議じゃない。
「ねえ、シノ……一つ訊いてもいい?」
「ん、どうぞ」
「私のことどう思ってる?」
「どうってなにが」
「嫌いなのか、好きなのか、よ」
二択の問いに嫌いを選ぶことはない。 性格も、容姿も、嫌いになる要素は皆無だ。
リアの質問は単純に好きか嫌いかを聞いてるわけじゃないのはわかってる。
愛しているのか、愛していないのかを確かめているはずだ。
暴走を止めるにしてもキスを行動不能にしようだなんて普通は考えない。
もっと違う止め方を模索するだろう。
なのに唇を奪うという行為を平然としてのけたのはバカか、もしくは……と彼女は考えていると憶測する。
「ああ、好きだよ。 超好きだ。 めっちゃ好きだ」
「ほほ、ほんと?」
「なんならもう一度濃厚なキスでもしようか?」
「気持ちが十分伝わったから近づいてこないで!」
両手を振りながら後ずさりをし、頬をトマトのように赤く変え恥ずかしがっていた。
俺自身も大胆な発言を出来ることにびっくりしている。 以前の俺ならば絶対に口しない言葉だ。
恋は病とは上手く言ったものだ。
「一つリアには確認することがある。 まだ復讐する気はあるか?」
「……霧散したわよ。 あんなことされて、特別な人が出来ちゃったし……もう死ねないじゃない」
「それを聞いて安心した」
少しでも邪念が残ってるなら何をしても彼女を止めるプランを建てていたが、心配無用のようだ。
今後、オーク共に遭遇しても襲ったりしないだろう。 俺という枷がある限り暴走はしない。
……記憶を振り返ると、よくキスなんてしたなと赤面してしまう。
ああ、恥ずかしい!
「シノに約束して欲しいことがあるの。 死のうとしないでね」
「問題ない。 リアを……その、愛してしまったから……死んでもいいなんて考えはねえよ」
「ふふ。 では、誓いの指切りをしましょう」
リアは小指を差し出し、こちらも応じて小指を持ってくる。
指と指を重ね合わせ誓いを建てる。 命を簡単に捨てないと同時に言葉を交わし唇を重ねた。
幸せだ。 人生で一番の幸せを感じている。
お礼をリアに何度も言いたいぐらい幸せだ。
ありがとう。 生に興味を持たなかったポンコツに、生きる目的を与えてくれて……。
誰にも命をくれてやらない。 愛しいリアのために必ず生き続ける。
こうして大事な人ができ、過激で濃密な一日を終えた。




